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吟味方与力貞永平一郎の訴え
六
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「義母上からうかがいました。夢に義父上が出てきたそうですね」
寿三郎は羨ましそうな表情を浮かべ微笑んだ。
「私が頼りないから、お主には苦労させるかもしれぬ。だが、ここは父上と私のために一肌脱いでくれまいか」
深々と正太郎が頭を下げる。人一倍責任感の強い正太郎だ。寂しさや悔しさを抱えながらも、己を律しているのだろう。そう寿三郎は考えていた。
「義兄上、頭を上げてください。養子に入ってから貞永の家には返しきれない恩義があります。寿三郎はまだまだ未熟者ですが、少しでも義兄上のお役に立ちたいと願っています」
「かたじけない。だが寿三郎、養子縁組に恩義を感じることはないのだぞ。お主がいてくれて助かったのは私の方だからな」
「義兄上。ありがたきお言葉、寿三郎は幸せ者です」
義兄の悩みも知らず、当の寿三郎は決心していた。生家では厄介者扱いだった手前を、貞永の父は実の息子のように可愛がってくれた。その父の死に疑問があるならば、暴いてみせるのが息子の務めであろう。
それに父の死を他人任せにしない、正太郎の熱意にも共感している。義兄を口悪く言う者もいるが、寿三郎にとっては尊敬に値する頼もしい存在だ。
「それでは先ず、お主にやってもらいことがある。事件の発端となった煮売り屋の騒ぎについての聞き込みに連れ立ってもらいたいのだ」
「き、聞き込みですか、義兄上が?」
はたして耳の不自由な正太郎に、聞き込みなんぞできるのだろうか。一瞬、寿三郎はぽかんと義兄の顔を見つめてしまった。
「耳が不自由な私に聞き込みとはおかしいだろう」
正太郎が照れながら笑った。
「い、いえ、とんでもありません」
己の気持ちを見透かされ、寿三郎の頬が真っ赤になった。
「だから、お主には私の耳になってもらいだのよ」
「あぁ、そういうことですか」
寿三郎は義兄の言わんとするところがわかり納得した。まだ齢十三歳の寿三郎だが、年の割に大人びたところがある。だが、書く文字は几帳面で均等に整っているものの、小さ過ぎて些か読みづらい。手前に自信がないからか、ひ弱さを感じるような文字だった。
生家では疎まれ、貞永家の養子になった理由も少々複雑だ。そのせいか、いつも周囲に気兼ねしているようにも見える。きっとそんな性分が文字に現れているのかもしれない。
そういえば、寿三郎の声をいつ聞いたのか、正太郎は思い出せないでいる。襁褓が取れたばかりの頃、まだあどけない幼子の頃ならば覚えがあるような。あの頃はまだ、二人の間柄がこうなるとは誰も想像していなかった。
これから成長していくにつれ、寿三郎も己に自信がつくだろう。そうなれば自ずと書く文字も変わっていくはずだ。そうであって欲しいと、亡き父に代わり義弟を見守る正太郎は望んでいた。
寿三郎は羨ましそうな表情を浮かべ微笑んだ。
「私が頼りないから、お主には苦労させるかもしれぬ。だが、ここは父上と私のために一肌脱いでくれまいか」
深々と正太郎が頭を下げる。人一倍責任感の強い正太郎だ。寂しさや悔しさを抱えながらも、己を律しているのだろう。そう寿三郎は考えていた。
「義兄上、頭を上げてください。養子に入ってから貞永の家には返しきれない恩義があります。寿三郎はまだまだ未熟者ですが、少しでも義兄上のお役に立ちたいと願っています」
「かたじけない。だが寿三郎、養子縁組に恩義を感じることはないのだぞ。お主がいてくれて助かったのは私の方だからな」
「義兄上。ありがたきお言葉、寿三郎は幸せ者です」
義兄の悩みも知らず、当の寿三郎は決心していた。生家では厄介者扱いだった手前を、貞永の父は実の息子のように可愛がってくれた。その父の死に疑問があるならば、暴いてみせるのが息子の務めであろう。
それに父の死を他人任せにしない、正太郎の熱意にも共感している。義兄を口悪く言う者もいるが、寿三郎にとっては尊敬に値する頼もしい存在だ。
「それでは先ず、お主にやってもらいことがある。事件の発端となった煮売り屋の騒ぎについての聞き込みに連れ立ってもらいたいのだ」
「き、聞き込みですか、義兄上が?」
はたして耳の不自由な正太郎に、聞き込みなんぞできるのだろうか。一瞬、寿三郎はぽかんと義兄の顔を見つめてしまった。
「耳が不自由な私に聞き込みとはおかしいだろう」
正太郎が照れながら笑った。
「い、いえ、とんでもありません」
己の気持ちを見透かされ、寿三郎の頬が真っ赤になった。
「だから、お主には私の耳になってもらいだのよ」
「あぁ、そういうことですか」
寿三郎は義兄の言わんとするところがわかり納得した。まだ齢十三歳の寿三郎だが、年の割に大人びたところがある。だが、書く文字は几帳面で均等に整っているものの、小さ過ぎて些か読みづらい。手前に自信がないからか、ひ弱さを感じるような文字だった。
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そういえば、寿三郎の声をいつ聞いたのか、正太郎は思い出せないでいる。襁褓が取れたばかりの頃、まだあどけない幼子の頃ならば覚えがあるような。あの頃はまだ、二人の間柄がこうなるとは誰も想像していなかった。
これから成長していくにつれ、寿三郎も己に自信がつくだろう。そうなれば自ずと書く文字も変わっていくはずだ。そうであって欲しいと、亡き父に代わり義弟を見守る正太郎は望んでいた。
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