これにて一件落着、菊姫は名奉行

勇内一人

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壱の巻 ほろ苦い砂糖騒動

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 ある日のこと。いつもように二人揃っての帰り道、そばを通り過ぎると団子屋の前で派手な言い争いを目撃する。
 どうやら喧嘩をしている二人は甘露庵の弥平と、近所にある京菓子呉竹屋くれたけやの店主巳之吉みのきちらしい。

 元禄時代(一七〇〇年頃)になると道明寺粉や白玉粉、寒天といった新しい素材が発見され、菓子はめざましい発展を遂げていく。それにより落雁(米粉)、練羊羹(寒天)、桜餅(道明寺)、葛菓子(葛)などの菓子が世に出始めた。
  更に元禄文化の開花によって京菓子が発展する。この時代は琳派に代表される王朝趣味などが発展したため、特に京都からの産物は「下り物」と呼ばれ重宝された。織物、磁器などにとどまらず、菓子もこれらに当てはまったそうだ。
 そのため、京菓子が上級菓子となり、朝廷や大名家、豪商たちによって保護、重用されるようになる。そして、御用達菓子として、益々花開いていった。

 京菓子に可能性を見出した巳之助は、八年前ほど江戸で一旗揚げようと京都から来て呉竹屋を始めたそうだ。
「貴重な砂糖を横取りしやがって。お前らの仕業だとわかっているんだぞ」
「言いがかりはやめとぉくれやす。そんなんより、あんたの娘にうちの息子にちょっかい出さへんよう言うとくれ」
「な、なんだと。いつお美代がお前の倅に色目を使ったって? そっちが一方的にお美代に惚れているだけじゃないか」
「そないな阿保な話があるものか。うちの倅には決まったお人がおるんやで」
「俺の娘だって弟子の半次郎と、夫婦にさせるつもりなんだよ」
 周囲には野次馬も集まり始め、騒ぎはますます大きくなっていく。言い争う店主二人のそばでは、互いの娘お美代と息子卯之吉うのきちがおろおろするばかりだ。

「光之助、この場を収めて参れ」
 菊が当たり前のように光之助に命じる。
「な、何を言い出すのだ。どうして俺が出ていかなければならぬのだ?」
「お主は南町奉行冨岡周五郎の息子であろう。これくらいの些細な喧嘩、仲立ちできるであろう」
 菊姫のとんだ無茶振りで、光之助は言い争いの仲裁に入る羽目になった。
「弥平殿。大通りで言い争いとは、みっともないぞ」
「あぁ、これは、これは光之助さん」
「誰どすか、この男児はんは?」
「こちらは南町奉行冨岡周五郎様のご子息、光之助さんだ」
「ほぉ、そうどすか。これはとんだお見苦しいところを晒してしまいました」
 大人という生き物は権威に弱いようだ。周五郎の名を聞いた途端、巳之吉もおとなしくなった。
「さっきから何を揉めているのだ?」
「それはですね……」
 呉竹屋による砂糖の横取りがあったと弥平は主張した。
「いつもように砂糖問屋の根岸屋ねぎしやに砂糖を注文したら、呉竹屋が買い占めしたから店には売る砂糖がないと断られたんです」
 その後、根岸屋とやり取りしているうちに、ついかっとなり弥平は取引を止めると啖呵を切ってしまったという。それに対し、巳之吉はつかさず否定した。
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