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天才女子小学生リーゼル
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「なっ、なんだぁっ!?」
目を開けると、岩平の前に立っていたのは華奢で小柄な十歳くらいの少女だった。頭に被ったキャスケット帽の下からは鮮やかな金髪のクセっ毛とお下げが飛び出しているのが見える。服は丈の短いピンク色のフリル付きワンピースを着ていて、その上にはブカブカな煉瓦色の軍服トレンチコートを肩に羽織っていた。
そして、さらに一番不思議なのはその手に持っている槍(そう)斧(ふ)らしき武器だった。ちょうど彼女の背丈と同じくらいもある巨大な斧は、刃が丸みを帯びた楽器のハープのような弓の形状をしていて、柄部分の間には弦が張ってあり、さらには、先端の槍はペン先のような形をしているのが見える。
どうやら、先程の炎を弾けたのも、この黄金色に輝く翅(はね)のような槍斧(そうふ)の一振りのおかげらしい。
「……量子力学(クオンタム)の書のリーゼル。ここに顕現――――」
そう呟くと、彼女は傍の岩平の方へと向き合って、その蒼い瞳を向ける。その瞳は見た事もない宝石ような美しいものであったが、その奥にはどこか悲しさを背負っているようにも見えた。
「アンタがアタシの演算者(オペレーター)? ふぅん……」
「え……あ、その……お前は一体……?」
彼女は岩平の顔だけ確認すると、さして興味も無さげにケルヴィン卿の方へと向き直る。
「馬鹿な……、物理学者(フィジシャン)だと!?」
「そんなっ……!? 岩平のバカにそんなの出せる訳がっ……」
次の瞬間、ケルヴィン卿は猛スピードで彼女へと斬りかかっていた。
「貴様は何者だ……。貴様のような女子が物理学者(フィジシャン)などと聞いた事も無いわっ!」
だが、彼女はそんな一撃をものともせず、片手の槍斧(そうふ)で軽々と受け止めてしまう。
「……言ったでしょう? 熱力学(サーモ)のケルヴィン卿。アタシは量子力学(クオンタム)の物理学者(フィジシャン)「リーゼル」。この世界に『不確定性』をもたらす者よ―――――」
やがて、リーゼルはとても少女とは思えない力でケルヴィン卿を弾き飛ばして距離を取ると、もう片方の手に同じ槍斧(そうふ)を出現させる。
「微分(びぶん)演算子(えんざんし)―――『∇』(ナブラ)!!!」
∇=(∂/∂x+∂/∂y+∂/∂z)
そして、リーゼルがその槍斧を一振りしたかと思うと、次の瞬間にはもう、右手側に見える技術室校舎の火は全て消えていた。既に大分焼かれてはいたが、7割方の建物はまだ無事であった。
「何だ!? 吾輩の炎が掻き消されただと!?」
「チクショウ! もっと撃て撃て! ケルヴィン!」
それを見て、逆上したケルヴィン卿たちは次々と火炎弾を連射しだす。
「チィ……うっとおしいわね。物理・数学演算(マス・シミュレート)――――― 『凸型ポテンシャル』!」
V(x)=(0.V(0)>ε)
リーゼルが左手の槍斧の先端で空中に数式らしきものを展開させる。すると、たちまちグラフが現れ、地面からは壁状のエネルギー障壁のようなものが飛び出して炎を防いだ。
「一旦引くわよ、演算者(オペレーター)。ちゃんと捕まって本を落とさないでね」
「へ?」
そう言うとリーゼルは槍斧を引っ込めて、岩平をいきなり抱きかかえたと思うと、お姫様抱っこで上空へと跳躍した。
「どわああああああああッ!?」
「うっさいわね演算者(オペレーター)! 全然、物理演算(シミュレート)のスペックが足りないわ! もっと脳の計算資源(リソース)を寄越しなさい!」
リーゼルは暴れ出す岩平を抑える為に、学校の屋上へと着地する。
「は? スペック? リソース? さっきから何言ってるんだお前……?」
「え……? まさかアンタ、物理学徒じゃないの?」
「そんな訳あるかッ!!」
「じゃあなんでアンタ、演算者(オペレーター)に選ばれたのよ?」
「知るか! こっちが知りたいわ! あとお姫様抱っこもやめろ!」
「……って、危ないっ!」
なんやかんやと言い争っている間に、追手の炎が二人へと迫る。慌ててリーゼルは跳躍でまたそれをかわし、今度はグラウンドへと降り立った。
「退いていなさい! おバカ演算者(オペレーター)!」
「あだッ!?」
着地後にリーゼルはすぐさま岩平を後方へと投げ出す。頭を打った岩平は、何をするんだと彼女に文句を言おうと顔を上げるが、その声は次の瞬間の爆轟音に掻き消される事となった。
「ぐうううっ……」
「フハハハハハ! 逃がすものか! 最大火力だケルヴィン卿!」
「御意に!」
屋上から放たれたケルヴィン卿の本気の炎は、グラウンドを覆い尽くさんばかりの火球となって、二人を押しつぶそうとする。リーゼルは槍斧を振り、頭上にさっきと同じ凸型ポテンシャルの障壁を必死に張って耐えようとする。しかし、やはり輻射熱までは防げないようだった。凄まじい熱気で岩平は息をするのも苦しくなってくる。。
「くううっ……! こんな簡易障壁で保つ訳ないか……。流石は腐ってもケルヴィン卿、このままじゃあ……」
意を決したリーゼルは岩平へと振り返って呼びかける。
「演算者(オペレーター)! 早くその本を読んで! 式展開を!」
「はッ……!? できるか! こんな英語と数式だらけのの本読めんわ!」
「こんのおバカ演算者(オペレーター)! 英書くらい読みなさいよ!」
リーゼルの呆れた罵声が轟音の中に響く。
「アハハハハ! 何かと思えば、バカ男一人に女子小学生! そんなんでこの熱力学のパイオニア、ケルヴィン卿に敵うか!」
勝利を確信した島本水無瀬の笑い声が、技術室校舎の傍から上がる。
「ううっ……! もう保たないっ……! いいからその本を開いてっ!」
いよいよ限界が近づいて来たリーゼルは懇願するように叫ぶ。
「早くっ!」
「うっ……、こんな本読めるワケが……」
選択の余地なしに、岩平は仕方なく黒い本を開くが、そこで岩平はおかしなページを見つける事になる。それは以前にも見た、白い空間に連れていかれる前に発見した発光しているページだった。
あれ…………?
なんでこの部分だけ読め―――――――
「しゅ……」
気付けば岩平はその名前を口に出していた。
「シュレディンガー方程式―――『物質波(マター・ウェーブ)』!!!!」
ih/2π∇ψ=Hψ
途端に、リーゼルの持つ槍斧が鈍い赤色に輝き始める。それはまるで不正出血のようなどす黒い朱(しゅ)殷(あん)色を帯びていた。
「おあああああああああああああっ!!!」
リーゼルが思いっきり槍斧を振り降ろすと、そこから屋上に向けて放たれたのは、赤黒い闇であった。血のインクのようにも見えたその闇は、濁流となって明るい火球を飲み込んでゆく。
「そんな馬鹿なっ! 馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な!」
「……っ! 申し訳ありませぬ演算者(オペレーター)! そして尊敬する我がニュートン様ぁっ! 吾輩は……吾輩は……」
それがケルヴィン卿の最期の言葉だった。闇の奔流に巻きこまれ押し潰された彼の身体は、跡形もなく空の宵闇へと吹き飛んでゆく。
「ああああああああああああっ!!!!」
「あ……、あ……、助けてくれ……、許してくれぇえっ!!」
彼の断末魔を目の当たりにした島本水無瀬は、赤い本を放り出して、一目散に逃げ出す。
「ふう、やれやれ……、なんとか勝てたわね……」
その様子を見て、安堵したリーゼルは槍斧を引っ込めて、岩平の方へと振り返る。
「い、今のは一体……」
「アンタの力よ。計算力はカスでも、容量だけはバカでかいの持ってるじゃないの」
何が起こったのか分からず、戸惑っている岩平に向かって、リーゼルは初めて少しの笑顔を見せて微笑みかけてみせた。
「一時はどうなることかと思ったけど……、早速二冊目の本をゲットとは幸先のいいスタートじゃない。この分ならすぐにでも万物理論に……」
説明はそこそこに、リーゼルは島本水無瀬が置いていった赤い本を回収しようと技術室校舎へと歩き出す。
「儂の入学祝い、喜んでもらえたかの? 岩平……」
しかし、突如としてリーゼルの前に現れ、先に赤い本を拾い上げたのは思いがけない人物だった。
「なっ、何者よアンタ!?」
突然、謎の不審人物に先に本を拾われたリーゼルは、驚いてすぐさま槍斧を構え、臨戦態勢に入る。
「待て、リーゼル……」
しかし、岩平はその動きをすぐに制止する。何故なら、その人物は岩平にとって最もよく知る人物であり、最も親しいと思っていた人物だったからだ。
「おうおう……ジジイ……、コイツぁ一体、どういう了見だ……?」
そこには辺理砕十郎が、今まで見た事もない妖しげな笑みを浮かべて立っていた。
目を開けると、岩平の前に立っていたのは華奢で小柄な十歳くらいの少女だった。頭に被ったキャスケット帽の下からは鮮やかな金髪のクセっ毛とお下げが飛び出しているのが見える。服は丈の短いピンク色のフリル付きワンピースを着ていて、その上にはブカブカな煉瓦色の軍服トレンチコートを肩に羽織っていた。
そして、さらに一番不思議なのはその手に持っている槍(そう)斧(ふ)らしき武器だった。ちょうど彼女の背丈と同じくらいもある巨大な斧は、刃が丸みを帯びた楽器のハープのような弓の形状をしていて、柄部分の間には弦が張ってあり、さらには、先端の槍はペン先のような形をしているのが見える。
どうやら、先程の炎を弾けたのも、この黄金色に輝く翅(はね)のような槍斧(そうふ)の一振りのおかげらしい。
「……量子力学(クオンタム)の書のリーゼル。ここに顕現――――」
そう呟くと、彼女は傍の岩平の方へと向き合って、その蒼い瞳を向ける。その瞳は見た事もない宝石ような美しいものであったが、その奥にはどこか悲しさを背負っているようにも見えた。
「アンタがアタシの演算者(オペレーター)? ふぅん……」
「え……あ、その……お前は一体……?」
彼女は岩平の顔だけ確認すると、さして興味も無さげにケルヴィン卿の方へと向き直る。
「馬鹿な……、物理学者(フィジシャン)だと!?」
「そんなっ……!? 岩平のバカにそんなの出せる訳がっ……」
次の瞬間、ケルヴィン卿は猛スピードで彼女へと斬りかかっていた。
「貴様は何者だ……。貴様のような女子が物理学者(フィジシャン)などと聞いた事も無いわっ!」
だが、彼女はそんな一撃をものともせず、片手の槍斧(そうふ)で軽々と受け止めてしまう。
「……言ったでしょう? 熱力学(サーモ)のケルヴィン卿。アタシは量子力学(クオンタム)の物理学者(フィジシャン)「リーゼル」。この世界に『不確定性』をもたらす者よ―――――」
やがて、リーゼルはとても少女とは思えない力でケルヴィン卿を弾き飛ばして距離を取ると、もう片方の手に同じ槍斧(そうふ)を出現させる。
「微分(びぶん)演算子(えんざんし)―――『∇』(ナブラ)!!!」
∇=(∂/∂x+∂/∂y+∂/∂z)
そして、リーゼルがその槍斧を一振りしたかと思うと、次の瞬間にはもう、右手側に見える技術室校舎の火は全て消えていた。既に大分焼かれてはいたが、7割方の建物はまだ無事であった。
「何だ!? 吾輩の炎が掻き消されただと!?」
「チクショウ! もっと撃て撃て! ケルヴィン!」
それを見て、逆上したケルヴィン卿たちは次々と火炎弾を連射しだす。
「チィ……うっとおしいわね。物理・数学演算(マス・シミュレート)――――― 『凸型ポテンシャル』!」
V(x)=(0.V(0)>ε)
リーゼルが左手の槍斧の先端で空中に数式らしきものを展開させる。すると、たちまちグラフが現れ、地面からは壁状のエネルギー障壁のようなものが飛び出して炎を防いだ。
「一旦引くわよ、演算者(オペレーター)。ちゃんと捕まって本を落とさないでね」
「へ?」
そう言うとリーゼルは槍斧を引っ込めて、岩平をいきなり抱きかかえたと思うと、お姫様抱っこで上空へと跳躍した。
「どわああああああああッ!?」
「うっさいわね演算者(オペレーター)! 全然、物理演算(シミュレート)のスペックが足りないわ! もっと脳の計算資源(リソース)を寄越しなさい!」
リーゼルは暴れ出す岩平を抑える為に、学校の屋上へと着地する。
「は? スペック? リソース? さっきから何言ってるんだお前……?」
「え……? まさかアンタ、物理学徒じゃないの?」
「そんな訳あるかッ!!」
「じゃあなんでアンタ、演算者(オペレーター)に選ばれたのよ?」
「知るか! こっちが知りたいわ! あとお姫様抱っこもやめろ!」
「……って、危ないっ!」
なんやかんやと言い争っている間に、追手の炎が二人へと迫る。慌ててリーゼルは跳躍でまたそれをかわし、今度はグラウンドへと降り立った。
「退いていなさい! おバカ演算者(オペレーター)!」
「あだッ!?」
着地後にリーゼルはすぐさま岩平を後方へと投げ出す。頭を打った岩平は、何をするんだと彼女に文句を言おうと顔を上げるが、その声は次の瞬間の爆轟音に掻き消される事となった。
「ぐうううっ……」
「フハハハハハ! 逃がすものか! 最大火力だケルヴィン卿!」
「御意に!」
屋上から放たれたケルヴィン卿の本気の炎は、グラウンドを覆い尽くさんばかりの火球となって、二人を押しつぶそうとする。リーゼルは槍斧を振り、頭上にさっきと同じ凸型ポテンシャルの障壁を必死に張って耐えようとする。しかし、やはり輻射熱までは防げないようだった。凄まじい熱気で岩平は息をするのも苦しくなってくる。。
「くううっ……! こんな簡易障壁で保つ訳ないか……。流石は腐ってもケルヴィン卿、このままじゃあ……」
意を決したリーゼルは岩平へと振り返って呼びかける。
「演算者(オペレーター)! 早くその本を読んで! 式展開を!」
「はッ……!? できるか! こんな英語と数式だらけのの本読めんわ!」
「こんのおバカ演算者(オペレーター)! 英書くらい読みなさいよ!」
リーゼルの呆れた罵声が轟音の中に響く。
「アハハハハ! 何かと思えば、バカ男一人に女子小学生! そんなんでこの熱力学のパイオニア、ケルヴィン卿に敵うか!」
勝利を確信した島本水無瀬の笑い声が、技術室校舎の傍から上がる。
「ううっ……! もう保たないっ……! いいからその本を開いてっ!」
いよいよ限界が近づいて来たリーゼルは懇願するように叫ぶ。
「早くっ!」
「うっ……、こんな本読めるワケが……」
選択の余地なしに、岩平は仕方なく黒い本を開くが、そこで岩平はおかしなページを見つける事になる。それは以前にも見た、白い空間に連れていかれる前に発見した発光しているページだった。
あれ…………?
なんでこの部分だけ読め―――――――
「しゅ……」
気付けば岩平はその名前を口に出していた。
「シュレディンガー方程式―――『物質波(マター・ウェーブ)』!!!!」
ih/2π∇ψ=Hψ
途端に、リーゼルの持つ槍斧が鈍い赤色に輝き始める。それはまるで不正出血のようなどす黒い朱(しゅ)殷(あん)色を帯びていた。
「おあああああああああああああっ!!!」
リーゼルが思いっきり槍斧を振り降ろすと、そこから屋上に向けて放たれたのは、赤黒い闇であった。血のインクのようにも見えたその闇は、濁流となって明るい火球を飲み込んでゆく。
「そんな馬鹿なっ! 馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な!」
「……っ! 申し訳ありませぬ演算者(オペレーター)! そして尊敬する我がニュートン様ぁっ! 吾輩は……吾輩は……」
それがケルヴィン卿の最期の言葉だった。闇の奔流に巻きこまれ押し潰された彼の身体は、跡形もなく空の宵闇へと吹き飛んでゆく。
「ああああああああああああっ!!!!」
「あ……、あ……、助けてくれ……、許してくれぇえっ!!」
彼の断末魔を目の当たりにした島本水無瀬は、赤い本を放り出して、一目散に逃げ出す。
「ふう、やれやれ……、なんとか勝てたわね……」
その様子を見て、安堵したリーゼルは槍斧を引っ込めて、岩平の方へと振り返る。
「い、今のは一体……」
「アンタの力よ。計算力はカスでも、容量だけはバカでかいの持ってるじゃないの」
何が起こったのか分からず、戸惑っている岩平に向かって、リーゼルは初めて少しの笑顔を見せて微笑みかけてみせた。
「一時はどうなることかと思ったけど……、早速二冊目の本をゲットとは幸先のいいスタートじゃない。この分ならすぐにでも万物理論に……」
説明はそこそこに、リーゼルは島本水無瀬が置いていった赤い本を回収しようと技術室校舎へと歩き出す。
「儂の入学祝い、喜んでもらえたかの? 岩平……」
しかし、突如としてリーゼルの前に現れ、先に赤い本を拾い上げたのは思いがけない人物だった。
「なっ、何者よアンタ!?」
突然、謎の不審人物に先に本を拾われたリーゼルは、驚いてすぐさま槍斧を構え、臨戦態勢に入る。
「待て、リーゼル……」
しかし、岩平はその動きをすぐに制止する。何故なら、その人物は岩平にとって最もよく知る人物であり、最も親しいと思っていた人物だったからだ。
「おうおう……ジジイ……、コイツぁ一体、どういう了見だ……?」
そこには辺理砕十郎が、今まで見た事もない妖しげな笑みを浮かべて立っていた。
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