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材木商桧木屋お七の訴え
十
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「それでは、桧木屋のお千という娘をご存知でしょうか?」
「いいえ、全く覚えがございません」
芝居中に贔屓客たちが手前と目が合ったと喜んでいるのは知っているが、全く見当違いだとは口が裂けても言えないという。
それは他の役者たちも皆同じ。馴染みであろうとなかろうと、観客には愛想よく挨拶をするのが当たり前だと神妙な顔をした。
「なるほど」
そして、ここからが肝心要の話。亀三という男の名前を尋ねても、やはり知らないと返ってきた。
「芝居には役者だけでなく裏方や、興行、茶屋など関わる人がたくさんおります。申し訳ないが、その全員を把握するのはさすがに無理な話でしょう」
人気者にあやかろうと近づく輩は数多の星。仙人でもない限り、そりゃそうだ。
「でも……もしかしたら、弟子なら知っているかもしれません。おぉい、藤吉。そこに居るかい?」
「はい、師匠。何でしょうか?」
廊下で控えている弟子を呼んで話を聞くと、何となく覚えがあると返ってきた。
「亀三ですか? 知っているといえば知っていますが、何かあったのでしょうか?」
弟子の藤吉は少し困ったような顔をした。
「おや、お前はそいつを知っていたのかい?」
「は、はい。ほんの短い間だけ右衛門さんのお付きをしていた男ですよね。ほら、師匠も覚えておりませんか? 役者の声を真似た……」
これで藤次郎もピンときたのか、亀三を思い出したようだった。
「あぁ、あの声色使いか」
ものまねの元祖ともいわれるのが、歌舞伎役者の声を真似る声色使い。亀三はよく役者の声真似をしていたらしい。
「でも、直ぐに姿をくらましてしまいました。華やかに見えてこの仕事は辛い、きっとそれが嫌で逃げ出したのでしょう」
手順は複雑で覚えることは多いし、力仕事もある。歌舞伎に限らず裏で支える仕事は何だって厳しいもの。
それに耐えられず逃げ出した亀三は、悪い連中とつるみ銭儲けに走ったようだ。
上手い話があるから手を結ばないかと誘われたが、藤吉はきっぱりと断ったそうだ。
「手前はこの仕事に誇りを持っていますし、何より師匠のお世話ができて嬉しいです。確か、この芝居茶屋にも亀三と仲の良い奴がいたはず。手前よりそいつの方がよく知っていると思います」
そして、清々しい表情で言い切った。
「手前の名を借りて悪さをするなんぞ、けしからん奴だ。旦那、その亀三って男を捕まえてください」
藤次郎も強い口調で懇願した。
「おう、任してくれ」
「それから、その騙されたお嬢さんたちには役者に会うのは舞台の上だけ、決して生身の手前と会いたいなんぞ願わないようにと伝えてください」
真剣な眼差しできっぱり言うと、平一郎の手を取って茶目っ気たっぷりでこんなことを口走った。
「でも、旦那ならいつでも会いに来て構いませんよ」
どうやら女子に人気の歌舞伎役者は男色の気があるようだ。
「そ、そうか。ははは……」
これには流石の平一郎も笑うしかなかった。
「いいえ、全く覚えがございません」
芝居中に贔屓客たちが手前と目が合ったと喜んでいるのは知っているが、全く見当違いだとは口が裂けても言えないという。
それは他の役者たちも皆同じ。馴染みであろうとなかろうと、観客には愛想よく挨拶をするのが当たり前だと神妙な顔をした。
「なるほど」
そして、ここからが肝心要の話。亀三という男の名前を尋ねても、やはり知らないと返ってきた。
「芝居には役者だけでなく裏方や、興行、茶屋など関わる人がたくさんおります。申し訳ないが、その全員を把握するのはさすがに無理な話でしょう」
人気者にあやかろうと近づく輩は数多の星。仙人でもない限り、そりゃそうだ。
「でも……もしかしたら、弟子なら知っているかもしれません。おぉい、藤吉。そこに居るかい?」
「はい、師匠。何でしょうか?」
廊下で控えている弟子を呼んで話を聞くと、何となく覚えがあると返ってきた。
「亀三ですか? 知っているといえば知っていますが、何かあったのでしょうか?」
弟子の藤吉は少し困ったような顔をした。
「おや、お前はそいつを知っていたのかい?」
「は、はい。ほんの短い間だけ右衛門さんのお付きをしていた男ですよね。ほら、師匠も覚えておりませんか? 役者の声を真似た……」
これで藤次郎もピンときたのか、亀三を思い出したようだった。
「あぁ、あの声色使いか」
ものまねの元祖ともいわれるのが、歌舞伎役者の声を真似る声色使い。亀三はよく役者の声真似をしていたらしい。
「でも、直ぐに姿をくらましてしまいました。華やかに見えてこの仕事は辛い、きっとそれが嫌で逃げ出したのでしょう」
手順は複雑で覚えることは多いし、力仕事もある。歌舞伎に限らず裏で支える仕事は何だって厳しいもの。
それに耐えられず逃げ出した亀三は、悪い連中とつるみ銭儲けに走ったようだ。
上手い話があるから手を結ばないかと誘われたが、藤吉はきっぱりと断ったそうだ。
「手前はこの仕事に誇りを持っていますし、何より師匠のお世話ができて嬉しいです。確か、この芝居茶屋にも亀三と仲の良い奴がいたはず。手前よりそいつの方がよく知っていると思います」
そして、清々しい表情で言い切った。
「手前の名を借りて悪さをするなんぞ、けしからん奴だ。旦那、その亀三って男を捕まえてください」
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「おう、任してくれ」
「それから、その騙されたお嬢さんたちには役者に会うのは舞台の上だけ、決して生身の手前と会いたいなんぞ願わないようにと伝えてください」
真剣な眼差しできっぱり言うと、平一郎の手を取って茶目っ気たっぷりでこんなことを口走った。
「でも、旦那ならいつでも会いに来て構いませんよ」
どうやら女子に人気の歌舞伎役者は男色の気があるようだ。
「そ、そうか。ははは……」
これには流石の平一郎も笑うしかなかった。
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