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本日はお日柄も良く

(四)

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  会場の照明が暗くなり、新郎新婦入場に合わせて曲が流れ始めた。
「あっ、これってあの曲!」
 ゲーム好きの二人が嬉しそうに声を上げた。
「これって有名な曲なんですか?」
「私たちの間では有名ですが、知らないんですか?」
 なんでも人気ゲームに使われている曲のオーケストラバージョンで、オンラインゲームで知り合った二人には相応しい選曲だそうだ。晴れやかな笑顔を浮かべ、新郎新婦が入場してきた。さあ、いよいよ披露宴のスタートだ。
「写真、写真」
 也耶子の隣で合図のように囁く声が聞こえた。バッグからスマホを取り出し、シャッターチャンスをうかがう。 
 新郎新婦が着席すると司会者が披露宴開始の挨拶をおこなった。そして、新郎新婦の経歴を紹介していく。加藤桃子は不登校で引きこもりだったというが、当たり前だがそのことは公言できない秘密だった。プロの司会者の滑らかな喋りに、也耶子は何となく嫌悪感を抱いていた。自分の時もそうだったが、他人の口から語られる経歴はどこか嘘くさいように感じるからだ。
 主賓の決まりきったような坂や袋の挨拶が終わると、スパークリングワインで乾杯となった。そして、ウエディングケーキの入刀が始まる。
「皆さま、シャッターチャンスのお時間です。どうぞ、前の方へとお願いします」
 司会者のこの一言で、スマホやカメラを持った招待客がわらわらと前へと出る。一瞬後れを取った也耶子も慌てて席を立つ。
  
 ようやくこれから歓談と食事の時間になるのだが、料理自慢のホテルだけあってシェフがメニューの説明に登場した。ゆっくり説明を聞きたい気持ちはあるが、也耶子には今日一番の大事な務めがある。
 次に招待客代表のスピーチが始まるのだ。先に新郎の友人が、次に也耶子がスピーチをする番となる。景気づけのスパークリングワインが胃の辺りを熱くする。
「博己さん、桃子さん、ご結婚おめでとうございます。このようなおめでたい席で一緒にお祝いできることを、心から嬉しく思います。私は新婦の高校時代からの友人で、佐々木香南江と申します。誠に僭越せんえつではございますが、友人代表としてお祝いの言葉を述べさせていただきます。また新婦のことを桃子と呼んでいるので、本日も親しみを込めてそう呼ばせていただくことをお許しください。桃子と私は高校三年間をずっとともに過ごしました。授業や部活に放課後も、休みの日も、いつも一緒だったような気がします……」
 部活と勉強の両立でくじけそうになった時、部員同士の仲たがいで孤立しそうになった時、いつも桃子が隣で励ましてくれた……などという例文通りのようなお涙ちょうだいエピソードを盛り込み、最後のまとめに入るはずだった。
 ところが、不意に過去の記憶が也耶子の頭の中でフラッシュバックした。
――逞さん。こんな「ややこし屋の也耶子」ですが、どうか一生大切にしてくださいね。
 そういえば、私の時もこんな風に友人がスピーチをしてくれた。あの時は本当に幸せだった。逞も笑顔で私も笑顔で……
 すると、そこから急に頭の中が真っ白になり、わけもなく目から涙が溢れてきた。慌ててメモ書きを読もうにも、文字がぼやけて何も見えなくなる。一息ついて気持ちを落ち着かせてから、頭に浮かんだ言葉を必死なってつなぎ合わせた。
「お、お恥ずかしい姿をお見せして、大変申し訳ございませんでした。桃子が私の披露宴でスピーチしてくれたことを思い出したら、急に涙が溢れてきてしまいました。このように彼女は友人である私に幸せを、自分のことのように喜べる心優しい女性です。博己さん、そんな桃子はきっと旦那様の幸せを自分のことのように喜んでくれるでしょう。どうか二人とも末永くお幸せに。ありがとうございました」
 途中で失敗があったものの、あの涙が効いたようだ。友人の幸せを心から祝福する感動的なスピーチだったと来賓から声をかけられたのだ。席に戻る途中で先にスピーチを終えた矢部貴明と遭遇した。
「まいったなぁ、佐々木さんは既婚者だったんですね。左手薬指に指輪がなかったから、俺はてっきり……だから、二次会は欠席だったのかぁ。そうですよね、家で旦那さんが待っているんですから」
「え、ええ」
 也耶子は未亡人で一人暮らしだが、相手が都合よく解釈してくれたので助かった。それに既婚者だとわかれば、もう誰からも話しかけられることはないだろう。ふと新郎側の家族席に目を向けると、両親、兄弟、親族たちが酒を酌み交わし嬉しそうに談笑しているのが見えた。皆の表情を見ている限り、この結婚を心から喜んでいるようだった。
「……新郎と両親の関係は、逞と姑のそれとは雲泥の差があるようね」
 新郎新婦がお色直しで退場したので、也耶子も化粧室へと行くために披露宴会場から抜け出した。
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