南町奉行所お耳役貞永正太郎の捕物帳

勇内一人

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鳳凰堂女中お菊の訴え

二十一

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 一方、貞永家では買い物だ、芝居見物だと、八重が頻繁に縫を連れ歩くようになっていた。
「あんな必死な縫の姿を見たら、誰もがこの巡り合わせは宿命だと思ったはずです」
 寿三郎が加勢を伴い貞永家に戻ると、必死に何者から正太郎を守ろうとしていた縫の姿があったと聞いた。正太郎が言うように縫の縁組は、なくてはならないと思えてきたという。そういうわけで、これからは縫を嫁ではなく、実の娘のように扱うつもりだと打ち明けた。
 母と縫が歩み寄るのは、正太郎にとっても好ましい結果だった。お政が成仏して縫も寂しいのではと気になっていたからだ。だが、それに比べて、父の取った態度は何とも情けないではなかろうか。
「都合が悪くなると姿を消すとは、男として情けないと思わぬか?」
 正太郎がそう愚痴をこぼすと、縫が己の背後を指さした。
「ここに父上が居るのですね?」
 込み上げる笑いを抑え、縫が頷く。
「子供みたいな真似をして、みっともない。縫には全てお見通しですから、隠れても無駄ですよ」
――縫め、告げ口しおって。
「縫は悪くありません。正直に教えてくれただけです。それよりも、父上。これからどうするおつもりですか?」
――私だって成仏はしたい。だがな、私が乗る船はまだ来ないようだ。
 相変わらず極楽浄土行きの船がまだ来ないと、平一郎はのらりくらり言い訳を繰り返している。
――私だって初孫の顔が見たいし、八重のことも心配だ。それに、寿三郎の成長も見届けたいぞ。
「寿三郎の成長とは大きく出ましたね。あと何年くらい見守れれば、父上の気が済むのでしょうか?」
――うぅむ、そうだなぁ。
 その実、平一郎はこの世から離れたくないのかもしれない。
『いつまででも構いません』
 しっかりとした太い文字で縫が思いをしたためた。
「父上がお菊のように怨霊に変わることはないでしょう。それならば、もう少しこの世に居ても構わないかもしれないですね」
 縫の許しが出たのだ、正太郎も渋々ながら認めた。もちろん、渡りに船と平一郎が受け入れたのは言うまでもない。
――それはありがたい。お言葉に甘えて、もう少し居させてもらおうか。もちろん、お耳役の役目では喜んで助太刀させて貰おうぞ。
「はい、はい。こちらこそ、その時は是非ともお願いいたします」
 貞永家の新婚夫婦――耳が不自由な正太郎と口が利けない縫の部屋から、今宵も賑やかな話し声が聞こえてくる。一方的に正太郎が喋っているように聞こえるが、他に誰か居るような妙な間合いがある。
 それが何者かは知らないが、怨霊でないことは確かだと寿三郎は思っている。
「もしかして、義父上だったりして」 
 それは有り得ない話だが、もしそうだったならば愉快かもしれない。(了)
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