100回目のキミへ。

落光ふたつ

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〖2章〗

〈気になる人⑥〉

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「っ」
 とっさに身を隠した。
「雅文、今度勉強教えてよ」
「え? まあいいけど」
 仲睦まじげなその会話を、引き返した女子トイレの中で聞く。周囲の女子達は、一度は出ていったあたしが戻ってきて不思議そうにしていたが、構わずその場に立ち止まった。
 しばらくしてから廊下へと出て、階段を下りていく二人の背中を見送る。
「………」
 彼と彼の幼馴染。
 その距離は縮まっているような、変わっていないような。
 とは言えあたしには関係ない事だ。

 高校生活は何事もなく始まった。
 新たな環境で、新たな友人が出来、新たな選択肢が待っている。
 あたしは、普通の高校生だろう。別に目立つ素質もなく、よく話すクラスメイトも見つかった。勉強はそこそこにして、家では昔から好きなゲームをこなす。
 幸いに、彼とはクラスが別だった。同じ学校内では、共通の何らかに所属していないと関わりを持つ事も少ない。だから、あたしの存在にも気づかれていないだろう。
 だけどあたしはつい彼を眺めてしまう。
 彼の現状を知ろうとしてしまう。
 彼は少し調子を取り戻したみたいだった。
 中学卒業の時は酷く落ち込んでいたみたいだけれど、幼馴染の彼女が心の拠り所になったのか、新しい生活に慣れたのか、遠目でも笑顔を見る事が出来た。
 このまま、幸せになってくれるといいな。
 そんな事を恥ずかし気もなく思う。でもまあ、胸の内だけでならいいだろう。
 彼にあたしは必要ない。この患いも、もう捨てていいのだ。


 その小さな決別は塗り潰され。
 大宮希李は、再び彼を目にする。
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