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三の巻 赤ん坊置き去り騒動
八
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翌日。お染たちが住む裏長屋を見張る菊と光之助。そこに伝言を受けた庄吉が合流する。
「あ、出て来たぞ」
渡世人風の男が男児を連れて外に出てきた。
「どうだ、庄吉殿」
「あの男に見覚えはないか?」
「あいつ、そうだ。あの男だ」
それならば、一緒にいる男児は青あざの子に違いないだろう。
「あの子が殴られていた息子だよ」
「でも、本人は息子ではないと言っていたぞ」
「やっぱり、そうだと思っていた。だって、あの男は平気で殴るし、名を呼んでなかったもの」
三人が隠れている路地に男たちが近づく。
「今度こそうまくやるんだぞ。二、三日したら迎えに行くからな。その前に悪戯してお払い箱にされるんじゃあないぞ」
「もうこんなの嫌だよ。おいら帰りたいよ」
「何が帰りたいだ。お前の帰るところなんぞ、どこにもないだろう」
帰るところなどどこにもないとは妙な話。男が男児を息子だと、お染の亭主だと言い張るのなら、あの長屋が帰るところではないか?
「光之助殿、何だか今のやり取りはおかしくなかったか?」
菊も同じように受け止めたらしい。
「それよりも、あの二人は今からどこに行くんだろう?」
《きもいりや 御奉公人口入仕候》と書かれた看板が掛かっている戸を開け、二人揃って入っていく。しばらくすると、にやにやと笑みを浮かべる浪人風の男だけが出てきた。
「あそこは何じゃ?」
「肝煎屋とは口入屋のことだよ」
「口入屋とは何ぞや?」
「えっと、それは……」
口入屋とは今でいう職業斡旋業者。ハローワークや派遣会社のように、奉公人を求めている武家屋敷や商店に人材を斡旋する商売だ。
「何でまた男は口入屋へと?」
「あの子が一緒じゃないということは?」
男児を奉公に出すため口入屋に出向いたのだろうか?
「念のため確認してみよう」
「き、菊殿!」
言うが早いか菊は口入屋の戸を開けていた。
「御免」
そこには口入屋の主人らしき年配の男と男児がいた。
「今しがた男が男児を連れて来たと思うのだが」
「はい。女房に死なれ男一人では息子を育てられない。奉公に出すにはちょいとばかし幼いけれど、どうしてもと泣きつかれ断れませんでした。何か都合の悪いことでもあるのでしょうか?」
「生憎だがその子は奴の息子ではないようだ。実は……」
光之助が名を名乗り、事情を説明する。
「そ、そうなのか、坊主?」
主人は表情を曇らせ男児に尋ねる。
「……う、うん。あいつはおいらの父ちゃんなんかじゃない。全部いんちきなんだ、嘘なんだよ」
「それなら、お染も母ではないのだな? お主の名は何と申す? 何処から来たのじゃ?」
「おいらは四郎。迷子になっていた時に、おばちゃんに声をかけられたんだ」
やはり、あの二人は四郎とは赤の他人だったのだ。
「参ったな。物入りだと請われ、男に銭を渡してしまいました。いえ、銭が惜しいわけではないのです。ただ、この子が迷子なら勝手に手出しができません」
困り果てた様子で主人は嘆く。すると、四郎がぽつりと呟いた。
「……いつもそうなんだ。それが手なんだよ」
四郎が明かした手口はこうだった。渡世人風の男が口入屋に子供を預け、前金としてわずかながらの銭を受け取る。奉公先が決まり働き始め数日経つと、子供は隙を見て逃げ出し男と合流する。
奉公先から事情を聞いた口入屋が男の住まいに怒鳴り込んでも、既に渡世人風の男は姿を消し子供も見つからない。こうやって江戸の町を転々と移動し、同じことを繰り返し、日銭を稼いでいるというのだ。
「あ、出て来たぞ」
渡世人風の男が男児を連れて外に出てきた。
「どうだ、庄吉殿」
「あの男に見覚えはないか?」
「あいつ、そうだ。あの男だ」
それならば、一緒にいる男児は青あざの子に違いないだろう。
「あの子が殴られていた息子だよ」
「でも、本人は息子ではないと言っていたぞ」
「やっぱり、そうだと思っていた。だって、あの男は平気で殴るし、名を呼んでなかったもの」
三人が隠れている路地に男たちが近づく。
「今度こそうまくやるんだぞ。二、三日したら迎えに行くからな。その前に悪戯してお払い箱にされるんじゃあないぞ」
「もうこんなの嫌だよ。おいら帰りたいよ」
「何が帰りたいだ。お前の帰るところなんぞ、どこにもないだろう」
帰るところなどどこにもないとは妙な話。男が男児を息子だと、お染の亭主だと言い張るのなら、あの長屋が帰るところではないか?
「光之助殿、何だか今のやり取りはおかしくなかったか?」
菊も同じように受け止めたらしい。
「それよりも、あの二人は今からどこに行くんだろう?」
《きもいりや 御奉公人口入仕候》と書かれた看板が掛かっている戸を開け、二人揃って入っていく。しばらくすると、にやにやと笑みを浮かべる浪人風の男だけが出てきた。
「あそこは何じゃ?」
「肝煎屋とは口入屋のことだよ」
「口入屋とは何ぞや?」
「えっと、それは……」
口入屋とは今でいう職業斡旋業者。ハローワークや派遣会社のように、奉公人を求めている武家屋敷や商店に人材を斡旋する商売だ。
「何でまた男は口入屋へと?」
「あの子が一緒じゃないということは?」
男児を奉公に出すため口入屋に出向いたのだろうか?
「念のため確認してみよう」
「き、菊殿!」
言うが早いか菊は口入屋の戸を開けていた。
「御免」
そこには口入屋の主人らしき年配の男と男児がいた。
「今しがた男が男児を連れて来たと思うのだが」
「はい。女房に死なれ男一人では息子を育てられない。奉公に出すにはちょいとばかし幼いけれど、どうしてもと泣きつかれ断れませんでした。何か都合の悪いことでもあるのでしょうか?」
「生憎だがその子は奴の息子ではないようだ。実は……」
光之助が名を名乗り、事情を説明する。
「そ、そうなのか、坊主?」
主人は表情を曇らせ男児に尋ねる。
「……う、うん。あいつはおいらの父ちゃんなんかじゃない。全部いんちきなんだ、嘘なんだよ」
「それなら、お染も母ではないのだな? お主の名は何と申す? 何処から来たのじゃ?」
「おいらは四郎。迷子になっていた時に、おばちゃんに声をかけられたんだ」
やはり、あの二人は四郎とは赤の他人だったのだ。
「参ったな。物入りだと請われ、男に銭を渡してしまいました。いえ、銭が惜しいわけではないのです。ただ、この子が迷子なら勝手に手出しができません」
困り果てた様子で主人は嘆く。すると、四郎がぽつりと呟いた。
「……いつもそうなんだ。それが手なんだよ」
四郎が明かした手口はこうだった。渡世人風の男が口入屋に子供を預け、前金としてわずかながらの銭を受け取る。奉公先が決まり働き始め数日経つと、子供は隙を見て逃げ出し男と合流する。
奉公先から事情を聞いた口入屋が男の住まいに怒鳴り込んでも、既に渡世人風の男は姿を消し子供も見つからない。こうやって江戸の町を転々と移動し、同じことを繰り返し、日銭を稼いでいるというのだ。
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