25 / 63
第4話「五分前」
#3
しおりを挟む
休日を前にした学校からの帰り道。
「比良人さん、明日デートしましょう」
並んで歩く咲が、俺の目をまっすぐ見てそう切り出した。
「どうした、急に?」
向けられる瞳にいつにもない真剣さを感じて、俺は少し身構える。
「いつものことではありませんか。わたくしは、比良人さんに振り向いて欲しいのです」
「いやまあ、いつものことだけど……」
確かに、婚約のための試行錯誤は今までにも何度も受けている。けれどそれは、効果が薄いと理解され、高校生になってからは落ち着いていたはずで。
ここ最近になって咲は、以前のようにまた無理に距離を縮めようとして来ている。その原因はやはり、度々見せる浮かない顔と関係しているのだろうか。
明らかに何かを抱えているだろう咲は、しかし俺の前ではにこやかな仮面を保つ。
「それで、明日のご予定は?」
「……暇だけど」
「なら決まりですわっ」
提案は受け入れていないはずなのに、早とちりに顔をほころばせて、そのせいで結局訂正することも出来なくなる。なんとなく、手の平で踊らされている気分だ。
その仕返しとばかりに、俺はいつもの問いを投げつけた。
「結局お前は、なんで俺と結婚したいんだ?」
「そんなの、好きだからに決まっていますわ」
ハッキリと告げる。嘘はないと言い切る眼差しに思わずのけ反りそうになるも、俺はそうじゃなくて、と気を取り直して踏み込む。
「それ以外は?」
今までなら適当にはぐらかされた部分。今回も、のらりくらりと回答をかわされるのだろうと予想していた。
けれど珍しく、咲は心の内を見せてくれた。
「守りたいものが、あるんです」
多くは語らず。
それだけで分かってくれと、向く瞳は訴えてくるようで。
その意向に沿うよう、俺は質問を止めた。なんとなく、思い当たる節もあったのだ。
咲の守りたいもの。
それは、彼女自身の家のことだろう。神楽咲家という名家。それを大切にしている発言は幾度となく聞いていた。
「それでは明日、楽しみにしていてくださいっ。最高のプランを考えますのでっ」
どうやら事前に決めていたというわけでもないらしい。
ウキウキとし始める半幼馴染に、俺も自然と悪い気はなくなくっている。積極的にはなれないものの、僅かばかりの楽しみを覚えていた。
それから俺の家に着くと、玄関先で待っていた神楽咲家の迎えによって、咲は自宅へと帰っていく。高級車へと乗りこんだ咲に、相変わらず二度手間だよな、と呆れながらも俺はつい笑って手を振り返していた。
「守りたいもの、ね」
咲の発言を思い出して、そろそろ俺もちゃんと返事をしないといけないのだろうかと考える。
出来るなら彼女には幸せになって欲しい。それなら俺は……。
そう、長年の選択を決着させかけた思考は、突然遮られる。
「比良人くんっ!」
呼ばれた名前で、俺は玄関扉を開こうとしていた体を振り向かせた。
するとなぜかそこには蒼がいた。
制服姿。教室で別れの挨拶を交わした時と変わらない格好だ。
そんな彼は俺をじっと見つめて、意を決したように言葉を発する。
「明日で、結論出すから!」
「な、何を……?」
伝えたい事柄が不明で戸惑いを見せると、蒼は一瞬言葉を詰まらせ、でももう逃れられないからとばかりに返してきた。
「キミの、今後について……」
どこか苦しそうに歪む表情は余計謎を生む。
だというのに蒼は、それ以上語らずクルリと背中を向けた。
「それじゃっ!」
「お、おいっ!」
去っていく蒼を思わず追いかけて、けれど健脚の持ち主はすぐに視界から消え去ってしまう。
ただ、見失う直前で、別の姿を捉えた気がした。
「夜風……?」
奇怪な言動を取る女子が蒼と一緒にいたように見えて、二人の繋がりを疑っていた分、更なる怪しさに苛まれる。
念のために蒼へと言及のメールを送信しても、当然返信は来ない。
そうして、訳が分からないままに日が暮れた。
「比良人さん、明日デートしましょう」
並んで歩く咲が、俺の目をまっすぐ見てそう切り出した。
「どうした、急に?」
向けられる瞳にいつにもない真剣さを感じて、俺は少し身構える。
「いつものことではありませんか。わたくしは、比良人さんに振り向いて欲しいのです」
「いやまあ、いつものことだけど……」
確かに、婚約のための試行錯誤は今までにも何度も受けている。けれどそれは、効果が薄いと理解され、高校生になってからは落ち着いていたはずで。
ここ最近になって咲は、以前のようにまた無理に距離を縮めようとして来ている。その原因はやはり、度々見せる浮かない顔と関係しているのだろうか。
明らかに何かを抱えているだろう咲は、しかし俺の前ではにこやかな仮面を保つ。
「それで、明日のご予定は?」
「……暇だけど」
「なら決まりですわっ」
提案は受け入れていないはずなのに、早とちりに顔をほころばせて、そのせいで結局訂正することも出来なくなる。なんとなく、手の平で踊らされている気分だ。
その仕返しとばかりに、俺はいつもの問いを投げつけた。
「結局お前は、なんで俺と結婚したいんだ?」
「そんなの、好きだからに決まっていますわ」
ハッキリと告げる。嘘はないと言い切る眼差しに思わずのけ反りそうになるも、俺はそうじゃなくて、と気を取り直して踏み込む。
「それ以外は?」
今までなら適当にはぐらかされた部分。今回も、のらりくらりと回答をかわされるのだろうと予想していた。
けれど珍しく、咲は心の内を見せてくれた。
「守りたいものが、あるんです」
多くは語らず。
それだけで分かってくれと、向く瞳は訴えてくるようで。
その意向に沿うよう、俺は質問を止めた。なんとなく、思い当たる節もあったのだ。
咲の守りたいもの。
それは、彼女自身の家のことだろう。神楽咲家という名家。それを大切にしている発言は幾度となく聞いていた。
「それでは明日、楽しみにしていてくださいっ。最高のプランを考えますのでっ」
どうやら事前に決めていたというわけでもないらしい。
ウキウキとし始める半幼馴染に、俺も自然と悪い気はなくなくっている。積極的にはなれないものの、僅かばかりの楽しみを覚えていた。
それから俺の家に着くと、玄関先で待っていた神楽咲家の迎えによって、咲は自宅へと帰っていく。高級車へと乗りこんだ咲に、相変わらず二度手間だよな、と呆れながらも俺はつい笑って手を振り返していた。
「守りたいもの、ね」
咲の発言を思い出して、そろそろ俺もちゃんと返事をしないといけないのだろうかと考える。
出来るなら彼女には幸せになって欲しい。それなら俺は……。
そう、長年の選択を決着させかけた思考は、突然遮られる。
「比良人くんっ!」
呼ばれた名前で、俺は玄関扉を開こうとしていた体を振り向かせた。
するとなぜかそこには蒼がいた。
制服姿。教室で別れの挨拶を交わした時と変わらない格好だ。
そんな彼は俺をじっと見つめて、意を決したように言葉を発する。
「明日で、結論出すから!」
「な、何を……?」
伝えたい事柄が不明で戸惑いを見せると、蒼は一瞬言葉を詰まらせ、でももう逃れられないからとばかりに返してきた。
「キミの、今後について……」
どこか苦しそうに歪む表情は余計謎を生む。
だというのに蒼は、それ以上語らずクルリと背中を向けた。
「それじゃっ!」
「お、おいっ!」
去っていく蒼を思わず追いかけて、けれど健脚の持ち主はすぐに視界から消え去ってしまう。
ただ、見失う直前で、別の姿を捉えた気がした。
「夜風……?」
奇怪な言動を取る女子が蒼と一緒にいたように見えて、二人の繋がりを疑っていた分、更なる怪しさに苛まれる。
念のために蒼へと言及のメールを送信しても、当然返信は来ない。
そうして、訳が分からないままに日が暮れた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説


ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる