Find me ~俺に近づく三人が明らかに怪しい。~

落光ふたつ

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幕間「未来を見た少女」

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 トイレへ行こうとしただけだった。
 授業と授業の間の休憩時間。友達と何気ない会話をしながら廊下を歩いていて、その時突然眠気に襲われ、まぶたが落ちたのだ。
 意識が途切れた自覚なんてない。歩きながら寝るほど器用ではないし、体調が悪かった覚えもない。
 単に、まばたきをした感覚であたしは再び目を開けて。


 するとなぜか、まるで知らない天井を見上げていた。


「え……?」
 木目調。かなり傷んでおり、所々には雨漏りしたようなシミが出来ていて、一部には穴まで空いている。その隙間から日が差し込み、見当たらない照明の代わりをしていた。
 あたしの体はいつの間にか横になっている。仰向けだ。
 しばらく事態が呑み込めず呆然としていると、周囲から寝息のようなものが聞こえ、ゆっくりと上体を起こす。
 どうやらここはとある一軒家のリビングのようで、人が住まなくなって随分と経つのか、家具のほとんどは自重を支えられず、壁や床は傷だらけだった。

 そして寝息の正体は、十人ほどの子供たち。
 全員が小学生以下に思える幼さで、ボロ切れみたいな布団にくるまって雑魚寝をしている。

 にしても見覚えはない。一人一人子供たちを眺めるが、見知った顔もなく。
「……どゆこと、これ?」
 確信していた記憶を疑い過去を遡ってみると、余計変な感覚に苛まれた。

 友人の顔がぼやけている。

 感覚的にはついさっきまで一緒に隣にいた人物。一年以上の付き合いで、なのにその容姿を思い浮かべてみると、なんでか確信が揺らいでいた。
 全てを忘れたというわけじゃなく。でも、これまでの人生が夢の中での出来事だったような感じがして。

 こっちが、現実……? いや、そんなわけないよね?

 結局はよく分からない。とにかく何か情報はないかと辺りを見渡して、あたしは何度目とも知れない硬直に陥った。

 庭へと繋がる窓ガラス。老朽で一部砕けていたが、下半分にはくすんだ鏡面が残っていて、己の姿が映っている。
 頬に手を当てれば、その鏡像も当然真似をして。
 けれど、

「だ、誰この子……?」

 目を見開き、己を見つめているのは、十二歳ほどの女の子。
 あたしの体は、夜風繋ではなくなっていた。



 やはり、自分ではない。
 何度見直してもヒビ入ったガラスに映る女の子は、まるで知らない顔だった。
 どことなくあたしの面影があるような気もするけれど、あたしと違って吊り目気味。それに髪が短く活発な雰囲気で、本来の自分なら似合わない風貌だ。
 そして何より、体が細い。
 明らかに栄養が足りておらず、今も空腹を感じる。服装もボロを繋ぎ合わせたような物で、髪質はかなり荒れていた。
 周りの子供達も似たような風体。
 一体ここはどこなのか。少なくともあたしの知る場所なら、こんな子供たちが集団でいればすごく目立ちそうだけど……

「……トイレ行こ」
 答えの出ない思考から、一旦逃げ出すように呟いた。

 ふと思い出した尿意だが、前の体よりも近い気がする。直前まで寝ていたようだししばらくトイレに行っていなかったのだろう。あたしは少し急ぎ目にリビングを出た。
 全く知らない家の中だったけれどそこまで変な造りではなく、リビングを出た廊下の突き当りにトイレはあった。
 ただし、

「え、大丈夫これ……?」

 そこには扉がなかった。
 しかも背面の壁が裂け植物が侵入していて、便座には蔦が這っている。とりあえずレバーを動かしてみたが当然水は流れない。
 ここで致すのは難しそうだ。そう判断して引き返すが、尿意はより増していた。
 このままではマズイと慌てて玄関から外に飛び出る。靴は最初から履いていて、この体の子は洋風スタイルみたい。
 そうしてあたしは用を足す場所を探そうと辺りに視線を巡らして、だが、映る光景にまたも唖然としてしまった。


「……ほんと、どこなのここ?」


 一言で表すなら『世界の終わり』だ。
 元々は住宅街だったのか、狭い道路に沿っていくつもの住居が並び、そのほとんどが朽ち果て崩れていて、辺りには自然がはびこっている。
 更にはある場所から突然何もかもが無くなった荒れ地に変貌していて、およそ数十年は人が住んでいないだろう有様。

 そんな光景が、視界一杯に広がっている。

 高い建物も軒並み倒れ、どこまでも見渡せる。全てが終焉を迎えたかのように、街並みは崩壊したまま放置されていた。
 一体、あたしはどこに来てしまったのだろうか。
 急激な不安に襲われ、震えまで感じてしまっていると、

「行?」

 不意に声を掛けられて、ビクリと振り向く。
 そこにいたのは四十代ぐらいの男性だ。
 無精ひげと雑に短く切っている髪。その服装はやはりボロを繋いだような代物で、そして少しだけ吊り上がった目尻は、つい最近に見覚えがあった。
 その人は、不思議そうにあたしを見ている。

「………」

 皺が寄り、顔が少し近づく。
 妙な沈黙にあたしは途端に気まずさで感情を上塗りして。
 とその時、忘れていた尿意が再発した。

 ……これは、ヤバいっ。

 今すぐこの場からエスケープしなければと思った矢先、男性が口を開く。

「お前、行か?」

 まるで、内側までを覗くかのような瞳。
 その指摘に応えるため、あたしはまずこれまでを整理しようとして。
 だが、思考はそこで止まった。

「……あっ」

 気を取られ緩んだせいで、溢れていく。
 男性への返答は、みっともない水音になってしまったのだった。



 猪皮行。
 それがこの体の持ち主の名前で、そして声をかけてきた男性は、この行ちゃんのお父さんの久志くじさんと言うそうだった。
 それにしても覚えのある苗字にまさかなと思いつつ、あたしも本名を伝えると、途端に久志さんは顔色を変える。

「お義母、さん……?」

「へ?」
 言葉の意味を理解して、自分に向けられたわけはないと後ろを振り返ったが、周囲には誰もいない。
 なら聞き間違いだったかと視線を戻して、あたしはぎょっとした。


「オレはっ、つぐをっ、娘さんを助けられませんでした……!」


 突然、嗚咽を漏らし始める四十代男性に、あたしは最適な言葉が思いつけるはずもなくあたふた慌ててしまう。

「あ、あのっ。あたし、子供産んだことなんてありませんよ?」
 そもそもあたしは高校生。今の体は十二歳の女の子のようだけれど、とは言え親扱いされる道理はない。
 そう事実を告げると、久志さんは少し落ち着いたようで顔を上げる。

「す、すみません、取り乱してしまって。ですが、あなたの名前は、わたしの死んだ妻の母親の名前と同じでして……」
「え、えーと?」

 やはり言葉の意味は理解出来るのだが、筋道が不明だ。脳内をハテナが埋め尽くしている中、あたしは不意にとある仮説を導き出した。
 そんなわけはない。
 でも、と確かめるため、恐る恐る尋ねる。

「い、今って、何年ですか?」

 そして返ってきたのは、思った通りで予想外な数字だった。



 あたしは未来にやってきていた。
 ここはどうやらあたしの知る時代から五十年後の世界らしく、その長い月日の間に人は減り、大地は荒れ果ててしまったようだ。

 それに、猪皮と言う苗字。
 その名前はやはり、あたしの知っている元クラスメイトと繋がっていて、更にはその姓を残した過程にはあたしも一役買っていた。
 要するに、猪皮くんとあたしが結婚し、子孫を残したのだ。
 自分が結婚する想像も出来ないのに、相手が分かり、しかも孫娘の顔まで見てしまって、頭は超混乱だ。
 更に言えばあたしの娘らしい人はもう亡くなっていて。加えてあたしと猪皮くんももうこの世にはいないのだとか。そんなことを言われても実感は湧くはずもなく。

 にしてもなぜ、あたしは未来に来たのか。
 行ちゃんの体に入っているという状況から考えれば、行ちゃんの意識はあたしの体に入っていそうだけれど。

「何か覚えありますか? 行ちゃんがそういう、タイムスリップみたいなのを出来たとかって」
「いや……あでも、一年ぐらい前から変な夢を見るようになったそうです」
「変な夢、ですか?」

 一応息子に当たる相手ではあるようだけれど、やはり父と同年代の相手にタメ口は難しく敬語で会話する。久志さんは止めてくれと言ったが、あたしも無理だと言い続け、向こうが根負けしてくれた。

「変な夢と言うより、予知夢、なんですかね。ある時からあの子が未来を知っているかのように出来事を当てましてね。だれだれが皿を割ってしまうとか、寝泊まりしている場所の柱が急に倒れてしまうとか言う感じで。それで、どうして分かったのかと聞けば、夢で見たと言ったんです」
「未来を、夢で見た……」

 内容を咀嚼しようと言葉にする。明らかに繋がりそうな話だけれど、当然思いつく根拠は荒唐無稽なものばかりだ。
 それからも久志さんは更に思い出して話してくれた。

「そう言えばその時ぐらいから、昔のことを調べるようにもなっていました」

 具体的に言えば、この世界がこうなった原因に関わる情報を集め始めていたらしい。
 どうにも、それまでは本を読んだりはしていなかったのに、ここ最近は読めそうな書物があれば、内容を全て理解するまで一人で読みふけるようになったのだと。
 そして特に、行ちゃんが調べていたのが指名手配犯についてのようで。
 参考にとその人相を見せられて、あたしは目を疑った。

「え、これって……」
「知ってるんですか? やっぱりお義父さんの知り合いなんですか?」
「た、たぶん……」

 擦り切れた紙の、かすれた写真。それは、知っている顔よりも大分老けていたが、しかしなぜかハッキリと同一人物だと確信出来ていた。
 猪皮くんと仲が良く、クラスでも目立つ人と付き合っているかなんかでついでに注目を集めていた男子。高校一年生の時は隣の席でもあった元クラスメイト。

 三付くんだ。

 なぜ彼が指名手配されているのか。それを知っているのは手配書を出した『政府』という、あたしの知る単語とは少し意味合いの変わっている集団だけのようで。
 とは言え『政府』に問い詰めに行くにも、かなり距離があるようだし聞く耳を持つ人たちではないらしい。
 ただその人たちによれば、この世界をこんな風に変えてしまった原因が三付くんであるとのことだった。

「もしかしたら行は、過去に行って世界を変えようとしているのかもしれませんね」

 あたしも思い浮かべた妄想じみた推測に、久志さんも辿り着く。
 理屈は分からないけれど、時間を移動するためには恐らく意識を入れ替える必要があったのだろう。ならば、あたしが今から戻る手段を探しても邪魔をしてしまいそうだ。
 そんな考えで。
 あたしは楽観的に、行ちゃんが役目を終えたら戻れるだろうと、この荒廃した世界でしばらく過ごすことにしたのだった。


 勝手の知らない不便な世界は大変だった。
 でも思った以上に賑やかに生きている子たちが側にいて、暗い気持ちになる前に照らしてくれた。
 だからこそ、少しでも手助けになれればと意気込んで。
 けれどその生活は、呆気なく一週間で終わったのだった。


 慣れてきた日課の水汲み。久志さんが作ったという大きなバケツに水を入れ、拠点へと戻ろうとしていたその時、

 唐突な眠気に襲われて、まぶたが落ちた。

 この感覚に覚えがある、と思う間もなく、せっかく汲んだ水を落とすわけにはいかないと慌ててあたしは目を見開いて。
「んはっ!?」

 すると、目の前の景色が変わっていた。

 そこは、なじみのある風景。
 整った道路。壊れていない塀。側には校門があり、それより向こうの敷地は一週間前まであたしが通っていた高校だ。
 一体何が起きたのだと辺りを見渡して、あたしは目の前にいた人物の顔に、思わず動転してしまっていた。

「あ、あっ、あ……!?」

 奇妙な声を上げるあたしを、不思議そうに見てくる男子。
 それは、つい先日まで、化け物のように語り継がれていた存在で。

 三付比良人くん。

 猪川くんの友達で、未来では指名手配されていた人。
 どうしてその人がここに、と思っていると、三付くんは不思議そうに歩み寄ってくる。

「?」
「……っ」
「おいどうし——」

 反射的に距離を取ってしまい、それでも気に掛けてくる瞳にあたしはパニックになって。

「っ‼」
 全力疾走で、逃げ出した。

 そしてそんなあたしの体が、またもや違う人物になっていると気付いたのは、息が切れ足を止めた後だった。
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