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岸本屋店主彦左衛門の訴え
三
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――私の女房お栄が忠兵衛を惑わせたのでございます。恥知らずにも二回りも若い娘を後添いに迎えたものの、夫としての勤めが今ひとつ充分にできませんでした。
普通なら愛想を尽かされるはずが、お栄は相変わらず尽くしてくれた。それを愛情だと信じていたのに、まんまと裏切られたわけだ。しかも、忠実な番頭と手を組んで。
――あいつはできた女房の振りをして、陰で忠兵衛と通じていたのです。
やがて、二人は店を乗っ取る計画を立て、実行に移したというのが真相のようだった。
――しかしながら、二人の仲に勘付いていたのは亭主の私だけです。ですから、あの二人に疑いの目がいくわけがないのですよ。
「だから、身代わりとして評判の悪い長吉が選ばれたというわけか」
――はい、左様でございます。
働き者の番頭と手癖の悪い手代。どちらが信用できるか、問わなくてもわかるだろう。だが、それだけで店主殺しの下手人にされては、あまりにも長吉が可哀そうではないか。
――真の悪人は私を殺した忠兵衛とお栄。このまま無実の長吉が罰せられると思うとやり切れません。
気を揉んだ彦左衛門は死ぬに死にきれず、こうやって訴え出たのだと打ち明けた。もちろん、南町奉行所の役人として正太郎も見逃すわけにはいかない。
「そうであったか。この私で役に立てるかどうかはわからない。だが、ひとまずこの件、預からせてもらえないだろうか」
――はい。是非ともよろしくお願いいたします。
そいうわけで、彦左衛門殺しの真相を暴くため、正太郎は一肌脱ぐことに相成った。
その日の夜。彦左衛門との会話が忘れられない正太郎は、悩みに悩んだ末に事件のあらましを聞かせて欲しいと平一郎に頼み込んだ。
『ところで、どうしてこの件に興味を持ったのだ』
独特な癖のある文字で平一郎が筆を嗜める。悪筆というわけではないが、急いで書こうと意気込むと文字が躍るように大小ちぐはぐになるのが特徴だった。
「はい、父上。彦兵衛殺しについてちょっとした噂話を小耳に挟んだものですから、是非とも話を伺いたいと思いました」
「ほぉ、噂話ねぇ」
耳が不自由な息子が小耳に挟んだ噂話とは、一体全体どんなものかと平一郎も興味がわいたようだ。
「実は番頭の忠兵衛と店主の女房お栄が、通じていると聞きました。実際のところ、どうなのでしょうか?」
「どうして、そんな話を持ち出すのだ? 誰からもそのような話は聞いていないぞ。それは確かな筋からの話なのか?」
誰一人耳にしていない噂を教えられ、平一郎は仰天した。しかも、聞いたと言い張る息子正太郎は耳が不自由、それゆえ嘘か誠か判断できかねる。
普通なら愛想を尽かされるはずが、お栄は相変わらず尽くしてくれた。それを愛情だと信じていたのに、まんまと裏切られたわけだ。しかも、忠実な番頭と手を組んで。
――あいつはできた女房の振りをして、陰で忠兵衛と通じていたのです。
やがて、二人は店を乗っ取る計画を立て、実行に移したというのが真相のようだった。
――しかしながら、二人の仲に勘付いていたのは亭主の私だけです。ですから、あの二人に疑いの目がいくわけがないのですよ。
「だから、身代わりとして評判の悪い長吉が選ばれたというわけか」
――はい、左様でございます。
働き者の番頭と手癖の悪い手代。どちらが信用できるか、問わなくてもわかるだろう。だが、それだけで店主殺しの下手人にされては、あまりにも長吉が可哀そうではないか。
――真の悪人は私を殺した忠兵衛とお栄。このまま無実の長吉が罰せられると思うとやり切れません。
気を揉んだ彦左衛門は死ぬに死にきれず、こうやって訴え出たのだと打ち明けた。もちろん、南町奉行所の役人として正太郎も見逃すわけにはいかない。
「そうであったか。この私で役に立てるかどうかはわからない。だが、ひとまずこの件、預からせてもらえないだろうか」
――はい。是非ともよろしくお願いいたします。
そいうわけで、彦左衛門殺しの真相を暴くため、正太郎は一肌脱ぐことに相成った。
その日の夜。彦左衛門との会話が忘れられない正太郎は、悩みに悩んだ末に事件のあらましを聞かせて欲しいと平一郎に頼み込んだ。
『ところで、どうしてこの件に興味を持ったのだ』
独特な癖のある文字で平一郎が筆を嗜める。悪筆というわけではないが、急いで書こうと意気込むと文字が躍るように大小ちぐはぐになるのが特徴だった。
「はい、父上。彦兵衛殺しについてちょっとした噂話を小耳に挟んだものですから、是非とも話を伺いたいと思いました」
「ほぉ、噂話ねぇ」
耳が不自由な息子が小耳に挟んだ噂話とは、一体全体どんなものかと平一郎も興味がわいたようだ。
「実は番頭の忠兵衛と店主の女房お栄が、通じていると聞きました。実際のところ、どうなのでしょうか?」
「どうして、そんな話を持ち出すのだ? 誰からもそのような話は聞いていないぞ。それは確かな筋からの話なのか?」
誰一人耳にしていない噂を教えられ、平一郎は仰天した。しかも、聞いたと言い張る息子正太郎は耳が不自由、それゆえ嘘か誠か判断できかねる。
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