これにて一件落着、菊姫は名奉行

勇内一人

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壱の巻 ほろ苦い砂糖騒動

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 それでも渋る光之助に、菊は核心を突いた。
「それとも、光之助殿は剣術が嫌いなのか?」
 ずばり的中したのか、光之助が顔を赤くしてうつむいてしまう。
「き、嫌いというわけではない。ただ、なかなか上達できなくて、だから、だから……」
 いつしか苦手意識が強くなっていたかもしれない。その上、道場に行けばからかわれるし、稽古自体は嫌いではないが億劫になっていた。
「剣術も書も同様。日々の鍛錬なしでは上手くはなれぬ。嫌だ、苦手だ、とさぼっていたら、絶対に上達などできるはずないぞ」
「そ、それはそうだけれど」
「何だ、まだ渋っておるのか? お主は案外面倒くさい奴だなぁ」
「菊殿は俺に剣術を習わせたいようだが、どうしてそこまで熱心なのだ?」
 熱心というか、しつこいというか。どうしてそこまで剣術に執着するのか、理由を聞きたくなってくる。
「それは剣術が好きだからだ」
 いともあっさり菊は答えた。
「女なのに剣術が好きとは、やはりお主は変わっているな」
「そうなのか? 私は変わっているのか?」
「周りの女児、たとえば妹の佐喜は人形遊びとか、三味線や源氏物語に夢中だぞ」
 菊とは正反対の佐喜を例にあげる。
「物心ついた頃から人形遊びより、木登りや凧揚げが好きだった。男だからだとか女だからだとか構わず、私は好きなことをしているだけだ」
 たまたま好きなことが、男の領分とされているだけだと菊は主張する。
「お主だってそうだろう? 剣術より算術の方が好きなのに、理由などないだろう」
 正に菊の言う通り。好き嫌いに理由などないのだ。とはいえ、嫌いになるには、それなりの理由はある。光之助は己の足りないところをからかわられたり、馬鹿にされたりするのが恥ずかしいし悔しいのだ。
 でも、得意の算術では手習い所でも、手前の右に出る者はいない。だから、余計に熱が入るというわけなのだ。
「誰にも向き不向きがある。たまたま私には女が好むものが苦手なだけだ。だか、別に男になりたいわけではないぞ」
 これからは佐喜と一緒に女筆指南所にも通うし、茶道や琴も習うという。
「あまり気が進まぬが、母上と約束したので仕方あるまい」
 男装をして剣術を習っているという、一風変わった女児の菊。けれど、それは別におかしな子ではないのかもしれない。
「俺にとって剣術は避けては通れぬ道。弱音を吐いて投げ出すわけにはいかないのだ」
「それならば稽古あるのみ。道場に通えぬならば、二人で稽古に励むしかないのではないか? それとも、お主だけでも緑風館に通うか?」
 正直なところ剣術は苦手だが、これからも避けて通ることはできない。それならば、気乗りのしない道場に通わず、家でこっそり稽古を積んでおくしかないだろう。
「め、滅相もない。一人で道場に通うくらいなら、菊殿と二人で稽古した方が余程ましだ」
「そうか、わかった。それなら、明日から稽古を始めよう。手加減せぬから覚悟しておくように」
 にっこりと笑みを見せる菊。光之助がこの言葉の意味を理解したのは、後のことだった。

 宣言した通り、翌朝から二人稽古が始まる。
「おはよう、光之助殿。さっそく稽古を始めるぞ」
 寝ぼけまなこの光之助は、菊にたたき起こされ布団から飛び出した。まさか、昨日の約束が本当に実行されるとは思いも寄らぬ展開だった。
「朝から気合を入れると、その日一日気分よく過ごせるぞ」
 そう言って菊は袋竹刀を手に素振りを始める。
「朝から精が出るな。どれ、私も一緒にやるか」
 すると、父周五郎も一緒に稽古に加わった。
「菊殿は筋が良いな。どなたかの指導を受け、鍛錬されたのか?」
「はい。柳生心眼流の小田左ノ介殿に稽古をつけていただいております」
 例の如く、菊は胸を張って師匠の名を告げた。
「おぉ、それは凄い。それでは手合わせを願うとするか」
 すると、周五郎はその名を聞くと目を輝かせた。
「はい、喜んで。よろしくお願いいたします」
 さっそく二人は竹刀を合わせる。子供ながら菊は必死になって食らいつき、周五郎と互角に立ち回る。
「す、凄いな、菊殿」
 その腕前を見ながら、きっと小田左ノ介は凄い人かもしれないと光之助は思った。
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