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弐の巻 豆福入れ替え騒動
十一
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「それにしても、江戸の町には我らと年の違わぬ子供がたくさん働いておるのだなぁ」
感慨深げに菊が呟く。げんに江戸の時代、子供が働き手として経済を支えていたのは確かなことだった。
「あぁ、そうだな」
この町で暮らしている光之助だが、今まで気に留めたこともなかった。庄吉も三太も困難を乗り越え、また新たな一歩を歩み出した。だが、厳しい店主の下で働く子供らも多くいるだろう。
「我々は恵まれているのであろうか?」
ふと漏らした菊の心の声に、光之助も考えるものがあった。
親元を離れ手前の食い扶持を手前で稼いでいる。それが当たり前だという子供らに比べ、己はどうだろうか?
南町奉行の息子として生を受け、手習い所や剣術の稽古に通う日々。腹いっぱい飯は食えるし、雨露しのげる立派な住まいもある。そして、何よりも両親と共に暮らしているではないか。
「何だか小さいことで文句を言っていた、手間が恥ずかしいよ」
これ以上の幸せはないのに、あれこれと不満ばかり並べていたのが恥ずかしくなる。
「そうか、光之助殿もそう思ったか」
まだ菊とは悩みを打ち明けるほどの仲ではない。だが、少しだけ晴れやかになった表情を見れば、胸につかえた何かが取れたのだと思えた。
その夜、江戸城内では。
「そもそも米代金を払い渋った大名領の家臣が招いた失態。どのような制裁を下したのじゃ?」
米問屋小島屋が即座に不服申立てを取り下げたのは、裏で徳川家将川の代理として甚八が手を引いていたからだ。
「今まで滞納していた代金を米問屋に支払うように命じ、領主として恥じぬよう行動せよと一言加えました」
「全ての領主が将軍を差置き、勝手な振る舞いをしていたら示しがつかぬ。悪い芽は小さな時に摘まぬとな」
江戸は徳川家将軍の城下町ゆえ、地方の大名領の領主ごときに大きな顔をさせてはならない。ここは厳しく出なければならぬ。だが……
「小島屋の方は如何されましょうか?」
「うむ。例の狆は菊のもとにおるであろうか?」
「はい。結局、菊姫様が代わりに世話をすることになったようです」
「あれでいて姫は情が深いからのぉ」
「毎日、甲斐甲斐しく世話をしておられるようです」
「そうか、そうか。きっと喜んで世話をしているのであろう。それならば、米問屋は菊に免じて許してやろうか」
町人の処分は将軍の範疇にないとばかり、あっさり話を終えてしまった。
「ところで、甚八。お主、緑風館なる道場で剣術の指導をし始めたとか」
「はい、姫様の様子をもっと近くで探るために潜入いたしました」
付かず離れず姫様の傍にいることが最善の策だと選択し行動に出た。近づきすぎると正体がばれる恐れもあるが、これくらいの距離なら丁度良い塩梅なので大丈夫だろう。よくよく考えて選択した行動だったが、今のところ上手くいっている。
「そうか。では、引き続き姫の見守りを頼んだぞ」
「御意」
一方、その頃。南町奉行裏屋敷では……
「これにて一件落着じゃぁ……むにゃむにゃ」
秘かにこのような会話がなされていたなど露知らぬ菊姫は、二匹の狆を寝床に入れすやすやと眠っていたのであった。
感慨深げに菊が呟く。げんに江戸の時代、子供が働き手として経済を支えていたのは確かなことだった。
「あぁ、そうだな」
この町で暮らしている光之助だが、今まで気に留めたこともなかった。庄吉も三太も困難を乗り越え、また新たな一歩を歩み出した。だが、厳しい店主の下で働く子供らも多くいるだろう。
「我々は恵まれているのであろうか?」
ふと漏らした菊の心の声に、光之助も考えるものがあった。
親元を離れ手前の食い扶持を手前で稼いでいる。それが当たり前だという子供らに比べ、己はどうだろうか?
南町奉行の息子として生を受け、手習い所や剣術の稽古に通う日々。腹いっぱい飯は食えるし、雨露しのげる立派な住まいもある。そして、何よりも両親と共に暮らしているではないか。
「何だか小さいことで文句を言っていた、手間が恥ずかしいよ」
これ以上の幸せはないのに、あれこれと不満ばかり並べていたのが恥ずかしくなる。
「そうか、光之助殿もそう思ったか」
まだ菊とは悩みを打ち明けるほどの仲ではない。だが、少しだけ晴れやかになった表情を見れば、胸につかえた何かが取れたのだと思えた。
その夜、江戸城内では。
「そもそも米代金を払い渋った大名領の家臣が招いた失態。どのような制裁を下したのじゃ?」
米問屋小島屋が即座に不服申立てを取り下げたのは、裏で徳川家将川の代理として甚八が手を引いていたからだ。
「今まで滞納していた代金を米問屋に支払うように命じ、領主として恥じぬよう行動せよと一言加えました」
「全ての領主が将軍を差置き、勝手な振る舞いをしていたら示しがつかぬ。悪い芽は小さな時に摘まぬとな」
江戸は徳川家将軍の城下町ゆえ、地方の大名領の領主ごときに大きな顔をさせてはならない。ここは厳しく出なければならぬ。だが……
「小島屋の方は如何されましょうか?」
「うむ。例の狆は菊のもとにおるであろうか?」
「はい。結局、菊姫様が代わりに世話をすることになったようです」
「あれでいて姫は情が深いからのぉ」
「毎日、甲斐甲斐しく世話をしておられるようです」
「そうか、そうか。きっと喜んで世話をしているのであろう。それならば、米問屋は菊に免じて許してやろうか」
町人の処分は将軍の範疇にないとばかり、あっさり話を終えてしまった。
「ところで、甚八。お主、緑風館なる道場で剣術の指導をし始めたとか」
「はい、姫様の様子をもっと近くで探るために潜入いたしました」
付かず離れず姫様の傍にいることが最善の策だと選択し行動に出た。近づきすぎると正体がばれる恐れもあるが、これくらいの距離なら丁度良い塩梅なので大丈夫だろう。よくよく考えて選択した行動だったが、今のところ上手くいっている。
「そうか。では、引き続き姫の見守りを頼んだぞ」
「御意」
一方、その頃。南町奉行裏屋敷では……
「これにて一件落着じゃぁ……むにゃむにゃ」
秘かにこのような会話がなされていたなど露知らぬ菊姫は、二匹の狆を寝床に入れすやすやと眠っていたのであった。
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