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このたびはご愁傷様です
(七)
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「不躾な質問でごめんなさい。さっきからあの人たちは祭壇の前で何を泣きわめいて騒いでいるんですか?」
突然、目の前に立っている女性に声をかけられた。当事者の也耶子ですら奇妙な光景なのだ、きっと第三者には何が何だかわからないだろう。
「何でも誰が一番故人を愛しているか競っているらしいです」
何気なく顔を上げ声の主の方へ向くと、そこには見覚えのある顔があった。
「あ、あの……え、悦子先輩?」
「あら? もしかして、もしかしたら古木也耶子?」
悦子は高校の演劇部の一年先輩で、演劇の勉強を極めるために上京した。その後、舞台女優としてデビューを飾ったという輝かしい話を耳にしたが、それっきり也耶子の周囲では彼女の話題が上ることはなかった。
「ど、どうしたんですか、こんなところで?」
「仕事よ、仕事」
「あぁあ、仕事関係の方のご葬儀ですか?」
「ううん、違う。仕事」
「えっ?」
どうにも会話がかみ合わない。悦子の言っている意味がわからないのは、疲れがたまっているからだろうか?
「そんなことよりも、受付の前にいる人たちに聞いたら、故人の愛人が三人も登場したんだって? なんだか面白そうな話じゃない。だから、図々しくもあれこれ聞きまわっちゃったのよ。喪主さんには申し訳ないけれど、こういう時に故人の生き様が出ちゃうのよねぇ。ところで、也耶子は故人とはどういった間柄だったの? 学生時代の知り合い? それとも会社の同僚とか?」
好奇心旺盛な悦子が目を輝かせ也耶子に尋ねた。
「その愛人を三人も囲っていた大馬鹿野郎は、私の夫です」
「えっ? と、いうことは、まさか也耶子はこの葬儀告別式の……」
この事実を知らなかった彼女には何の罪もない。
「一応、喪主でございます」
「あちゃあ、偶然とはいえ悪いところに遭遇しちゃったわね。でも、也耶子らしいか」
学生時代、也耶子は「ややこし屋の也耶子」と呼ばれる「こじらせ女子」だった。彼女が口を挟むこと、手を出すこと全てどこかで歯車が狂い、物事が順調に進まないのだ。だから、也耶子に大役は任せられないというのが、演劇部では暗黙の了解になっていた。
「それで、この戦いは誰かに勝ち目がありそうなの?」
「向かって右側の細身で色白な巻き髪の清楚系女子かな?」
「おぉ、いかにも男が好きそうな、守ってあげたくなるようなタイプの女ね」
「あの子が夫の子供を妊娠しているんですって」
「OH MY GOD!」
真顔で悦子が叫んだ。
「愛人が夫の子供を妊娠だなんて、神もへったくれもありゃしないって感じです」
「それで、也耶子には子供がいるの?」
「妊活中だったので、まだ……」
「ふぅん、正妻は子なしかぁ。それじゃあ、もしかしたら後々面倒なことになりそうだね」
「やっぱりそうなりますかね?」
「彼女が子供を産めばね」
「ですよね」
「あれ? あのニットワンピの女って、もしかして……」
悦子が秘密の恋人一号を指さして叫んだ。
「あれはグラドルの一ノ瀬まぁやじゃない?」
「いちのせまぁや?」
聞き覚えのない名前に也耶子が小首をかしげる。
「その表情からすると、彼女のことは知らないようね。知らなくて当然、三流グラドルだもの」
「でも、悦子先輩は彼女をよく知っているようですね」
「ちょっとね」
意味ありげに悦子がにやりと笑い、スマホで一ノ瀬まぁやの姿を捉えた。
「修羅場ってこういうことを指すんでしょうね」
まるで他人事のように也耶子が呟くと、葬儀担当者が血相を変えて近づいてきた。
「も、喪主様。出棺のお時間が迫っております」
時計を見ると出棺まであと十分しかなかった。
「すみません、悦子先輩。もっと話したいことがあるのに時間がなくて」
「私なら時間があるわよ。この後ゆっくり、どう?」
「この後?」
「そう、この後にまた会いましょう」
意味ありげな言葉をかけた悦子をロビーに残し、也耶子は斎場の中へと戻った。時間の関係で後に控えていたスケジュールは全て割愛し出棺となるのだが、千栄子や秘密の恋人たちが邪魔をして、なかなか棺を閉めることができずにいた。
「もういい加減にしてください。あなたたちが泣こうが喚こうが、もう逞は生き返りませんから。さぁ、最後にこの顔をよく拝んでおいてください。これがあなた方の愛した男の死に顔です」
そう啖呵を切ると、祭壇に飾ってあった供花を「別れ花」として秘密の恋人たちに手渡した。
「逞の周りに手向けてください。泣いていないで、お義母さんもどうぞ」
「や、也耶子さん、やっぱりあなたって人は……」
千栄子は也耶子が非情な女だと言いたかったのだろが、一時の感情に流されて葬儀告別式をこれ以上滅茶苦茶にしたくなかった。
「さぁ、次は釘打ちの儀です。もう時間がありませんから、邪魔はしないでください」
いよいよこれで最後のお別れだ。棺の蓋を完全に閉じてから、故人に縁の近い人から順番に二回ずつ釘を打っていく。
「た、逞ぁぁぁぁ」
「タッくん」
「逞さん」
「たくぅ」
姑、秘密の恋人一号、二号、三号と女四人の叫び声がこだまする中、須藤逞の棺が霊柩車へと運ばれていった。
突然、目の前に立っている女性に声をかけられた。当事者の也耶子ですら奇妙な光景なのだ、きっと第三者には何が何だかわからないだろう。
「何でも誰が一番故人を愛しているか競っているらしいです」
何気なく顔を上げ声の主の方へ向くと、そこには見覚えのある顔があった。
「あ、あの……え、悦子先輩?」
「あら? もしかして、もしかしたら古木也耶子?」
悦子は高校の演劇部の一年先輩で、演劇の勉強を極めるために上京した。その後、舞台女優としてデビューを飾ったという輝かしい話を耳にしたが、それっきり也耶子の周囲では彼女の話題が上ることはなかった。
「ど、どうしたんですか、こんなところで?」
「仕事よ、仕事」
「あぁあ、仕事関係の方のご葬儀ですか?」
「ううん、違う。仕事」
「えっ?」
どうにも会話がかみ合わない。悦子の言っている意味がわからないのは、疲れがたまっているからだろうか?
「そんなことよりも、受付の前にいる人たちに聞いたら、故人の愛人が三人も登場したんだって? なんだか面白そうな話じゃない。だから、図々しくもあれこれ聞きまわっちゃったのよ。喪主さんには申し訳ないけれど、こういう時に故人の生き様が出ちゃうのよねぇ。ところで、也耶子は故人とはどういった間柄だったの? 学生時代の知り合い? それとも会社の同僚とか?」
好奇心旺盛な悦子が目を輝かせ也耶子に尋ねた。
「その愛人を三人も囲っていた大馬鹿野郎は、私の夫です」
「えっ? と、いうことは、まさか也耶子はこの葬儀告別式の……」
この事実を知らなかった彼女には何の罪もない。
「一応、喪主でございます」
「あちゃあ、偶然とはいえ悪いところに遭遇しちゃったわね。でも、也耶子らしいか」
学生時代、也耶子は「ややこし屋の也耶子」と呼ばれる「こじらせ女子」だった。彼女が口を挟むこと、手を出すこと全てどこかで歯車が狂い、物事が順調に進まないのだ。だから、也耶子に大役は任せられないというのが、演劇部では暗黙の了解になっていた。
「それで、この戦いは誰かに勝ち目がありそうなの?」
「向かって右側の細身で色白な巻き髪の清楚系女子かな?」
「おぉ、いかにも男が好きそうな、守ってあげたくなるようなタイプの女ね」
「あの子が夫の子供を妊娠しているんですって」
「OH MY GOD!」
真顔で悦子が叫んだ。
「愛人が夫の子供を妊娠だなんて、神もへったくれもありゃしないって感じです」
「それで、也耶子には子供がいるの?」
「妊活中だったので、まだ……」
「ふぅん、正妻は子なしかぁ。それじゃあ、もしかしたら後々面倒なことになりそうだね」
「やっぱりそうなりますかね?」
「彼女が子供を産めばね」
「ですよね」
「あれ? あのニットワンピの女って、もしかして……」
悦子が秘密の恋人一号を指さして叫んだ。
「あれはグラドルの一ノ瀬まぁやじゃない?」
「いちのせまぁや?」
聞き覚えのない名前に也耶子が小首をかしげる。
「その表情からすると、彼女のことは知らないようね。知らなくて当然、三流グラドルだもの」
「でも、悦子先輩は彼女をよく知っているようですね」
「ちょっとね」
意味ありげに悦子がにやりと笑い、スマホで一ノ瀬まぁやの姿を捉えた。
「修羅場ってこういうことを指すんでしょうね」
まるで他人事のように也耶子が呟くと、葬儀担当者が血相を変えて近づいてきた。
「も、喪主様。出棺のお時間が迫っております」
時計を見ると出棺まであと十分しかなかった。
「すみません、悦子先輩。もっと話したいことがあるのに時間がなくて」
「私なら時間があるわよ。この後ゆっくり、どう?」
「この後?」
「そう、この後にまた会いましょう」
意味ありげな言葉をかけた悦子をロビーに残し、也耶子は斎場の中へと戻った。時間の関係で後に控えていたスケジュールは全て割愛し出棺となるのだが、千栄子や秘密の恋人たちが邪魔をして、なかなか棺を閉めることができずにいた。
「もういい加減にしてください。あなたたちが泣こうが喚こうが、もう逞は生き返りませんから。さぁ、最後にこの顔をよく拝んでおいてください。これがあなた方の愛した男の死に顔です」
そう啖呵を切ると、祭壇に飾ってあった供花を「別れ花」として秘密の恋人たちに手渡した。
「逞の周りに手向けてください。泣いていないで、お義母さんもどうぞ」
「や、也耶子さん、やっぱりあなたって人は……」
千栄子は也耶子が非情な女だと言いたかったのだろが、一時の感情に流されて葬儀告別式をこれ以上滅茶苦茶にしたくなかった。
「さぁ、次は釘打ちの儀です。もう時間がありませんから、邪魔はしないでください」
いよいよこれで最後のお別れだ。棺の蓋を完全に閉じてから、故人に縁の近い人から順番に二回ずつ釘を打っていく。
「た、逞ぁぁぁぁ」
「タッくん」
「逞さん」
「たくぅ」
姑、秘密の恋人一号、二号、三号と女四人の叫び声がこだまする中、須藤逞の棺が霊柩車へと運ばれていった。
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