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四の巻 一膳飯屋お多福幽霊騒動
九
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翌日、突然お多福に三太を襲った三人の男たちが現れる。
「ごめんよ、竹助はいるかい?」
どうやら三人も竹助の行方を知らないようだ。
「竹助ならおりません。倅とはもう縁を切りました。二度とここの敷居をまたぐことはないでしょう」
毅然とした態度で松吉が突っぱねる。
「それは妙だなぁ。ここは竹助の店だって話じゃあねえのか?」
「た、竹助の店だと? そんな馬鹿げた話、どこの誰から聞いたんだ?」
すると、店の奥にいたお紋が慌てて飛び出してきた。
「お前さん、こいつだよ。昨日は竹助が店を出すから必要だって、銭を持っていったじゃないか。それなのに、今日はここが竹助の店だなんて、一体全体どうしてそんな嘘をつくんだい?」
この胡散臭い連中の一人が、お紋から銭を受け取っていた。
「婆ぁ、何の話をしていやがる? 俺は初めてここに来たんだぜ」
ところが、当然のように男はしらを切る。一方、図々しくも他の男たちは金目の物がないかと店内を物色し始めた。
「ちくしょう、あいつらめ」
店の外で様子をうかがっていた三太は、急いで南町奉行所の裏屋敷へと向かった。
「大変だ、大変だ! おいらを襲った男たちが、お多福にやって来た!」
お多福の緊急事態に菊も光之介も耳を疑った。
「何だって?」
「奴らは何をしにお多福へ来たのじゃ?」
「金目の物を探していたから、また銭の無心に来たのかもしれない」
「それで、竹助殿は?」
一緒ではないことを祈り、光之介は尋ねた。
「竹助さんは一緒じゃなかった。仲間の男たちだけだった」
一緒ではないということは、竹助はそこまで悪事に手を染めていないという証かもしれない。
「仲間の男たちだけか……それなら、ますます怪しいなぁ」
「うむ、事情が読めてきた。それならば、いざ参ろうぞ」
万が一のために備え、茜に言付けをして三人はお多福に駆け付けた。すると、そこには話題の中心人物の竹助がいた。
「散々兄さんに世話になったくせに、もう一緒にはいられませんってどの口が言う」
男の一人が怒鳴りながら竹助を蹴り上げる。
「お、俺は足を洗いたい。料理人として、真っ当に暮らしたいだけだ」
痛みを我慢しながら、竹助は訴える。
「それなら、それ相当のものをいただかないとな」
「今まで世話してやったお礼ってやつだよ」
「足抜け料だよ、わかるだろう?」
どうやら、この騒動の大もとは改心したい竹助を許せない仲間たちの逆恨み。ただただ因縁をつけているようしか思えなかった。
「竹助、店の手付ってのは、どうなったんだい? お前、私に嘘を言ったのかい?」
藁にもすがる気持ちで、お紋が竹助に尋ねた。
「み、店の手付? 一体何の話だ、それは?」
困惑した表情で、竹助が逆に質問した。
「お前が店を出すからって、お紋はこいつらに銭を渡したんだぞ」
松吉が更に説明すると、竹助は目を丸くした。
「この俺が店を出すって? まさか、そんな話を信じたのか、母さん?」
「あぁ、お紋はこいつらに騙されて銭を渡しちまったんだ」
「な、何だって?」
手前の知らぬところで名騙りに遭っていたとは! しかも、騙されて銭を渡してしまったというではないか。かつては仲間だった連中の、あまりの卑劣さに竹助も嫌悪の表情を見せた。
「竹助、お前は本当に何も知らなかったんだね?」
「当たり前だろう」
松吉とお紋は我が子の無実を知り、ほっと胸をなでおろした。
「俺は確かに博打で人の道を外れたが、親を騙してまで銭を奪うほど落ちぶれちゃあいないぜ」
これで銭の無心はお多福を狙った仲間たちが、勝手にでっちあげたと判明した。そうなると、親子喧嘩の枠から大いにはみ出る。これから先は役お上の裁きが必要だろう。
「お紋、自身番へ行ってくれ。こいつらをしょっ引いてもらうんだ」
「あいよ」
お紋が外に出ようとした瞬間、男の一人が店の包丁を手に前を塞いだ。
「婆ぁ、待て! 命が惜しけりゃあ、銭を出せ!」
不意を突かれたお紋は、驚いて腰を抜かしその場に崩れた。
「ひゃぁあ、お助けを!」
「ごめんよ、竹助はいるかい?」
どうやら三人も竹助の行方を知らないようだ。
「竹助ならおりません。倅とはもう縁を切りました。二度とここの敷居をまたぐことはないでしょう」
毅然とした態度で松吉が突っぱねる。
「それは妙だなぁ。ここは竹助の店だって話じゃあねえのか?」
「た、竹助の店だと? そんな馬鹿げた話、どこの誰から聞いたんだ?」
すると、店の奥にいたお紋が慌てて飛び出してきた。
「お前さん、こいつだよ。昨日は竹助が店を出すから必要だって、銭を持っていったじゃないか。それなのに、今日はここが竹助の店だなんて、一体全体どうしてそんな嘘をつくんだい?」
この胡散臭い連中の一人が、お紋から銭を受け取っていた。
「婆ぁ、何の話をしていやがる? 俺は初めてここに来たんだぜ」
ところが、当然のように男はしらを切る。一方、図々しくも他の男たちは金目の物がないかと店内を物色し始めた。
「ちくしょう、あいつらめ」
店の外で様子をうかがっていた三太は、急いで南町奉行所の裏屋敷へと向かった。
「大変だ、大変だ! おいらを襲った男たちが、お多福にやって来た!」
お多福の緊急事態に菊も光之介も耳を疑った。
「何だって?」
「奴らは何をしにお多福へ来たのじゃ?」
「金目の物を探していたから、また銭の無心に来たのかもしれない」
「それで、竹助殿は?」
一緒ではないことを祈り、光之介は尋ねた。
「竹助さんは一緒じゃなかった。仲間の男たちだけだった」
一緒ではないということは、竹助はそこまで悪事に手を染めていないという証かもしれない。
「仲間の男たちだけか……それなら、ますます怪しいなぁ」
「うむ、事情が読めてきた。それならば、いざ参ろうぞ」
万が一のために備え、茜に言付けをして三人はお多福に駆け付けた。すると、そこには話題の中心人物の竹助がいた。
「散々兄さんに世話になったくせに、もう一緒にはいられませんってどの口が言う」
男の一人が怒鳴りながら竹助を蹴り上げる。
「お、俺は足を洗いたい。料理人として、真っ当に暮らしたいだけだ」
痛みを我慢しながら、竹助は訴える。
「それなら、それ相当のものをいただかないとな」
「今まで世話してやったお礼ってやつだよ」
「足抜け料だよ、わかるだろう?」
どうやら、この騒動の大もとは改心したい竹助を許せない仲間たちの逆恨み。ただただ因縁をつけているようしか思えなかった。
「竹助、店の手付ってのは、どうなったんだい? お前、私に嘘を言ったのかい?」
藁にもすがる気持ちで、お紋が竹助に尋ねた。
「み、店の手付? 一体何の話だ、それは?」
困惑した表情で、竹助が逆に質問した。
「お前が店を出すからって、お紋はこいつらに銭を渡したんだぞ」
松吉が更に説明すると、竹助は目を丸くした。
「この俺が店を出すって? まさか、そんな話を信じたのか、母さん?」
「あぁ、お紋はこいつらに騙されて銭を渡しちまったんだ」
「な、何だって?」
手前の知らぬところで名騙りに遭っていたとは! しかも、騙されて銭を渡してしまったというではないか。かつては仲間だった連中の、あまりの卑劣さに竹助も嫌悪の表情を見せた。
「竹助、お前は本当に何も知らなかったんだね?」
「当たり前だろう」
松吉とお紋は我が子の無実を知り、ほっと胸をなでおろした。
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これで銭の無心はお多福を狙った仲間たちが、勝手にでっちあげたと判明した。そうなると、親子喧嘩の枠から大いにはみ出る。これから先は役お上の裁きが必要だろう。
「お紋、自身番へ行ってくれ。こいつらをしょっ引いてもらうんだ」
「あいよ」
お紋が外に出ようとした瞬間、男の一人が店の包丁を手に前を塞いだ。
「婆ぁ、待て! 命が惜しけりゃあ、銭を出せ!」
不意を突かれたお紋は、驚いて腰を抜かしその場に崩れた。
「ひゃぁあ、お助けを!」
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