『VRTex<ボルテックス>』―天才幼女リーゼルの物理戦―

我破破

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技術部だよ。全員集合!!

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「全く……、ヒドい目に遭ったじゃない……。どう責任を取ってくれんのよ、がんぺー!」

 どうにかこうにか教室から逃れて、技術室で一息つくなり悪態をつきはじめるリーゼル。

 いや、勝手に学校へついて来たオメェが悪りぃんだろーが……。

「なんとかあの場では、腹違いの妹という事にして事無きを得たけど……。やはり今のウチにお前は帰るべき……」

 怒りを抑えて、リーゼルにさっさと帰るように促そうとする岩平だったが、時すでに遅しだった。及川から逃げまわっているうちに、いつの間にかとっくに昼休みのチャイムは鳴ってしまっていたのである。それはすなわち、いつもの通りこの技術室に奴らがやって来るのを意味していた。

「ちわっす! 兄貴ー!」

「お弁当持って来たよー、岩平くん」

 入ってきたのは同じ技術部員の数吉と真理華だった。数吉にいたってはもはや高校生でもないのに、わざわざ小学校を抜け出して参加してくるのだから、その情熱にはある意味恐れ入る。

「わーっ❤ 何この可愛い娘!? 岩平くんのお友達!?」

「ア、アタシに近寄るなっ!」

 案の定、真理華までもが及川と同じような反応を示してリーゼルにすり寄る。よく考えれば、真理華も同じクラスだった筈だが、どうやらあの時は寝てたみたいなので初見らしい。そういやコイツは数学の授業とか退屈なのは寝ているのがデフォだった。

「おいそこの女子! 兄貴の一の子分はあっしなんだから、兄貴にあまり馴れ馴れしくするなでやんすよ! あっしの方が兄弟子なんだから、あっしのことは数吉先輩と呼べよな!」

 数吉は数吉で、新しくここに現れたこの来客に対して、勘違いで謎のジェラシーを発動させてリーゼルに突っかかるので、もう何がなんだかって感じだった。もはや説明するのも面倒である。  

「わ~っ、おさげがピョコピョコしてるぅ~っ❤ この帽子も可愛いーっ❤ へぇ~っ、名前はリーゼルちゃんって言うんだぁ~っ」

「さ、触るなこのおバカ女ぁっ……」

 照れながら真理華に愛でられてるリーゼル。さっきの及川の時は涙目直前になっていたが、こうして見ると意外とリーゼルも満更でもないのかもしれない。真理華に思うがまま遊ばれてるリーゼルはどこか微笑ましくもあった。

「あっそうだ! 岩平くん、ワタシ今日お弁当作って来たんだよ。一緒に食べよ?」

 唐突に本来の用件を思い出した真理華はリーゼルを抱き抱えながら、傍に置いていた手提げ袋を抱えて見せる。 

「お弁当!?」

 その単語を聞きつけたリーゼルは、急に不機嫌から従順へと立ち直る。現金なヤツだ。

「ふふふ、なんっと今日は岩平くんの大好きなハンバーグ弁当―――――」

「お、おおっ!?」

 一瞬そのワードにちょっと反応しかけたが、その期待は大方の予想通り裏切られる事となった。

「――の砂糖漬けだよ❤ お好みで砂糖もかけてね❤」

 何故コイツは砂糖で全てを台無しにしてしまうのだ。最後の砂糖山盛りさえ無ければ普通においしそうなのに……。隠し味にも限度があるし、そもそもハンバーグの上にてんこ盛りになった砂糖の山は隠れてもいない。何回言っても真理華はどこ吹く風で直そうとはしないので、既に岩平は諦めの境地だった。

「あっ、アハハ! いや今はなんかお腹一杯だから、いいかな~なんて……」

 岩平がいかにこのゲテモノ料理から逃れようと考えあぐねているうちに、何も知らないリーゼルがさっと手を伸ばしてひとつつまんでしまう。

「コラがんぺー! 食べ物を粗末にするな! たとえこのおバカ女が作ったものだとしても、食べ物を残すのはいけない……」

「あッ!? それは危険だ! リーゼル……」

 岩平が止めようとした時にはもう既に時遅しだった。リーゼルはもうその劇物を口に入れてしまったのである。

「ウッ……!? ぐ……お……」

「ホラだから言わんこっちゃない……。早く救急車を……」

 慌てて岩平はリーゼルに吐き出させようとするが、よく見ると、リーゼルの次の反応は意外なものだった。

「おいしい……。何コレ!? この泥のような甘さがなんだかクセになる! 例えて言うなら日本では、こういうのをお袋の味って言うのかしら……」

「えっへへ~、そうでしょ~❤」

 信じられない光景だった。まさかこの世に、作った本人以外でこの料理を食べて平気な人間がいようとは。真理華はようやく理解者が現れてくれたことが嬉しいようで、リーゼルにもフォークを与えて喜々として餌付けをしている。その様子を見て、数吉までもがドン引きしていた。

「何、何!? 俺ら男がおかしいのか!? この味オンチどもめ……!」

「女子って、ちょっと怖いでやんす……」 

 もしかしたら今回だけは味が違うのかと思って、岩平もフォークで小片を切り取って味見してみるが、相変わらず凄まじく高濃度に圧縮された糖分でむせ返りそうになる。これは、身体が本能で血糖値の危険を感じるレベルである。もし、辺理爺さんが間違えて喰いでもしてしまったなら卒倒しかねない。

 では何故、真理華やリーゼルは平気なのかとの疑問が一瞬頭の中をよぎるが、それについてはいつぞやの辺理爺さんが、きっと真理華は常人よりインスリンだかなんだかの分泌量が多いのだと言っていた仮説を思い出す。どうやらその特殊体質のせいで、真理華はあんだけ糖分を摂取しても太りさえしないらしい。きっとリーゼルも同じように、物理学者(フィジシャン)だからその辺も強化されてるのだろう。

「あれ? そういやお爺さんはどうしたでやんすか? いつもこの時間には技術室に来てるでやんすのに……」

「あー、そういやなんか今日は遅いな。朝のホームルームでは普通にいたのに……」

 しかし、その疑問はすぐに解決された。玄関扉の方で辺理爺さんの声が聞こえてきたからだ。だが、同時に他の聞き覚えのある声も聞こえてくる。よく聞くと、その声同士は言い争っている様子だった。

「何じゃと!? この『初等』算数女!」

「アラ、聞こえなかったかしら偏屈物理屋さん……。カリキュラムに沿わない微積分などの解法を先に教えてしまうのは止めてと申し上げておりますの。それは二年でやる内容ですので、勝手に生徒たちに教科書の解法以外の方法で解かれてしまっては困ります」

 この声の主は及川だった。一瞬、岩平は奴がリーゼルを探しに来たのかと思って焦ったが、どうやら別の用件で来ているらしい。

「これだから、数学屋は証明の順序順序とうるさいんじゃ。んなもん、どんな解法を使おうが、答えさえ合っておれば構わんじゃろうが! 儂もお主も消化のプロセスを知らないからといって食べ物を食べられない訳では無かろう?」

 何かと思えばいつもの、教育者どうしの主義の争いというものらしかった。辺理爺さん曰く、物理屋と数学屋の終わりなき戦いってやつらしく、及川と辺理爺さんはいつも小競り合いが絶えない。岩平からしてみればどちらも似た者どうしなのだが、本人たちからしてみれば、物理と数学は微妙に違うものらしい。

「だいたい何じゃこの物理の学校指定教科書とやらは!? 何故わざわざ時間、距離、速度を求める式を三つに分けて、全部丸暗記させようとする!? こんなもん、微分を知っておればニュートンの運動方程式ひとつから全部求められる公式じゃろうが!? そうやって体系的に教えずに暗記させようとするから、生徒たちに余計分かりにくくさせとるんじゃろうが!」

「だからまだ、その微分は厳密な証明を与えていないって言ってるでしょーが! 私が教えた通りの途中式で解くのが大事ですのよ!」

「答えに至る道筋なんて色々あるじゃろうが! 大事なのはあらゆる解法を考える水平思考であってだな……」

 といった議論が延々と続いてる。岩平的には辺理爺さんの言い分の方が若干分かるような気がしないでもあったが、この不毛な教育論の争いに巻き込まれたくないので、そっと覗いてた扉を閉めようとした。

「あっ、我妻くん! 我妻くんじゃないの! ちょうど良かった。私はあなたに用があって来たのよ」                       

 扉を閉めようと前に進んだのがいけなかった。岩平は及川は見つかってしまい、及川は口喧嘩も放っぽりだして、岩平へと詰め寄る。

「後で放課後、私の数学準備室まで来なさい。あなたの成績について、だぁいじなお話があります❤」

 一瞬、リーゼルについての話かとも岩平は思ったが、どうやらそちらではなく、自分の成績についての話らしい。

 えっ!? 前期テストもまだなのに、俺そんなたくさんは数学授業を寝たりサボったりはしてねーぞ!? 

 と岩平は焦るが、大事な話と言うからには行かねばならないのだろう。しぶしぶ岩平は放課後7時に数学準備室に行く事を了承する。それだけ言うと、及川はさっさとその場を去って、職員室の方へと戻る。

「フン! あんな女の居残りなんざ行かんでいいぞ岩平!」

「い、いやそういう訳には……」                   

 議論に決着をつけられなかった辺理爺さんが、プリプリ怒りながら、及川の去っていった跡を悔しげに見つめている。

「ついでに言えば、儂もお主に話がある。放課後6時に、体育館裏に来いよ」

「ええーッ!? それ本気かよ!? ちゃんと一時間で終わるんだろうな……」

 怪訝な顔をする岩平だったが、どうやら話があるのは本当らしい。それにしてもチョイスが体育館裏とか、どこのヤンキーだよ……。
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