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80歳以上、ダメ絶対。

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「ハァ……ハァ…………」
 
 ある一人の老人が老体に鞭をうって息も絶え絶えに走っている。 都市部の華やかさとは裏腹にスラム街へと逃げるように路地裏を駆けていった。

 よく見ると彼は少し足を引きずりながら血を滴らせている。ヨロヨロになって意識も朦朧としながらそれでも走り続けようとするのはある恐ろしい敵から逃れる為であった。

  奴らは”死神”のような存在だった。私達のような行き場の無い者たちの命を確実に狩りに来る。なんとしてでもスラム街の仲間に敵の襲撃を知らせなければならない。
「みんな逃げろーっ! 徘徊老人狩りだ!!︎」

  その叫びを聞いたスラム街に集まっている仲間たちは一斉にパニックになった。
 皆ここにいる人達は80歳以上の行き場の無い年寄りである。中には認知症で自分が何処の誰だかの記憶を失っている者も多い。全員捕まればタダでは済まないだろう。

  そうこうして避難の準備でもたついてるうちにその濃い灰色のフードを深く被った”死神”は、猛スピードで知らせに来た老人のすぐ背後へと追いついて容赦無く二丁拳銃を発砲しだす。
 
  あっという間に知らせに来たその老人も銃殺され、さらにはその正確無比な狙いで次々と他の老人たちも頭や心臓を撃ち抜かれて、脳味噌や血を撒き散らしながら倒れていった。

「ヒッ…………」

  その惨劇の中で仲間を銃弾の盾にして逃げた一人のハゲた年寄りだけがこの殺戮の現場から離れてゆく。しかし、自分だけが逃げ切れたと思ったのも束の間。余所見しながらストリートを逃げて走っていた為に前から歩いて来たある一人の若い青年と衝突してしまった。

「あてっ…………だ、誰だお前は……」

  その青年はぶつかって目の前に倒れているハゲ頭の老人に怒るわけでもなく、ただ静観して見下ろしていた。

「おお、丁度良い! あんた”年齢制限”(リミッター)に引っかからない若者じゃろ。なんとかあの”死神”を止めてくれ!︎」

  後方でスラム街の者たちをあらかた片付けた”死神”がもうこちらに迫って来ている足音に気付いたハゲ老人は藁にもすがる思いで都合よくこの若者へと助けを求める。

  よく見ると青年はどこか普通の若者とは違う雰囲気を持っていた。どこか不吉さまでをも感じさせる真っ黒なジャケットに真っ黒なズボン。そして何よりも特徴的なのはどす黒い炎のような赤い髪だった。独特の呪詛のような八咫烏の紋様が描かれたバンダナを被ってその上から燃え上がる炎のような髪を見せている。さらには腰には何故かやたらと横幅のでかい短剣を携えている。その鞘にはやたらと厳重な鍵や包帯がかかっていて、中央にある放射能を表す例のマークが一段と禍々しさを物語っていた。

 「あ?」
 
 だが、その青年はまるでハゲ老人のことなど見えていないかのようにスタスタと横を通り過ぎて行った。

「てメェか……最近、俺のシマを荒らしまわってるヤツってのは…………」

 ”死神”はこの近づいて挑発してくる青年に対して何も答えなかった。ただ距離だけがジリジリと近づいていく。

  青年はどうも最初からこの”死神”を探すのが目的だったらしく、後ろで唖然となっているハゲ老人には目もくれないようだった。

「何者だ? 名乗れ。”人口調整者”よー」

 ”死神”の事を”人口調整者”と言う正式名称で呼んだその青年はついに懐から剣を抜く。

 てっきりそのまま”死神”へと斬りかかってしまうのかと思ったが、その刃先が向かった先はまるで逆方向だった。

「ぐわぁあああああぁあぁァっッッツ!?」

  次の瞬間にはもうその剣はハゲ老人の身体を貫いていた。何を思ったのか青年はこちらを少しも振り返りもせずに背後のハゲ老人の心臓を一撃で突き刺したのである。かなりの腕前だ。

「だってそれは…………。この俺、妖牙・忍武(シノブ)の仕事だろー」

  そして無造作に血まみれの身体から刃を引き抜かれたハゲ老人は力なく崩れ落ちてゆく。

「灰塵へ帰せ…………、『チェレンコフの青い炎』ー」
 
 その忍武(シノブ)がそう呟いた直後にハゲ老人の身体が突然、発火しだして見た事もない青い炎へと包まれる。

「ごわああぁあぁあああぁぁァッッ!!!︎」

  その青い炎はまるで皺だらけの老人とこの世の全ての垢を燃やし尽くすかのような美しい色をしていた。みるみるうちにハゲ老人の身体は灰となって散ってゆく。やがて叫び声も聴こえなくなって全身が塵へと変わってそのまま消えていってしまった。

「………………火葬完了……」

  ハゲ老人の最後を見届けた忍武は剣を鞘へと納めて黙祷を捧げる。

「やっと本物の『死を司る葬祭課』の者を見つけた…………! っとにこの国に縦割り行政はなんとかしてほしいわよね~……。アナタが政府の人口調整局葬祭課の執行官でしょ…………」

  一部始終を黙って見届けていた”死神”らしき人物がそこでやっと初めて口を開く。

「ある特殊なウラン合金で出来たその剣で人体を斬ると、その80歳以上の人間だけに作用する放射線が発生し、細胞の連続的な『自死』(アポトーシス)を誘発させて残らず分解してしまう。この時の放射線がチェレンコフ光と言う青い光を発生させて、人の目には炎のように見えるという………………」

  今度の”死神”はさっきまでの無口とはうって変わってペラペラとこの極秘職業に関しての情報を語りだす。たとえ同じ政府機関の者であっても部署が違えば”汚れ役”であるこの仕事に関して口をつぐんでしまう事が多いのだ。もっとも、襲われる徘徊老人たちにとっては都市伝説レベルで公然の事実ではあったが……

「ああ、そうだ。いわばこれが人体への”死亡フラグ昇降演算子”だ。人類が手にした最後の火、遺体さえ残らない究極の安楽死の方法『デーモン・コア』の剣だよ」

  シノブは鞘に納めたその剣を掲げてこの悪魔のシステムを説明してみせる。その剣は放射性物質ではあったが厳密にコントロールされて設計されており、閾値の年齢制限80歳以下の人間は素手で触っても何ら害の無い画期的なモノであった。
 
 これでこの国の超高齢化で溢れかえった行くあてもない高齢者たちを安楽死という処理に導くのである。

「やっぱり…………」

  そのセリフを聞いて噂の真偽を確かめた”死神”はついに自らのフードを取り払ってその正体を明かす。

「けれどもこの私、新妻 瑠璃(るり)はアナタのその行為を認めない! アナタのやってる事は体のいい殺人よ!」

  その人物は女性だった。それも二十代の自分と同じくらいの世代である。短くまとめた髪に帽子を被った可愛らしい顔立ちをしていたが、WHO(世界保険機構)の冠婚課エージェントの制服を着て両脇と両膝にそれぞれ二丁拳銃ホルスターを装備している。胸もそれなりの大きさを持ってるようだった。その胸元には何故か一発の弾丸を飾った首飾りがしてある。

「女か……!? 生を司る冠婚課の者がどうしてここに!?」
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