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吟味方与力貞永平一郎の訴え
十五
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――正太郎のお耳役としての活躍を、私もこのまま見届けたいものだ。
ところが、些か調子に乗っている感がある。あろうことか、このままこの世に留まるつもりでいるらしい。
「いや、いや、それは困ります。父上、お願いですから成仏してください」
――薄情な奴め。お前は私に消えて欲しいのか?
「い、いいえ、そうではありませぬ。できればずっと近くで見守っていただきたい。ですが、それでは父上の魂が安らかになりませぬ」
正太郎とて父との別れは辛い。できればずっと傍らで見守って貰いたい。だが一方で、あの世で安らかに暮らして欲しいとも願っていた。
「貞永、聞こえておるか? 私もそう遅くない頃に、あの世に逝くはずだ。それまで向こうで待っていてくれまいか? もちろん、こちらのことは私が責任を持って対処するからな」
――御頭様。それでは、寿三郎の指南役には伊吹宗一郎をお願いいたします。あ奴は私が目をかけていた後輩、きっと私の代わりとして立派に役目を務めるでしょう。
平一郎の願いを聞き伝えると、忠相は遠い目をして考えていた。
「そうか、伊吹なら信用できるというか。それならばお主の代わりに、密史としても使えるかもしれぬな」
唇の動きで密使という言葉を読み取った。吉次郎が忠相と父の仲に嫉妬していたが、裏ではこのような事情が隠されていたのだ。
改めて正太郎は、父平一郎の置かれていた立場を知った。そして、己に与えられた役目を改めて鑑みて、亡き父の後を継ぎ忠相に、南町奉行所に仕える意味を理解した。
「私、貞永正太郎は父貞永平一郎の遺志を継ぎ、これからも南町奉行所お耳役として精進してまいります」
――さすが私の息子だ、正太郎。これからは私に代わり八重、寿三郎をよろしく頼んだぞ。
「はい、父上。私にお任せください」
息子の晴れ姿を見守った貞永平一郎は、無事成仏したのであった。
「昨晩、旦那様が私の枕元に現れました。これからは正太郎、寿三郎の三人で仲良く暮らしていって欲しいと頼んでいきました」
朝餉の席でいきなり母八重が告げる。
「四十九日を迎えてから、ようやく私の元に来るなんて。どこをほっつき歩いていたのか知りませんが、無事に成仏できたのは間違いありませんね」
呆れながらも涙ぐみ、八重はしみじみと語った。
「そ、そうですね」
その後、人知れず杉浦吉次郎は南町奉行を去っていった。表向きは生死をさ迷う大病を患ったという話になっている。だが、本当は己の犯した罪の重圧に耐え切れず、正気を失ってしまったためだった。忠相の勧めで仏門に入る道を選んだそうだが、これは正太郎と成仏した平一郎しか知らない末路だった。
ところが、些か調子に乗っている感がある。あろうことか、このままこの世に留まるつもりでいるらしい。
「いや、いや、それは困ります。父上、お願いですから成仏してください」
――薄情な奴め。お前は私に消えて欲しいのか?
「い、いいえ、そうではありませぬ。できればずっと近くで見守っていただきたい。ですが、それでは父上の魂が安らかになりませぬ」
正太郎とて父との別れは辛い。できればずっと傍らで見守って貰いたい。だが一方で、あの世で安らかに暮らして欲しいとも願っていた。
「貞永、聞こえておるか? 私もそう遅くない頃に、あの世に逝くはずだ。それまで向こうで待っていてくれまいか? もちろん、こちらのことは私が責任を持って対処するからな」
――御頭様。それでは、寿三郎の指南役には伊吹宗一郎をお願いいたします。あ奴は私が目をかけていた後輩、きっと私の代わりとして立派に役目を務めるでしょう。
平一郎の願いを聞き伝えると、忠相は遠い目をして考えていた。
「そうか、伊吹なら信用できるというか。それならばお主の代わりに、密史としても使えるかもしれぬな」
唇の動きで密使という言葉を読み取った。吉次郎が忠相と父の仲に嫉妬していたが、裏ではこのような事情が隠されていたのだ。
改めて正太郎は、父平一郎の置かれていた立場を知った。そして、己に与えられた役目を改めて鑑みて、亡き父の後を継ぎ忠相に、南町奉行所に仕える意味を理解した。
「私、貞永正太郎は父貞永平一郎の遺志を継ぎ、これからも南町奉行所お耳役として精進してまいります」
――さすが私の息子だ、正太郎。これからは私に代わり八重、寿三郎をよろしく頼んだぞ。
「はい、父上。私にお任せください」
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「昨晩、旦那様が私の枕元に現れました。これからは正太郎、寿三郎の三人で仲良く暮らしていって欲しいと頼んでいきました」
朝餉の席でいきなり母八重が告げる。
「四十九日を迎えてから、ようやく私の元に来るなんて。どこをほっつき歩いていたのか知りませんが、無事に成仏できたのは間違いありませんね」
呆れながらも涙ぐみ、八重はしみじみと語った。
「そ、そうですね」
その後、人知れず杉浦吉次郎は南町奉行を去っていった。表向きは生死をさ迷う大病を患ったという話になっている。だが、本当は己の犯した罪の重圧に耐え切れず、正気を失ってしまったためだった。忠相の勧めで仏門に入る道を選んだそうだが、これは正太郎と成仏した平一郎しか知らない末路だった。
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