これにて一件落着、菊姫は名奉行

勇内一人

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三の巻 赤ん坊置き去り騒動

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 南町奉行所内裏屋敷、奉行冨岡周五郎の住まい前に赤ん坊が置き去りにされるという騒動が起きた。
「まぁ、なんて可愛いのでしょう。それなのに、どうして置き去りなんかできるのかしら? 私には信じられません」
 周五郎の妻君・茜は久しぶりの赤ん坊の姿に、襁褓を換えたり母乳代わりの重湯を作ったりして張り切っている。光之助と佐喜は赤ん坊とどう接して良いのかわからず、遠目からじっと探りを入れている。
「こんな風に泣かれると、どうしたら良いものか困ってしまうなぁ」
「情けないわね、兄上。私という妹がいるのに」
「だって、仕方ないだろう」
 三つ下の佐喜が生まれた時も、光之助は同じような態度を示したらしい。
「お菊ちゃんは赤ん坊が泣いても平気なの?」 
 ところが、菊は赤ん坊に慣れているらしく、泣きわめいても平然としているではないか。
「赤ん坊は泣くのが勤め。泣かない方がおかしいのじゃ」
「そうよ。あなたたちだって、ついこの前まで襁褓をしていた赤ん坊だったのよ。そんなに怖がらないで抱いてみなさいな、可愛いわよ」
 茜から赤ん坊の抱き方を教わり、光之助は恐る恐る受け取る。微かに甘ったるい乳の匂いがして、何とも言えない柔らかな抱き心地がする。
「小さくて壊れそうだ。でも母上、佐喜はもっと大きかったような気がします」
「あの頃はまだ光之助も小さかったから、赤ん坊が今より大きく感じたかもしれないわね」
「兄上ばかりずるい、私にも抱っこさせて」
 人形遊びが好きな佐喜は、早く抱っこしたくてうずうずしている。
「人形じゃないんだから、気を付けるんだぞ」
 すると、佐喜が抱くと途端に赤ん坊がむずがり出した。慌てた佐喜はそそくさと菊に赤ん坊を押し付けてしまう。
「はい、次はお菊ちゃんの番」
 危なっかしい手つきの佐喜と違い、菊は上手に赤ん坊をあやしている。
「あら、上手なものね。感心、感心」
「腹違いの弟妹がおるので、何度か抱かせてもらったことがあるのじゃ」
 小出し、小出しだが、菊が己の出自を語ることがある。それをつなぎ合わせれば、いつか菊という女児が如何なる人物かわかるだろう。
 あれから光之助は暇を見ては周五郎に尋ねてみるも、いつもはぐらかされてばかりでいる。出会った頃は好奇心から気になっていたが、一緒に暮らすうちに熱が冷めてしまっていた。
 今は同じ年の仲間として、菊とは良い関係を保っている。それを壊してまで菊の素性を暴くのは意味がないとの考えに至ったのだ。
「……やむにやまれぬ事情があってのことだと思いたいですね」
 さっきから隣の部屋では周五郎を囲み宿直の見習い与力や同心たちが、赤ん坊についてあれやこれやと議論を交わしている。
「お頭様(奉行の呼称)、如何されましょうか?」
「そのうちに親が名乗り出てくるかもしれぬ。それまで裏屋敷で世話をしることにしよう」
 茜のたっての願いで、赤ん坊は冨岡家で一時的に預かることに相成った。
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