女の子なんてなりたくない?

我破破

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「アヤメちゃん登場!!」の巻。

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「なッ、なんだぁあああっ!? 何が……」

 急いで上体を起こし、砂塵の中で目を凝らして周囲を見渡すが、既に操(みさお)の姿はどこにも無い。ボクは操が去って行ったのだろうと思ったが、一方で違和感も感じていた。どうも退場の仕方にしては派手すぎるのだ。というより、何か別の敵意のようなものを感じる。あれは明らかに、操(みさお)の方を狙った別の何者かの攻撃である。

「あっれー、おかしいなァ……。さっきまでここに、ゲームマスターがいたハズなのにィ……」

 突如として、上方から女の声が響く。そこの体育館の屋上にいたのは異様に派手な格好をした少女だった。この世のものとは思えないほど美しく、青みがかった長いポニーテールに青いドレス。そのドレスはウェディングドレスのような肩の露出度の高い服で、顔を覗かせている胸の谷間が彼女のBカップくらいと思われるちっぱいをこれでもかと強調させている。スカートに至ってはヒラヒラにヒラヒラを重ねた菖蒲(あやめ)の花の如き可憐なスカートだった。

 いかにも魔法少女ですと言わんばかりのコスプレ恰好だった。明らかに操(みさお)の言っていた魔法花婿(ウィザード)とかいうヤツであろう。妖しい魔法陣模様のサーベルを肩に担いでるあたりが、より一層ヤバさを醸し出している。さっきの衝撃波は、この少女が操(みさお)に向けて放ったものだったのだ。

「逃げられたかなァ……。まァ、しょうがないか……」

 そう呟いた少女は体育館の屋根から飛び降りると、操(みさお)が消えたあたりの地面へと舞い降りる。そのままボクの方へとスタスタ歩いてくるが、呆気に取られたボクはただそれを見つめている事しか出来ない。本能が逃げろと言っているが、身体が言う事を聞いてくれなかった。

「あんちくしょうには逃げられちゃったけどォ……。丁度よくここに潰せそうな新人がいたからァ、今日はそれで良しとするかァ―――――」

 少女はそのサーベルの切っ先をボクの顔へと向ける。それを見たボクは「ヒッ」とかいう情けない声しか出せなかった。

「悪い事は言わない、その金の玉を寄越しなァ。そしたら、命だけは助けてやるよォ……」

 ボクの金の玉はブレザーの下に隠れているので、少女からは見えていない。だから少女は金の玉の居場所を聞き出そうとボクを脅してきたのだ。

「き、君が他の魔法花婿(ウィザード)ってやつか……。君はボクの金の玉を潰す気なの……?」

「ああ、そうだよォ。悪いがこの俺氏、菖蒲(あやめ)拓海(たくみ)にも負けられない理由があるんでねェ……」

 そこまで聞いてボクは、この菖蒲(あやめ)拓海(たくみ)とか言う魔法花婿(ウィザード)が自分と似たような境遇ではないかと気付く。喋り方がちょっと残念ではあったが、そこは自分と同じ元男なのだからしょうがない。

「きっと君にはわからんさァ。俺氏だって俺氏だってェ……。家で待っている大切な嫁の為に、どうしても勝たなきゃならねぇんでィ――――」

 嫁という言葉を聞いた瞬間にボクは困惑する。まさか既婚者だったとは思いもしなかったからだ。さらには同年代くらいかと思っていた概念まで崩れて、年齢や職業まで分からなくなる。ボクの脳内には、「この人、負けたら離婚になっちゃうのかな?」とか「奥さんはこの事を知っているのだろうか?」などの憶測が目まぐるしく駆け巡る。

 しかし、そんなボクの想像は、次の菖蒲(あやめ)拓海(たくみ)の発言によって全てが台無しと終わる事となる。

「大切な嫁のエロ同人の為に、一ヶ月もオナ禁してたんだぞォーっ! その矢先に、チン○を奪われた俺氏の気持ちが分かるかァあああああああああぁ――――ッ!?」

「オメーただのクソオタクじゃねぇかぁああああっ!!!」

 数秒前の余計な心配をしてしまった自分を、ボクは激しく後悔した。一瞬でもこんなやつに共感しようとしてしまった自分が恥ずかしい。

「チクショーッ! 神絵師の新刊を待ってずっと我慢してたのにィいいいっ……! 抜けない身体にされるなんて、あんまりだァああああああ――――ッ!」

 欲求不満でひとしきりもんどりうった菖蒲(あやめ)拓海(たくみ)は、ついにその場でキレだす。不気味な独り言をブツブツと早口で言いながら、サーベルを構えてボクの方へと迫る。

「チクショウゥ……。やっぱり殺す、殺してやるぅ……。俺氏のミホたんへの愛は永遠なり……」

「ヒッ!?」

 サーベルが振り降ろされ、ボクは思わず目を閉じてしまう。閃光とともに嫌な一時が流れたが、おかしな事にいつまでたっても痛みはやって来ない。

「なんだァ、コイツ!?」

 菖蒲(あやめ)拓海(たくみ)の焦るような声がしたので、おそるおそる目を開けてみると、そこには異様な光景があった。光っている何かの生物がサーベルを受け止めていたのである。その光る生物は眩しくて、何の生物だかよく見えなかったが、何やら光る尾が金の玉から伸びているのが見えた。どうやらこいつは自分の金の玉から出て来たらしい。

「憧太くん、ここは一旦引くんだみょん!」

 突然、脳内に謎の声が響く。どうやらこの光る生物が喋っているらしい。

「転移魔法―――『空間跳躍(トランスファー)』!!!」

 その瞬間、辺りには眩い閃光が立ち込めて、ボクはとても目を開けていられなくなる。

 そのうち、ボクの意識は溶けるように光の中へと呑み込まれていった……。
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