僕の思考が覗かれている。

落光ふたつ

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▼5「会話中」

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「創ー、さっきはどうしたんだよ?」

 国語の授業が終わるとすぐに中野くんがやって来た。彼とは休憩時間中によく雑談する仲で、ここに山本くんが加わることも多い。
 どうやら話題は先ほどの、僕が音読を回避するためにトイレへ逃げようとした発言についてのようだった。

「い、いやぁ、どうしても人前で読みたくなくってさぁ」
「だからって先生に言うとかおかしいだろ!」

 中野くんの声は基本的に大きくて笑い方も豪快だ。その声を聞きつけたのか、山本くんも僕の席まで近寄ってくる。

『あら、三戸くんは友達と会話中なのね』

 こちらの状況を察した安立さんがふと思い浮かべる。その通りだからぜひ、思考を抑えてもらえると助かるな。安立さんの声が聞こえていると、こんがらがってしまうんだよね。

『難しい頼みね。……それにそう言われると逆にからかいたくもなっちゃうわ』

 妙なSっ気を出さないで欲しい。
 頭の中の声に不安を覚えていると、山本くんから声を投げかけられる。

「三戸、さっきの面白かったよ」
「別に、面白さを狙ったわけじゃないんだけどね?」

『ふふ、さっきのことを話しているのね』

 山本くんの冗談めいた感想に苦笑していると、裏事情を知っている安立さんがクスリと笑う。ついついそれにも反応しそうになって、僕は慌てて思考を中断した。今は目の前に集中しないと変に思われる。

『ちょっと寂しいわね……』

 なんて落ち込んだ言葉が聞こえて、一瞬で心が揺らぎそうになったが、無視だ無視。
 気づけば友人二人の話題は変わっていた。

「てかさー、受験勉強どんな感じでしてる?」
「おれは、普通に過去問やったりとかかな」
「勉強だりぃよなー。しなくても受かる気ぃするんだけど、やらんとダメかな?」
「当たり前だよ」

 ズボラな中野くんに山本くんが指摘する。
 受験生が集まれば、大体話の内容は勉強法の確認や愚痴になる。似たような会話は先日もしたし、きっと違う集団でも同じやり取りが繰り広げられているだろう。
 そんなことをしみじみと思いながら、不満げな中野くんの顔に愛想笑いを浮かべた。

『ところで三戸くんの好きな食べ物って何かしら。唐突に気になったわ』

 ……安立さんが全力で僕を混乱させに来た。
 あまりにも突拍子のない発言には悪意しか見えてこない。

『違うわよ。ほら、あたしは自己紹介で好きな食べ物を言ったけど、三戸くんからは聞いていないじゃない。それを今思い出して』

「でさ、創もちゃんと勉強してんの?」
「ああ、揚げ物ばかりだったあれね」
「は?」「ん?」

 僕は頭の中に言葉を投げたと思っていたのに、目の前の二人が反応してこちらを見る。その様子は明らかに不思議なものを見るような目で、僕は慌てて自分の口に手を当てた。

「…………」

 するとまあ開いていた。つまり安立さんへの返事を口に出してしまっていたのだ。

『揚げ物ばかりは言わないでよっ。……おや、間違って声に出ちゃったのね?』

 僕の焦りを聞き取った安立さんが面白がって笑いをこらえている。やはり悪意しかなかったじゃないかっ。
 今すぐに抗議したい気持ちで山々だったが。今は目の前の二人への言い訳が先だ。
 僕はポカンとしている友人に、手ぶりを交えて誤魔化しを開始する。

「いやほらっ、その、僕が使っている問題集になんでか揚げ物ばっかり出て来るんだよっ。へ、変な問題集だよねー」
『ぷふっ、何その言い訳っ』

 黙っていてください。

「なんだそれ。唐揚げⅩ個を求めよ、みたいなことか?」
「そうそう!」

 自分でも苦しい言い訳だと思ったが、中野くんが例えを上げて解釈してくれる。それに食い気味に肯定を示せば、若干引かれてしまったが、何とか乗り切ることには成功した。
 ……全く、安立さんには反省して欲しいものだ。

『ごめんなさい。でも嘘はつけないから言うわ。次も楽しみにしていて』

 この人は……!
 思考が筒抜けだからか、物言いもストレートになっている。いやまあ、たぶん立場が逆なら僕も似たようなことを考えてしまうのだろうけど。
 相変わらずすぐ頭の中に気を取られていると、中野くんと山本くんの方は勝手に話を進めていたようだった。僕の発言から派生して、自分達の問題集にも出て来た変な文章を取り上げている。僕のは嘘だったが、意外と面白い物もあるらしい。

「なんか、やたらとダニエルが走り回ってんだよな! あいつ何がしてぇんだ!?」
「英語の文章は結構変なの多いよねー」

『三戸くんももっと会話に参加した方が良いんじゃない?』

 聞くことに専念していると、安立さんから助言が来る。彼女としては僕で遊びたいけれど、僕が安全策を取るから面白くないといったところだろう。

『いやほら、友達との関わりは大事でしょ? 次はなんて言って気を散らせようかしら』

 建前を言った途端に本音が聞こえてくる。安立さんも分かっていてやってはいるのだろうが、もう少し自重して欲しいものだ。
 けれど、安立さんが攻撃を仕掛けてくると分かっていれば、僕の方も対策を取りやすい。
 聞き専に徹することに加え、中野くんと山本くんの口の動きをしっかり見るのだ。彼らが僕を見て口を開いた時だけ反応する。それ以外は頑なに口を閉じておけば失敗も減るはず。
 なんてじっと見ていたら、中野くんが引きつった顔で僕を見返した。

「な、なんかお前、ずっと俺のこと見てね? 気持ち悪いぞ?」
『熱心に他人の顔を見つめるなんて、恋かしら?』
「ああいやっ、うんっ、何でもないんだっ」

 ブンブンと首を振る。それは否定と同時に思考の中の声を振り払う意味もあった。
 とは言え誤魔化し方が強引なせいで、中野くんは疑問を解消しきれていない様子だった。もう少し何か言っておいた方が良いだろうか。

『恋といえば、三戸くんの好きなタイプが気になるわね』

 安立さんの方はものすごく思考が飛躍している。答えたら負けだ。と思うのだけど、話してて楽しい人、と思わず思い浮かべてしまう。
 どうにか思考を切って捨て、未だこちらを怪しむ友人に意識を戻した。

「ちょっと考えごとで頭が混乱することが多いんだよねっ」
「まー、受験勉強してると頭おかしくなるって言うもんなー。やっぱ勉強しない方が良いんじゃね!?」
「単に勉強したくないだけだよね。頑張りなって」

 中野くんは次へ次へ話題を変えてくれるから、あまり違和感も気にしないでいてくれる。そのおかげで今も助かった。

『三戸くんは話してて楽しい人が好きなのね。ふむふむ。あんまり女子と話してるところは見たことなかったけれど……』

 ああそういえば、さっき思わず回答が漏れたんだった。ま、まあ別に好きな人がいるわけじゃないんだし、そこまで心的ダメージはないんだけど。
 なんて高を括っていたら、安立さんが余計なことに気づいてしまう。

『……ってちょいちょい、あたしと話してて楽しいとか言ってなかったかしら?』
「そ、そういうわけじゃないっ!」

 思わぬ気づきに、僕は慌てて否定を叫んだ。しかしそれは喉が震わせたもので、ハッキリと周囲にまで響いていた。
 突然大声を出した僕に、中野くんと山本くんはもちろんのこと、周辺のクラスメイトからも奇異の視線が向けられる。

「創、やっぱお前変だぞ?」
「うん。今日はなんかおかしいよ?」

 そう見つめられ、僕は更に慌ててしまう。

「そのっこれは安立さんが……はっ!」

 だから、余計なことまで口を出た。
 飛び出した名前に気づき、急いで口を閉じたけれど、それを聞いた周囲は酷く凍り付いている。

「なんで、安立の名前が出るんだ?」
「い、いやっ、言い間違い言い間違い。それより次の授業の準備をしようよ!」

 これ以上追及されればまたボロが出てしまうと、僕は緊急離脱を図る。教科書を詰め込んだロッカーに駆け寄って、次の授業が何かも忘れながら教科書を漁った。
 ふと振り返れば、中野くんと山本くんは不思議そうに僕を眺めていたが、すぐに自席に戻っていった。クラスメイトからの目ももう向けられてはいない。
 その事に安堵してようやく、頭の中の控えめな声を思い出す。

『な、なんか調子に乗りすぎちゃったかしら?』

 想定以上に僕の心が揺らいでいたからか、安立さんは先ほどとは打って変わって、反省しているようだった。
 けれどまあ、これは自己責任だろう。うん、安立さんに悪いところはない。
 さっきまでは責めるようなことも言ったけれど、現実問題は僕が口を開いたのが良くなかっただけだ。

『そ、そうかしら。……まあ、そうなのかもね』

 安立さんの方も何かを察したのか、そう割り切ってくれる。
 それからは、元のように取り留めのない雑談へと興じた。
 一応この時から、人との会話中は邪魔をしないというルールが作られた。
 それと、案外特定のことを考えないようにするというのも出来るものだと僕は知った。
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