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壱の巻 ほろ苦い砂糖騒動
二十三
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甘露庵と呉竹屋の件は落着したが、二人には片をつけなければならぬ大問題が残っていた。
「そろそろ緑風館に出向く頃ではないか?」
「そ、そうだな」
毎朝の二人稽古だけで剣術の腕前が格段と上がるはずはない。それでも、道場に通うには恥ずかしくない程度には形ができている。
「お主の心積もりひとつで、この先が決まるぞ」
「うむ。覚悟はできている。からかう奴がいても、稽古したい気持ちは変わらない。もっと稽古して、腕に磨きをかけたいのだ」
「それならば、参るか?」
「おう!」
二人は意気揚々と緑風館へと向かう。ところが、運悪く今日も狭山の指導担当日で、出だしから嫌味を言われる始末だった。
「何をしに来たのだ? 負け犬はもう戻らぬと思っていたぞ」
「再び緑風館に通う許可を願いに参りました」
「お主のようはへっぴり腰や女児は緑風館には必要ない。帰れ、願うだけ無駄だ」
狭山が大声で二人を追い返そうとした、その時。奥から別の声が聞こえてきた。
「何を怒鳴っておるのだ、狭山」
声の主は師範の奥山景朋だった。
「せ、先生。こいつらは……」
「冨岡光之助と申します。緑風館に通い一年が経ちましたが、師範にお会いするのは初めてです」
「そうか、申し訳ない。一年通って初めて会うとは、わしも不精していたものだ。これからはもっと道場に顔を出さないといかんな」
じろりと狭山をひと睨みして、師範は呟いた。最近、緑風館の評判が悪いという噂が耳に入っていた。
よくよく調べたならば稽古を任せている弟子たちが好き勝手にやっているというではないか。特に狭山は好き嫌いが激しく、気に入らない子供がいると必要以上に厳しくすると聞いた。
もしかしたら、この子らもその被害者かもしれない。
「中に入り皆と稽古を始めなさい」
「はい。で、でも……」
「私は菊と申します。前に道場を訪れたところ、女児は稽古できぬと追い返されました」
「ほぉ、そんな了見の狭いことを誰が言ったのだ?」
二人はじっと狭山を見つめる。そんな思いをくんだのか、景朋が笑みを浮かべた。
「老若男女、剣術に興味があるなら、誰にでも門戸を開ける。それがわしの信条じゃ。さあ菊、お前も入りなさい」
「はい」
道場に入って来た二人の姿を見るや否や、宗一郎をはじめとするいつもの連中がからかい始めた。
「誰だ、あいつらは?」
「おっ、例のおとこ女が来たぞ。おんな男も一緒だ」
「あっちがおみつちゃんで、こっちが菊之助か?」
師範の景朋が目の前にいるにも関わらず、弟子たちのせいで子供たちの精神はすっかりたるんでしまっていた。
「し、しぃ、師範がいらっしゃるのだ。口を慎め」
慌てて狭山が制御しても子供らは止まらない。
「で、でも、いつも狭山さんだって……」
「へっぴり腰がいたら稽古の邪魔になります」
「それより、女と一緒に稽古などしたくありません」
剣術は精神も養うと常日頃から教えてきたはずなのだが、残念ながら弟子たちには伝わっていなかったようだ。
「どうせ女のいう剣術は踊りのようなものだろう」
「お主、今なんと申したか?」
それは兄弟たちの誰よりも真剣に稽古してきた菊姫には許せない一言だった。
「な、何だと生意気な女だな」
皆の無礼に腹を立てた菊は、景朋に頼み腕合わせを願い出る。
「剣術の腕前は口先ではわかりません。どうか皆と手合わせをさせてください」
「うむ。それでお主の気が晴れるなら、やってみるが良い」
狭山と同じように振舞う宗一郎ら年上の男児四名を指名して、竹刀を合わせることに相成った。
「そろそろ緑風館に出向く頃ではないか?」
「そ、そうだな」
毎朝の二人稽古だけで剣術の腕前が格段と上がるはずはない。それでも、道場に通うには恥ずかしくない程度には形ができている。
「お主の心積もりひとつで、この先が決まるぞ」
「うむ。覚悟はできている。からかう奴がいても、稽古したい気持ちは変わらない。もっと稽古して、腕に磨きをかけたいのだ」
「それならば、参るか?」
「おう!」
二人は意気揚々と緑風館へと向かう。ところが、運悪く今日も狭山の指導担当日で、出だしから嫌味を言われる始末だった。
「何をしに来たのだ? 負け犬はもう戻らぬと思っていたぞ」
「再び緑風館に通う許可を願いに参りました」
「お主のようはへっぴり腰や女児は緑風館には必要ない。帰れ、願うだけ無駄だ」
狭山が大声で二人を追い返そうとした、その時。奥から別の声が聞こえてきた。
「何を怒鳴っておるのだ、狭山」
声の主は師範の奥山景朋だった。
「せ、先生。こいつらは……」
「冨岡光之助と申します。緑風館に通い一年が経ちましたが、師範にお会いするのは初めてです」
「そうか、申し訳ない。一年通って初めて会うとは、わしも不精していたものだ。これからはもっと道場に顔を出さないといかんな」
じろりと狭山をひと睨みして、師範は呟いた。最近、緑風館の評判が悪いという噂が耳に入っていた。
よくよく調べたならば稽古を任せている弟子たちが好き勝手にやっているというではないか。特に狭山は好き嫌いが激しく、気に入らない子供がいると必要以上に厳しくすると聞いた。
もしかしたら、この子らもその被害者かもしれない。
「中に入り皆と稽古を始めなさい」
「はい。で、でも……」
「私は菊と申します。前に道場を訪れたところ、女児は稽古できぬと追い返されました」
「ほぉ、そんな了見の狭いことを誰が言ったのだ?」
二人はじっと狭山を見つめる。そんな思いをくんだのか、景朋が笑みを浮かべた。
「老若男女、剣術に興味があるなら、誰にでも門戸を開ける。それがわしの信条じゃ。さあ菊、お前も入りなさい」
「はい」
道場に入って来た二人の姿を見るや否や、宗一郎をはじめとするいつもの連中がからかい始めた。
「誰だ、あいつらは?」
「おっ、例のおとこ女が来たぞ。おんな男も一緒だ」
「あっちがおみつちゃんで、こっちが菊之助か?」
師範の景朋が目の前にいるにも関わらず、弟子たちのせいで子供たちの精神はすっかりたるんでしまっていた。
「し、しぃ、師範がいらっしゃるのだ。口を慎め」
慌てて狭山が制御しても子供らは止まらない。
「で、でも、いつも狭山さんだって……」
「へっぴり腰がいたら稽古の邪魔になります」
「それより、女と一緒に稽古などしたくありません」
剣術は精神も養うと常日頃から教えてきたはずなのだが、残念ながら弟子たちには伝わっていなかったようだ。
「どうせ女のいう剣術は踊りのようなものだろう」
「お主、今なんと申したか?」
それは兄弟たちの誰よりも真剣に稽古してきた菊姫には許せない一言だった。
「な、何だと生意気な女だな」
皆の無礼に腹を立てた菊は、景朋に頼み腕合わせを願い出る。
「剣術の腕前は口先ではわかりません。どうか皆と手合わせをさせてください」
「うむ。それでお主の気が晴れるなら、やってみるが良い」
狭山と同じように振舞う宗一郎ら年上の男児四名を指名して、竹刀を合わせることに相成った。
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