100回目のキミへ。

落光ふたつ

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〖3章〗

【23話】‐29/99‐

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 7月1日日曜日。
 その地域の海水浴場では遊泳が解禁され、待ち望んでいた者達がこぞって集まっていた。
「………」
 まだ梅雨明けの発表はないが空は晴天で。猛暑の始まりを予感させる日差しに、ユーリは目を眇める。
 砂浜からはサンダル越しでも熱を感じ、正面に広がる海原から独特の匂いが漂っていた。
 肌を撫でる風、耳に囁く波音。ここは、色んな情報が感覚へ押し寄せる。
 初めての海に、神の使いはしばらくその場で立ち尽くした。
 そこへ、美桜が歩み寄り微笑みかけてくる。
「晴れて良かったねー」
「……そうですね」
 振り向いた先の美桜は、当然ながら水着だ。
 腰の部分でリボンを結ぶタイサイドビキニ。淡い桃色で模様はなく、シンプルなデザインのために元々のスタイルの良さを際立たせている。
 対するユーリは、胸元をフリル状の布で覆ったフレアビキニ。黄色の生地の上でさりげない花柄が散りばめられていた。
 海に行くと決まってから用意したものの、この場で馴染めているのかはいまいち分からない。
 もう少しデータが欲しいと思っていると、更に声をかけられる。
「あんた、日焼け止め持ってきた?」
 高圧的なその口調は振り向く前から永見と分かった。
 首の後ろで結んで留めるホルタービキニは赤く、彼女の攻撃性を表しているかのよう。大きいバストは視線を集め、背丈もグループ内で最も高いとあって、制服を脱いだ今はすっかり高校生らしさが抜けていた。
 永見の後ろに他二人の女子の姿を見つけながら、ユーリは問いかけに首を横に振る。
「いえ、持ってきていません」
「はあ? ありえないでしょ」
「あり得ないのですか……」
 相変わらずの不機嫌が現われ、ユーリは声色を落とした。馴染めるようにと勇んだものの準備不足だったらしい。
「あはは、麻沙美は怒ってないよ。日差しは怖いからねー」
「怒ってるわ。ウチの貸すから、塗れ」
 美桜が和ませようと笑うも、それに永見はつっけんどんに返す。そして、手に持っていた防水ポーチの中から日焼け止めクリームを取り出し、ユーリへと放った。
 突然の事ながらも難なくキャッチし、しかしユーリははてと首を傾げる。
「どうやって塗るのですか?」
「普通に塗ればいいって。ほら、手出して」
 永見は呆れながらもユーリへと歩み寄り、一度は投げ渡したクリームのチューブを奪い返した。それからクリームを自分の手で広げ、ユーリの肌へと塗っていく。
「相変わらずアサちゃん、面倒見良いよねー」
「私も忘れたから貸してー」
 と、慣れ親しんだ二人も寄っていく。一人、日焼け対策もバッチリで手の空いた美桜は、近くに自動販売機を見つけて皆に問いを投げた。
「何か飲み物買ってくるけど、何がいい?」
「コーラ!」「スポドリ!」
「なんでも。あんたは?」
「……では、振って飲むゼリーを」
 回答を促され、以前から興味を抱いていた物を告げる。全員分の注文を頭に叩き込んだ美桜は、そそくさと自販機へと向かって行った。
 学校での彼女とは違い、何だか解き放たれたように朗らかだ。遠ざかる背中にそんな事を感じていると、不意を突いてユーリの頬がぐにっと歪められる。
「あんた、ほんと顔キレイよね……」
 憧れにも呆れにも取れるため息。どちらであるか判断が付かず、ユーリは応えられない。
 そうしてされるがまま、海初心者の神の使いは、日焼け対策を行っていくのだった。

◆◇◆◇◆

「んで、お目当ての男はいつ来んのー?」
 ビーチを区切る岩場で腰を下ろし、足先だけを海に浸している白波瀬は、背後の連れに向けてそう言った。
 手首足首まで覆うラッシュガードに、麦わら帽子とサングラスを付け、素性を一切隠した姿だが、180近い背丈のおかげで見分けはすぐにつく。
 そんな、明らかに退屈そうな同級生に、希李は壁のような岩に背を預けながら応えた。
「2時までバイトだからそれ以降じゃない?」
「えー? じゃあ何でこんな時間から来てんだよー」
 今は13時前。不満の声が上がるのも仕方ないだろう。どうやら白波瀬は、希李の意中の相手の正体だけを楽しみにしているらしい。
 とは言え、希李には別の興味もあったから仕方ない。
「まあ適当にしてたらすぐじゃない?」
「なら海の家で奢ってくれよなー」
「ごめん。最近懐厳しくて」
「えぇーっ!?」
 断ると全力で落胆され、さすがに申し訳なさを覚える。それでも希李は興味を優先し、賑わう砂浜の方へと視線を向けていた。
 海開きの日とあって来訪者の数は多く、チラホラと見知った顔までいる。そんな中に黄色いフレアビキニを着た少女を見つけた。
 その水着は希李が一緒に選んでやったものだ。素材が良いのもあってやはり似合っている。周囲で目を惹く女子の中でも全く負けていない。
 砂浜をぶらついている様子の彼女は、すっかり女子グループの一員として馴染んでいた。そんな姿になんだか嬉しい気持ちになる。
 それを確認出来た希李は、ふと自分の胸元を見下ろした。
 きっちり閉じたパーカーの隙間から覗く空色のフレアビキニ。お揃いでと買ったのだが、やはり貧相なこの体では似合わなかったかもしれない。そもそも自分がこんな露出をする事自体信じられなかった。
 それに、この場に来る必要だってなかったのに。
「……」
 相変わらずの感情を馬鹿らしく思い、希李は思考を中断させて白波瀬の隣に座った。
「暇だし、なんかやる?」
「やるっ! 流木でサーフィン出来っかなぁ!?」
「出来ないと思うけどなぁ」
 誘うと白波瀬は勢いよく頷き立ち上がる。
 彼と全く関わりを持たないその同級生に、希李はなんとなく気が楽になっていた。

◆◇◆◇◆

 海の家を出た永見は、ふと向けた視線の先に見知った集団を見つける。
「水泳部いるじゃん」
 呟きを聞いていた美桜も「ほんとだ」と屈強な男子達に気づく中、ユーリだけは、初めて対面するかき氷にばかり興味を向けていた。
「……もう食べてもいいですか?」
「勝手に食べなよ」
「早く食べないと溶けちゃうしね」
 学校では皆が揃うまで弁当を開かない二人であったから、ユーリは空気を読んだつもりで尋ねたのだが、呆れたように返されてしまう。
 そのやり取りの食い違いに、まだ人間らしさを得られていないのかと落胆しつつも、ユーリは早速かき氷を頬張った。
「あんま急いで食べると頭痛くなるよ」
「はい、痛いです……」
 苦笑を浮かべながらの遅い忠告に、ユーリは額に手を当てて頷く。そんな様子に永見もため息を吐いた。
 美桜と永見は、砂浜で待っている他二人の食料も手にしている。一通り海で泳ぎ疲れたので、しばらくはノンビリと休憩をする予定だ。
 食料調達を終えた三人が拠点を目指していると、不意に声を投げられた。
「あ……悠里ちゃん」
 思わずと言った声。それに顔を上げれば、ユーリにとってはなんだか久しぶりに感じる人物を見つけた。
 八坂陽未だ。
 学校で最初に声をかけてくれた隣席のクラスメイト。その小柄な体はタンクトップとビキニを合体させた、いわゆるタンキニという水着を着ている。
 そしてその隣には陽未の友人であり、ユーリも一緒に休日遊んだ仲である、多々良楓もいた。陽未に対してスタイルの良い彼女は、鎖骨まで覆うハイネックに腰にはパレオを巻いている。
 久しぶりと感じたのは、もうしばらく会話をしていなかったからだろう。顔自体は毎日のように見ていたはずが、挨拶も疎かになっていたように思う。
 なぜそうなったかも分からないユーリは、取りあえず今までの関係性通り世間話を投げかけた。
「お二人も遊びに来られたのですか?」
「あ、……うん」
 陽未の返事はどことなく歯切れ悪い。その事を不思議に思う間もなく、彼女の手首を楓が引っ張った。
「行くよ、陽未」
「え、あちょっと」
 一度も視線を合わせようとしない楓は、そのままユーリから離れるように歩き出す。陽未も強くは抵抗しない。
 明らかにおかしな行動にさすがのユーリも不可解に思っていると、去り際振り返った楓が、答え合わせとばかりに突きつけた。

「私、理解出来ない人間とは付き合わない事にしてるから」

 その瞳は、記憶のものとはあまりにもかけ離れていて。
 友人だった二人は、遠くへ逃げて行く。
「何あの態度」
 押し黙るユーリに変わって口を開いたのは永見だった。続けて、美桜がユーリへと申し訳なさそうに頭を下げる。
「ごめんね」
「なぜ、謝るのですか?」
「いや、わたしがグループに誘っちゃったせいだと思うし」
 そう言われ、確かに二人との関係が希薄になった時期と重なっていたかと思い出す。だが、根本的な原因が自分にあるとはさすがのユーリにも分かっていた。
 理解出来ない。そう称され、なんだか正体を見透かされた気分だった。
 人間ではない自分を。思えば彼女達は、神の使いのズレた言動に怯えていたようにも思う。
 ユーリの表情は動かない。それでも何だか胸の奥には違和感があった。
 穴が空いたような。喪失感。それに、後悔。
 再び探した友人達の背中は、もうどこにも見えなかった。
「はよ行こ。二人待ってるでしょ」
「そうだね」
 永見が言うと、美桜の相槌が続く。ユーリは未だに自分の感情を受け入れきれていなかったが、どうにか足は動かした。
「……」
 かき氷が小さくなっていく。口は閉じたまま。
 すると美桜と永見が会話を再開させた。他愛もない話。でも笑いがいつもより多い。
 そんなやり取りを耳にしながら、自分は彼女達の友人でいられているのだろうかと思わず考えてしまっていた。
 そんな事は意味もないのに。
 とその時。

「あれ、奇遇じゃーん」

 嫌らしい声が割って入る。
 なんだかそれに、少女はホッと安心した。自分の役目を思い出した。
 気づけば楽し気な会話は止まっていて。
 三人の前で、加納雅文が笑顔で手を振った。
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