これにて一件落着、菊姫は名奉行

勇内一人

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壱の巻 ほろ苦い砂糖騒動

十四

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「御免、店主はおるか」
「失礼するぞ」
 先陣を切って菊が店に入ると、光之介が後に続く。
「はい、どちら様で」
 出てきたのは三十路過ぎの穏やかそうな中年男だった。
「おや、お前さんたちはお使いかい?」
「いや、少し店主に伺いたいことがあって参った次第だ」
 そう切り出したところで、客でもない子供二人がいきなり押しかけたのだ。はいそうですかと、店主が会ってくれるはずもない。
「生憎と店主の彦兵衛ひこべえは留守にしております。私は番頭の与市よいちと申します。店主の代わりに用をうかがいましょう」
 砂糖のいかさま商売が問題なので、ここは是非とも店主の話が聞きたいところだ。
「できれば彦兵衛殿に会って話をしたいのですが、いつ頃お戻りでしょうか?」
「夜にならないと戻りませんので、直ぐには無理かと思います」
「それでは明日ならば良いのだな?」
「それが、申し訳ございません。彦兵衛は忙しいものですから」
「ならば、いつ会えるというのだ?」
「とりあえず、用件をうかがいまして返事をいたします」
 絶えず穏やかな笑みを浮かべているものの、梃子でも動かぬ様子で店主には会えぬと繰り返す。結局、店主の彦兵衛に会う約束すらできぬまま、二人は追い返されてしまった。
「仕方がないよ、いきなり訪ねたのだから。それにあの番頭さんは手前の仕事をしたまでだよ、お見事だった」
 光之助によると店主に実直な番頭の鏡というような対応だったらしい。
「でも、それにしても何だか妙だったな」
「どこがじゃ?」
「大きい店の割には、奉公人が少ないような気がしなかったか?」
 光之助は手前の目で見た光景を思い出しながら、頭に浮かんだ疑問を口にした。
「そういうものなのか?」
「店に居たのは番頭の与市さんと手代、小僧が一人ずつ。大きな商売をしているなら、もう少し店に活気があるはずだと思うのだ。他の奉公人は倉の方か、奥にでも居るのだろうか?」
 そういわれてみれば、店内はしんと静まり返っていた。しばらく店の様子を通りで観察していると、使いに行くのかさっき見た小僧が店から出て行った。
「よし、あの小僧について行こう」
 そこで二人は根木屋の小僧の後を追ってみた。

「待ってくれ」
 根岸屋から一町(約一〇〇メートル)程離れてから、光之助が小僧に声をかける。
「おや。あんたたちはさっき店に来た子だよね? おいらに何の用だい?」
 小僧の名は庄吉しょうきちといい、年は二人と同じだった。当時は十歳前後の年少者が商人や職人の家に奉公し、当たり前のように下働きとして勤めていた。庄吉も九つの頃から奉公に上がり、既に三年も根岸屋で働いているそうだ。
「偉いなぁ、庄吉は」
「仕方がないよ、うちは貧乏だから。父ちゃんが体を壊して、死んじまったからね」
「それは大変だったのぉ」
「こうやって根岸屋に奉公できて、おいらはついていたんだ。でも……」
 根岸屋の店主はけちん坊で人使いが荒く、奉公人にあまり優しくないそうだ。店内に活気がなく静まり返っているのは、最低限の人数で仕事をしているせいだという。
「番頭さんは良い人だけど、おいらと同じ雇われ人さ」
 陰で夜食を食わせてくれたり、駄賃をくれたりする役目は番頭の与市だそうだ。四十路手前で番頭に昇格し、ようやく通いが許され女房も持てた。
 だが、我が子までとなると難しい。そこで子供好きな与市は根岸屋の小僧二人を、夫婦揃って我が子代わりに可愛がっているという。
「でも、旦那さんは番頭さんを煙たがっているんだ」
 やっかみからだろうか、彦兵衛は皆から慕われる与市を疎ましく感じているらしい。
「あぁ、何処にもそういう輩はいるのだな」
 菊姫は大奥での生活に思いを馳せた。
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