神様はいつも私に優しい~代理出席人・須藤也耶子の奮闘記~

勇内一人

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このたびはご愁傷様です

(十)

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 遺族代表、喪主である鈴木源次郎の妻・靖子がお別れの挨拶をしている最中、斎場の外から多くの人たちの声が聞こえてきた。
「どうして俺たちは中に入れてもらえないんですか?」
「せっかく先生にお別れを言いに来たのに、何で駄目なんですかぁ」
「焼香だけでも無理っすか?」
「そこを何とかお願いしますよ」
 斎場の外で待機させられている鈴木源次郎の教え子たちが、とうとう我慢できなくなってきたらしい。騒ぎの様子からすると、かなりの人数が集まったに違いない。だが、火葬の時間が決まっているので、予定通りに出棺しないと間に合わなくなってしまう。今から斎場の外にいる教え子たち全員が焼香を始めたら、いつまで経っても告別式は終わらないだろう。
 そうこうしているうちに故人との最後のお別れの時がやって来た。親族たちが棺の中に別れ花を手向け、今まさに棺を閉めようとしている。腕時計に目をやると、時刻は十一時四十二分。十二時に火葬場に到着し、その後は荼毘にふされる予定だから、ここでのタイムロスは是が非でも避けたいところだろう。
 ハラハラしながら外の様子をうかがっていると、受付を任されている門脇悦子がゆっくりと騒ぎを制した。
「これから故人様の入った棺が出棺され、火葬場へと向かいます。この前の正面玄関に待機している霊柩車へと運ばれてきますので、皆様で見送っていただけないでしょうか?」
 悦子の説明を聞いて受付に詰め寄っていた教え子たちは、斎場の出入り口から正面玄関まで二列に分かれて道を作った。その列の間を棺が通るという寸法らしい。斎場では釘打ちの儀が終了し、近親者が棺を担ぎ運び出す。すると、それを確認した一人が合図を送った。
「仰げば尊し、斉唱!」
 次の瞬間、この掛け声を受けどこからかピアノ伴奏が流れてきた。そして、その場にいた全員が歌い始めたのだ。教え子たちも様々な思いを抱いているのだろう。棺が通り過ぎるのを見送りながら、涙を流し一人一人が声をかけていく姿が見られた。
「せ、先生、ありがとう」
「先生、さようなら」
「源次郎、いつかまた会おうな」
「先生、お世話になりました」
 最初は教え子たちの数の多さに面食らっていた靖子だが、源次郎との別れを偲ぶ彼らの様子を目の当たりにして、どこか居心地の悪そうな表情を浮かべていた。
 夫の教え子たちを「お礼参りにやって来る不良ども」と見下した態度を取っていたのに、蓋を開ければその逆で彼らは心から恩師の最期を見送りたいと必死になっていた。夫の死で気が動転していたとはいえ、いかに自分が愚かな考えを抱いていたことか。また、源次郎がここまで教え子たちに慕われていたことに、どうして気づかなかったのか。きっと様々なことを思い知らされたに違いない。
 正面玄関で待機していた霊柩車に棺が収まると、教え子たちは一斉に恩師に声をかけた。
「鈴木先生、長い間お疲れさまです!」
「お世話になりました!」
「本当にありがとうございました!」
 斎場に入ることを許されなかった百人近い教え子たちの清々しい姿に、也耶子は感動すら覚えていた。

「……今日の葬儀告別式は今まで参列した中で一番感動的でした」
「あの教え子さんたち、ちゃんとお香典も用意してきたのよ。中には銀行の封筒や間違えてポチ袋に入れていた人もいたけれど、その気持ちが嬉しいじゃない」
 教え子たちは誰も名簿に記帳もせず、会葬御礼品も受け取っていないし、これから香典返しを受け取ることもないはずだ。もちろん、彼らは最初からそんな物をあてにはしていなかっただろう。ただただ恩師の最期を見送るためだけに、葬儀告別式に駆け付けたのだから。
「本来はあんな風に見送ってあげるべきだったんでしょうね」
 滅茶苦茶になった夫の葬儀告別式を思い出し、也耶子は心穏やかな気持ちで見送ってあげられなかったことを後悔した。
「この後、ランチでもどうですか?」
「ごめん! 十三時から汐留のテレビ局で、匡哉が出演する新ドラマの打ち合わせがあるのよ。だから、今度のお給料日にでもゆっくり話をしましょう」
 葬儀告別式の場合、つかさ総合代理出席人事務所では一人当たり一万二千円という料金で代理人を派遣している。五人なら一人あたり一万一千円、十人なら一万円という特別割引サービスもあるそうだ。
 一方、派遣された代理人には八割ほどの報酬が支払われる――これはつかさ芸能事務所に所属する俳優や、劇団研修員が派遣されるため、社長の悦子が大盤振る舞いしているという。
 交通費や香典などの必要経費は依頼者が負担してくれるので、実は事務所の利益もそれなりに出るようだ。支払いは当日手渡しや、後日銀行振り込みなどが選べるが、也耶子は月末の悦子との会食でまとめてもらっている。
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