これにて一件落着、菊姫は名奉行

勇内一人

文字の大きさ
上 下
47 / 65
三の巻 赤ん坊置き去り騒動

しおりを挟む
 翌日。お染たちが住む裏長屋を見張る菊と光之助。そこに伝言を受けた庄吉が合流する。
「あ、出て来たぞ」
 渡世人風の男が男児を連れて外に出てきた。
「どうだ、庄吉殿」
「あの男に見覚えはないか?」
「あいつ、そうだ。あの男だ」
 それならば、一緒にいる男児は青あざの子に違いないだろう。
「あの子が殴られていた息子だよ」
「でも、本人は息子ではないと言っていたぞ」
「やっぱり、そうだと思っていた。だって、あの男は平気で殴るし、名を呼んでなかったもの」
 三人が隠れている路地に男たちが近づく。
「今度こそうまくやるんだぞ。二、三日したら迎えに行くからな。その前に悪戯してお払い箱にされるんじゃあないぞ」
「もうこんなの嫌だよ。おいら帰りたいよ」
「何が帰りたいだ。お前の帰るところなんぞ、どこにもないだろう」
 帰るところなどどこにもないとは妙な話。男が男児を息子だと、お染の亭主だと言い張るのなら、あの長屋が帰るところではないか?
「光之助殿、何だか今のやり取りはおかしくなかったか?」
 菊も同じように受け止めたらしい。
「それよりも、あの二人は今からどこに行くんだろう?」
《きもいりや 御奉公人口入仕候》と書かれた看板が掛かっている戸を開け、二人揃って入っていく。しばらくすると、にやにやと笑みを浮かべる浪人風の男だけが出てきた。
「あそこは何じゃ?」
肝煎屋きもいりやとは口入屋くちいれやのことだよ」
「口入屋とは何ぞや?」
「えっと、それは……」 

 口入屋とは今でいう職業斡旋業者。ハローワークや派遣会社のように、奉公人を求めている武家屋敷や商店に人材を斡旋する商売だ。
「何でまた男は口入屋へと?」
「あの子が一緒じゃないということは?」
 男児を奉公に出すため口入屋に出向いたのだろうか?
「念のため確認してみよう」
「き、菊殿!」
 言うが早いか菊は口入屋の戸を開けていた。
「御免」
 そこには口入屋の主人らしき年配の男と男児がいた。
「今しがた男が男児を連れて来たと思うのだが」
「はい。女房に死なれ男一人では息子を育てられない。奉公に出すにはちょいとばかし幼いけれど、どうしてもと泣きつかれ断れませんでした。何か都合の悪いことでもあるのでしょうか?」
「生憎だがその子は奴の息子ではないようだ。実は……」
 光之助が名を名乗り、事情を説明する。
「そ、そうなのか、坊主?」
 主人は表情を曇らせ男児に尋ねる。
「……う、うん。あいつはおいらの父ちゃんなんかじゃない。全部いんちきなんだ、嘘なんだよ」
「それなら、お染も母ではないのだな? お主の名は何と申す? 何処から来たのじゃ?」
「おいらは四郎しろう。迷子になっていた時に、おばちゃんに声をかけられたんだ」
 やはり、あの二人は四郎とは赤の他人だったのだ。
「参ったな。物入りだと請われ、男に銭を渡してしまいました。いえ、銭が惜しいわけではないのです。ただ、この子が迷子なら勝手に手出しができません」
 困り果てた様子で主人は嘆く。すると、四郎がぽつりと呟いた。
「……いつもそうなんだ。それが手なんだよ」
 四郎が明かした手口はこうだった。渡世人風の男が口入屋に子供を預け、前金としてわずかながらの銭を受け取る。奉公先が決まり働き始め数日経つと、子供は隙を見て逃げ出し男と合流する。
 奉公先から事情を聞いた口入屋が男の住まいに怒鳴り込んでも、既に渡世人風の男は姿を消し子供も見つからない。こうやって江戸の町を転々と移動し、同じことを繰り返し、日銭を稼いでいるというのだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

南町奉行所お耳役貞永正太郎の捕物帳

勇内一人
歴史・時代
第9回歴史・時代小説大賞奨励賞受賞作品に2024年6月1日より新章「材木商桧木屋お七の訴え」を追加しています(続きではなく途中からなので、わかりづらいかもしれません) 南町奉行所吟味方与力の貞永平一郎の一人息子、正太郎はお多福風邪にかかり両耳の聴覚を失ってしまう。父の跡目を継げない彼は吟味方書物役見習いとして南町奉行所に勤めている。ある時から聞こえない正太郎の耳が死者の声を拾うようになる。それは犯人や証言に不服がある場合、殺された本人が異議を唱える声だった。声を頼りに事件を再捜査すると、思わぬ真実が発覚していく。やがて、平一郎が喧嘩の巻き添えで殺され、正太郎の耳に亡き父の声が届く。 表紙はパブリックドメインQ 著作権フリー絵画:小原古邨 「月と蝙蝠」を使用しております。 2024年10月17日〜エブリスタにも公開を始めました。

日日晴朗 ―異性装娘お助け日記―

優木悠
歴史・時代
―男装の助け人、江戸を駈ける!― 栗栖小源太が女であることを隠し、兄の消息を追って江戸に出てきたのは慶安二年の暮れのこと。 それから三カ月、助っ人稼業で糊口をしのぎながら兄をさがす小源太であったが、やがて由井正雪一党の陰謀に巻き込まれてゆく。 月の後半のみ、毎日10時頃更新しています。

田楽屋のぶの店先日記〜殿ちびちゃん参るの巻〜

皐月なおみ
歴史・時代
わけあり夫婦のところに、わけあり子どもがやってきた!? 冨岡八幡宮の門前町で田楽屋を営む「のぶ」と亭主「安居晃之進」は、奇妙な駆け落ちをして一緒になったわけあり夫婦である。 あれから三年、子ができないこと以外は順調だ。 でもある日、晃之進が見知らぬ幼子「朔太郎」を、連れて帰ってきたからさあ、大変! 『これおかみ、わしに気安くさわるでない』 なんだか殿っぽい喋り方のこの子は何者? もしかして、晃之進の…? 心穏やかではいられないながらも、一生懸命面倒をみるのぶに朔太郎も心を開くようになる。 『うふふ。わし、かかさまの抱っこだいすきじゃ』 そのうちにのぶは彼の尋常じゃない能力に気がついて…? 近所から『殿ちびちゃん』と呼ばれるようになった朔太郎とともに、田楽屋の店先で次々に起こる事件を解決する。 亭主との関係 子どもたちを振り回す理不尽な出来事に対する怒り 友人への複雑な思い たくさんの出来事を乗り越えた先に、のぶが辿り着いた答えは…? ※田楽屋を営む主人公が、わけありで預かることになった朔太郎と、次々と起こる事件を解決する物語です! ※歴史・時代小説コンテストエントリー作品です。もしよろしければ応援よろしくお願いします。

融女寛好 腹切り融川の後始末

仁獅寺永雪
歴史・時代
 江戸後期の文化八年(一八一一年)、幕府奥絵師が急死する。悲報を受けた若き天才女絵師が、根結いの垂髪を揺らして江戸の町を駆け抜ける。彼女は、事件の謎を解き、恩師の名誉と一門の将来を守ることが出来るのか。 「良工の手段、俗目の知るところにあらず」  師が遺したこの言葉の真の意味は?  これは、男社会の江戸画壇にあって、百人を超す門弟を持ち、今にも残る堂々たる足跡を残した実在の女絵師の若き日の物語。最後までお楽しみいただければ幸いです。

剣客居酒屋 草間の陰

松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

【完結】奔波の先に~井上聞多と伊藤俊輔~幕末から維新の物語

瑞野明青
歴史・時代
「奔波の先に~聞多と俊輔~」は、幕末から明治初期にかけての日本の歴史を描いた小説です。物語は、山口湯田温泉で生まれた志道聞多(後の井上馨)と、彼の盟友である伊藤俊輔(後の伊藤博文)を中心に展開します。二人は、尊王攘夷の思想に共鳴し、高杉晋作や桂小五郎といった同志と共に、幕末の動乱を駆け抜けます。そして、新しい国造りに向けて走り続ける姿が描かれています。 小説は、聞多と俊輔の出会いから始まり、彼らが長州藩の若き志士として成長し、幕府の圧制に立ち向かい、明治維新へと導くための奔走を続ける様子が描かれています。友情と信念を深めながら、国の行く末をより良くしていくために奮闘する二人の姿が、読者に感動を与えます。 この小説は、歴史的事実に基づきつつも、登場人物たちの内面の葛藤や、時代の変革に伴う人々の生活の変化など、幕末から明治にかけての日本の姿をリアルに描き出しています。読者は、この小説を通じて、日本の歴史の一端を垣間見ることができるでしょう。 Copilotによる要約

【完結】絵師の嫁取り

かずえ
歴史・時代
長屋シリーズ二作目。 第八回歴史・時代小説大賞で奨励賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 小鉢料理の店の看板娘、おふくは、背は低めで少しふくふくとした体格の十六歳。元気で明るい人気者。 ある日、昼も夜もご飯を食べに来ていた常連の客が、三日も姿を見せないことを心配して住んでいると聞いた長屋に様子を見に行ってみれば……?

管仲・晏嬰・孟嘗君・田単:斉(せい)国の名宰相たち

ヒコロク
歴史・時代
人気コミック「キングダム」の舞台である、古代チャイナの戦国時代末期の秦始皇帝による統一にいたるまでのあいだ、春秋戦国時代を通じて、山東半島のあるアジア大陸の東方に位置する大国が斉(せい)の国です。斉国は、周王朝による統一に貢献した有名な太公望を始祖とする国ですが、その後名宰相たちが登場して、数々のエピソードが目白押しです。ここでは、斉の君主を補佐した名宰相として有名な、管仲、晏嬰、孟嘗君、田単の活躍と、かれらにまつわる人物たちの言動を紹介しましょう。

処理中です...