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弐の巻 豆福入れ替え騒動
七
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とある大名領の江戸屋敷から支払いの代わりだと、珍しい狆を置いていったのが始まりだった。
だが、預かっているという意識のない壱太郎は、狆を乱雑に扱っていたようだ。鳥や虫、鼠を駆除する取り餅の罠で、毛が抜けてお尻の辺りが丸ごと禿げても笑い転げるばかり。困った顔が面白いと、何かつけ狆をいじめていたらしい。
ところが、今頃になって国に戻っている領主を気にして、やはり狆を返して欲しいと言い出した。お千は毛が抜けた狆を見て怒り出すし、大名領の使いから催促は入る。何とか誤魔化せないかと慌てた手代たちは、代わりの狆を捜していたそうだ。
とはいっても、珍しい狆が町中にいるわけもなく、事情を説明するべきだと諦めていた。そんな時、運よく狆を連れた子供を見かけるようになった。これ幸いと、お千はすり替えを手代たちに命じたらしい。
「それが豆福だったのじゃな?」
「はい、そうです」
「いつも小僧の三太が狆の世話を任せられていたので、今回も一番適任だと入れ替え役に選ばれました。それに、三太はまだ子供だから途中で見つかっても誤魔化せると考えたのです」
ちょうど狆を連れ歩いていたのは、三太と同じ年頃の子供だった。それなので、上手く誤魔化せば怪しまれないとの胸算用があったようだ。
「大名領の領主から譲り受けた大事な狆を、小僧一人に任せていたのか?」
「はい。本来ならば若旦那か、お内儀さんが世話をすれば良かったのですが……」
どうやら、二人は直ぐに役目を放棄したらしい。
「ううん、私のせいよ。私が代わって世話をしていれば、三太に迷惑をかけることもなかったのに」
「お嬢さんのせいじゃあ、ありませんよ。三太が自ら望んだこと」
犬を飼ったことがある三太が、喜んで世話を買って出たそうだ。
「でも、そのせいで三太は店を首になったようなものです」
「何じゃと?」
入れ替えできたまでは良かったが、押し入った先が南町奉行の裏屋敷。これはさすがにまずいだろうと、証拠隠しのためにお千は実行犯の三太を首にしたという。
「何とも気の毒じゃ。暇を出された三太殿だが、家には帰っていないそうだぞ」
「はい。でも、三太は親切なお人に匿ってもらっています。あの、三太は罪に問われるのでしょうか?」
加代は三太の身を心配して尋ねた。
「どうであろうか。しかし、事情を聞けば三太殿に罪はない。裁かれるとしたら、入れ替えを命じたお内儀だろうな」
菊は目を細め指摘した。
「そうですか。それなら少しは気が楽になりました」
「ところで、壱太郎殿はこれに懲りて豆福を可愛がってくれているであろうか?」
「そ、それが……その日には可愛がっているような素振りをしていたのですが、糞や尿が耐えられないとまたもや世話を放棄しました。あいつらだって生きているのですから、そんなのは当たり前。でも、甘やかされ育った若旦那やお内儀さんには、その辺りのことが通用しないんです」
「我儘だな。手前だって厠に行くくせに、犬は糞尿をしていけないとでも言いたいのだろうか」
これには光之介も黙っていられない。実は取り餅も酔っぱらった壱太郎が、お蝶に罠を仕掛けたという。
「いつまでも子供のような真似をして、恥ずかしいったらありゃしない」
呆れたように嘆く異母姉の加代もまだ十八歳だそうだ。真剣な眼差しで語る加代の様子を見ていると、小島屋を救えるのは壱太郎ではないと思えた。
「それに父さんの病を早く治さないと、ますます状況は酷くなるわ」
医者のすすめる薬を飲んでいるのに、忠兵衛の症状は一向に治らないという。
「それならば、一旦その薬を止め、他の薬を試したらどうか?」
単純に思えることなのに、何故がお千が反対しているらしい。
「胡散臭いな、その医者がすすめるという薬」
家督争いのある大名領では、薬と偽り毒を盛る例も少なからずあると聞いた。そんな恐ろしい真似をお千がしているのかわからないが、忠兵衛の身を案ずれば薬を替えるのは当然だと思えた。
「そうだ。知り合いの医者を紹介しましょうか? 父上の親友ですし、腕も確かです」
南町奉行冨岡周五郎の友人とあれば、信頼できるし身元も確かなはず。加代はぱっと顔を輝かせ、礼を述べた。
「はい、ありがとうございます。さっそく、相談しに参ります」
だが、預かっているという意識のない壱太郎は、狆を乱雑に扱っていたようだ。鳥や虫、鼠を駆除する取り餅の罠で、毛が抜けてお尻の辺りが丸ごと禿げても笑い転げるばかり。困った顔が面白いと、何かつけ狆をいじめていたらしい。
ところが、今頃になって国に戻っている領主を気にして、やはり狆を返して欲しいと言い出した。お千は毛が抜けた狆を見て怒り出すし、大名領の使いから催促は入る。何とか誤魔化せないかと慌てた手代たちは、代わりの狆を捜していたそうだ。
とはいっても、珍しい狆が町中にいるわけもなく、事情を説明するべきだと諦めていた。そんな時、運よく狆を連れた子供を見かけるようになった。これ幸いと、お千はすり替えを手代たちに命じたらしい。
「それが豆福だったのじゃな?」
「はい、そうです」
「いつも小僧の三太が狆の世話を任せられていたので、今回も一番適任だと入れ替え役に選ばれました。それに、三太はまだ子供だから途中で見つかっても誤魔化せると考えたのです」
ちょうど狆を連れ歩いていたのは、三太と同じ年頃の子供だった。それなので、上手く誤魔化せば怪しまれないとの胸算用があったようだ。
「大名領の領主から譲り受けた大事な狆を、小僧一人に任せていたのか?」
「はい。本来ならば若旦那か、お内儀さんが世話をすれば良かったのですが……」
どうやら、二人は直ぐに役目を放棄したらしい。
「ううん、私のせいよ。私が代わって世話をしていれば、三太に迷惑をかけることもなかったのに」
「お嬢さんのせいじゃあ、ありませんよ。三太が自ら望んだこと」
犬を飼ったことがある三太が、喜んで世話を買って出たそうだ。
「でも、そのせいで三太は店を首になったようなものです」
「何じゃと?」
入れ替えできたまでは良かったが、押し入った先が南町奉行の裏屋敷。これはさすがにまずいだろうと、証拠隠しのためにお千は実行犯の三太を首にしたという。
「何とも気の毒じゃ。暇を出された三太殿だが、家には帰っていないそうだぞ」
「はい。でも、三太は親切なお人に匿ってもらっています。あの、三太は罪に問われるのでしょうか?」
加代は三太の身を心配して尋ねた。
「どうであろうか。しかし、事情を聞けば三太殿に罪はない。裁かれるとしたら、入れ替えを命じたお内儀だろうな」
菊は目を細め指摘した。
「そうですか。それなら少しは気が楽になりました」
「ところで、壱太郎殿はこれに懲りて豆福を可愛がってくれているであろうか?」
「そ、それが……その日には可愛がっているような素振りをしていたのですが、糞や尿が耐えられないとまたもや世話を放棄しました。あいつらだって生きているのですから、そんなのは当たり前。でも、甘やかされ育った若旦那やお内儀さんには、その辺りのことが通用しないんです」
「我儘だな。手前だって厠に行くくせに、犬は糞尿をしていけないとでも言いたいのだろうか」
これには光之介も黙っていられない。実は取り餅も酔っぱらった壱太郎が、お蝶に罠を仕掛けたという。
「いつまでも子供のような真似をして、恥ずかしいったらありゃしない」
呆れたように嘆く異母姉の加代もまだ十八歳だそうだ。真剣な眼差しで語る加代の様子を見ていると、小島屋を救えるのは壱太郎ではないと思えた。
「それに父さんの病を早く治さないと、ますます状況は酷くなるわ」
医者のすすめる薬を飲んでいるのに、忠兵衛の症状は一向に治らないという。
「それならば、一旦その薬を止め、他の薬を試したらどうか?」
単純に思えることなのに、何故がお千が反対しているらしい。
「胡散臭いな、その医者がすすめるという薬」
家督争いのある大名領では、薬と偽り毒を盛る例も少なからずあると聞いた。そんな恐ろしい真似をお千がしているのかわからないが、忠兵衛の身を案ずれば薬を替えるのは当然だと思えた。
「そうだ。知り合いの医者を紹介しましょうか? 父上の親友ですし、腕も確かです」
南町奉行冨岡周五郎の友人とあれば、信頼できるし身元も確かなはず。加代はぱっと顔を輝かせ、礼を述べた。
「はい、ありがとうございます。さっそく、相談しに参ります」
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