61 / 65
四の巻 一膳飯屋お多福幽霊騒動
八
しおりを挟む
一方その頃、お紋は竹助の使いという男の話を熱心に聞いていた。お多福を継げないのなら、竹助は手前で店を出す気でいるというのだ。
「でも、それには銭が少し足りなくて……」
店を借りるのには手打ちの銭が必要らしい。だが、今の竹助にはまとまった銭がない。それゆえ、仲間内で銭をかき集めているが、あと少しだけ足りないそうだ。
「竹助の奴、親父さんには内緒にして欲しいって言うんです」
やはり、竹助は無情な父親でなく、母親の手前をあてにしてくれたのだ。そう好意的に解釈したお紋は心から喜んでいた。
「そうかい、そうかい。やっぱり、あの子は真面目にやり直そうとしているんだね」
お紋は竹助の再起を願い、松吉に内緒で男になけなしの銭を渡してしまう。
ところが、この話は真っ赤な嘘だった。竹助が店を出すなどと話をでっち上げ、倅に甘い母親からまんまと銭を巻き上げるのが目的だった。そうとは知らずお紋は可愛い倅のため、母親らしいことができたと悦に浸っていたのだ。
三太が菊たちを連れてお多福に戻ると、松吉とお紋が激しい夫婦喧嘩をしている最中だった。
「どうしたんだよ、親父さんも女将さんも」
「みっともないところを見せちまってお恥ずかしい。でも、こいつがこつこつ貯めていた銭を全部、竹助に渡しちまったっていうんだ。だから、腹が立って、腹が立って」
二人をなだめながら、菊たちは事情を聞き出した。
「銭を竹助殿に渡したとな? どうしてじゃ、また?」
「無心でもされたのですか?」
「いいえ、違います。正しく言うと竹助の使いって男が、お紋から銭を巻き上げていったんです」
お紋の代わりに、松吉が説明した。
「ほぉ、竹助殿の使いねぇ」
「三太殿を襲ったのも竹助殿の仲間だったそうだが、同じ男かもしれないな」
「え? 何だって? 三太が襲われたって?」
ここで光之介は三太が男たちに囲まれ、突き飛ばされた話をした。そして、気になる捨て台詞を聞かせると、松吉は倅の暴走を恥じ怒りで顔を真っ赤になった。
「店から手を引かないとただじゃあ済まないって、まるでやくざ者の脅しじゃないか。そんなことを言いやがって、そいつらは何様のつもりなんだ」
「で、でも、それがどうして竹助の仲間だって言うんだい? だって三太はあの子のことなんか、何も知らないじゃないか。どうせ、お前の思い込みじゃないのかい?」
ところが一方、倅可愛さでお紋は引き下がる。
「それでは、お紋殿。竹助殿の代わりに来た男を、どうして易々と信用できるのじゃ? 竹助殿から銭が必要だと無心されたわけではなかろうに」
「そ、それは……」
それもお紋の思い込みかもしれない。三太を襲ったのも、銭を無心したのも、竹助の仲間らしき人物なのだが、残念ながら確たる証拠はない。
「まさか、まさか……騙されたんじゃないよね?」
ここにきて急に不安になったのか、お紋が動揺し始める。
「あぁ、どうしよう。竹助の力になれると思ったから、ありったけの銭を渡しちまった」
竹助本人の口から聞いて、銭を渡すべきだったとお紋は嘆いた。だが、竹助が母親を騙す可能性も、無きにしもあらずだった。
「ちくしょう、竹助の奴。こんな卑怯な真似をしやがって。あぁ、あんなのが倅だなんて、恥ずかしい。今度こそあいつをとっちめてやる」
とはいうものの、竹助の居場所を誰も知る者はいない。ところがその後、すぐに竹助の方から姿を現すのだった。
「でも、それには銭が少し足りなくて……」
店を借りるのには手打ちの銭が必要らしい。だが、今の竹助にはまとまった銭がない。それゆえ、仲間内で銭をかき集めているが、あと少しだけ足りないそうだ。
「竹助の奴、親父さんには内緒にして欲しいって言うんです」
やはり、竹助は無情な父親でなく、母親の手前をあてにしてくれたのだ。そう好意的に解釈したお紋は心から喜んでいた。
「そうかい、そうかい。やっぱり、あの子は真面目にやり直そうとしているんだね」
お紋は竹助の再起を願い、松吉に内緒で男になけなしの銭を渡してしまう。
ところが、この話は真っ赤な嘘だった。竹助が店を出すなどと話をでっち上げ、倅に甘い母親からまんまと銭を巻き上げるのが目的だった。そうとは知らずお紋は可愛い倅のため、母親らしいことができたと悦に浸っていたのだ。
三太が菊たちを連れてお多福に戻ると、松吉とお紋が激しい夫婦喧嘩をしている最中だった。
「どうしたんだよ、親父さんも女将さんも」
「みっともないところを見せちまってお恥ずかしい。でも、こいつがこつこつ貯めていた銭を全部、竹助に渡しちまったっていうんだ。だから、腹が立って、腹が立って」
二人をなだめながら、菊たちは事情を聞き出した。
「銭を竹助殿に渡したとな? どうしてじゃ、また?」
「無心でもされたのですか?」
「いいえ、違います。正しく言うと竹助の使いって男が、お紋から銭を巻き上げていったんです」
お紋の代わりに、松吉が説明した。
「ほぉ、竹助殿の使いねぇ」
「三太殿を襲ったのも竹助殿の仲間だったそうだが、同じ男かもしれないな」
「え? 何だって? 三太が襲われたって?」
ここで光之介は三太が男たちに囲まれ、突き飛ばされた話をした。そして、気になる捨て台詞を聞かせると、松吉は倅の暴走を恥じ怒りで顔を真っ赤になった。
「店から手を引かないとただじゃあ済まないって、まるでやくざ者の脅しじゃないか。そんなことを言いやがって、そいつらは何様のつもりなんだ」
「で、でも、それがどうして竹助の仲間だって言うんだい? だって三太はあの子のことなんか、何も知らないじゃないか。どうせ、お前の思い込みじゃないのかい?」
ところが一方、倅可愛さでお紋は引き下がる。
「それでは、お紋殿。竹助殿の代わりに来た男を、どうして易々と信用できるのじゃ? 竹助殿から銭が必要だと無心されたわけではなかろうに」
「そ、それは……」
それもお紋の思い込みかもしれない。三太を襲ったのも、銭を無心したのも、竹助の仲間らしき人物なのだが、残念ながら確たる証拠はない。
「まさか、まさか……騙されたんじゃないよね?」
ここにきて急に不安になったのか、お紋が動揺し始める。
「あぁ、どうしよう。竹助の力になれると思ったから、ありったけの銭を渡しちまった」
竹助本人の口から聞いて、銭を渡すべきだったとお紋は嘆いた。だが、竹助が母親を騙す可能性も、無きにしもあらずだった。
「ちくしょう、竹助の奴。こんな卑怯な真似をしやがって。あぁ、あんなのが倅だなんて、恥ずかしい。今度こそあいつをとっちめてやる」
とはいうものの、竹助の居場所を誰も知る者はいない。ところがその後、すぐに竹助の方から姿を現すのだった。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
南町奉行所お耳役貞永正太郎の捕物帳
勇内一人
歴史・時代
第9回歴史・時代小説大賞奨励賞受賞作品に2024年6月1日より新章「材木商桧木屋お七の訴え」を追加しています(続きではなく途中からなので、わかりづらいかもしれません)
南町奉行所吟味方与力の貞永平一郎の一人息子、正太郎はお多福風邪にかかり両耳の聴覚を失ってしまう。父の跡目を継げない彼は吟味方書物役見習いとして南町奉行所に勤めている。ある時から聞こえない正太郎の耳が死者の声を拾うようになる。それは犯人や証言に不服がある場合、殺された本人が異議を唱える声だった。声を頼りに事件を再捜査すると、思わぬ真実が発覚していく。やがて、平一郎が喧嘩の巻き添えで殺され、正太郎の耳に亡き父の声が届く。
表紙はパブリックドメインQ 著作権フリー絵画:小原古邨 「月と蝙蝠」を使用しております。
2024年10月17日〜エブリスタにも公開を始めました。
日日晴朗 ―異性装娘お助け日記―
優木悠
歴史・時代
―男装の助け人、江戸を駈ける!―
栗栖小源太が女であることを隠し、兄の消息を追って江戸に出てきたのは慶安二年の暮れのこと。
それから三カ月、助っ人稼業で糊口をしのぎながら兄をさがす小源太であったが、やがて由井正雪一党の陰謀に巻き込まれてゆく。
月の後半のみ、毎日10時頃更新しています。
田楽屋のぶの店先日記〜殿ちびちゃん参るの巻〜
皐月なおみ
歴史・時代
わけあり夫婦のところに、わけあり子どもがやってきた!?
冨岡八幡宮の門前町で田楽屋を営む「のぶ」と亭主「安居晃之進」は、奇妙な駆け落ちをして一緒になったわけあり夫婦である。
あれから三年、子ができないこと以外は順調だ。
でもある日、晃之進が見知らぬ幼子「朔太郎」を、連れて帰ってきたからさあ、大変!
『これおかみ、わしに気安くさわるでない』
なんだか殿っぽい喋り方のこの子は何者?
もしかして、晃之進の…?
心穏やかではいられないながらも、一生懸命面倒をみるのぶに朔太郎も心を開くようになる。
『うふふ。わし、かかさまの抱っこだいすきじゃ』
そのうちにのぶは彼の尋常じゃない能力に気がついて…?
近所から『殿ちびちゃん』と呼ばれるようになった朔太郎とともに、田楽屋の店先で次々に起こる事件を解決する。
亭主との関係
子どもたちを振り回す理不尽な出来事に対する怒り
友人への複雑な思い
たくさんの出来事を乗り越えた先に、のぶが辿り着いた答えは…?
※田楽屋を営む主人公が、わけありで預かることになった朔太郎と、次々と起こる事件を解決する物語です!
※歴史・時代小説コンテストエントリー作品です。もしよろしければ応援よろしくお願いします。
融女寛好 腹切り融川の後始末
仁獅寺永雪
歴史・時代
江戸後期の文化八年(一八一一年)、幕府奥絵師が急死する。悲報を受けた若き天才女絵師が、根結いの垂髪を揺らして江戸の町を駆け抜ける。彼女は、事件の謎を解き、恩師の名誉と一門の将来を守ることが出来るのか。
「良工の手段、俗目の知るところにあらず」
師が遺したこの言葉の真の意味は?
これは、男社会の江戸画壇にあって、百人を超す門弟を持ち、今にも残る堂々たる足跡を残した実在の女絵師の若き日の物語。最後までお楽しみいただければ幸いです。
剣客居酒屋 草間の陰
松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!
【完結】奔波の先に~井上聞多と伊藤俊輔~幕末から維新の物語
瑞野明青
歴史・時代
「奔波の先に~聞多と俊輔~」は、幕末から明治初期にかけての日本の歴史を描いた小説です。物語は、山口湯田温泉で生まれた志道聞多(後の井上馨)と、彼の盟友である伊藤俊輔(後の伊藤博文)を中心に展開します。二人は、尊王攘夷の思想に共鳴し、高杉晋作や桂小五郎といった同志と共に、幕末の動乱を駆け抜けます。そして、新しい国造りに向けて走り続ける姿が描かれています。
小説は、聞多と俊輔の出会いから始まり、彼らが長州藩の若き志士として成長し、幕府の圧制に立ち向かい、明治維新へと導くための奔走を続ける様子が描かれています。友情と信念を深めながら、国の行く末をより良くしていくために奮闘する二人の姿が、読者に感動を与えます。
この小説は、歴史的事実に基づきつつも、登場人物たちの内面の葛藤や、時代の変革に伴う人々の生活の変化など、幕末から明治にかけての日本の姿をリアルに描き出しています。読者は、この小説を通じて、日本の歴史の一端を垣間見ることができるでしょう。
Copilotによる要約

【完結】絵師の嫁取り
かずえ
歴史・時代
長屋シリーズ二作目。
第八回歴史・時代小説大賞で奨励賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
小鉢料理の店の看板娘、おふくは、背は低めで少しふくふくとした体格の十六歳。元気で明るい人気者。
ある日、昼も夜もご飯を食べに来ていた常連の客が、三日も姿を見せないことを心配して住んでいると聞いた長屋に様子を見に行ってみれば……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる