59 / 63
第7話「Find me」
#4
しおりを挟む
——これは単なる記憶でしかない。
*
狭い部屋の中は静まり返っている。
ベッドの上で眠るエミ。それを俺たちは囲って、ただ眺めていた。
「……ねえ、本当に何も出来ないの?」
「少なくともわたくしには妙案が思いつきませんわ。取っているデータも、あまり意味はなさそうですね」
繋の問いに答える咲はずっとモニターを見つめていたが、その表情は苦いまま。
それでも各々が、集められたからにはと頭を動かした。
「アタシが戻って、なんか手助けするとかは?」
「それはあまり現実的ではないでしょう。エミさんは世界中に『楽園』を作っているというのですから、追いかけるだけで時間がかかりすぎます」
行の提案は却下。
俺も何かひねり出そうと、改めて情報を整理する。
「実際のところ、どうなればいいんだ?」
「全て推測でしかありませんが、エミさんが不安を払拭し、目を覚ましていただければ何の憂いもなくなるでしょうね。未来の出来事は全て悪い夢だったと割り切ってもらえるような心境の変化が訪れれば、万事解決ですわ」
不安と聞いて、ここ最近のエミの様子を思い出す。
突然姿を消してはずっと俯いていた。踏み込んで聞いてみても何も明かしてはくれず、ただ日毎、不安定になっていく。
言われた通り、試行錯誤する時間なんてほとんどないのだろう。
「一応今、夢を見ているんだよね?」
「エミさんにとってはむしろこちらが夢……いえ、そう考えると何も出来なくなりますし、普通に彼女は今、眠っていると考えていいでしょう」
「よく分かんないけど、夢なら見たいものに変えられるんじゃない? ほら、枕の下に写真を置いたらその夢が見れるとか言うしっ」
名案じゃないかと繋は口角を上げるが、咲は変わらず淡々とした口調で返した。
「先ほども説明したと思いますが、夢は意識が見た記憶、あるいは記憶からの連想です。写真を置いてその夢を見れるというのも、写真を置いたという記憶があり、それを思い出すから見るというものですわ。ですので、今わたくしたちが置いても無意味でしょう」
「な、なるほど……?」
繋は理解していない風ながらも、ピシャリとした返答に案を引っ込めてしまう。だが俺は、その案から思いついたことがあり口にした。
「寝てる時でも外から刺激与えたら、多少夢を誘導できるんじゃないか?」
寝相悪くベッドから落ちた時、夢の中でも高所から落ちていたなんて経験がある。そのことを伝えると、咲は一理あると頷いた。
「確かに、聞こえてくる音に夢が沿うと言うのもありますしね。けれどあまり大きな刺激なら起きてしまいますから加減が難しいですし、刺激は基本、悪い方に働きがちです」
その言い分は、既に咲も思いついていたようだった。
出来なくはないが、法則も持っていないのに手当たり次第に試してみては取り返しのつかない事態に陥る可能性が高いということなのだろう。
唸る俺たちをよそに行が、「というか」と割って入る。
「一回、起こすじゃダメなの?」
「作戦を練り直すというのはアリでしょうが、現段階で打開策はございますか? ないのでしたらただ繰り返すことになると思いますわよ。そしてその間にタイムリミットが来てしまう。わたくしはやはり、彼女自身が乗り越えるべきだと思っていますわ」
咲がエミに向ける視線は、常に厳しかった。
それにそもそも、エミが起きるという保証もない。
咲はきっと、俺たちが今存在しているかどうかすらも疑わしいと考えているのだろう。既にエミにとっては夢の中の方が現実。そのまま戻ってこられない場合は、俺たちはこのまま消えるのだ。
「でも、何か力になりたいよね……」
繋が力なく零す。
俺だって気持ちは同じで、でも何も思いつかず、ただエミの寝顔を見つめるしか出来ない。
彼女の表情は相変わらず、人形のように一切動いていなかった。
どんな夢を見ているのか。苦しいのか、幸せなのか、それすらも分からない。
エミは、自分の姿をいまいち理解出来ていないのだろう。
今まで彼女は世界を観る側だった。他人に見られたことなんてないし、自分が無意識にどう動くのかも想像出来ない。
だから感情を表に出せない。他人の目に慣れない。
今までのように隠してしまうから、周りは気づけない。
なら、寄り添ってやらないとダメなのだ。
周りが。
俺が。
その時不意に、とある言葉が脳裏をよぎった。
——幸せを見つけたら、離すなよ
それはいつか、河川敷で託された言葉。
あるいは、願いだったのかもしれない。
自分には出来なかったら、せめてお前が、と。
結局あれが誰だったのか、俺はもう、知っている気がする。
胸の内の声に従って、俺は一歩、エミに歩み寄った。
「なあ、せめてさ。俺たちがいるってことを、分かってもらおうぜ」
そう皆に語り掛けながら、俺はエミの右手を取る。
細く冷たい手。こんなだっただろうか。いや、もっと違ったはずだ。
「お前は一人じゃないって、伝えるんだ」
エミの手はちゃんと温かかった。俺はその繋がりに幸せを感じていた。
なら、取り戻さないと。
俺は離れて行かないように、しっかり握る。
「そうしたら少しは、不安じゃなくなるかもしれないだろ」
彼女を安心させられるように。
どうしても俯いて嫌なことを考えてしまうなら、こっちを見て顔を上げさせよう。
「それいいねっ」
「ん」
繋に続いて行が賛同し、二人はエミの左手を握る。
そしてすぐ、俺が握る右手にも、もう一人の手が重なった。
「まあ、何もしないよりかはマシですわね」
「ああ、ごめんな」
「……何を謝っているんですか」
とっさに出た謝罪に、咲の瞳が一瞬揺らいだのが分かった。
やっぱりまだ、やらないといけないことがある。
それから俺たちは、ただ熱を贈った。
一人じゃないんだと伝えるために。
俺たちを、見つけてもらうために。
*
狭い部屋の中は静まり返っている。
ベッドの上で眠るエミ。それを俺たちは囲って、ただ眺めていた。
「……ねえ、本当に何も出来ないの?」
「少なくともわたくしには妙案が思いつきませんわ。取っているデータも、あまり意味はなさそうですね」
繋の問いに答える咲はずっとモニターを見つめていたが、その表情は苦いまま。
それでも各々が、集められたからにはと頭を動かした。
「アタシが戻って、なんか手助けするとかは?」
「それはあまり現実的ではないでしょう。エミさんは世界中に『楽園』を作っているというのですから、追いかけるだけで時間がかかりすぎます」
行の提案は却下。
俺も何かひねり出そうと、改めて情報を整理する。
「実際のところ、どうなればいいんだ?」
「全て推測でしかありませんが、エミさんが不安を払拭し、目を覚ましていただければ何の憂いもなくなるでしょうね。未来の出来事は全て悪い夢だったと割り切ってもらえるような心境の変化が訪れれば、万事解決ですわ」
不安と聞いて、ここ最近のエミの様子を思い出す。
突然姿を消してはずっと俯いていた。踏み込んで聞いてみても何も明かしてはくれず、ただ日毎、不安定になっていく。
言われた通り、試行錯誤する時間なんてほとんどないのだろう。
「一応今、夢を見ているんだよね?」
「エミさんにとってはむしろこちらが夢……いえ、そう考えると何も出来なくなりますし、普通に彼女は今、眠っていると考えていいでしょう」
「よく分かんないけど、夢なら見たいものに変えられるんじゃない? ほら、枕の下に写真を置いたらその夢が見れるとか言うしっ」
名案じゃないかと繋は口角を上げるが、咲は変わらず淡々とした口調で返した。
「先ほども説明したと思いますが、夢は意識が見た記憶、あるいは記憶からの連想です。写真を置いてその夢を見れるというのも、写真を置いたという記憶があり、それを思い出すから見るというものですわ。ですので、今わたくしたちが置いても無意味でしょう」
「な、なるほど……?」
繋は理解していない風ながらも、ピシャリとした返答に案を引っ込めてしまう。だが俺は、その案から思いついたことがあり口にした。
「寝てる時でも外から刺激与えたら、多少夢を誘導できるんじゃないか?」
寝相悪くベッドから落ちた時、夢の中でも高所から落ちていたなんて経験がある。そのことを伝えると、咲は一理あると頷いた。
「確かに、聞こえてくる音に夢が沿うと言うのもありますしね。けれどあまり大きな刺激なら起きてしまいますから加減が難しいですし、刺激は基本、悪い方に働きがちです」
その言い分は、既に咲も思いついていたようだった。
出来なくはないが、法則も持っていないのに手当たり次第に試してみては取り返しのつかない事態に陥る可能性が高いということなのだろう。
唸る俺たちをよそに行が、「というか」と割って入る。
「一回、起こすじゃダメなの?」
「作戦を練り直すというのはアリでしょうが、現段階で打開策はございますか? ないのでしたらただ繰り返すことになると思いますわよ。そしてその間にタイムリミットが来てしまう。わたくしはやはり、彼女自身が乗り越えるべきだと思っていますわ」
咲がエミに向ける視線は、常に厳しかった。
それにそもそも、エミが起きるという保証もない。
咲はきっと、俺たちが今存在しているかどうかすらも疑わしいと考えているのだろう。既にエミにとっては夢の中の方が現実。そのまま戻ってこられない場合は、俺たちはこのまま消えるのだ。
「でも、何か力になりたいよね……」
繋が力なく零す。
俺だって気持ちは同じで、でも何も思いつかず、ただエミの寝顔を見つめるしか出来ない。
彼女の表情は相変わらず、人形のように一切動いていなかった。
どんな夢を見ているのか。苦しいのか、幸せなのか、それすらも分からない。
エミは、自分の姿をいまいち理解出来ていないのだろう。
今まで彼女は世界を観る側だった。他人に見られたことなんてないし、自分が無意識にどう動くのかも想像出来ない。
だから感情を表に出せない。他人の目に慣れない。
今までのように隠してしまうから、周りは気づけない。
なら、寄り添ってやらないとダメなのだ。
周りが。
俺が。
その時不意に、とある言葉が脳裏をよぎった。
——幸せを見つけたら、離すなよ
それはいつか、河川敷で託された言葉。
あるいは、願いだったのかもしれない。
自分には出来なかったら、せめてお前が、と。
結局あれが誰だったのか、俺はもう、知っている気がする。
胸の内の声に従って、俺は一歩、エミに歩み寄った。
「なあ、せめてさ。俺たちがいるってことを、分かってもらおうぜ」
そう皆に語り掛けながら、俺はエミの右手を取る。
細く冷たい手。こんなだっただろうか。いや、もっと違ったはずだ。
「お前は一人じゃないって、伝えるんだ」
エミの手はちゃんと温かかった。俺はその繋がりに幸せを感じていた。
なら、取り戻さないと。
俺は離れて行かないように、しっかり握る。
「そうしたら少しは、不安じゃなくなるかもしれないだろ」
彼女を安心させられるように。
どうしても俯いて嫌なことを考えてしまうなら、こっちを見て顔を上げさせよう。
「それいいねっ」
「ん」
繋に続いて行が賛同し、二人はエミの左手を握る。
そしてすぐ、俺が握る右手にも、もう一人の手が重なった。
「まあ、何もしないよりかはマシですわね」
「ああ、ごめんな」
「……何を謝っているんですか」
とっさに出た謝罪に、咲の瞳が一瞬揺らいだのが分かった。
やっぱりまだ、やらないといけないことがある。
それから俺たちは、ただ熱を贈った。
一人じゃないんだと伝えるために。
俺たちを、見つけてもらうために。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説


ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる