南町奉行所お耳役貞永正太郎の捕物帳

勇内一人

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材木商桧木屋お七の訴え

十一

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 数日後、お千は中村座まで亀三を探しにやって来た。火付け騒ぎの後、歌舞伎見物どころではない状況だったからだ。
 先日は市川座、その前は森田座。探しても、探しても亀三の姿はどこにもなかった。一人では抱え切れないようような事が起きて、不安で胸が張り裂けそうになっている。
「お千殿、どなたをお探しですか?」
 正太郎がお千に声をかけた。
「あ、あなたはあの時の!」
 例の火付け強盗の件は既にお七と八十吉の犯行として解決している。番屋で話を聞くのははばかれるので、芝居茶屋に席を設けた。そこには平一郎が待機している。
「亀三を探しているのなら、奴はもうここにはいない。探しても無駄だぞ」
「え?」

 両親に話せば絶対に銭は出してくれないだろう。余りの熱の入れように、呆れているくらいだから。
 手前には銭はないが、店には銭ある。藤次郎会いたさに、思わず亀三の話に飛びついた。
 ぼや騒ぎを起こした隙に、亀三が店の金を奪うという段取りだった。もしも、ばれても謝れば済むだろうと軽い気持ちで起こした罪だった。ところが……
 騒ぎの後で手代たちが口を揃えて怪しい男を見かけた。この辺りでは見かけない顔の担ぎ売りだったと言い始めた。誰も亀三を見ていないようだったので、気が大きくなっていた。だから、手前も便乗して担ぎ売りが金品を盗んだと嘘をついてしまった。
 すると、どうしたものかお七が自ら火付けを告白し、担ぎ売りの八十吉なる男が死んだ。
 それから、あれよあれよと騒動が解決したようで、お七が処刑されてしまった。
 でも、手前は何も悪くない。勝手にお七が名乗り出ただけだ。手前は何も悪くない、手前は何も悪くない……

「……お千、聞いているか?」
「え?」
「ぼや騒ぎの件だが、何か心当たりはないか?」
「あ、あれは姉さんの犯行だったでしょう? 手前は何も知りません」
 あくまでも強気なお千は無視を決め込む。
「それじゃあ、担ぎ売りの八十吉のことは? 奴も知らないと言うのか?」
「当たり前です。どうして手前が担ぎ売りなんか相手にするんですか? それは女中にでも聞いてください」
 八十吉の件もきっぱりと否定したが、やはりお七のことは気になっているようだ。
「ね、姉さんが名乗り出たから、手前は何も、何も……」
 つんと澄ました表情とは裏腹に、お千は次第に焦り始めていた。銭を手に入れた途端、亀三は姿を消してしまった。
 だから、未だ藤次郎にも会えていない。まさか、手前はあいつに騙されていたのか? そんな馬鹿な!

「調べたところ中村藤次郎に、亀三という知り合いはいないそうだ。だから、銭を払ったところで、藤次郎本人には決して会えない。お前さんが襖越しに会ったのは亀三で、あいつは声色使いだそうだ。嘘八百を並べたて、銭を奪うのが奴の手口だ」
 ここで平一郎は名騙りのからくりを教えた。
「う、嘘よ。そんな話、信じない! 姉さんじゃあるまいし、手前が騙されるわけが、わけが……」
 自分が騙されたことを素直に受け入れられないのだろう。お千はずっと首を振り、否定し続けている。
「火付けは罪になるし、火事場泥棒も然り。それなのに、まだ白を切るつもりか? 本当はお前さんが火付けをし、亀三が盗みに入ったのだろう?」
 平一郎の問いかけに、お千は黙って頷いた。とうとう己の罪と向き合う時が来たのだ。
「やはり、そうだったか。だがな、公にはこの件は解決してしまった。蒸し返したところで、お七も八十吉も返ってこない」
 改めて知らされる、姉お七の悲惨な最期。受け入れるお千は目をかっと見開くと、瞼を固く閉じ唇を噛み締めた。
「火付けをしたらどうなるか、姉さんが身を持ってお前さんに教えてくれたのだ。これからは心を入れ替えて、桧木屋のため、亡くなったお七さんのため、精進するのだぞ」
 俯いたまま涙を流し、お千は身動き一つしない。そんなお千を残したまま、平一郎は芝居茶屋を後にした。
 その後、聞いた話によると、お千は茫然自失な様子で、迎えに来た女中に手を引かれ帰ったという。もちろん、藤次郎の出演している歌舞伎公演なんぞ気に掛ける素振りさえ見せなかったそうだ。
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