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三の巻 赤ん坊置き去り騒動
四
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お峰は戌の日になると必ず日本橋茅場町にある神社へ、子宝祈願に行っていたそうだ。そこで顔馴染みになり、身の上話をする仲になったお婆がいた。
ある日のこと。お婆からやむにやまれぬ事情で、親が育てられない赤ん坊がいる。誰か代わりに育ててくれる、奇特な人がいないかと持ち掛けられたそうだ。
子を亡くし涙に暮れていた頃、咄嗟にお峰は手前が育てると申し出た。そして、赤ん坊を二十両で手にしたというのだ。
「何、銭を払っただと?」
二十両と聞き、周五郎は眉間にしわを寄せた。
「は、はい。お婆様への謝礼として二十両を支払いました。赤ん坊を銭で買うなんぞ不届きだと、最初は反対したのですが……」
裏屋敷とはいえ、ここは南町奉行所。相手は奉行ゆえ、お白州にいるような気分で徐々に語尾が小さくなっていく。
「申し訳ございません。この人は悪くありません。手前が我儘を言ったから……どうしてもとお願いして、弓太郎を我が子にしたのです」
親から見捨てられた赤ん坊が可愛そうになり、二十両もの大金を支払ってしまった。後ろめたさがあったものの伊吹屋に待望の跡取り息子ができたし、子を亡くし生きる望みを失っていたお峰にも生きる気力が蘇った。半左エ門も弓太郎が夫婦にとって福を招いたと喜んだそうだ。
それなのに突然、弓太郎の姿がなくなった。もしかしたら、かどわかしに遭ったのか? それとも産みの親が黙って連れ去ったのか?
焦りや不安で眠れぬ夜を過ごしたが、弓太郎が伊吹屋に来た事情が事情だけに騒ぎになるのは困る。それゆえ、すぐに自身番にも届けられなかったそうだ。
「この子が弓太郎だという証はあるのだろうか?」
「そ、それは人別帳(戸籍のような物)に……」
「いや、お主たち夫婦を怪しんでいるわけではないぞ。ただ、手前が母親だと名乗る女がもう一人現れてな。どちらかが嘘をついているのか、はたまたその女が弓太郎の生みの親なのか。どうにもこうにも真相がわからなくてなぁ」
すると、廊下で盗み聞きしていた子供たちが待ったをかけた。
「父上殿!」
「待って、父上」
赤ん坊を弓太郎と呼ぶと応えると言い出したのだ。
「違う名で呼んでも返事をせぬが、弓太郎と呼ぶと嬉しそうに笑うぞ」
「だから、絶対この子は弓太郎ちゃんよ」
「うぅむ、なるほど」
それならば、何でお染は我が子だと嘘をついたのだろうか?
そして、弓太郎を連れ去り奉行所の前に置き去りにしたのは、一体誰なのだろうか?
まさか、再びお染が赤ん坊を置き去りにして帰るとは考えていなかった。これでは真相を探るのは、益々困難になってしまうだろう。
「小伝馬町に住んでいると言ったが、果たしてそれも定かではないようだしなぁ」
お峰はちらりとお染の姿を見たが、今まで一度も会ったことがないという。二人に繋がりがあるとは、周五郎も端から期待はしていなかった。たが、少しでも手掛かりがあればと願っていたのだが……
とりあえず、所在も把握できるから問題はないだろう。周五郎の独断で赤ん坊は伊吹屋が連れて帰ることになった。
「お染の行動も気になるし、お主たちが言う連れ去りの件もある。しばらく伊吹屋の周辺でも探りを入れるが、それでも構わないであろうか?」
「はい。弓太郎に関して些か後ろめたいところもありますので、我々としてもその辺りをきっちり調べていただけると助かります」
おいそれと一件落着とは言えない状況に、さすがの南町奉行も困惑していた。
ある日のこと。お婆からやむにやまれぬ事情で、親が育てられない赤ん坊がいる。誰か代わりに育ててくれる、奇特な人がいないかと持ち掛けられたそうだ。
子を亡くし涙に暮れていた頃、咄嗟にお峰は手前が育てると申し出た。そして、赤ん坊を二十両で手にしたというのだ。
「何、銭を払っただと?」
二十両と聞き、周五郎は眉間にしわを寄せた。
「は、はい。お婆様への謝礼として二十両を支払いました。赤ん坊を銭で買うなんぞ不届きだと、最初は反対したのですが……」
裏屋敷とはいえ、ここは南町奉行所。相手は奉行ゆえ、お白州にいるような気分で徐々に語尾が小さくなっていく。
「申し訳ございません。この人は悪くありません。手前が我儘を言ったから……どうしてもとお願いして、弓太郎を我が子にしたのです」
親から見捨てられた赤ん坊が可愛そうになり、二十両もの大金を支払ってしまった。後ろめたさがあったものの伊吹屋に待望の跡取り息子ができたし、子を亡くし生きる望みを失っていたお峰にも生きる気力が蘇った。半左エ門も弓太郎が夫婦にとって福を招いたと喜んだそうだ。
それなのに突然、弓太郎の姿がなくなった。もしかしたら、かどわかしに遭ったのか? それとも産みの親が黙って連れ去ったのか?
焦りや不安で眠れぬ夜を過ごしたが、弓太郎が伊吹屋に来た事情が事情だけに騒ぎになるのは困る。それゆえ、すぐに自身番にも届けられなかったそうだ。
「この子が弓太郎だという証はあるのだろうか?」
「そ、それは人別帳(戸籍のような物)に……」
「いや、お主たち夫婦を怪しんでいるわけではないぞ。ただ、手前が母親だと名乗る女がもう一人現れてな。どちらかが嘘をついているのか、はたまたその女が弓太郎の生みの親なのか。どうにもこうにも真相がわからなくてなぁ」
すると、廊下で盗み聞きしていた子供たちが待ったをかけた。
「父上殿!」
「待って、父上」
赤ん坊を弓太郎と呼ぶと応えると言い出したのだ。
「違う名で呼んでも返事をせぬが、弓太郎と呼ぶと嬉しそうに笑うぞ」
「だから、絶対この子は弓太郎ちゃんよ」
「うぅむ、なるほど」
それならば、何でお染は我が子だと嘘をついたのだろうか?
そして、弓太郎を連れ去り奉行所の前に置き去りにしたのは、一体誰なのだろうか?
まさか、再びお染が赤ん坊を置き去りにして帰るとは考えていなかった。これでは真相を探るのは、益々困難になってしまうだろう。
「小伝馬町に住んでいると言ったが、果たしてそれも定かではないようだしなぁ」
お峰はちらりとお染の姿を見たが、今まで一度も会ったことがないという。二人に繋がりがあるとは、周五郎も端から期待はしていなかった。たが、少しでも手掛かりがあればと願っていたのだが……
とりあえず、所在も把握できるから問題はないだろう。周五郎の独断で赤ん坊は伊吹屋が連れて帰ることになった。
「お染の行動も気になるし、お主たちが言う連れ去りの件もある。しばらく伊吹屋の周辺でも探りを入れるが、それでも構わないであろうか?」
「はい。弓太郎に関して些か後ろめたいところもありますので、我々としてもその辺りをきっちり調べていただけると助かります」
おいそれと一件落着とは言えない状況に、さすがの南町奉行も困惑していた。
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