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電磁気学<エレクトロ>の術式
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「がんぺーなんて、だいっきらい!」
リーゼルはそう言い捨てて、先に帰ってしまおうとする。彼女はそっぽを向いて岩平をスタスタと追い越してしまう。
「ぐ……、う……」
しかしそこで、岩平がおかしな声を出すのを聞いたリーゼルは、チラリと後ろを振り返ってみる。そこで目の当たりにしたのは衝撃的な光景だった。
「え……!? がん……ぺー……?」
一瞬の出来事に、リーゼルは我が目を疑って顔面蒼白になる。そこに倒れてたのは岩平だった。辺りには血しぶきが飛び散り、岩平は血まみれになった鳩尾を苦しそうに抑えてる。真紅を湛えた血が夕陽に照らされて、紅く輝いている。
「がんぺぇえええいいっ!?」
慌ててリーゼルは駆け寄って声をかけるが、岩平の返事は無い。それどころか、ピクピクと痙攣して気絶してしまっていた。
「くそう! どこだ!? どこから攻撃してきやがった!?」
しまった。アタシとした事が、浮かれて油断してしまっていた……。話には聞いていたが、これほどまでに鮮やかな狙撃術とはっ……!
リーゼルは第二撃を防ぐ為に、急いで岩平を庇うように前に立ち、狙撃してきたらしき方角へと槍斧を構える。その間も、必死に岩平への悲痛な呼びかけをするが、岩平の反応は何も返っては来ない。
「返事を……、返事をしてくれ! がんぺぇえええええいっ!」
「安心しろ。急所は外してある」
答えたのは岩平では無かった。紳士ぶったこの声はフェルミのものだった。
「弾に放射性物質は使っていないさ。その少年にはまだ、死んでもらっては困るからな」
その声をともに、どこからか跳んできたフェルミが姿を現す。
「よくもアンタ、性懲りもなく……。こそこそと隠れて狙撃とは卑怯な!」
すぐさまリーゼルは物質波(マター・ウェーブ)を放とうと槍斧を振り上げるが、その動きはフェルミの続きの言葉に遮られた。
「おおっと、待ちたまえ少女よ。動くとその少年が死ぬぞ? ソイツに撃ちこんだのは、物理演算(シミュレート)で作った私のタリウム弾だ。放射性物質ではないが、重金属の化学的な毒性があり、体の血管内に破片でも入ろうものなら数時間で死に至る」
リーゼルは説明を聞いてハッとする。狙撃で先に岩平を狙ったのは、こうして脅迫する為なのだと気付く。
「分かるかい? つまり今、その少年の命の全ては、私が自分の物理演算(シミュレート)を解除するのかどうかにかかっているのだよ。そこまで言えば賢い君ならもう分かるだろう? その少年の命を救いたいのならば、その武器を引っ込めるべきだとね――――」
「ぐ……う……、卑怯なっ……!」
リーゼルは悔しげに歯噛みをする。どうしても岩平を助けたかったリーゼルには、選択の余地は無かった。合理的判断を好むリーゼルでも、友人を見捨てるような真似はまではとても出来なかった。
リーゼルは今にも暴発しそうな衝動を抑えながら、仕方なくこの場は、一時的に自らの演算子を引っ込めた。
「卑怯ではないさ、合理的な判断という奴だよ。それが戦いというものだろう? 飲み込みの早い君で、助かった……」
リーゼルが武装解除する様子を見て、したり顔になるフェルミ。彼は余裕ぶってスタスタと岩平の方へと歩いていき、岩平を抱えて持ち上げて右肩に担いでしまう。
「安心しろ、殺しはしない。私はただちょっとこの少年の力を、少しの間だけ借りたいだけだ。事が済んだら、必ず生きて無事に返す事を約束しよう。だから、それまではおとなしく―――」
フェルミは、リーゼルに気休めの言葉を言い捨ててこの場を去ろうとする。リーゼルは、岩平がもう連れ去られるしかないのかと思い、敗北感と絶望に打ちひしがれそうになった。
しかし、その直後リーゼルは、岩平の右手がピクリと動いたのを目撃する。
「へー、そりゃありがたいねェ……。まぁ、俺が『おとなしく』連れ去られるってのは、無理な相談だがな♪」
「……え?」
次の瞬間にはもう、フェルミの横っ面は岩平の鎖を巻いた拳に、思いっきりぶっ飛ばされていた。放電がほとばしり、強大な磁力で鎖が擦れ合う磁歪(じわい)音が響く。
「極磁拳(きょくじけん)!!!!」
それが岩平の名付けた、磁力の物理演算(シミュレート)の名前だった。腕の鎖コイルの磁力で何十倍にも強化された拳は、フェルミの右顔面の歯を何本もやすやすと砕き、水分子の反磁性でフェルミの身体を紙みたいに吹っ飛ばしてしまう。そのまま、繁みを越えて松の木に衝突したフェルミは、盛大に口から血しぶきを撒き散らした。
「ハッハァ! やっと捕まえたぜェ、遠距離狙撃野郎! 俺はずっと、この時を待ってたんだ!」
「ばっ……、馬鹿な!? 何故、私の弾を喰らってまだ動ける!?」
「バーカ! ただの死んだフリだよ! コイツをさっきのパーティの食卓で貰っておいて正解だったぜ!」
そう煽りを入れて、得意げな岩平は、右手に握りしめていたトマトの残骸とヘタを道端へ投げ捨てる。帰る前にポケットに入れていたトマトで、岩平は血しぶきを演じていたのだ。
「襲撃方法がワンパターンなんだよ! 次の襲撃もその方法で来るんだと分かっているんなら、俺みたいなバカでも対策を探しはじめるわ!」
岩平はこうなる事を予見して、昨日のうちに辺理爺さんへと相談していたのだ。
それには、いつも爺さんが使っている結界術の、『電場感知法』というものが役立っていた。 岩平のは、その磁気バージョンである。岩平は爺さんからその磁気検知の物理演算(シミュレート)を修行してもらい、飛来する弾を事前に察知する事が可能になったのだった。
「ぶ、無事だったのか岩平……」
何も知らされていなかったリーゼルは、あまりの急展開を目のあたりにして呆然と立ち尽くしている。おそらく、全てが済んだ後は散々怒られるだろうが、今は後の事を考えている場合ではない。
「ぐううっ……、おのれ……っ!」
松の木にもたれかかりながら、フェルミは悪あがきでコンパス狙撃銃を再び生成して出現させ、岩平へと向ける。
しかし、その銃はどこからともなく飛んで来た砲丸に当たり、手から弾かれてしまう。
「儂の結界の感知精度を甘く見過ぎじゃ、エンリコ・フェルミよ」
声がした方を見ると、体育館の屋根に辺理爺さんが立っていた。その周囲には、前にも見た爺さんの『斜方投射の式』で操られた砲丸がたくさん浮かんでいた。
「くっ、そうか。お前がこの地の電場結界の作者だったのか……。この老いぼれ物理教師め……」
「ああそうじゃ、一度見た人物のパターンなら、すぐにでも感知できるわい。お主らがこの学校に近付いたあたりから、お主らの動きは完全に把握できておったわ。もちろん、この場所で待ち伏せしとる事もな」
そう言って爺さんは、ドS根性丸出しの意地悪げな笑みを浮かべる。
「さぁ、この延長戦もいい加減そろそろ大詰めじゃの。エンリコ・フェルミよ――――」
次の瞬間にはもう、爺さんの砲丸はフェルミに向けて一斉に放たれていた。
※※※
及川は、しばらくエンゼルハイムマンションの屋上で待機して、フェルミが岩平を回収しようとするところを眺めていた。
しかし、その直後に岩平が復活して、フェルミが殴り飛ばされる一連の様子を目撃してしまうと、いてもたってもいられなくなってマンションの階段を駆け下りだした。
「嫌……、嫌よエンリコっ……、わたしは、わたしはっ……。まだ、あなたに伝えていない事がたくさんあってっ……!」
決して近寄らないように言われていた及川だったが、それでも構わずに全速力で正門の方へと走りだす。その一生懸命な姿は、まさに恋する乙女心の体現そのものであった。
リーゼルはそう言い捨てて、先に帰ってしまおうとする。彼女はそっぽを向いて岩平をスタスタと追い越してしまう。
「ぐ……、う……」
しかしそこで、岩平がおかしな声を出すのを聞いたリーゼルは、チラリと後ろを振り返ってみる。そこで目の当たりにしたのは衝撃的な光景だった。
「え……!? がん……ぺー……?」
一瞬の出来事に、リーゼルは我が目を疑って顔面蒼白になる。そこに倒れてたのは岩平だった。辺りには血しぶきが飛び散り、岩平は血まみれになった鳩尾を苦しそうに抑えてる。真紅を湛えた血が夕陽に照らされて、紅く輝いている。
「がんぺぇえええいいっ!?」
慌ててリーゼルは駆け寄って声をかけるが、岩平の返事は無い。それどころか、ピクピクと痙攣して気絶してしまっていた。
「くそう! どこだ!? どこから攻撃してきやがった!?」
しまった。アタシとした事が、浮かれて油断してしまっていた……。話には聞いていたが、これほどまでに鮮やかな狙撃術とはっ……!
リーゼルは第二撃を防ぐ為に、急いで岩平を庇うように前に立ち、狙撃してきたらしき方角へと槍斧を構える。その間も、必死に岩平への悲痛な呼びかけをするが、岩平の反応は何も返っては来ない。
「返事を……、返事をしてくれ! がんぺぇえええええいっ!」
「安心しろ。急所は外してある」
答えたのは岩平では無かった。紳士ぶったこの声はフェルミのものだった。
「弾に放射性物質は使っていないさ。その少年にはまだ、死んでもらっては困るからな」
その声をともに、どこからか跳んできたフェルミが姿を現す。
「よくもアンタ、性懲りもなく……。こそこそと隠れて狙撃とは卑怯な!」
すぐさまリーゼルは物質波(マター・ウェーブ)を放とうと槍斧を振り上げるが、その動きはフェルミの続きの言葉に遮られた。
「おおっと、待ちたまえ少女よ。動くとその少年が死ぬぞ? ソイツに撃ちこんだのは、物理演算(シミュレート)で作った私のタリウム弾だ。放射性物質ではないが、重金属の化学的な毒性があり、体の血管内に破片でも入ろうものなら数時間で死に至る」
リーゼルは説明を聞いてハッとする。狙撃で先に岩平を狙ったのは、こうして脅迫する為なのだと気付く。
「分かるかい? つまり今、その少年の命の全ては、私が自分の物理演算(シミュレート)を解除するのかどうかにかかっているのだよ。そこまで言えば賢い君ならもう分かるだろう? その少年の命を救いたいのならば、その武器を引っ込めるべきだとね――――」
「ぐ……う……、卑怯なっ……!」
リーゼルは悔しげに歯噛みをする。どうしても岩平を助けたかったリーゼルには、選択の余地は無かった。合理的判断を好むリーゼルでも、友人を見捨てるような真似はまではとても出来なかった。
リーゼルは今にも暴発しそうな衝動を抑えながら、仕方なくこの場は、一時的に自らの演算子を引っ込めた。
「卑怯ではないさ、合理的な判断という奴だよ。それが戦いというものだろう? 飲み込みの早い君で、助かった……」
リーゼルが武装解除する様子を見て、したり顔になるフェルミ。彼は余裕ぶってスタスタと岩平の方へと歩いていき、岩平を抱えて持ち上げて右肩に担いでしまう。
「安心しろ、殺しはしない。私はただちょっとこの少年の力を、少しの間だけ借りたいだけだ。事が済んだら、必ず生きて無事に返す事を約束しよう。だから、それまではおとなしく―――」
フェルミは、リーゼルに気休めの言葉を言い捨ててこの場を去ろうとする。リーゼルは、岩平がもう連れ去られるしかないのかと思い、敗北感と絶望に打ちひしがれそうになった。
しかし、その直後リーゼルは、岩平の右手がピクリと動いたのを目撃する。
「へー、そりゃありがたいねェ……。まぁ、俺が『おとなしく』連れ去られるってのは、無理な相談だがな♪」
「……え?」
次の瞬間にはもう、フェルミの横っ面は岩平の鎖を巻いた拳に、思いっきりぶっ飛ばされていた。放電がほとばしり、強大な磁力で鎖が擦れ合う磁歪(じわい)音が響く。
「極磁拳(きょくじけん)!!!!」
それが岩平の名付けた、磁力の物理演算(シミュレート)の名前だった。腕の鎖コイルの磁力で何十倍にも強化された拳は、フェルミの右顔面の歯を何本もやすやすと砕き、水分子の反磁性でフェルミの身体を紙みたいに吹っ飛ばしてしまう。そのまま、繁みを越えて松の木に衝突したフェルミは、盛大に口から血しぶきを撒き散らした。
「ハッハァ! やっと捕まえたぜェ、遠距離狙撃野郎! 俺はずっと、この時を待ってたんだ!」
「ばっ……、馬鹿な!? 何故、私の弾を喰らってまだ動ける!?」
「バーカ! ただの死んだフリだよ! コイツをさっきのパーティの食卓で貰っておいて正解だったぜ!」
そう煽りを入れて、得意げな岩平は、右手に握りしめていたトマトの残骸とヘタを道端へ投げ捨てる。帰る前にポケットに入れていたトマトで、岩平は血しぶきを演じていたのだ。
「襲撃方法がワンパターンなんだよ! 次の襲撃もその方法で来るんだと分かっているんなら、俺みたいなバカでも対策を探しはじめるわ!」
岩平はこうなる事を予見して、昨日のうちに辺理爺さんへと相談していたのだ。
それには、いつも爺さんが使っている結界術の、『電場感知法』というものが役立っていた。 岩平のは、その磁気バージョンである。岩平は爺さんからその磁気検知の物理演算(シミュレート)を修行してもらい、飛来する弾を事前に察知する事が可能になったのだった。
「ぶ、無事だったのか岩平……」
何も知らされていなかったリーゼルは、あまりの急展開を目のあたりにして呆然と立ち尽くしている。おそらく、全てが済んだ後は散々怒られるだろうが、今は後の事を考えている場合ではない。
「ぐううっ……、おのれ……っ!」
松の木にもたれかかりながら、フェルミは悪あがきでコンパス狙撃銃を再び生成して出現させ、岩平へと向ける。
しかし、その銃はどこからともなく飛んで来た砲丸に当たり、手から弾かれてしまう。
「儂の結界の感知精度を甘く見過ぎじゃ、エンリコ・フェルミよ」
声がした方を見ると、体育館の屋根に辺理爺さんが立っていた。その周囲には、前にも見た爺さんの『斜方投射の式』で操られた砲丸がたくさん浮かんでいた。
「くっ、そうか。お前がこの地の電場結界の作者だったのか……。この老いぼれ物理教師め……」
「ああそうじゃ、一度見た人物のパターンなら、すぐにでも感知できるわい。お主らがこの学校に近付いたあたりから、お主らの動きは完全に把握できておったわ。もちろん、この場所で待ち伏せしとる事もな」
そう言って爺さんは、ドS根性丸出しの意地悪げな笑みを浮かべる。
「さぁ、この延長戦もいい加減そろそろ大詰めじゃの。エンリコ・フェルミよ――――」
次の瞬間にはもう、爺さんの砲丸はフェルミに向けて一斉に放たれていた。
※※※
及川は、しばらくエンゼルハイムマンションの屋上で待機して、フェルミが岩平を回収しようとするところを眺めていた。
しかし、その直後に岩平が復活して、フェルミが殴り飛ばされる一連の様子を目撃してしまうと、いてもたってもいられなくなってマンションの階段を駆け下りだした。
「嫌……、嫌よエンリコっ……、わたしは、わたしはっ……。まだ、あなたに伝えていない事がたくさんあってっ……!」
決して近寄らないように言われていた及川だったが、それでも構わずに全速力で正門の方へと走りだす。その一生懸命な姿は、まさに恋する乙女心の体現そのものであった。
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