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壱の巻 ほろ苦い砂糖騒動
五
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「剣術だけが全てではないぞ。光之助殿には算術の才能があるではないか」
菊は光之助の得意な算術を例に出し励ます。
「でも、それだけでは駄目なのだ。俺は父上のように強い男にならねばいけないのだ」
南町奉行冨岡周五郎の息子として生を受けた光之助には、文武両道が望まれている。それなのに、今の光之助は無様な負け犬だ。
「きっと父上も母上も俺の姿を見て情けないと思うのだろうなぁ」
不甲斐ない手前を光之助は情けなく思っていた。
「ば、馬鹿者!」
急に怒鳴られて、光之助はびくっと体を固くした。
「己の子供を情けなく思う親がどこにいるか」
「で、でも……」
「母上は菊がこのような格好をしていても、情けないなどと一言をこぼしたことはなかったぞ。確かに美しい着物や髪飾りで、私を装うのが楽しみだったようだが」
女児が男装していて嘆かない親がいるものだ、とそちらの方にも驚かされた。
「実は私には姉がいたのだ……」
ふいに遠い目をして菊が打ち明ける。
「生まれて三日足らずで亡くなったそうじゃ。それで私が生まれた時に、母上は、それはもう大いに喜んだらしい」
だが、蝶よ、花よと大事に育てるはずが、とんだじゃじゃ馬になってしまった、と菊は豪快に笑い飛ばした。
「だが、なかにはこうるさいお婆がいて、やることなすこと駄目だと叱られた。そんなに私が嫌いなのかと悩んでおったが、他の兄弟姉妹にも何かと文句をつけておった」
「そのお婆は子供が嫌いなのか?」
「わからぬ。ただ一つ言えるのは、お婆はいつも己が正しいと信じて疑わなかった。そのため、周りの声に耳を傾けようとしなかったのだ」
それはどんな立場の人でも当てはまること。決して手前の意見を曲げない輩が多くいるから、短気な江戸っ子の間では喧嘩が絶えないのだ。
「それでも、母上は菊の味方じゃ。決して情けないなどと申さぬ。光之助殿の父上も、母上もできたお方だ。だから、決してそんな風に思うはずはない。お主はもっと胸を張っても構わないと思うぞ」
きっぱりと断言する菊の清々しい顔を見ると、光之助は少しでも両親を悪く思った手前が恥ずかしくなった。
「何なら師範に代わり、私がお主に剣術を教えようか?」
「えぇ? そ、それは……」
女の菊から剣術を習うのは、何となく体裁が悪いような気がする。それを察したのか、菊がぽつりと呟いた。
「光之助殿も女の私から習うのは恥ずかしいのか?」
「そ、そんなことは……」
何と答えたらよいものか、はたまた返答に困った。
「柳生心眼流の小田左ノ介直伝の剣術の腕、決して恥ずかしいものではないぞ。私は小田先生の弟子になれて誇りに思っている」
「柳生心眼流の小田左ノ介? 誰だ、それは?」
菊は胸を張って師範の名を告げたのだが、光之助の反応は今ひとつだった。
「お主は小田先生を知らぬのか?」
「申し訳ない」
「そうか、知らぬか。あの爺様、我こそは天下一と豪語しておったのに……」
光之助が左ノ介を知らないと聞き、菊はがっくりと肩を落とした。
「たとえ私が女であっても、一緒に稽古をするのは決して恥ではないぞ。ましてや、二人だけなら周囲の目も気にならないではないか?」
気を取り直して、もう一度誘ってみる。
「で、でも……」
菊は光之助の得意な算術を例に出し励ます。
「でも、それだけでは駄目なのだ。俺は父上のように強い男にならねばいけないのだ」
南町奉行冨岡周五郎の息子として生を受けた光之助には、文武両道が望まれている。それなのに、今の光之助は無様な負け犬だ。
「きっと父上も母上も俺の姿を見て情けないと思うのだろうなぁ」
不甲斐ない手前を光之助は情けなく思っていた。
「ば、馬鹿者!」
急に怒鳴られて、光之助はびくっと体を固くした。
「己の子供を情けなく思う親がどこにいるか」
「で、でも……」
「母上は菊がこのような格好をしていても、情けないなどと一言をこぼしたことはなかったぞ。確かに美しい着物や髪飾りで、私を装うのが楽しみだったようだが」
女児が男装していて嘆かない親がいるものだ、とそちらの方にも驚かされた。
「実は私には姉がいたのだ……」
ふいに遠い目をして菊が打ち明ける。
「生まれて三日足らずで亡くなったそうじゃ。それで私が生まれた時に、母上は、それはもう大いに喜んだらしい」
だが、蝶よ、花よと大事に育てるはずが、とんだじゃじゃ馬になってしまった、と菊は豪快に笑い飛ばした。
「だが、なかにはこうるさいお婆がいて、やることなすこと駄目だと叱られた。そんなに私が嫌いなのかと悩んでおったが、他の兄弟姉妹にも何かと文句をつけておった」
「そのお婆は子供が嫌いなのか?」
「わからぬ。ただ一つ言えるのは、お婆はいつも己が正しいと信じて疑わなかった。そのため、周りの声に耳を傾けようとしなかったのだ」
それはどんな立場の人でも当てはまること。決して手前の意見を曲げない輩が多くいるから、短気な江戸っ子の間では喧嘩が絶えないのだ。
「それでも、母上は菊の味方じゃ。決して情けないなどと申さぬ。光之助殿の父上も、母上もできたお方だ。だから、決してそんな風に思うはずはない。お主はもっと胸を張っても構わないと思うぞ」
きっぱりと断言する菊の清々しい顔を見ると、光之助は少しでも両親を悪く思った手前が恥ずかしくなった。
「何なら師範に代わり、私がお主に剣術を教えようか?」
「えぇ? そ、それは……」
女の菊から剣術を習うのは、何となく体裁が悪いような気がする。それを察したのか、菊がぽつりと呟いた。
「光之助殿も女の私から習うのは恥ずかしいのか?」
「そ、そんなことは……」
何と答えたらよいものか、はたまた返答に困った。
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「申し訳ない」
「そうか、知らぬか。あの爺様、我こそは天下一と豪語しておったのに……」
光之助が左ノ介を知らないと聞き、菊はがっくりと肩を落とした。
「たとえ私が女であっても、一緒に稽古をするのは決して恥ではないぞ。ましてや、二人だけなら周囲の目も気にならないではないか?」
気を取り直して、もう一度誘ってみる。
「で、でも……」
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