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第3話「猪皮蒼」
#1
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『今日、早めに学校来れないかな? 話があるんだ』
朝起きると一通のメールが届いていた。
それは数少ない友人の蒼からで、昨日のこともあって俺はすぐに夜風を連想する。
半ば強引に介抱を請け負った蒼だったが、彼女から何か聞き出せたのだろうか。わざわざ早い時間帯に会って話したいということは、複雑な事情がありそうだと予想出来る。
心の準備はしておこう、と俺は気持ち丁寧に出発の支度を整えた。
「……そうだ。咲に言っとかねぇと」
毎朝の登校は咲と一緒だ。
下校も同じく、あの社長令嬢はわざわざ学校を通り過ぎて玄関先までやってくる。中学の初めの方は校門前で落ち合っていたのが、気づけば二度手間をするようになっていた。
健気とも厄介とも取れる準幼馴染に呆れつつも、嫌な気分にはなれない。
ケータイに『用事が出来て早めに出るから学校で』と文章を打ち込み、咲のアドレスに送る。
そうして俺は、いつもより一時間早く家を出た。
「ごめんっ。急に呼び出して」
校門の手前で蒼は待っていた。俺の姿を見つけるなり駆け寄って頭を下げてくる。
「別にいいけどよ。話って夜風のことか?」
「うんそう。さすがだね」
そんな風に褒められるも、普通に考えれば至る推測だ。
俺はチラリと蒼の背後に視線を向け、見える範囲に夜風がいないことを確認した。どうやら当事者でもある彼女は席を外しているようだ。
昨日の様子を見るにだいぶ感情的だったし、妥当な判断かもしれない。とは言えどんな話が持ち出されるのか、若干の緊張を抱えていると、ふと蒼が眠そうに頭を上下に振りだした。
「えっとそれで、話、なんだけど……」
「なんだ? 眠いのか?」
「いやちゃんと、寝た、はず……」
蒼は両目を擦って眠気を追い払おうとするが、どことなく口調も重たい。
それから気を取り直して俺を見上げるが、やはりまだその瞼は下がり気味だった。
「……ごめん。それで、」
と言いかけた時、聞き慣れた声が後ろから投げられる。
「あら。ご用事って蒼さんとの密会でしたの?」
凛としたその問いかけに振り向くと、咲が車から降りてくるところだった。彼女はそのまま俺たちの元まで歩み寄ってくる。
「お前も早く来たのかよ」
「比良人さんと長い時間を過ごしたいですもの」
昔は嘘くさかった笑顔も、今じゃ疑うだけこちらが恥ずかしい。
これ以上構ってもバツが悪いと顔を逸らし、本題に戻そうと蒼に向き直る。
するとその直後、彼の体が俺の胸元に倒れ込んできた。
「お、おいっ? 大丈夫か?」
「あ、蒼さんっ!? あなたまでも比良人さんをお狙いで!?」
変な勘違いを起こした咲が悲鳴を上げる。しかしそんな意図があるはずもなく。
両肩を支え、起こした蒼は目を閉じていて、意識を失っているようだった。
「すぅすぅ……」
まるで、普通に眠っているかのような寝息。
それほど寝不足だったのか。しかしさっきはちゃんと寝たと言っていたが……
よく分からない事態に眉をしかめていると、途端、蒼が跳ね起きた。
「んはっ!?」
カッと見開いた目が慌てたように辺りを見渡し、そして俺の顔を見据えて止まる。
わなわなと。
蒼の顔は動揺したみたく震えだして。
「あ、あっ、あ……!?」
口をパクパクと開閉させる様子は、明らかにおかしい。
何があったんだと顔を覗き込もうと近づくと、俺が近づいた分だけ距離を取る。
「?」
「……っ」
「おいどうし——」
視線が交錯したまま固まり、たまりかねて俺が声を投げたその瞬間、
「っ‼」
全力疾走で蒼は逃げ出した。
たくましい脚力はあっという間に彼方へ飛んで、その姿は消え去ってしまう。
唖然となった俺は、縋るように咲を見た。
「あいつ、どうしたんだ……?」
「わたくしの方が分かりませんわ」
教えてくれと言う俺の訴えに、当然の答えが返ってくる。
それからしばらくしても蒼は戻ってこず。
謎が生まれるだけ生まれ放置されていく現状は、酷く心地が悪かった。
朝起きると一通のメールが届いていた。
それは数少ない友人の蒼からで、昨日のこともあって俺はすぐに夜風を連想する。
半ば強引に介抱を請け負った蒼だったが、彼女から何か聞き出せたのだろうか。わざわざ早い時間帯に会って話したいということは、複雑な事情がありそうだと予想出来る。
心の準備はしておこう、と俺は気持ち丁寧に出発の支度を整えた。
「……そうだ。咲に言っとかねぇと」
毎朝の登校は咲と一緒だ。
下校も同じく、あの社長令嬢はわざわざ学校を通り過ぎて玄関先までやってくる。中学の初めの方は校門前で落ち合っていたのが、気づけば二度手間をするようになっていた。
健気とも厄介とも取れる準幼馴染に呆れつつも、嫌な気分にはなれない。
ケータイに『用事が出来て早めに出るから学校で』と文章を打ち込み、咲のアドレスに送る。
そうして俺は、いつもより一時間早く家を出た。
「ごめんっ。急に呼び出して」
校門の手前で蒼は待っていた。俺の姿を見つけるなり駆け寄って頭を下げてくる。
「別にいいけどよ。話って夜風のことか?」
「うんそう。さすがだね」
そんな風に褒められるも、普通に考えれば至る推測だ。
俺はチラリと蒼の背後に視線を向け、見える範囲に夜風がいないことを確認した。どうやら当事者でもある彼女は席を外しているようだ。
昨日の様子を見るにだいぶ感情的だったし、妥当な判断かもしれない。とは言えどんな話が持ち出されるのか、若干の緊張を抱えていると、ふと蒼が眠そうに頭を上下に振りだした。
「えっとそれで、話、なんだけど……」
「なんだ? 眠いのか?」
「いやちゃんと、寝た、はず……」
蒼は両目を擦って眠気を追い払おうとするが、どことなく口調も重たい。
それから気を取り直して俺を見上げるが、やはりまだその瞼は下がり気味だった。
「……ごめん。それで、」
と言いかけた時、聞き慣れた声が後ろから投げられる。
「あら。ご用事って蒼さんとの密会でしたの?」
凛としたその問いかけに振り向くと、咲が車から降りてくるところだった。彼女はそのまま俺たちの元まで歩み寄ってくる。
「お前も早く来たのかよ」
「比良人さんと長い時間を過ごしたいですもの」
昔は嘘くさかった笑顔も、今じゃ疑うだけこちらが恥ずかしい。
これ以上構ってもバツが悪いと顔を逸らし、本題に戻そうと蒼に向き直る。
するとその直後、彼の体が俺の胸元に倒れ込んできた。
「お、おいっ? 大丈夫か?」
「あ、蒼さんっ!? あなたまでも比良人さんをお狙いで!?」
変な勘違いを起こした咲が悲鳴を上げる。しかしそんな意図があるはずもなく。
両肩を支え、起こした蒼は目を閉じていて、意識を失っているようだった。
「すぅすぅ……」
まるで、普通に眠っているかのような寝息。
それほど寝不足だったのか。しかしさっきはちゃんと寝たと言っていたが……
よく分からない事態に眉をしかめていると、途端、蒼が跳ね起きた。
「んはっ!?」
カッと見開いた目が慌てたように辺りを見渡し、そして俺の顔を見据えて止まる。
わなわなと。
蒼の顔は動揺したみたく震えだして。
「あ、あっ、あ……!?」
口をパクパクと開閉させる様子は、明らかにおかしい。
何があったんだと顔を覗き込もうと近づくと、俺が近づいた分だけ距離を取る。
「?」
「……っ」
「おいどうし——」
視線が交錯したまま固まり、たまりかねて俺が声を投げたその瞬間、
「っ‼」
全力疾走で蒼は逃げ出した。
たくましい脚力はあっという間に彼方へ飛んで、その姿は消え去ってしまう。
唖然となった俺は、縋るように咲を見た。
「あいつ、どうしたんだ……?」
「わたくしの方が分かりませんわ」
教えてくれと言う俺の訴えに、当然の答えが返ってくる。
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