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本日はお日柄も良く
(五)
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それは結婚を半年後に控えた十一月のこと。
須藤逞と古木也耶子の結婚は出だしからつまずいていたような気がする。両家の顔合わせのために横浜にある千栄子が経営する料亭松菱を訪れた古木家の面々は、個室に案内されびっくり仰天驚いた。顔合わせの会食と聞いていたはずなのに、そこには仲人がいて床の間の前には結納品が用意されているではないか。個室の前でどうしたものかと三人は考え込んでいた。
「や、也耶子。これは一体どういうことなの?」
「わ、私だって何も聞いてないわよ」
慌てふためく母親・登茂子とともに、也耶子も目を疑っていた。両家の親睦を深めるための顔合わせは、結納とは違い儀式ではない。だから、決まりや必要なものは特にないと気楽に構えていたのだ。失礼があっては大変だからと準礼装(セミフォーマル)で来たのだが、須藤千栄子はしっかり黒留袖を着込んでいるのが見えた。
「ど、どういうことなのよ」
廊下にいた逞を捕まえて、也耶子はさっそく説明を求めた。
「ごめん。母さんが一人で暴走したようだ。俺も知らなくて、このスーツで来たら怒られたよ」
よく見ると逞もチャコールグレーのダークスーツ姿だった。とりあえず、連絡ミスということで、この場を乗り切ろうという話で落ち着いた。
「今は何でもネットで検索できるから助かるわねぇ」
スマホで結納当日の流れを検索している母が安堵したように呟いた。
「お父さん、色々あるけれど大丈夫?」
「何を言っているんだ、也耶子。お父さんとお母さんは、三十ん年前に結納をした経験者だぞ」
人生であれほど緊張した日はなかったから、今でも結納の儀はよく覚えていると父・冨士彦は笑い飛ばした。
結納の起源は今から一六〇〇年ほど前、仁徳天皇の皇太子が妃を迎える際に、「納采(*男性の親が女性の親に贈り物をして挨拶をすること)」と呼ばれる儀式をおこなったことがはじまりだとされている。
昔は仲人が新郎新婦の家を行き来して、結納品を納めるという「正式結納」が主流だった。だが、時間と手間がかかる上に仲人の負担が大きいことから、現在では両家が集まっておこなう「略式結納」が主流となっているらしい。
略式結納をおこなう場合の結納品は正式とされる品目を全部揃えても、一部を省略しても、どちらでも構わないそうだ。
関東式の場合は「目録・結納金・熨斗・子生婦・寿留女・友白髪・末広・勝男武士・家内喜多留」の九品目が正式だが、勝男武士と家内喜多留を省いた七品目、更に子生婦と寿留女を省いた五品でも問題はないという。
だが、祝いの儀とあって結納品の数を減らす場合は、合計数が割り切れない奇数になるように調整する必要があるらしい。今回の結納で用意されていた結納品は全揃いの九品だった。格式ばった口上など父に任せて大丈夫かと不安だったが、儀式は千栄子が頼んだ仲人が主体となって進んでいった。
慣れない儀式に古木家の両親が戸惑うと困るからと気を遣ってくれたようだが、せっかく活躍できると思っていたのに残念だったと笑いながら父はこぼしていた。だが、その姿はどこか寂しげだった。きっと父親としての重要な役目を、見ず知らずの他人に奪われた悔しさもあったのだろう。
結納の儀で出鼻をくじかれた格好となり、これから先も思いやられるだろうと想像した通り、逞との結婚には次々と大きな壁がそびえ立った。
新郎新婦二人で決めたい事柄――結婚式・披露宴をおこなう日程、場所も須藤千栄子の意見で決まってしまった。彼女が信頼する占い師のアドバイスによって、既に吉日吉方が選ばれていたのだ。披露宴会場に選ばれたのは横浜にあるハイクラスのホテルだったので、也耶子も文句が言えなかった。しかし、披露宴の招待客数やプラン内容では大いに揉めた。
できるだけ内輪で済ませたいと考えていた新郎新婦の意見を無視して、千栄子は招待客百五十名という盛大な披露宴を計画していたからだ。これには逞も猛反対して何とか百名にまで減らしてもらったが、費用は負担するから世間様に恥ずかしくないような式を挙げて欲しいと千栄子に切望された。
「費用は負担するからと言われても、余分なことにお金をかけるのは勿体ないような気がしない?」
「そう言ったところで母さんはああいう性格だから、きっと自分の意見を押し切るよ。ここは我慢して顔を立ててやってくれないか?」
母親に絶対服従で反論できない逞は一日限りのことだからと、早くも諦めた様子だった。それから、結婚式・披露宴の打ち合わせには必ず千栄子が同席して、細部までチェックをしながら何度も見積書を出してもらうという繰り返しになった。
須藤逞と古木也耶子の結婚は出だしからつまずいていたような気がする。両家の顔合わせのために横浜にある千栄子が経営する料亭松菱を訪れた古木家の面々は、個室に案内されびっくり仰天驚いた。顔合わせの会食と聞いていたはずなのに、そこには仲人がいて床の間の前には結納品が用意されているではないか。個室の前でどうしたものかと三人は考え込んでいた。
「や、也耶子。これは一体どういうことなの?」
「わ、私だって何も聞いてないわよ」
慌てふためく母親・登茂子とともに、也耶子も目を疑っていた。両家の親睦を深めるための顔合わせは、結納とは違い儀式ではない。だから、決まりや必要なものは特にないと気楽に構えていたのだ。失礼があっては大変だからと準礼装(セミフォーマル)で来たのだが、須藤千栄子はしっかり黒留袖を着込んでいるのが見えた。
「ど、どういうことなのよ」
廊下にいた逞を捕まえて、也耶子はさっそく説明を求めた。
「ごめん。母さんが一人で暴走したようだ。俺も知らなくて、このスーツで来たら怒られたよ」
よく見ると逞もチャコールグレーのダークスーツ姿だった。とりあえず、連絡ミスということで、この場を乗り切ろうという話で落ち着いた。
「今は何でもネットで検索できるから助かるわねぇ」
スマホで結納当日の流れを検索している母が安堵したように呟いた。
「お父さん、色々あるけれど大丈夫?」
「何を言っているんだ、也耶子。お父さんとお母さんは、三十ん年前に結納をした経験者だぞ」
人生であれほど緊張した日はなかったから、今でも結納の儀はよく覚えていると父・冨士彦は笑い飛ばした。
結納の起源は今から一六〇〇年ほど前、仁徳天皇の皇太子が妃を迎える際に、「納采(*男性の親が女性の親に贈り物をして挨拶をすること)」と呼ばれる儀式をおこなったことがはじまりだとされている。
昔は仲人が新郎新婦の家を行き来して、結納品を納めるという「正式結納」が主流だった。だが、時間と手間がかかる上に仲人の負担が大きいことから、現在では両家が集まっておこなう「略式結納」が主流となっているらしい。
略式結納をおこなう場合の結納品は正式とされる品目を全部揃えても、一部を省略しても、どちらでも構わないそうだ。
関東式の場合は「目録・結納金・熨斗・子生婦・寿留女・友白髪・末広・勝男武士・家内喜多留」の九品目が正式だが、勝男武士と家内喜多留を省いた七品目、更に子生婦と寿留女を省いた五品でも問題はないという。
だが、祝いの儀とあって結納品の数を減らす場合は、合計数が割り切れない奇数になるように調整する必要があるらしい。今回の結納で用意されていた結納品は全揃いの九品だった。格式ばった口上など父に任せて大丈夫かと不安だったが、儀式は千栄子が頼んだ仲人が主体となって進んでいった。
慣れない儀式に古木家の両親が戸惑うと困るからと気を遣ってくれたようだが、せっかく活躍できると思っていたのに残念だったと笑いながら父はこぼしていた。だが、その姿はどこか寂しげだった。きっと父親としての重要な役目を、見ず知らずの他人に奪われた悔しさもあったのだろう。
結納の儀で出鼻をくじかれた格好となり、これから先も思いやられるだろうと想像した通り、逞との結婚には次々と大きな壁がそびえ立った。
新郎新婦二人で決めたい事柄――結婚式・披露宴をおこなう日程、場所も須藤千栄子の意見で決まってしまった。彼女が信頼する占い師のアドバイスによって、既に吉日吉方が選ばれていたのだ。披露宴会場に選ばれたのは横浜にあるハイクラスのホテルだったので、也耶子も文句が言えなかった。しかし、披露宴の招待客数やプラン内容では大いに揉めた。
できるだけ内輪で済ませたいと考えていた新郎新婦の意見を無視して、千栄子は招待客百五十名という盛大な披露宴を計画していたからだ。これには逞も猛反対して何とか百名にまで減らしてもらったが、費用は負担するから世間様に恥ずかしくないような式を挙げて欲しいと千栄子に切望された。
「費用は負担するからと言われても、余分なことにお金をかけるのは勿体ないような気がしない?」
「そう言ったところで母さんはああいう性格だから、きっと自分の意見を押し切るよ。ここは我慢して顔を立ててやってくれないか?」
母親に絶対服従で反論できない逞は一日限りのことだからと、早くも諦めた様子だった。それから、結婚式・披露宴の打ち合わせには必ず千栄子が同席して、細部までチェックをしながら何度も見積書を出してもらうという繰り返しになった。
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