Find me ~俺に近づく三人が明らかに怪しい。~

落光ふたつ

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第4話「五分前」

#2

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「よう」

 小学校から家へと帰る道の途中だった。
 ほぼ毎日通る河川敷。その緑の坂から、粗野な声を投げられた。

 そこにいたのは、見ず知らずのオッサンだ。

 身長は170㎝ちょっとで筋肉は若干ついていて髪は少し短め。凡庸な特徴の中年男性と言った感じで。
 ただ一つ印象的だったのが、どことなく疲れて見えた瞳。
 今座っているのも、何かを中断して休んでいるように見えて。
 だからだろうか。
 怪しさの塊な相手に対して俺は、安心と言うか、親近感じみたものを得ていたのだ。

「ちょっとこっち来て、話さないか?」

 ポンポンと隣を叩かれ、誘われるがままオッサンの横に腰を下ろす。

「それで、どうだ?」

 曖昧過ぎる問いに俺は応えなかったと思う。
 返って来た無言に、オッサンは思わずと言った様子で噴き出していた。

「悪いな適当な質問で。そうだな……なんか、学校で楽しいこととかあったか?」

 具体性を持った問いに、それならと俺は無邪気に返す。
 何気なく、他愛無い話。
 クラスメイトの初めて知った一面だとか、教師が言い間違えた言葉が面白かっただとか。
 小学生らしく思いついたことを勢いで語って。ちゃんと伝わったとも思えないのに、オッサンは嬉しそうに相槌を打っていた。
 ひとしきり話題が尽きたところで、今度は俺からもオッサンに、何か面白い話はないのと尋ねた。

「んー、笑える話はないかもな」

 応えられない自分を恥じるように苦笑する。
 悲しそうな眼だ。その感情が不意に、自分の胸の内にも流れ込んだ気がして。
 それからオッサンは口を閉じ、川の方へと視線を向ける。
 この日常を噛みしめるように、遥か彼方を見つめていて。
 そして少しして、ポツリと零したのだ。

「幸せを見つけたら、離すなよ」

 助言のような言葉ながら意図が分からず首を傾げるも、オッサンは構わずに続ける。
「離れて行かないよう、その手でしっかりと握るんだ」
 俺に語り掛けながら、悲し気なその瞳は、空虚な自分の右手を見つめていた。


 この言葉がどういう意味だったのか、高校生になっても未だに分かっていない。
 それでも俺は、今も忘れないでいる。


「……っ!?」
 突然、オッサンが立ち上がった。
 そのせいで先ほどの助言の理由も聞けず。
 必死さを思い出した形相は、河川敷の上、歩道と車道の境が曖昧な道へと向けられていて。

「エ、ミ……」

 何を見ているのか気になり振り向いて、俺はそこに一人の女性を見つけた。

 黒髪ショート。

 年齢は、高校生から成人ぐらいだろうか。その容姿はなぜか、ハッキリとしない。
 後でどれだけ思い出そうとしても、モヤがかかったようにボンヤリしていて。

 でも、目が離せなかった。

 妙な胸の高鳴りすらあって、これが一目惚れだったのだろうか、と今は思う。
 そんな風に俺が固まってしまっていると、隣で地面を蹴る音がした。

「待ってくれ……ッ!」

 焦がれる声。それにつられて手は伸び——


 パッ、と。


 あまりにも一瞬のこと。
 オッサンと、目の離せなかった女性。
 二人は目の前にいたはずなのに、途端に消えていた。
 そして、代わりにとばかり俺が道の上で立ち尽くしている。

「……あれ?」

 まるで直前まで夢を見ていたような感覚があり。
 伸ばしていた右手をしばらく眺めて、奇妙な喪失感を覚えた。


 不思議な出来事。
 この日のことは、今でもよく思い出す。
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