行き遅れの女騎士、便所の神様になるっ!!

黒神譚

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第6話

マリアの縁談・2

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 さて、サンチェス伯爵の襲来という嵐のような出来事があった翌日。ドミニクは公務のために王宮へ登城する。ドミニクは基本、週に4日は登城し仕事に当たるのだが、ここ最近はパトリシアのために休暇を取りすぎていたので仕事がたまりにたまっている。家臣団を引き連れてたまった仕事を一気にこなさなくてはならなかった。

「まったく、ドミニク様がパトリシア様にうつつを抜かしたりなさらずに毎日コツコツとお仕事をしてくださっていれば、このような勤務にならずに済んだのですが・・・・。」
「文句を言うなセバスティアン。
 パトリシアは僕の大事な幼馴染だ。放っておいて仕事など、どうしてできようか?
 さぁ、皆の者。早く帰りたかったら、素早く雑務をこなせよ!!」

 セバスティアンの嫌味をかいくぐりながら、ドミニクが王宮を歩いていると、不意に聞き覚えのある大きな声で呼び止められた。
「サルヴァドールきょうっ!! 昨日は失礼いたしました。」
 ドミニクが声のする方向へ振り返るとサンチェス伯爵がしおらしく巨体を小さく折りたたんで立っていた。
 サンチェス伯爵が巨体と言っても元々の背丈がドミニクの方が一回り高いので、ドミニクはまるでサンチェス伯爵を見下ろすような視線になってしまっていた。
「・・・うん? ど、どうしたサンチェス伯。
 昨日と違って、えらくしおらしいではないか・・・・。」
 ドミニクが「事情が分からぬ」とばかりに怪訝けげんな顔で尋ねると、サンチェス伯爵は昨日と同じように顔を真っ赤にさせながら「す、少し二人で話せませんか?」と中庭を指差すのだった。



「なんだ? 一体、どうしたというのかね?
 貴公。昨日から少しおかしいぞ?」
 中庭に呼び出されたから素直に付き合ったのにサンチェス伯爵は、いつまでも用件を話さないのでドミニクは少し彼の事が心配になって来て尋ねた。
 それでもうつむいて何も言わないサンチェス伯爵に段々呆れて来たドミニクは何も言わずにその場を去ろうとした。その後ろ姿を見て、とうとう観念したようにサンチェス伯爵は声を上げて白状した。

「あ、あのメイドっ!
 か、かかか・・・・・彼女を私に頂けまいかっ!?」
「・・・・・あ?」
 思いもよらぬ事を言われてドミニクはガクッと膝が抜ける思いがした。だが、サンチェス伯爵はそんなドミニクの気持ちも知らず、一方的にまくしたて始めた。

「昨日私に給仕してくれた彼女ですっ!!
 まるで伝説の妖精のように愛らしく美しいあの子を私の家に招き入れたいのですっ!!
 お金ならいくらでもお支払いいたしますっ!!
 どうか、あの家人を私にお譲りいただきたいっ!!!」

「・・・・・・」
 ドミニクは全てに合点がいった。どうやら一目ぼれという奴なのだろう。
 ふ~っと呆れたように深いため息を一つついてからドミニクは答えた。

「お断りするっ!!!」
「そ、そんなっ!!」

「いいかね? あの子は・・・・マリアは私の妹同然に育った子で最早、私の家族だ。
 金銭で売り渡すような真似は出来ない。
 それにあの娘は当家の執事長の子供ではあるが、あの執事長は大騎士の家格を持つ。ゆえあって貴族姓こそ名乗っていないが、つまりは貴族だ。
 その娘を金で買えるとは思わないことだな。」

 ドミニクはきっぱりと断った。奴隷階級の家人の売り買いはこの時代、特に珍しい事ではない。
 だが、本来、セバスティアンの家は大騎士の称号を授かっていた一族だ。名乗りを上げてこそいないが貴族なのである。たとえそれが貴族として一番低い階級であろうとも貴族には違いない。つまり自由意思が有るのだ。
 その一族の娘を例え領主であっても勝手に売り買いなどできるはずもなく、そもそもそのようなことをドミニクに頼むことは筋違いである。もっともセバスティアンやマリアが執事やメイドなどをしていたから誤解しても仕方がない事だが・・・・・。

 しかし、ドミニクの言葉はサンチェス伯爵にとって希望の光であった。

「おおっ!! あ、あの娘はマリアと言うのですかっ!!
 そ、それも・・・・実は貴族の娘とっ!?
 なんと有難いことだっ!!」
 サンチェス伯爵はそう言って小躍り踊って喜ぶのでドミニクは再び訳が分からなくなって「あ?」と言って顔をしかめた。
 そんなドミニクに向ってサンチェス伯爵は嬉しそうに言うのだ。

「貴族ならばっ!! 私の妻に迎え入れても階級的に問題ありませんなっ!!」
 ・・・
 ・・・・・・・
「・・・・・・・あ?」
 ドミニクは最早サンチェス伯爵が何を言っているのかわからなくなった。
 だが、サンチェス伯爵は本気だった。

「お願いです。サルヴァドール卿っ!!
 どうか私とマリア殿の仲を取り持っては下さらぬかっ!?」

 ドミニクは頭の中が真っ白になった。
 自分が妹同然に可愛がってきた少女に男が言い寄ってきたのだ。
 しかし、家柄的には全く申し分がない伯爵家の男。ドミニクはすっかり閉口へいこうしてしまい返事はマリアの親と話し合ってからにするとだけ告げて中庭を去った。(※閉口する。困ってしまうという意味)

 
 それから気が気ではなくなってしまったドミニクはセバスティアンをともなって自分の仕事部屋に入るものの、落ち着かない。それはそうだろう。娘の父親に娘に男を紹介していいかと尋ねなくてはいけないのだから、それは何とも言えないプレッシャーである。
 しかし、サンチェス伯爵の押しぶりを見ると彼が本気なのは間違いなく、彼の男心を想うとドミニクも無視するわけにはいかずない。
 とうとういたたまれなくなったドミニクは書類に目を通しながらセバスティアンにそれとなく話を振ってみようと思うのだった。 

「セバスティアン。」
「はい、ドミニク様。」
「あ~~~・・・・、その昨日、うちに乗り込んできた男だが。」
「ああ。大変な乱暴者でしたね。」
 
 ・・・・・。固まるドミニク。
(駄目だっ!! 印象最悪じゃないかっ!!)
 しかし、ここで引き下がるわけにもいかぬ。ドミニクは勇気をもって話を続ける。

「そう、その乱暴者のサンチェス伯だが・・・・」
「はい。」
「どうやらマリアを妻に迎え入れたいと考えているそうだ。」
「・・・はい?」
「それで・・・な。僕に話を取り持ってくれないかと、先ほど頼まれてね。」
「・・・・・・・・あっ?」

 ・・・・・。未だかつてセバスティアンからされたことがない返事を聞かされて、ドミニクは額に脂汗がドッと噴き出した。嫌な予感はするものの恐る恐るセバスティアンの顔を見ると・・・・
 予想通り鬼の形相でドミニクの方をにらんでいた。

「い、いや。セバスティアン。違うんだ。」
 何が違うのかはわからないが、ドミニクは狼狽えて言い訳しようとしてしまう。だが、その様子はセバスティアンにより疑いを持たせてしまった。
「・・・・ドミニク様。あなたまさか私の娘を政治利用しようなどと企んで・・・・」
 恨みがましい目でドミニクを睨むセバスティアン。その眼が本気であることを悟ったドミニクは慌てて説明する。

「し、しないしないっ!!
 君達は僕の大切な家族だっ!! そんなことは絶対にしないっ!!
 だが、サンチェス伯は本気だっ!
 それに・・・・マリアもいつまでも家にいるよりも夫を持ち、幸せに暮らした方が良いじゃないかっ!」

 ドミニクは必死になってマリアのことを自分なりに思っていることを告げた。
 しかし、それには二つ落とし穴がある。
 
 一つはマリアの気持ちだ。マリアは自分の事情をよく理解していて、それ故にドミニクを諦めた。
 だが、マリアは確実にドミニクの事を兄としてではなく一人の男として愛してしまっている。
 ドミニクが他の男とマリアが幸せな家庭を築く事を望むという事は、それはつまりドミニクはマリアの気持ちに気が付いていないという事だ。数多くの女性から言い寄られ何人もの女性と肉体関係を結んで来たドミニクがマリアの気持ちに気が付かない。それはマリアの事を妹として見ているが、女としては見ていないという事だ。
 父親としてこれほど娘が不憫なことはない。

 しかもこの問題にはもう一つ、大きな落とし穴があった。
 それは、あまりにも予想外過ぎる展開であったがために、ドミニクがマリアの抱える特殊事情を完全に失念してしまっていることだ。
 特殊事情。それはマリアが半人半妖精であるがために今は両性具有で、後は男女どちらの性別になるかわからないという悲劇的な運命を背負っているという事だった。

 ドミニクは混乱している今、失念してしまう可能性がある。それは仕方がない。
 だが、セバスティアンだけはどれだけ混乱していてもマリアの事を失念することなどないのだ。それが彼女の父親であるセバスティアンの愛情の深さであり、娘にその重荷を背負わせてしまったセバスティアンが背負わないといけない十字架であった。
 だから、セバスティアンは例え自分の主であっても言わねばならないことはバシッとハッキリ言うのであった。

「ドミニク様。お忘れかも知れませんが、マリアは男女どちらの性別になるかわからぬ子です。
 そのような状態でどなたかと御縁を作るなど考えられないことでございます。
 どうか、この縁談。お断りくださいませ。」

 セバスティアンは強い口調で断った。
 ドミニクもセバスティアンがそう言うのならば、そうするのが一番だと思いつつ、何故かその時、「しかし、マリアに聞くだけ聞いてみてはどうだろう?」と、言ってしまったのだ。
 
 聞くだけ聞いてみる。
 その言葉の重みをドミニクはわかっていない。
 何故なら、この報告をすること自体がマリアにとってショックな話であるからだ。それを言えと言うのだ。マリアの惚れている男がそう言ったのだ。
 こんなことが許される事であろうか? そう、一つ目の落とし穴の話である。
 セバスティアンは娘の気持ちを考えるともう、何もしたくなかった。
 ただ、書類の束をバンッ!!と、机の上に置くと

「長い間、お世話になりました。」

 と、だけ答えて仕事部屋から去っていくのだった。
 ドミニクは何が起こったのかわからなかった。
 まさか幼い時から自分がどんな無茶をしてもそばにいて支えてくれたドミニクにとって第二の父親と言っても過言ではないセバスティアンが自分の下を去るなどということは思いもよらぬ事であり、ただ、呆然とセバスティアンが仕事部屋を出ていくのを見送り、彼が部屋を去った後も「・・・・なに?」と理解が出来ぬ様子だった。
 
 ドミニクが我に返ったのはセバスティアンが仕事部屋を出て5分のちの事であった。
 慌ててセバスティアンを追いかけるのだが、健脚けんきゃくのセバスティアンは5分あれば2kmは進んでしまう。ドミニクが追いかけ始めたときには、もう、すでにサルヴァドール家の邸宅にセバスティアンはたどり着いてしまっていた。
 そして、慌てて追いかけて来たドミニクが屋敷に着いた時、セバスティアンはマリアと口論をしながら家を出ていく準備をしており、そのそばでパトリシアがオロオロしながら二人の喧嘩を止めていた。


「嫌よ、お父様っ!!
 どうしてっ!? どうして出ていってしまうのっ!?」
「お前のためだ。全てお前の為なんだっ!!
 いいから、さっさと自分の荷物をまとめなさいっ!!」
「ね、ねぇ。落ち着いて二人とも。
 ドミニクが戻ってくるまで待ってよっ!!」

 かなりの修羅場と化したサルヴァドール家に入ったドミニクは、その惨状に驚き、慌ててセバスティアンの所へ駆け寄って平謝りに謝った。

「すまない、セバスティアンっ!!
 僕が悪かった!!
 どうか出ていくのだけは勘弁してくれ! お前がいてくれないと僕は困る。
 頼むから考え直してくれっ!!」

 だが、ドミニクの必死の頼みもセバスティアンの耳には届かない。
 要求は頑として受け付けず、ただ「申し訳ございませんが、娘の為です!!」とだけ返事をするのだった。
 家を出ていくのがマリアの為。セバスティアンが繰り返し言う言葉の意味はマリアにもパトリシアにもわからず、ただただ、困惑したまま二人の様子を見守るしかなかった。

 しかし・・・。どうしていいのかわからないのはドミニクも同じだった。
 だから。つい、言ってしまったのだ。
 セバスティアンが一番マリアに聞かせたくなかった「わかった。では、マリアの縁談は断る。僕はもうマリアの縁談の話は二度としないっ!!」という言葉を。
 
 次の瞬間。全てが終わったとセバスティアンは天を仰ぎ、次にマリアの事が心配になって彼女の顔を見た。
 マリアは、目をまん丸に見開いたまま硬直していた。
(もしかしたら、マリアはショックで思考が停止してしまったのかもしれない。
 我に返ったら、泣き出してしまうかもしれないっ!!)
 セバスティアンはハッとしてマリアの下へ近づいた。

 だが、マリアはセバスティアンが思うよりも気丈きじょうであった。
 表情を崩すことなくセバスティアンの顔をしっかりと見つめてマリアは尋ねる。

「お父様。私に縁談が来たということですか?」

 マリアが尋ねた相手は発言者のドミニクではなくセバスティアンだった。
 セバスティアンはそれを受けて思う。
(今、マリアが問題にしているのは、ドミニク様が自分に関心があるかないかではない。
 私がマリアに対して縁談の事をひた隠しにしたことを問題にしているのだ。)と。
 セバスティアンは、そこでマリアからの信頼を自分が失いかけている事を察した。そして、これ以上、マリアからの信頼を失うわけにはいかない。父親として失いたくないと強く思い、真実を告白する。

「そうだ。マリア。
 昨日来た男を覚えているか? サンチェス伯爵だ。
 あれがお前に一目惚れしたそうだ。それで・・・・ドミニク様にお前との仲を取り持ってほしいと頼んできたそうだ。
 ・・・・ドミニク様はお前の将来を想ってどうするべきが悩まれて、私に相談したのだ。」

 マリアはセバスティアンの話をジッと聞いた後、自分の決断を伝える。
「お父様。私の伴侶はんりょは私が決めます。」
 その言葉を聞いてセバスティアンはホッとした。マリアがお見合いなどせず自分の結婚相手については自分で探すと言ったからだ。そう思ったからだ。
 だが、違った。マリアは言葉を続ける。

「私、あのお方とお見合いをいたします。
 その上で私の伴侶にふさわしい人か決めたいと思います。」

 その場の誰もが聞き入ってしまうほど力強い一言だった。その声には覚悟が込められていた。
 その迫力に一瞬、セバスティアンはひるんだが、それでも父親として娘のことでどうしても確認しなくてはいけないことがあった。

「・・・マリア。お前は自分が何を言っているのかわかっているのか?
 お前は将来っ・・・・!!」
 そう言いかけたところでマリアは、右手でセバスティアンを制した。
「すべては私が決める事です。
 ですから、どうぞ。伯爵様とのお見合いの席をお願いいたします。」
 最早、問答無用だった。
 マリアにそこまで言われたら、セバスティアンにもドミニクにもどうすることも出来ない。
 縁談することに決めてしまったのだから。
 ドミニクは、肩を落としてショックを受けるセバスティンの肩を抱くと、共に王宮へと戻っていった。
 そして、ドミニクは一度も振り返らずに王宮に戻ったので、その背中の景色を知らない。
 ハラハラと大粒の涙をこぼしながらドミニクの背中を見送るマリアの姿を。

 こうして、マリアの恋はここで完全に終わってしまったのだった・・・・・・。


 
 それからしばらくのち、王宮に戻ったドミニクはサンチェス伯爵の下を訪ねて、マリアがお見合いに応じる意思を伝えた。サンチェス伯爵は有頂天になって喜んだ。

「ああっ!! ようやく私に新たな春が訪れたっ!!」
 サンチェス伯爵は、両拳を握って喜んだ。
 だが、そのサンチェス伯爵とは裏腹にドミニクの心は沈んでいた。
(伝えるべきか・・・・それとも・・・・)
 ドミニクはマリアの境遇を話すか否か、悩みに悩んだ。しかし、結局、話すことはできなかった。
 だが、それでも
「ただ、マリアは私の妹同然に育った子だ。もし、彼女と話し合った時、どんなことがあっても決してマリアを悲しませるようなことはしないでくれ。
 もし、そうなった場合はサンチェス伯。私は貴公と戦う事になる。忘れないでくれたまえ。」と、釘を刺した。
 
 しかし、浮れ切ったサンチェス伯爵の耳にはそんなドミニクの言葉など届かない。
「おおっ!! マリア殿はサルヴァドール卿の妹同然の御方でしたかっ!!
 なれば、卿は私にとっても義兄。
 どうぞ、これからは私の事は親密にファーストネームのブルーノとお呼びください。」
 と、馴れ馴れしくハグしてくる始末。
「暑苦しい男だな。誰がお兄さんか。
 ・・・・・とにかく気を付けたまえ。」
 ドミニクは舞い上がったサンチェス伯爵を押しのけつつ(本当にわかっているのか? この男は?)と、不安をぬぐえなかった。

 一方、不安は当事者のマリアも同じことだった。
 ドミニクとセバスティアンとサンチェス伯爵が話し合って決めた縁談の前日は、不安でとても寝付けず、ベッドから窓の星空を見つめながらまんじり・・・・ともせず、ただただ、思いにふけっていた。(※まんじりともせずとは、一睡もできないという事。)

 そして、とうとうお見合い当日。
 会場は過保護のセバスティアンたっての願いで外部の建物で二人を会わせるようなことはさせず、サルヴァドール家の庭園内にある離れ屋敷で行われた。応接室は庭園を一望できるように広くガラス張りの壁が設けられ、天候にかかわらず景色を楽しむことができた。
 その窓際には出席者が座れるよう大きなテーブルと椅子が設置された。
 
 お見合いの始まりは、まず定刻前にサンチェス伯爵が屋敷を訪ねる。それからお見合い会場に案内されてマリアを待つのだ。騎士が先にテーブルに着き、その後に姫が現れてお見合いが始まるというこの世界のお見合いの作法に則った手順であった。

 しかし、いきり立っているサンチェス伯爵は何を考えているのか定刻の1時間前にサルヴァドール家を訪れ、サルヴァドール家の家人から早すぎるから出直して来て下さいと頼まれてもお構いなしにお見合い会場の離れ屋敷に乗り込んでいった。
「構いませんっ!!
 私はマリア殿を家で待っていたら、壊れてしまうのですっ!!
 絶対に今日、彼女を私の物にしないと私は壊れてしまうのですっ!!
 そう思ったら、家で待っているなど、とてもできないのですっ!!」

 あまりに早くに来たサンチェス伯爵をとがめに現れたドミニクにさえ、そう言って聞き入れず、なんだったらいきり立った証拠であるズボンの膨らみを見せつけて自分のやる気をアピールする有様だった。
「ああっ!! わかったよっ!! 
 うっとおしいっ!! 誰かこの男をさっさと離れに連れて行けっ!!
 1時間でも2時間でも構わんから、そこで待たせておけっ!!
 断っておくが、定刻までお前をマリアには絶対に会わせないからなっ!!!!」

 苛立つドミニクはついにお前呼ばわりになって邪険にサンチェス伯爵を離れに追い払う。しかし、サンチェス伯爵はそれでも気にしていないようで「わかりましたっ!! お義兄さまっ!!」と返事をして意気揚々と離れ屋敷に向かうのだった。
(あれほど生真面目だった男でも、舞い上がってしまうとあんなことになってしまうのか・・・・
 完全に暴走してしまっているじゃないか。意志の強さ、思い込みが強すぎるのも問題だな。)
 ドミニクは浮れ切ったサンチェス伯爵の背中を見ながら(あんな男で大丈夫か?)と、一抹いちまつの不安さえ覚えてしまうのだった。
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