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▼17「将来」

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 時間は過ぎていく。
 時計の針は周り、日は昇って落ちて、月は満ち欠ける。
 それはどうしようもなく当たり前のことだ。

 ◇

 明日は入試だ。
 と言っても僕ではなく、安立さんの受ける私立高校の受験日。

『不安しかないわ……』

 近頃は入試が目前ということもあってどの授業も自習ばかり。一応担当教師が解説出来る教科の勉強を勧められてはいるが、大半の生徒が好きなあるいは苦手な問題集を開いていて、出番のない教師は座って目を閉じている。
 安立さんも苦手な国語の知識を頭に詰め込んでいるみたいだけれど、安心を確証できないみたいだ。実力的には申し分ないとのお墨付きをもらっているらしいから、心配はなさそうではあるが。

『それでも不安なものは不安よ。まあ、頑張るしかないんだけど』

 そうだね、頑張れ。
 僕にもその程度しか言うことは出来ない。
 万が一ということもあるにはある。それに想像力の豊かな安立さんだから、様々な失敗の想定をしていることだろう。

『三戸くんだって想像力は豊かでしょ?』

 全くの異論はなかった。まさに僕は妄想好きであるのだし。
 なんて開き直ると笑い声が聞こえた。僕も釣られて微笑んだ。

『ところで三戸くんは、どんな風に高校を選んだの?』

 おや、頑張ると言った側から雑談を始めるんだね。

『ちょ、ちょっとは良いじゃない。気になったんだから。……でも確かに勉強の邪魔よね。無視して』

 不貞腐れるように言うものの、途中で意見を切り替える。
 と言っても一度質問されたら、思考は勝手に答えを考えてしまうものだった。それに僕も、出来るなら話をしていたい。なにより、勉強は家でも出来る。
 なんとなくだよ。近いのとハードルが低かったからかな。

『まあそんなものよね。あたしなんて友達に誘われたからだし』

 友達というのは北川さんだろうか。

『そうね鈴よ。あそこの制服が可愛いから行こうって言われたの』

 そっか、いかにも女子らしい基準だ。
 ……高校か。
 一体僕は高校生になって何をやるのだろうか。入りたい部活もないし、参加したいイベントも特にはない。高校を卒業してから、就職するのか進学するのかすら、僕はまだ決めていない。

『あたしも、将来のことは何も考えていないわね』

 高校に入ってから考えるという人も少なくはないのだろう。でも夢を持って一生懸命努力している人も既にいるにはいる。
 ああいう人たちはどこでその道を見つけたのだろうか。生憎と僕は、日々に流されている間、そんな輝かしいものを見かけたことがない。
 大した趣味もなく、得意なことも思い浮かばない。挙句、意味のない妄想ばかりをして時間を無駄にしている。

『もっとするべきことはあるんでしょうけどね』

 今だって、勉強の手を止めていた。僕と安立さんとの会話は、後に何かを残すことなんてないと分かり切っているのに、心地が良いからと浸かってしまう。
 最近は、僕の未来だけじゃなくて、安立さんが今後どうなっていくのかも、考えることが多くなった。
 僕の見えないところで、どんなふうに変わっていくのか。
 その道のりを僕は知り得ない。どうしたって、夏休みに見たあの横顔が、僕にとっての彼女の最後だ。
 と感傷に浸っていると、唐突に安立さんが宣誓する。

『あたし、また三戸くんに思考を覗かれても恥ずかしくないようになってみせるわ』

 それを聞いて、なら僕もと安立さんに重ねて誓いを立てる。
 けれど、疑問はどうしても拭えない。
 またなんてあるのだろうか。
 僕と安立さんを繋げたのは、お互いに話したいという想いだと僕たちは仮定している。この時間が終われば、僕たちのその想いはより強くなるはずで、だとすれば、また話せる日が来るのではないかと期待してしまう。
 でも、そんな希望はないのだろう。

『あたしたちは、一人でも生きて行かなくちゃね』

 ……うん。
 二人にはなれないから。
 と言っても僕たちの周りには友人や家族がいる。決して、生き辛い人生ではない。
 それでも、この先の道には不安があった。進みたくないと躊躇ってしまう。
 そうやって、今に縋っている自分は、酷く情けない。
 ……このままではまたなんて望めないか。
 前を向こうと、自分を顧みて決心する。
 嫌でも時は流れるから。足を止めていたって歳は取るから。
 ならせめて、その時々に光を見つけないと。

『あら、なんだかカッコいいわね』

 半ば茶化されて少し恥ずかしくなる。ちょっと痛々しい言い回しになってしまった。

『ねえ、将来の夢がない人って、どうやって仕事を決めるのかしらね?』

 そうやって話題を振って、安立さんは一緒に前に向こうとしている。その意図を汲んで、僕も今までの受け答えを意識する。
 やっぱり求人情報を見て、合いそうなものを選ぶんじゃないかな?

『ふふ、夢がないわね』

 まあ、夢がないんだからね。
 そりゃそうだと笑い合う。

『じゃあ三戸くんはこういう仕事は絶対にやらないとかってある?』

 うーん、選ぶ余地がなかったらやるしかないとは思うけど、でも出来るなら肉体労働と頭脳労働は避けたいな。

『むしろそれ以外に何があるの?』

 接客業? あでも、それも大変そうだから出来ればなしの方向で……。

『無職決定ね』

 まあもちろん冗談ではあるが。
 とは言え仕事か。僕に合いそうな職業は何があるだろうか。

『身近なのだと、教師とかよね』

 言われて、教室の前の方で眠っている先生を見る。
 こうして見る分には楽そうだと思うが、テストを作ったり生徒の悩みを聞いたりするというところを考えれば、絶対に出来る気がしない。

『それじゃあ、用務員さん?』

 あー、そもそもあの人たちって、何やってるの?

『電話の取次ぎとかじゃないっけ?』

 そう言えば、休む連絡をした時、まるで知らない人が出ていた。あれが用務員さんだったのか。
 他愛のない会話でも、新たな発見がある。
 僕たちは本当にまだ何も知らないのだ。
 職業についても、学ぶべきことに関しても、更に言えば政治や世界情勢なんかも、習った範囲すらちゃんとは理解出来ていない。
 これから新しく知ることは間違いなくたくさんある。
 そして、出会いも同様にあるだろう。
 もしかしたら安立さんとのこの時間も忘れて、僕は飛び切り幸せになっているかもしれない。
 もちろん逆もしかりだけれど。
 そうやって未来を想像していると、夢を膨らませる楽しさがある。
 けれどやっぱり、どうしようもない寂しさもあった。
 授業が終わって、休憩時間へ。
 気づけばすぐに明日になってしまう。
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