これにて一件落着、菊姫は名奉行

勇内一人

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壱の巻 ほろ苦い砂糖騒動

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「剣術だけが全てではないぞ。光之助殿には算術の才能があるではないか」
 菊は光之助の得意な算術を例に出し励ます。
「でも、それだけでは駄目なのだ。俺は父上のように強い男にならねばいけないのだ」
 南町奉行冨岡周五郎の息子として生を受けた光之助には、文武両道が望まれている。それなのに、今の光之助は無様な負け犬だ。
「きっと父上も母上も俺の姿を見て情けないと思うのだろうなぁ」
 不甲斐ない手前を光之助は情けなく思っていた。 
「ば、馬鹿者!」
 急に怒鳴られて、光之助はびくっと体を固くした。
「己の子供を情けなく思う親がどこにいるか」
「で、でも……」
「母上は菊がこのような格好をしていても、情けないなどと一言をこぼしたことはなかったぞ。確かに美しい着物や髪飾りで、私を装うのが楽しみだったようだが」
 女児が男装していて嘆かない親がいるものだ、とそちらの方にも驚かされた。
「実は私には姉がいたのだ……」
 ふいに遠い目をして菊が打ち明ける。
「生まれて三日足らずで亡くなったそうじゃ。それで私が生まれた時に、母上は、それはもう大いに喜んだらしい」
 だが、蝶よ、花よと大事に育てるはずが、とんだじゃじゃ馬になってしまった、と菊は豪快に笑い飛ばした。
「だが、なかにはこうるさいお婆がいて、やることなすこと駄目だと叱られた。そんなに私が嫌いなのかと悩んでおったが、他の兄弟姉妹にも何かと文句をつけておった」
「そのお婆は子供が嫌いなのか?」
「わからぬ。ただ一つ言えるのは、お婆はいつも己が正しいと信じて疑わなかった。そのため、周りの声に耳を傾けようとしなかったのだ」
 それはどんな立場の人でも当てはまること。決して手前の意見を曲げない輩が多くいるから、短気な江戸っ子の間では喧嘩が絶えないのだ。
「それでも、母上は菊の味方じゃ。決して情けないなどと申さぬ。光之助殿の父上も、母上もできたお方だ。だから、決してそんな風に思うはずはない。お主はもっと胸を張っても構わないと思うぞ」
 きっぱりと断言する菊の清々しい顔を見ると、光之助は少しでも両親を悪く思った手前が恥ずかしくなった。
「何なら師範に代わり、私がお主に剣術を教えようか?」
「えぇ? そ、それは……」
 女の菊から剣術を習うのは、何となく体裁が悪いような気がする。それを察したのか、菊がぽつりと呟いた。
「光之助殿も女の私から習うのは恥ずかしいのか?」
「そ、そんなことは……」
 何と答えたらよいものか、はたまた返答に困った。
柳生心眼流やぎゅうしんがんりゅう小田左ノ介おのださのすけ直伝の剣術の腕、決して恥ずかしいものではないぞ。私は小田先生の弟子になれて誇りに思っている」
「柳生心眼流の小田左ノ介? 誰だ、それは?」
 菊は胸を張って師範の名を告げたのだが、光之助の反応は今ひとつだった。
「お主は小田先生を知らぬのか?」
「申し訳ない」
「そうか、知らぬか。あの爺様、我こそは天下一と豪語しておったのに……」
 光之助が左ノ介を知らないと聞き、菊はがっくりと肩を落とした。
「たとえ私が女であっても、一緒に稽古をするのは決して恥ではないぞ。ましてや、二人だけなら周囲の目も気にならないではないか?」
 気を取り直して、もう一度誘ってみる。
「で、でも……」
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