これにて一件落着、菊姫は名奉行

勇内一人

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壱の巻 ほろ苦い砂糖騒動

十一

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 先ずは言い出しっぺの甘露庵で、聞き込み調査を始める。店主の弥平の言い分はわかっているので、娘お美代の証言を参考にしたいところだ。
「確かに根岸屋さんは砂糖を売らないと言ったわ。それも呉竹屋さんが買い占めたなんて嘘をでっち上げてね。私がこの耳で聞いたのだから、間違いないわ」
 実は砂糖買い占めの件は、弥平ではなくお美代が直接根岸屋から聞いたそうだ。だが、父親と違いお美代は、この話を端から信じていないようだ。
「うちは大名領の領主様でもないし、幕府御用達の大店でもない。単なる町の小さな菓子屋に、そんな銭がどこにあると思う? うちの売上だってたかが知れているんだから、それなら呉竹屋さんだって同じだわ」
 これは巳之吉の言い分通りだが、一理あると思わせる説得力がある。とりあえず、お美代は弥平の身内だから、弟子の半次郎はんじろうにも話を聞いてみよう。すると、ここでは面白い話が出てきた。
「お嬢さんは銭に細かいんで、よく根岸屋さんと揉めていたんですよ。支払い分より少しでも砂糖の量が足りないと文句を言うし、質が落ちようものなら見合った料金しか払いたくないと強気に出る。きっと根岸屋さんにはうるさい客だと思われていたのでしょうね」
 それは、一年ほど前のことだったらしい。いつも買っていた砂糖が手に入らないから、格下の砂糖を替わりに買ってくれないかと根岸屋から頼まれたそうだ。その際も、さっそくお美代が口出しして、ひと悶着あったという。
「それなら、根岸屋さんに嫌がられる材料は、他にも充分あったというわけですね。でも、あのお美代さんにそんな厳しい面があるとは意外だなぁ」
 一目惚れしたお美代の意外な面を知り、光之助は少々面食らった。
「ほぉ、あのお美代殿がねぇ。可愛らしい顔をして、案外気が強いのだな」
「ええ。旦那さんは菓子作りしか頭にないので、その分お嬢さんがしっかり店を切り盛りしているんですよ」
 早くに母親を亡くしたお美代は、代わりに父親を支えているそうだ。少々やり過ぎるところはあるが、そのお陰で店は繁盛しているらしい。
「それにしても、呉竹屋さんの名前を出したのには、どんな意図があったのでしょうか? 半次郎さんはどう思いますか?」
「うちの店が嫌いだから砂糖は売らない、とは言えないでしょうね」
「だから、仲の悪い呉竹屋さんの名前を出したというわけですか?」
「さぁ、それはどうでしょうか。でも、さもありなんというところかもしれませんね」
 理由が簡単にわかれば、菊と光之助が出る幕などないだろう。だが、一つ言えるのは嫌いな客だから取引をしないという理由は、商売人としてまかり通らないということだった。

 一方、京菓子呉竹屋での聞き込み調査では、息子の卯之吉の証言を参考にした。算用帳(帳簿)まで持ち出して、手前の店の潔白を証明しようと躍起になっている。
「前にも言いましたが、買い占めなんぞ無理です。ほら、この通り算用帳を見れば一目瞭然です」
 甘露庵の団子や大福とは違い、繊細な京菓子には手間と材料費がかかるそうだ。手間賃は親子三人で店を切り盛りしているため、何とか節約できている。だが、材料費は節約するわけにもいかず、要の砂糖は上等品を使っているらしい。
 そのため、小さな菓子でも一つ八文、一番高価な菓子では蕎麦並みの十六文するという。
「それでも、ようやく太い贔屓筋ができたものですから、今ではだいぶ助かっています」
 名のある歌舞伎役者たちが呉竹屋の京菓子を気に入り、舞台があると大量に注文してくれるようになったという。その噂が広がり大店や大名領の江戸屋敷からの注文も増えてきたそうだ。
 親子三人が暮らすのには充分だが、高値の砂糖を買い占められるほどの蓄えはない。確かに算用帳に並ぶ数を見れば、呉竹屋の稼ぎが直ぐにわかった。
「それなのに、どうしてそんな馬鹿げた話になるのかわからない。しかも、甘露庵さんで使っている黒砂糖は、うちの店では扱っていないというのに。それよりも、実は……」
 そして、ここでもまた面白い話が出てきた。
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