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壱の巻 ほろ苦い砂糖騒動
十二
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「あれから直ぐに親父が根岸屋さんに行ったところ、うちの店も砂糖を売って貰えなくなりました」
「え? どうしてですか?」
呉竹屋でも甘露庵同様に、他に嫌がられるような材料があるというのだろうか?
「根岸屋さんが嘘をついたせいで、うちの店は悪者呼ばわりされた。どうしてくれるのかって、親父が詰め寄ったところ……」
そんな文句を言うならば、取引はお終いにしましょう。そうあっさり返されたそうだ。
「私は嘘などついていない、甘露庵の店主のでっち上げたろう。そんな難癖をつけるのならば、他の問屋から砂糖を買ってくれと言われたそうです」
それ以上、根岸屋は巳之吉の話を聞く耳の持たず、けんもほろろに追い返されたらしい。
「それは困ったことになりましたね。それで、巳之吉殿はどうされたのですか?」
意外な展開に光之助も思わず身を乗り出して尋ねた。
「ここからが肝心な話なんです」
途方に暮れた巳之吉が仕方なく別の砂糖問屋を訪ねると、妙なことが起きたという。
根岸屋から極等品だと勧められ買っていた台湾産の白砂糖と、別の砂糖問屋で売られていた南京産の白砂糖には大した違いがないと判明したそうだ。
「一年ほど前までは交趾 産を買っていたのですが、根岸屋から極上品の台湾産が手に入ったと言われ注文するようになりました」
白砂糖は清潔で湿ってないものが良品とされ、その中でも円く平たい餅状になった大塊がある。これを砕くと中から白い砂糖が顔を出すという。
当時、輸入の白砂糖は台湾産が極上品とされていて、次に交趾産。その下が南京産、福建産、寧波産などが続く。そして、ジャガタラ(ジャカルタ)産、オランダ産が下等品とされているそうだ。
「繊細な京菓子には上物の材料を使う、それが親父の信条です。本来ならば阿波や高松の和三盆、白雪や太白などの特上純白品を買いたいところですが、そればかりはさすがに手が出ません。それでも、多少の無理をして台湾産の白砂糖を手に入れていたはずなのに……」
無理して手に入れていた極上品が、並みの品だったと知った時の衝撃は相当大きかっただろう。
「それに、台湾産よりも南京産の方が安いので、差額分はうちの店の損になってしまいます」
「と、いうことは……」
「もちろん、値段の差額分が根岸屋の儲けとなるのであろうな」
根岸屋は大店ではないが、名のある料亭や商店、大名領の江戸屋敷などの客を抱える砂糖問屋だ。それなりに客からの信頼も厚いだろうし、悪い噂が立てば看板に傷がつくだろう。
だから、そんな悪徳な商売をするはずがないと信用していた。それなのに、何やら胡散臭い展開になってきたという。
「根岸屋さんに騙されているとは思わなかったのですか?」
「まさか、とんでもない。商売は信用第一です。親父も俺も根岸屋さんの言う通り、買っていたのは台湾産の極上品だと信じていました。でも、何度確認しても別の問屋で売られている、南京産と同じだと認めざるを得ませんでした」
信じられない思いで白砂糖を見比べ、手触りを確かめ、食べ比べてみた。だが、実際に現物を突きつけられたら、卯之吉も反論できなかったらしい。
「もしかしたら、意図的に騙されていたのでしょうか?」
「根岸屋さんも騙されていたのかもしれませんし、その件に関してはまだ何とも言えません」
煙たい存在の甘露庵との取引を止め、呉竹屋まで締め出した。菓子屋に砂糖が必要だとわかっていながら、取引を止めるのにはどんな理由があるのだろうか?
最初は単なる菓子屋同士の痴話喧嘩と思いきや、この砂糖騒動の裏には深い闇が隠されているような気配がした。
「え? どうしてですか?」
呉竹屋でも甘露庵同様に、他に嫌がられるような材料があるというのだろうか?
「根岸屋さんが嘘をついたせいで、うちの店は悪者呼ばわりされた。どうしてくれるのかって、親父が詰め寄ったところ……」
そんな文句を言うならば、取引はお終いにしましょう。そうあっさり返されたそうだ。
「私は嘘などついていない、甘露庵の店主のでっち上げたろう。そんな難癖をつけるのならば、他の問屋から砂糖を買ってくれと言われたそうです」
それ以上、根岸屋は巳之吉の話を聞く耳の持たず、けんもほろろに追い返されたらしい。
「それは困ったことになりましたね。それで、巳之吉殿はどうされたのですか?」
意外な展開に光之助も思わず身を乗り出して尋ねた。
「ここからが肝心な話なんです」
途方に暮れた巳之吉が仕方なく別の砂糖問屋を訪ねると、妙なことが起きたという。
根岸屋から極等品だと勧められ買っていた台湾産の白砂糖と、別の砂糖問屋で売られていた南京産の白砂糖には大した違いがないと判明したそうだ。
「一年ほど前までは交趾 産を買っていたのですが、根岸屋から極上品の台湾産が手に入ったと言われ注文するようになりました」
白砂糖は清潔で湿ってないものが良品とされ、その中でも円く平たい餅状になった大塊がある。これを砕くと中から白い砂糖が顔を出すという。
当時、輸入の白砂糖は台湾産が極上品とされていて、次に交趾産。その下が南京産、福建産、寧波産などが続く。そして、ジャガタラ(ジャカルタ)産、オランダ産が下等品とされているそうだ。
「繊細な京菓子には上物の材料を使う、それが親父の信条です。本来ならば阿波や高松の和三盆、白雪や太白などの特上純白品を買いたいところですが、そればかりはさすがに手が出ません。それでも、多少の無理をして台湾産の白砂糖を手に入れていたはずなのに……」
無理して手に入れていた極上品が、並みの品だったと知った時の衝撃は相当大きかっただろう。
「それに、台湾産よりも南京産の方が安いので、差額分はうちの店の損になってしまいます」
「と、いうことは……」
「もちろん、値段の差額分が根岸屋の儲けとなるのであろうな」
根岸屋は大店ではないが、名のある料亭や商店、大名領の江戸屋敷などの客を抱える砂糖問屋だ。それなりに客からの信頼も厚いだろうし、悪い噂が立てば看板に傷がつくだろう。
だから、そんな悪徳な商売をするはずがないと信用していた。それなのに、何やら胡散臭い展開になってきたという。
「根岸屋さんに騙されているとは思わなかったのですか?」
「まさか、とんでもない。商売は信用第一です。親父も俺も根岸屋さんの言う通り、買っていたのは台湾産の極上品だと信じていました。でも、何度確認しても別の問屋で売られている、南京産と同じだと認めざるを得ませんでした」
信じられない思いで白砂糖を見比べ、手触りを確かめ、食べ比べてみた。だが、実際に現物を突きつけられたら、卯之吉も反論できなかったらしい。
「もしかしたら、意図的に騙されていたのでしょうか?」
「根岸屋さんも騙されていたのかもしれませんし、その件に関してはまだ何とも言えません」
煙たい存在の甘露庵との取引を止め、呉竹屋まで締め出した。菓子屋に砂糖が必要だとわかっていながら、取引を止めるのにはどんな理由があるのだろうか?
最初は単なる菓子屋同士の痴話喧嘩と思いきや、この砂糖騒動の裏には深い闇が隠されているような気配がした。
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