これにて一件落着、菊姫は名奉行

勇内一人

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四の巻 一膳飯屋お多福幽霊騒動

十一

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 全てが丸く収まって一件落着めでたし、めでたしで終わるはずだったのだが……南町奉行裏屋敷では嵐が巻き起こっていた。
「今回の騒動は茜に言付けを残したお陰で無事に済んだが、相手は刃物を持っていたそうじゃないか」
 周五郎が頭ごなしに怒鳴るのは、奉行というより親として当然のこと。
「でも、父上。あいつらは包丁なんてまるで役に立たない見掛け倒し、赤子のようでした」
 未だ剣術の苦手な光之助でさえ簡単に倒せたのだ。あの悪党どもは本当に見掛け倒しのへっぴり腰だった。
「だが、お前たちは心張棒とほうきで応戦したのであろう?」
「私の剣術の腕なら心張棒でも充分。あのような連中は何人かかってきても問題ありません」
 菊も得意になって言い返すと、とうとう周五郎の雷が落ちた。
「馬鹿者、得意がるではない!」
 どうやら、二人の反省のない態度が逆鱗に触れたようだ。
「耳の穴をかっぽじってよく聞け、二人とも。やくざ者相手に子供が勝てたのは単なる偶然。決して己の腕を過信してはならぬ、わかったな」
「は、はい」
「わかりました」
 危ない目に遭ったと気づいていなかった菊と光之助は、その後も周五郎にこんこんと説教されたのは言うまでもないだろう。
「……それではもう無茶はしないと約束できるな、二人とも」
「はい、約束いたします」
「はい父上、約束します」

 ようやく周五郎の小言から解放され、二人は一息ついた。
「あぁあ、父上を怒らせると後々大変な目に遭うな。今夜のお小言も長かった」
 長時間正座をして、しびれを切らした足をさすりながら光之助が文句をたれる。
「でも、父上殿は心配をして言っておられたのだ、仕方あるまい」
「まぁな、そうだけど。息子の私だけでなく、お菊殿にも容赦ないのは困りものだ」
 すると、茜が襖を開け、光之助に進言した。
「それは見当違いですよ、光之助」
「どういう意味ですか、母上」
「たとえ、預かっているお嬢さんとはいえ、いっしょに暮らしていれば娘同然。我が子と分け隔てなく扱うのが愛情というものです」
 今度は茜の説教が始まりそうだ。
「娘同然……」
「もちろん、私だって怒りたいですよ。子供がやくざ者と喧嘩をするなんて、絶対にあってはならないことですもの。罰として二人とも明日から、おやつは禁止にしようかしら」
 実は長いお説教よりもおやつ禁止の方が、二人には辛いのかもしれない。
「は、母上、そんな殺生な」
「どうかお許しください、母上殿!」
「とりあえず、罰として今日はおやつ抜きですからね」
 怒りたいという割に頬を緩ませ、おどけた調子で茜が告げた。周五郎がお説教をすると、茜が子供らをなだめる。そして、その逆に茜が叱ると、周五郎が子供らの味方になる。
 町は城とは違い夫婦、親子の隔たりが少ないように思える。そんな富岡夫妻の深い愛情に触れて、菊は改めてこれからも江戸の町に住み続けたいと望んだ。
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