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第3話
マリアの画策・3
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「私、今からドミニクを誘惑してまいりますっ!!」
パトリシアは酒に酔った勢いではしたなくも鼻で息を「ふんすっ!!」と強く吐き、立ち上がる。
その気の乗りようがマリアの想定以上だったので、マリアは内心、(あれ? そこまでそう言う感じになっちゃうの?)と少し焦ってしまう。
(まずいわね。いくらなんでも踏ん切りが強すぎない?
まったく、このお姫さまったら、恋愛に臆病だったくせに幼いころから意思決定に迷いがない我がまま娘だったから、一度タガが外れてしまったら、何処まで行ってしまうのね。
恋愛への臆病さが消えるのは良いのだけれども、急にパトリシア様だけやる気満々で寝室に訪れたらお兄様がドン引きしちゃうかもしれない。)
危険を察したマリアはズシズシと音が鳴らんばかりの踏み込みで部屋の外へ出ようとする酔いどれ姫を慌てて引き留め忠告する。
「ま、まって!! お待ちください。パトリシア様っ!!
いくらなんでもそんな覇気に満ちた色仕掛けがありますかっ! そんなグイグイ来られるのは殿方からしたら恐怖の対象です。
どうか、お淑やかさと慎み深さとか弱さの演出をお忘れずにっ!!」
マリアがあまりに真剣に引き留めたのでパトリシアは少し冷静になって進む足を止めてマリアの話を聞く。小首をかしげて「お淑やかさはわかりますけど、か弱さは必要なの?」とマリアに尋ねた。
「っ!!
・・・・ええっ!! 勿論でございますっ! パトリシア様っ!!」
マリアはパトリシアにほんの少し冷静さが復活したことに安心し、パトリシアの問いかけに喜びながら説明して応える。
「よろしいですか? 多くの男性はロリコン気質な部分があるといいましたよね?
ならば優先権は男性に与えるのが吉です。
我々女性は殿方に攻める隙を見せるだけでいいのです。言うなれば体の扉をほんの少し開くだけです。」
「・・・・・扉を?」
「そうですっ!! そうすれば殿方の方が体の扉を打ち破って入って来てくれます。
・・・・そのはずです。」
マリアの回答に一抹の不安を覚えたパトリシアは更に小首を深くかしげて尋ねる。
「・・・んんっ? ・・・・・はず?」
「はいっ!!! お母様がこの世界で生きていくための知識として教えてくださいました。
若いころは恋愛百戦錬磨でイケイケだったお父様もこの手でイチコロだったそうで・・・あっという間に私が生まれたそうです。」
「・・・・あら、やだ・・・・」
軽い誘惑の話題から一気に子供ができる話にまで飛躍してしまったことに気が付いたパトリシアの顔が一気に紅潮する。
その姿を見てマリアも自分が話した内容を思い返して考えると恥ずかしくなって赤面してしまう。
だが、会話の内容が飛躍してしまったことはマリアも勇み足だったが、これも怪我の功名。マリアはパトリシアをけしかけるのに更に良い説得を思いついた。
両手を頬に当てて恥ずかしがるパトリシアの耳元に口を近づけて
「いいではないですか・・・・ここで既成事実としてお兄様の御子を授かってしまえば、ドミニクお兄様は一生パトリシア様の物になるのです。
いくら筆頭伯爵家とはいえ、貴族の娘を妊娠させたとなれば結婚しないわけにはいかないのですから・・・・。」
と、悪魔のささやきをするのだった。
それは男爵家と筆頭伯爵家という身分差のためにドミニクを諦めていたパトリシアにとっては正に悪魔の誘惑の一言であった。
「・・・・っ!! 」
パトリシアは、ビックリした眼でマリアを見つめるが、マリアはその眼をじっと見つめ返して言う。
「ドミニクお兄様にはパトリシア様しか似合いません。
どうして他の誰かがお兄様の心の隙間を埋めることが出来ましょう?
どうか、自信をお持ちになって。
お二人をずっと見続けていた私が言うのですから間違いありません。
お二人は共に愛し合い、結ばれるのが自然で、そう言う星の下に生まれてきたのでございます。」
あまりにも強い言葉だった。
普段のパトリシアならば跳ねのけられる誘惑だったが、元々、父親の勘当や仲間から非難を受けるなどの諸事情から精神的に少しショックを受けて参っていた上に、酒に酔っているパトリシアには抗いがたい言葉だったのだ。
それから何をどうしてドミニクの部屋にまで行ったのかパトリシアは覚えていない。
ただ、マリアに寄り添われていつの間にかドミニクの部屋の前に立っていた。両手には果実酒の入った瓶があった。この酒を理由にドミニクの寝室に入る作戦をマリアに聞かされていたことをおぼろげながらに思い出し始めた頃、マリアが声を殺して話しかけてきた。
「さぁ、パトリシア様。勇気をお出しください。
お兄様の体はすぐそこにあります・・・・。」
マリアの過激な発言にパトリシアは「・・・・か、体って・・・・」と言って照れてしまう。
「・・・・・で、でも・・・」と言って躊躇もした。パトリシアにとっても勢いでこんなことになってしまっただけで、この屋敷に入ってきたときはこのようなことになる予定はなかったのである。心の準備などできているわけがない・・・・
そう。パトリシアの心の準備などできているはずがなかった。
だが、そんなパトリシアの事情など知る由もないドミニクが寝室の中から声をかけて来た。
「誰か廊下にいるのか?」
その一言と共にガチャリと扉が少し開いた。
準備ができていなかったパトリシアとマリアは思わず「きゃあっ!」と可愛い悲鳴を上げてしまった。
しかし、驚いたのはドミニクも同じだった。
「ぱ、パトリシアっ!?」
不意の訪問にドミニクも驚いて扉を全開にしてしまった。用心深い彼は曲者がいた場合を考えて扉は僅かしか開けていなかったし、よほどの用事でもない限りそれ以上開けるつもりは毛頭なかった。
しかし、まさかのパトリシアが夜の寝室に訪問してい来るという事態に驚き、咄嗟の行動で扉を全開にしてしまったのだ。だから彼は自分がサーベルを片手に持っていることも戦いやすいようにナイトガウンをはだけさせている姿でいた事も忘れてしまっていた。
「きゃあっ!!」
分厚い胸板。太い両腕に盛り上がった肩口。贅肉がほとんどない六分割の腹筋。
パトリシアは突然、ドミニクの鍛え上げられた男の上半身を眼前に突きつけられて歓声を上げて驚く。
その声を聴いてドミニクは自分が上半身裸だったことに気が付いて、慌ててパトリシアに背を向けると「す、すまないっ! まさか君がいるとは思わなかったんだ!!」と釈明しながらガウンを着る。
パトリシアはその後ろ姿を見つめながら幼馴染の成長を思い知らされる。
(・・・・ステキ・・・
ドミニク・・・・。あなたはやはり男の人なのよね。幼い頃は私と変わらなかった背中がこんなにも大きくになって・・・・。)
自分自身も騎士の道を選んでいるものの、当国最強の男の逞しさと比べたら、少女のそれと大差ない体だと自覚させられる。
パトリシアもドミニクが逞しい事は当然、知っている。知っているが、今のような心境の時に彼の肉体を見たことがなかった。だから、その鍛え上げられたアスリートだけが持つ肉体美に酔いしれずにはいられない。
ゴクリ。と思わず生唾を飲み込んでしまうパトリシアだった。
それは二人が男と女であることの証明でもあった。
「・・・・あ~~・・それで、パトリシア。
こんな夜中にどうしたんだい?」
ガウンを着直したドミニクはバツが悪そうに尋ねて来た。
パトリシアは一瞬、「えっ!? ええっ!?」と、狼狽えて返答も出来なかったが、マリアがドミニクの開けた扉の陰に隠れたのを見て、自分がどうにかするしかないことを悟る。
(ううっ!! も、もう。こうなったら私一人でやりきってみせますわっ!)
決意したパトリシアは深い深呼吸を一つしてから両手に持った果実酒の瓶を見せて笑顔を見せた。
「す、少し寝付けませんから、寝酒など飲みながらお話しません?
これまでの事やこれからの事のお話をっ!!」
緊張を隠せないパトリシアの声は少し上ずっていたが、事情を知らないドミニクはそれを緊張とは知る由もない。
紅潮した肌と少し汗ばんだ額から酔っていると判断したのだ。
(・・・ふむ。少し、酔っているようだな。
全く困った子だ。こんな夜中に男の部屋に来ることの意味を分かっていないらしい・・・。)
と、思いつつも酔ったパトリシアの姿も可愛らしく、こんな役得もありかなと思ってしまい彼女を部屋に招き入れてしまった。
「まぁ、入りなよ。」
そう言って彼女の背に手をまわして抱き寄せるようにして部屋の中に連れ込む。
「あっ・・・ん・・・」
気持ちが高ぶっているパトリシアはドミニクに抱き寄せられただけで不意に声を上げてしまう。・・・・いや、それは普通の男女ならばそれなりのシチュエーションなのだろうが、繰り返すが距離感のおかしな二人にとってはそんなことさえごく自然の事になってしまっていた。
女性が男性に抱き寄せられる事が日常的というイカれっぷり。だが、しかし。普段の彼女にとっては当たり前の事のはずなのだが、今のパトリシアには、ドミニクに「男」を意識しないことなど不可能なことだったのだ。
そんなパトリシアだったから自分が声を上げてしまった事に戸惑いさえ感じていた。
そしてパトリシアが上げてしまった声は彼女にとっては驚きの声でしかなかったが、普段の彼女が上げたことのないその甘い音色はドミニクにとっては扇情的な声にしか聞こえない。思わず声を上げてしまいたくなるのだ。
「~~~~~~~っ!!!!!」
すぐにでもパトリシアに抱き着いてその唇を奪いたくなってしまう情動を必死の思いで抑えながら、ドミニクはソファーにパトリシアを案内し、横並びに座った。
しかし、その状況は二人をより一層、困惑させる。
覚悟を決めて部屋に入ったものの、行き当たりばったりのなりゆきで行動を取ってしまったパトリシアに準備などあるわけもなく、自分がこれからすることに対することへの不安と恐怖。そして、期待に身が震えてしまう。
(ああっ・・・・ヤダ、どうしよう・・・
私・・・・このまま彼を誘惑してしまうのかしら?
やだ・・・・彼の男らしい体に抱きしめられてしまったら・・・私、私、どうしましょうっ!!!)
パトリシアとは逆にドミニクは薄暗い廊下ではなく、こうして明るい自室で横並びに座ってみて初めて彼女の異変に気が付いた。
汗ばんだ肌があまりにはっきりと見えてしまうのだ。
それはマリアが仕組んだ脱がしやすい衣服という罠の産物である。大きく開かれた襟元は、露出度が高くパトリシアの白い肌を必要以上に見せていた。
その細い首筋の付け根の鎖骨から下着のラインまではっきりと見て取れるほどに・・・・。
特に長身のドミニクは意図しなくても上から覗き込むような視線になってしまうので、パトリシアの美しい肌がより見えてしまうのだ。
加えて彼女の放つ甘い香り。それは果実酒の匂いではなく、マリアが入浴の際に入念にパトリシアの肌に塗ったアロマオイルの香りだった。
マリアはあえてパトリシアには告げなかったが、このオイルには媚薬成分が含まれている。その媚薬成分は肌から汗が出るときに染み出し、体温で気化することで独特の甘い香りを放つ。その香りは鼻腔に吸い込まれた時、体液と混ざって体に吸収される。そして、体内に吸収された媚薬成分がホルモンを誘発するのだ。元々は特殊な果実がこの不思議な香りを放って動物を集め、そして果実を動物に食べられることで果肉内の種子を動物に遠くに運んでもらうための生存戦略だったものを人間がその効果に目をつけて利用したものだ。
このオイルは古代から房中術に利用された高い実効性を持つ薬物であった。そのため、多くの男女が意中の人に対してこのオイルを使用した。
(※房中術とは相手の性的興奮を誘発させて、一つになるための秘術の事。)
望まなくても女性経験の多くなったドミニク自身がこのオイルの事を知らぬはずがない。今まで多くの女性がこれを使ってドミニクを誘惑していた。純粋な恋愛感情によるものだけではなく、ドミニクの筆頭伯爵としての地位を狙う女性もこのオイルを使用してドミニクを誘惑してきた。
また逆にドミニクは、この下品な罠への対抗策を幼少期の頃からセバスティアンから伝授されていた。
それほどドミニクにとってこのオイルは、よく知った存在であったし、望まぬ誘惑に利用される忌むべき存在であった。
だが、しかし・・・・最愛の女性であるパトリシアがそれを使ってきた場合は違う。忌むべき存在どころか、この香りは福音であった。パトリシアが自分を誘惑してきた証であるからだ。
この時のドミニクはパトリシアのような初心な女性がどうしてこのような物を知っているかというような違和感を覚えないほど驚いたし、嬉しくなってしまった。
疑うよりも(・・・・もしかして、パトリシアは僕を誘っているのかっ!?)と、予想もしていなかった事態に大いに期待してしまった。
(ああ・・・・パトリシア。
パトリシアっ!!
期待していいのかい? 君が・・・僕を男として求めてくれていると・・・・っ!!)
ドミニクが期待を込めた瞳で熱くパトリシアを見つめると、オイルの事情など知らぬパトリシアは恥ずかし気に小さく微笑んだ。
パトリシアにしてみれば、どういうわけかドミニクがこれまでにないほど熱い視線を向けてくれたから、ドミニクが自分の気持ちを汲み取ってくれたと思ったし、もしかしたらドミニクも自分を愛してくれているのではないかと嬉し恥かしの期待してしまっていたのだ。
(・・・・ドミニクが私を見つめてくれている。
私の全てを・・・・このはだけたナイトガウン越しに私の全てが見えてしまっているのではないかと思ってしまうほど、私を見つめてくれています。
・・・・・いいのですか? ドミニク。
期待してしまっても・・・・・。あなたが、このワガママな幼馴染を愛してくれると。
私の体を求めてくださっていると・・・・。)
二人は無言でお互いの気持ちを確かめ合う様に熱く見つめあった。
ドキドキと体内で響く胸の高鳴りが互いに聞こえてしまうのではないかと思うほど二人は興奮していた。
それが酒のせいで気持ちが高ぶっていると思っているパトリシアと、オイルの事を知っているドミニクとの間には若干の意識のずれはあるものの、二人の目的は同じことだった。
そう。今夜、この時。この場で彼らは結ばれようとしていたのだった。
見つめ合っているしばらくの間、会話は一切なかった。
ただ、ドミニクが何も話さなくなったパトリシアの顔を見つめた時、潤んだ瞳で見返している。その瞳は不安と期待が写り込んでいた。
パトリシアの胸は未知の経験に対する恐怖とそれを上回るドミニクと恋愛関係になれる感動が複雑に混ざり合っていたのだ。
そして、それがドミニクの目に見て感じ取れてわかってしまう。彼女が放っている雰囲気。その可憐さ、か弱さはドミニクの男心を大いに昂らせる。
(ああっ! 今日、僕は幼いころからずっと憧れ愛し続けていた君を抱くのだっ!!)
ドミニクは自分でも知らぬうちに横に座る彼女の肩に手を置くと自分の方へと振り向かせた。
「パトリシア・・・・。全く君は困った女だ・・・・。
君がどう思っているか知らないけど・・・僕は『男』なんだよ?」
夢にまで見た状況が信じられないのか、これから始める行為に対する意思を確かめるかのように尋ねてしまうドミニク。
いくら世間知らずのお姫様と言えど、ドミニクのその言葉の意味を理解しない女はこの世にいない。
パトリシアは熱い瞳で「はい、伯爵様。」と短く答えていた。
ドミニクではなく、伯爵様と答えていたのだった。それは彼女が彼を主人と認めて「自身の全てを差し出します。」という意思の表れだった。
あえて彼の社会的地位を言うことで、もうこれからは幼馴染の関係ではなく、ドミニクに自分の「旦那様」になってくださいと伝えたいのだ。そしてそのメッセージはドミニクの心にも明確に伝わっていた・・・・。
彼女の一言は強烈な破壊力を秘めていた。
夕食の席で言われた「伯爵様」はドミニクにとってパトリシアとの距離を感じさせて少し嫌な呼び方だったはずなのに、寝室でパトリシアが言った「伯爵様」という言葉はドミニクの胸をキュンと締め付け・・・なのに鉄の自制心を持つドミニクの理性を一撃で蕩けさせてしまうのだった。
もう、ドミニクはパトリシアの虜だった・・・・。
それでもしばらくの間はドミニクも自制しようと頑張った。
(落ち着け、今の彼女は酒のせいで血迷っているだけかもしれないぞ。
こんな有り様の彼女に手を出すなんて卑怯じゃないか?)
などと、心の中でほんの少し自問自答したが、たった一目、再び彼女のはだけた胸元を見てしまっただけで僅かに残っていた理性が吹き飛び、ドミニクの中の雄としての本能が彼の全てを支配した。
下腹部から上がってくる抗いがたい昂りと欲望に逆らえなくなってしまった。
「パトリシア。・・・・君にとって幼馴染かもしれないけれど、僕は男だ。
男の寝室に未婚の君が夜に来ることの意味を本当にわかっているのかい?」
ドミニクは何故か再び質問しながら、・・・だのに彼女の回答を求めずに彼女の唇を奪おうとした。
だが、しかしっ!!
次の瞬間、ドミニクの体は硬直してしまう。
「す~っ・・・・すぅ~~~っ・・・・」
パトリシアは可愛い寝息を立てていた。意識を失っていた。
なんとパトリシアはこれからという時に寝落ちしてしまっていたのだっ!!
それは極度の緊張に耐えられなくなって意識を失ってしまったのか。それともマリアの用意したお酒の甘さに騙されて知らず知らずに深酒してしまっていた事の反動か。
その原因については今となってはどうでもいい。
問題はむしろ、雄の本能剥き出しになった一人の男がお預けを食らってしまったことだ。
「この・・・・小悪魔めっ!!」
ドミニクは思わず彼女の体を抱きしめつつ、その情動を押し殺すために、せめて彼女の首元を甘噛みすることでどうにか自制するのだった。
「・・・地獄だ・・・僕の可愛いパトリシア・・・・
あんまりだよ。男が出すべき時に出す物を出せないないことがどれほど残酷なことか女性の君に分かるかい?」
それから暫くの間、ドミニクは自分の足を膝枕に可愛い寝息を立てているパトリシアを見つめながら身動き一つできないほどの倦怠感と、それとは裏腹に焼け付くほどに熱く昂った下半身の疼きに襲われていた。
・・・・が、しかし。このまま朝までパトリシアをソファーに寝かせるわけにもいかず、彼女をお姫様抱っこして彼女の寝室へと運ぼうとした。
そして、自室の扉を開けた時、その扉の陰にマリアがいることに気が付いた。
思いもしない人物との遭遇。ドミニクは一瞬、驚かずにはいられなかったが、ドミニクとマリアと目が合った瞬間、彼女の異変に気が付いた。見つかってしまった事への恐れと大人の男女の恋愛をのぞき見してしまった事への興奮で頬を紅潮させて大きな目を潤ませていたのだ。
それでどうしてパトリシアが自室を訪ねて来たのか。どうしてパトリシアが媚薬のオイルの事を知っていたのか。そして、どうしてマリアが自分の寝室の扉の陰に隠れていたのか。すべてが合点いったとドミニクは天を仰ぐ。
「なんてことだ・・・・君の仕業か。
マリア・・・。今度やったらお仕置きだからな。」
残酷なお預けを食らった男は、恨みがましい声で注意するとマリアを残してパトリシアを部屋に運んだ。
あとに残されたマリアは部屋の外で聞き耳を立てて聞いていたので二人の事情を察している。それだけに絶好の機会に寝落ちしたパトリシアの不甲斐なさに嘆くのだった。
「あああああ~~~っ!! の、飲ませすぎたかぁ~~~
な。なんで、こんなタイミングで寝ちゃうかなぁ~~っ!!
あの、アホ姫様め~~~っ!!」
作戦が失敗したマリアは思わず廊下をのたうち回って悔しがるのだった。だが、飲ませすぎたのはマリアの失策。今の状況は彼女の自業自得であった。
そして、ドミニクが火照る体の滾りが収まらず眠れぬ夜を過ごした翌朝。パトリシアは2日酔いの頭痛に悩まされていた。
「うう~~~・・・・・あ、頭が割れるように痛いですわ~~~。
い、一体・・・・私、どれくらいお酒を飲んでしまったのでしょうか?」
「き、昨日のこと・・・どのくらい覚えていらっしゃいますか?」
ベッドの中で困惑しながら頭痛に耐えるパトリシアに二日酔いに良く効く薬湯を渡すマリアが尋ねた。
パトリシアは頭痛に耐えながらマリアが出してくれた薬湯をすすりながら「・・・う~ん?」と考え込む。
しかし、彼女は夕食の前後の記憶しか持ち合わせていなかった・・・・。マリアはため息一つついてから事の顛末を説明する。
それを聞かされたパトリシアは顔から火が出るほど思いを味わった。
「なんてことっ!? なんてことですのっ!!
・・・・・やだ・・・。私ったら、なんて破廉恥な真似をっ!!
い、今すぐにドミニクに謝罪に行かなくてはっ!!!」
そう言ってベッドから飛び出そうとするパトリシアをマリアは「そんな身だしなみのままでお兄様の前に立てるのですか?」と言って尋ねた。
言われて我に返ったパトリシアが見つめる鏡にはボサボサ頭に二日酔いで青い顔をした悲しい淑女が写っていた。
「うっ・・・・ううううう~~~っ・・・・」
酔った勢いとはいえ、自分の有り様に気が付いたパトリシアは自分が情けなくなって大粒の涙をこぼして泣き出してしまった。
そんなパトリシアを抱きしめながらマリアは思う。
(私のせいだ・・・・。私がパトリシア様をそそのかしてしまったからこんなことに・・・。
お二人の事を思ってしたことが、こんなにもパトリシア様を傷つけてしまうなんて・・・・)
そう考えただけでマリアは泣き出してしまいたい気持ちになったが、それでもこの責任を取るために自分がしっかりしなくてはと決意する。
「大丈夫です。パトリシア様。
私が10分で必ずいつものお美しい貴方様の姿に戻してごらんに入れます。
そして、私が一緒にお兄様の所に行って謝罪します。元はと言えば全て私のせい。お兄様もきっと許してくださいます。
ですから、どうかお泣きになりませんように。私が必ず・・・・っ!!」
マリアの強い言葉に慰められたパトリシアはグスグス泣きながらもマリアのいう事に従った。
ボサボサの髪にブラシを通し、元のフワフワの金髪に戻す。青くなった肌を化粧で整え、そして唇を魅力的なピンクの口紅で飾り立てる。
そうしてマリアは宣言通り10分でいつもの美しいパトリシアの姿に戻して見せた。
多忙の貴人の要求に応える執事の高い技術をマリアはセバスティアンに叩き込まれて身に着けていたのだ。
ただ、一つだけいつものパトリシアと違う点が。それは落ち込んだ彼女の心が表情に陰りを帯びさせ、より彼女を美しくしてしまっている事だった。
「ステキですわ。お姉様。」
マリアはパトリシアの仕上がりに感動し、思わずそう口にしてしまっていた。その言葉に勇気づけらえて、ようやくパトリシアはドミニクの部屋に向かう事が出来た。
一方、その頃。悶々とした夜を駆け抜け朝を迎えた男も昨晩の事を酷く後悔していた。朝になって冷静さを取り戻したドミニクは、酔っていたパトリシアにつけ込んだ自分が許せなかったのだ。
(ああっ!! ぼ、僕はなんて卑怯な真似をっ!!
パトリシアが幼馴染の僕なんかに振り向いてくれるはずがないじゃないかっ!!
酒に酔った一時的な気の迷いだったのは明らかだ。なのに・・・なのに、僕はっ!)
そうして暫くの間、ドミニクは、翌朝事情を聴いてあきれ返って物も言えなくなってしまったセバスティアンの入れてくれたお目覚の紅茶も飲めずに椅子に腰かけ頭を抱えていた。
と、その時だった。ドミニクの部屋のドアをノックしてマリアが名乗った。
「おはようございます。お兄様。マリアです。
パトリシア様もご一緒です。どうか、昨晩の事の謝罪を御受け取り下さいませ。」
その言葉を聞いたドミニクは血相変えて立ち上がり、ドアまで走って行って二人を出迎えた。
「謝罪だなんて、とんでもないよっ!!
君を愛するがあまり、君が酒に酔っていることをいいことに君を手に入れようなんて真似をしてしまった僕の方こそいけなかったんだ。
謝るべきは僕の方だ。どうか、どうか謝らせてほしい。卑怯な僕を許しておくれ。
すまなかった、パトリシアっ!!」
ドアを開けてパトリシアを見た瞬間、ドミニクはパトリシアがどれほど傷ついているかわかった。一目で彼女の心の傷を見抜き、彼女の言葉を待たずに頭を深々と下げて心から謝罪するのだった。
一方、パトリシアもドミニクが怒っていないことを知って情緒が崩壊する。大粒の涙を大きな緑の瞳から再び溢してしまう。
怖かったのだ。破廉恥な女とドミニクに呆れられ、軽蔑され、嫌われているのではないかと。パトリシアは恐怖しながら自室からドミニクの部屋へと通じる廊下を歩いてきたのだ。
だが、ドミニクが怒っていないことを知って、安心して、感情をコントロールできなくなってしまっていた。
パトリシアはドミニクの両手を取って、自らも謝罪する。
「いいえっ!! いいえっ!! 悪いのは私の方ですっ!!
酔っていたとはいえ、色仕掛けに出てアナタを手に入れようとしたのは私の方です。
いくらアナタを愛するが故の行為とは言え、とても許される真似ではありません。
どうか、私の方こそ謝罪させてください。ドミニク。
だから・・・・だから・・・・私の事を嫌いにならないでぇ~~~~・・・・」
言いながらグスグスを泣き出したパトリシアをドミニクは抱きしめて、
「バカ言うな。僕が君の事を嫌いになるなんて、そんなこと天地がひっくり返ってもあり得ないよっ!!
僕は一生、君の事を愛しているっ!! 君だけが僕の太陽なんだ。
だから、泣かないでっ!! 僕の愛しい君。
パトリシアっ!!」と叫んだ。
こうして、とうとう。二人はお互いがお互いを愛し合っているという事を言葉にして確かめ合った。
その情景を見ながらセバスティアンは親のような気持で涙をこぼしたし、マリアも兄や姉のように慕う二人の恋愛成就の瞬間に両手を握り合わせて感動の涙を流した。
だがっ!! しかしっ!!
この二人がこれで収まるわけがないのだっ!!
この期に至っても二人は愛の告白もそっち抜けで、自分の責を告白しあったのだ。相手を思いやるばかりに相手の言葉をキチンと聞けていない。理解できていないのだ。
「僕がいけないんだ。君の弱みに付け込んで・・・・。君を手に入れようとした僕がいけないんだっ!!」
「いいえっ!! 私です。アナタを手に入れるために色仕掛けをした私がっ!!」
そうして、二人は自分の責を責めに攻めたのち、とんでもない結果に陥る。
「未婚の君に悪いうわさが立たないように自制するといった誓いを守らなかった僕には、より強い誓いが必要だっ!!」
「未婚のアナタに悪いうわさが立たないように自制するといった誓いを守らなかった私には、より強い誓いが必要なのですわっ!!」
二人が同時に発した言葉に、それまで涙をこぼして感動していたセバスティアンとマリアの親子は「・・・・はっ?」と呟き、その目が点になってしまった。
「僕は新たに誓う。大切な君の名誉を傷つけないように、君が本当に愛する人と結ばれるまで自分の気持ちを押し殺すことをっ!!」
「私も新たに誓いますわっ。大切なアナタの名誉を傷つけないように、アナタが本当に愛する人と結ばれるまで自分の気持ちを押し殺すことをっ!!」
こうして二人は再び不可侵条約を結び直し、その条約締結の証として熱く抱きしめあうのだった。
その様子を呆然とした表情で見つめていた二人はしばらくの間は状況を理解できずにいたが、やがて我に返ってとうとう、言葉に出してあきれ返ってしまった。
「「・・・・ばかじゃないの?」」
だが、そんな言葉もお互いを讃え合う二人の耳には届かなかった・・・。
「愛しているよっ! パトリシアっ!!
星よりも宝石よりも美しい僕のお姫様っ!!
そんな大切な君を僕が絶対に守ってあげるっ!!」
「私も愛していますわっ!! ドミニクっ!!
海よりも深く空よりも広くアナタを愛しています私の王子様っ!!
そんな大切なアナタのために私は自分の心を捨てて見せますっ!!」
二人はお互いを思うあまり、お互いの言葉に耳を傾ける余裕を失っていたのだった・・・・・。
パトリシアは酒に酔った勢いではしたなくも鼻で息を「ふんすっ!!」と強く吐き、立ち上がる。
その気の乗りようがマリアの想定以上だったので、マリアは内心、(あれ? そこまでそう言う感じになっちゃうの?)と少し焦ってしまう。
(まずいわね。いくらなんでも踏ん切りが強すぎない?
まったく、このお姫さまったら、恋愛に臆病だったくせに幼いころから意思決定に迷いがない我がまま娘だったから、一度タガが外れてしまったら、何処まで行ってしまうのね。
恋愛への臆病さが消えるのは良いのだけれども、急にパトリシア様だけやる気満々で寝室に訪れたらお兄様がドン引きしちゃうかもしれない。)
危険を察したマリアはズシズシと音が鳴らんばかりの踏み込みで部屋の外へ出ようとする酔いどれ姫を慌てて引き留め忠告する。
「ま、まって!! お待ちください。パトリシア様っ!!
いくらなんでもそんな覇気に満ちた色仕掛けがありますかっ! そんなグイグイ来られるのは殿方からしたら恐怖の対象です。
どうか、お淑やかさと慎み深さとか弱さの演出をお忘れずにっ!!」
マリアがあまりに真剣に引き留めたのでパトリシアは少し冷静になって進む足を止めてマリアの話を聞く。小首をかしげて「お淑やかさはわかりますけど、か弱さは必要なの?」とマリアに尋ねた。
「っ!!
・・・・ええっ!! 勿論でございますっ! パトリシア様っ!!」
マリアはパトリシアにほんの少し冷静さが復活したことに安心し、パトリシアの問いかけに喜びながら説明して応える。
「よろしいですか? 多くの男性はロリコン気質な部分があるといいましたよね?
ならば優先権は男性に与えるのが吉です。
我々女性は殿方に攻める隙を見せるだけでいいのです。言うなれば体の扉をほんの少し開くだけです。」
「・・・・・扉を?」
「そうですっ!! そうすれば殿方の方が体の扉を打ち破って入って来てくれます。
・・・・そのはずです。」
マリアの回答に一抹の不安を覚えたパトリシアは更に小首を深くかしげて尋ねる。
「・・・んんっ? ・・・・・はず?」
「はいっ!!! お母様がこの世界で生きていくための知識として教えてくださいました。
若いころは恋愛百戦錬磨でイケイケだったお父様もこの手でイチコロだったそうで・・・あっという間に私が生まれたそうです。」
「・・・・あら、やだ・・・・」
軽い誘惑の話題から一気に子供ができる話にまで飛躍してしまったことに気が付いたパトリシアの顔が一気に紅潮する。
その姿を見てマリアも自分が話した内容を思い返して考えると恥ずかしくなって赤面してしまう。
だが、会話の内容が飛躍してしまったことはマリアも勇み足だったが、これも怪我の功名。マリアはパトリシアをけしかけるのに更に良い説得を思いついた。
両手を頬に当てて恥ずかしがるパトリシアの耳元に口を近づけて
「いいではないですか・・・・ここで既成事実としてお兄様の御子を授かってしまえば、ドミニクお兄様は一生パトリシア様の物になるのです。
いくら筆頭伯爵家とはいえ、貴族の娘を妊娠させたとなれば結婚しないわけにはいかないのですから・・・・。」
と、悪魔のささやきをするのだった。
それは男爵家と筆頭伯爵家という身分差のためにドミニクを諦めていたパトリシアにとっては正に悪魔の誘惑の一言であった。
「・・・・っ!! 」
パトリシアは、ビックリした眼でマリアを見つめるが、マリアはその眼をじっと見つめ返して言う。
「ドミニクお兄様にはパトリシア様しか似合いません。
どうして他の誰かがお兄様の心の隙間を埋めることが出来ましょう?
どうか、自信をお持ちになって。
お二人をずっと見続けていた私が言うのですから間違いありません。
お二人は共に愛し合い、結ばれるのが自然で、そう言う星の下に生まれてきたのでございます。」
あまりにも強い言葉だった。
普段のパトリシアならば跳ねのけられる誘惑だったが、元々、父親の勘当や仲間から非難を受けるなどの諸事情から精神的に少しショックを受けて参っていた上に、酒に酔っているパトリシアには抗いがたい言葉だったのだ。
それから何をどうしてドミニクの部屋にまで行ったのかパトリシアは覚えていない。
ただ、マリアに寄り添われていつの間にかドミニクの部屋の前に立っていた。両手には果実酒の入った瓶があった。この酒を理由にドミニクの寝室に入る作戦をマリアに聞かされていたことをおぼろげながらに思い出し始めた頃、マリアが声を殺して話しかけてきた。
「さぁ、パトリシア様。勇気をお出しください。
お兄様の体はすぐそこにあります・・・・。」
マリアの過激な発言にパトリシアは「・・・・か、体って・・・・」と言って照れてしまう。
「・・・・・で、でも・・・」と言って躊躇もした。パトリシアにとっても勢いでこんなことになってしまっただけで、この屋敷に入ってきたときはこのようなことになる予定はなかったのである。心の準備などできているわけがない・・・・
そう。パトリシアの心の準備などできているはずがなかった。
だが、そんなパトリシアの事情など知る由もないドミニクが寝室の中から声をかけて来た。
「誰か廊下にいるのか?」
その一言と共にガチャリと扉が少し開いた。
準備ができていなかったパトリシアとマリアは思わず「きゃあっ!」と可愛い悲鳴を上げてしまった。
しかし、驚いたのはドミニクも同じだった。
「ぱ、パトリシアっ!?」
不意の訪問にドミニクも驚いて扉を全開にしてしまった。用心深い彼は曲者がいた場合を考えて扉は僅かしか開けていなかったし、よほどの用事でもない限りそれ以上開けるつもりは毛頭なかった。
しかし、まさかのパトリシアが夜の寝室に訪問してい来るという事態に驚き、咄嗟の行動で扉を全開にしてしまったのだ。だから彼は自分がサーベルを片手に持っていることも戦いやすいようにナイトガウンをはだけさせている姿でいた事も忘れてしまっていた。
「きゃあっ!!」
分厚い胸板。太い両腕に盛り上がった肩口。贅肉がほとんどない六分割の腹筋。
パトリシアは突然、ドミニクの鍛え上げられた男の上半身を眼前に突きつけられて歓声を上げて驚く。
その声を聴いてドミニクは自分が上半身裸だったことに気が付いて、慌ててパトリシアに背を向けると「す、すまないっ! まさか君がいるとは思わなかったんだ!!」と釈明しながらガウンを着る。
パトリシアはその後ろ姿を見つめながら幼馴染の成長を思い知らされる。
(・・・・ステキ・・・
ドミニク・・・・。あなたはやはり男の人なのよね。幼い頃は私と変わらなかった背中がこんなにも大きくになって・・・・。)
自分自身も騎士の道を選んでいるものの、当国最強の男の逞しさと比べたら、少女のそれと大差ない体だと自覚させられる。
パトリシアもドミニクが逞しい事は当然、知っている。知っているが、今のような心境の時に彼の肉体を見たことがなかった。だから、その鍛え上げられたアスリートだけが持つ肉体美に酔いしれずにはいられない。
ゴクリ。と思わず生唾を飲み込んでしまうパトリシアだった。
それは二人が男と女であることの証明でもあった。
「・・・・あ~~・・それで、パトリシア。
こんな夜中にどうしたんだい?」
ガウンを着直したドミニクはバツが悪そうに尋ねて来た。
パトリシアは一瞬、「えっ!? ええっ!?」と、狼狽えて返答も出来なかったが、マリアがドミニクの開けた扉の陰に隠れたのを見て、自分がどうにかするしかないことを悟る。
(ううっ!! も、もう。こうなったら私一人でやりきってみせますわっ!)
決意したパトリシアは深い深呼吸を一つしてから両手に持った果実酒の瓶を見せて笑顔を見せた。
「す、少し寝付けませんから、寝酒など飲みながらお話しません?
これまでの事やこれからの事のお話をっ!!」
緊張を隠せないパトリシアの声は少し上ずっていたが、事情を知らないドミニクはそれを緊張とは知る由もない。
紅潮した肌と少し汗ばんだ額から酔っていると判断したのだ。
(・・・ふむ。少し、酔っているようだな。
全く困った子だ。こんな夜中に男の部屋に来ることの意味を分かっていないらしい・・・。)
と、思いつつも酔ったパトリシアの姿も可愛らしく、こんな役得もありかなと思ってしまい彼女を部屋に招き入れてしまった。
「まぁ、入りなよ。」
そう言って彼女の背に手をまわして抱き寄せるようにして部屋の中に連れ込む。
「あっ・・・ん・・・」
気持ちが高ぶっているパトリシアはドミニクに抱き寄せられただけで不意に声を上げてしまう。・・・・いや、それは普通の男女ならばそれなりのシチュエーションなのだろうが、繰り返すが距離感のおかしな二人にとってはそんなことさえごく自然の事になってしまっていた。
女性が男性に抱き寄せられる事が日常的というイカれっぷり。だが、しかし。普段の彼女にとっては当たり前の事のはずなのだが、今のパトリシアには、ドミニクに「男」を意識しないことなど不可能なことだったのだ。
そんなパトリシアだったから自分が声を上げてしまった事に戸惑いさえ感じていた。
そしてパトリシアが上げてしまった声は彼女にとっては驚きの声でしかなかったが、普段の彼女が上げたことのないその甘い音色はドミニクにとっては扇情的な声にしか聞こえない。思わず声を上げてしまいたくなるのだ。
「~~~~~~~っ!!!!!」
すぐにでもパトリシアに抱き着いてその唇を奪いたくなってしまう情動を必死の思いで抑えながら、ドミニクはソファーにパトリシアを案内し、横並びに座った。
しかし、その状況は二人をより一層、困惑させる。
覚悟を決めて部屋に入ったものの、行き当たりばったりのなりゆきで行動を取ってしまったパトリシアに準備などあるわけもなく、自分がこれからすることに対することへの不安と恐怖。そして、期待に身が震えてしまう。
(ああっ・・・・ヤダ、どうしよう・・・
私・・・・このまま彼を誘惑してしまうのかしら?
やだ・・・・彼の男らしい体に抱きしめられてしまったら・・・私、私、どうしましょうっ!!!)
パトリシアとは逆にドミニクは薄暗い廊下ではなく、こうして明るい自室で横並びに座ってみて初めて彼女の異変に気が付いた。
汗ばんだ肌があまりにはっきりと見えてしまうのだ。
それはマリアが仕組んだ脱がしやすい衣服という罠の産物である。大きく開かれた襟元は、露出度が高くパトリシアの白い肌を必要以上に見せていた。
その細い首筋の付け根の鎖骨から下着のラインまではっきりと見て取れるほどに・・・・。
特に長身のドミニクは意図しなくても上から覗き込むような視線になってしまうので、パトリシアの美しい肌がより見えてしまうのだ。
加えて彼女の放つ甘い香り。それは果実酒の匂いではなく、マリアが入浴の際に入念にパトリシアの肌に塗ったアロマオイルの香りだった。
マリアはあえてパトリシアには告げなかったが、このオイルには媚薬成分が含まれている。その媚薬成分は肌から汗が出るときに染み出し、体温で気化することで独特の甘い香りを放つ。その香りは鼻腔に吸い込まれた時、体液と混ざって体に吸収される。そして、体内に吸収された媚薬成分がホルモンを誘発するのだ。元々は特殊な果実がこの不思議な香りを放って動物を集め、そして果実を動物に食べられることで果肉内の種子を動物に遠くに運んでもらうための生存戦略だったものを人間がその効果に目をつけて利用したものだ。
このオイルは古代から房中術に利用された高い実効性を持つ薬物であった。そのため、多くの男女が意中の人に対してこのオイルを使用した。
(※房中術とは相手の性的興奮を誘発させて、一つになるための秘術の事。)
望まなくても女性経験の多くなったドミニク自身がこのオイルの事を知らぬはずがない。今まで多くの女性がこれを使ってドミニクを誘惑していた。純粋な恋愛感情によるものだけではなく、ドミニクの筆頭伯爵としての地位を狙う女性もこのオイルを使用してドミニクを誘惑してきた。
また逆にドミニクは、この下品な罠への対抗策を幼少期の頃からセバスティアンから伝授されていた。
それほどドミニクにとってこのオイルは、よく知った存在であったし、望まぬ誘惑に利用される忌むべき存在であった。
だが、しかし・・・・最愛の女性であるパトリシアがそれを使ってきた場合は違う。忌むべき存在どころか、この香りは福音であった。パトリシアが自分を誘惑してきた証であるからだ。
この時のドミニクはパトリシアのような初心な女性がどうしてこのような物を知っているかというような違和感を覚えないほど驚いたし、嬉しくなってしまった。
疑うよりも(・・・・もしかして、パトリシアは僕を誘っているのかっ!?)と、予想もしていなかった事態に大いに期待してしまった。
(ああ・・・・パトリシア。
パトリシアっ!!
期待していいのかい? 君が・・・僕を男として求めてくれていると・・・・っ!!)
ドミニクが期待を込めた瞳で熱くパトリシアを見つめると、オイルの事情など知らぬパトリシアは恥ずかし気に小さく微笑んだ。
パトリシアにしてみれば、どういうわけかドミニクがこれまでにないほど熱い視線を向けてくれたから、ドミニクが自分の気持ちを汲み取ってくれたと思ったし、もしかしたらドミニクも自分を愛してくれているのではないかと嬉し恥かしの期待してしまっていたのだ。
(・・・・ドミニクが私を見つめてくれている。
私の全てを・・・・このはだけたナイトガウン越しに私の全てが見えてしまっているのではないかと思ってしまうほど、私を見つめてくれています。
・・・・・いいのですか? ドミニク。
期待してしまっても・・・・・。あなたが、このワガママな幼馴染を愛してくれると。
私の体を求めてくださっていると・・・・。)
二人は無言でお互いの気持ちを確かめ合う様に熱く見つめあった。
ドキドキと体内で響く胸の高鳴りが互いに聞こえてしまうのではないかと思うほど二人は興奮していた。
それが酒のせいで気持ちが高ぶっていると思っているパトリシアと、オイルの事を知っているドミニクとの間には若干の意識のずれはあるものの、二人の目的は同じことだった。
そう。今夜、この時。この場で彼らは結ばれようとしていたのだった。
見つめ合っているしばらくの間、会話は一切なかった。
ただ、ドミニクが何も話さなくなったパトリシアの顔を見つめた時、潤んだ瞳で見返している。その瞳は不安と期待が写り込んでいた。
パトリシアの胸は未知の経験に対する恐怖とそれを上回るドミニクと恋愛関係になれる感動が複雑に混ざり合っていたのだ。
そして、それがドミニクの目に見て感じ取れてわかってしまう。彼女が放っている雰囲気。その可憐さ、か弱さはドミニクの男心を大いに昂らせる。
(ああっ! 今日、僕は幼いころからずっと憧れ愛し続けていた君を抱くのだっ!!)
ドミニクは自分でも知らぬうちに横に座る彼女の肩に手を置くと自分の方へと振り向かせた。
「パトリシア・・・・。全く君は困った女だ・・・・。
君がどう思っているか知らないけど・・・僕は『男』なんだよ?」
夢にまで見た状況が信じられないのか、これから始める行為に対する意思を確かめるかのように尋ねてしまうドミニク。
いくら世間知らずのお姫様と言えど、ドミニクのその言葉の意味を理解しない女はこの世にいない。
パトリシアは熱い瞳で「はい、伯爵様。」と短く答えていた。
ドミニクではなく、伯爵様と答えていたのだった。それは彼女が彼を主人と認めて「自身の全てを差し出します。」という意思の表れだった。
あえて彼の社会的地位を言うことで、もうこれからは幼馴染の関係ではなく、ドミニクに自分の「旦那様」になってくださいと伝えたいのだ。そしてそのメッセージはドミニクの心にも明確に伝わっていた・・・・。
彼女の一言は強烈な破壊力を秘めていた。
夕食の席で言われた「伯爵様」はドミニクにとってパトリシアとの距離を感じさせて少し嫌な呼び方だったはずなのに、寝室でパトリシアが言った「伯爵様」という言葉はドミニクの胸をキュンと締め付け・・・なのに鉄の自制心を持つドミニクの理性を一撃で蕩けさせてしまうのだった。
もう、ドミニクはパトリシアの虜だった・・・・。
それでもしばらくの間はドミニクも自制しようと頑張った。
(落ち着け、今の彼女は酒のせいで血迷っているだけかもしれないぞ。
こんな有り様の彼女に手を出すなんて卑怯じゃないか?)
などと、心の中でほんの少し自問自答したが、たった一目、再び彼女のはだけた胸元を見てしまっただけで僅かに残っていた理性が吹き飛び、ドミニクの中の雄としての本能が彼の全てを支配した。
下腹部から上がってくる抗いがたい昂りと欲望に逆らえなくなってしまった。
「パトリシア。・・・・君にとって幼馴染かもしれないけれど、僕は男だ。
男の寝室に未婚の君が夜に来ることの意味を本当にわかっているのかい?」
ドミニクは何故か再び質問しながら、・・・だのに彼女の回答を求めずに彼女の唇を奪おうとした。
だが、しかしっ!!
次の瞬間、ドミニクの体は硬直してしまう。
「す~っ・・・・すぅ~~~っ・・・・」
パトリシアは可愛い寝息を立てていた。意識を失っていた。
なんとパトリシアはこれからという時に寝落ちしてしまっていたのだっ!!
それは極度の緊張に耐えられなくなって意識を失ってしまったのか。それともマリアの用意したお酒の甘さに騙されて知らず知らずに深酒してしまっていた事の反動か。
その原因については今となってはどうでもいい。
問題はむしろ、雄の本能剥き出しになった一人の男がお預けを食らってしまったことだ。
「この・・・・小悪魔めっ!!」
ドミニクは思わず彼女の体を抱きしめつつ、その情動を押し殺すために、せめて彼女の首元を甘噛みすることでどうにか自制するのだった。
「・・・地獄だ・・・僕の可愛いパトリシア・・・・
あんまりだよ。男が出すべき時に出す物を出せないないことがどれほど残酷なことか女性の君に分かるかい?」
それから暫くの間、ドミニクは自分の足を膝枕に可愛い寝息を立てているパトリシアを見つめながら身動き一つできないほどの倦怠感と、それとは裏腹に焼け付くほどに熱く昂った下半身の疼きに襲われていた。
・・・・が、しかし。このまま朝までパトリシアをソファーに寝かせるわけにもいかず、彼女をお姫様抱っこして彼女の寝室へと運ぼうとした。
そして、自室の扉を開けた時、その扉の陰にマリアがいることに気が付いた。
思いもしない人物との遭遇。ドミニクは一瞬、驚かずにはいられなかったが、ドミニクとマリアと目が合った瞬間、彼女の異変に気が付いた。見つかってしまった事への恐れと大人の男女の恋愛をのぞき見してしまった事への興奮で頬を紅潮させて大きな目を潤ませていたのだ。
それでどうしてパトリシアが自室を訪ねて来たのか。どうしてパトリシアが媚薬のオイルの事を知っていたのか。そして、どうしてマリアが自分の寝室の扉の陰に隠れていたのか。すべてが合点いったとドミニクは天を仰ぐ。
「なんてことだ・・・・君の仕業か。
マリア・・・。今度やったらお仕置きだからな。」
残酷なお預けを食らった男は、恨みがましい声で注意するとマリアを残してパトリシアを部屋に運んだ。
あとに残されたマリアは部屋の外で聞き耳を立てて聞いていたので二人の事情を察している。それだけに絶好の機会に寝落ちしたパトリシアの不甲斐なさに嘆くのだった。
「あああああ~~~っ!! の、飲ませすぎたかぁ~~~
な。なんで、こんなタイミングで寝ちゃうかなぁ~~っ!!
あの、アホ姫様め~~~っ!!」
作戦が失敗したマリアは思わず廊下をのたうち回って悔しがるのだった。だが、飲ませすぎたのはマリアの失策。今の状況は彼女の自業自得であった。
そして、ドミニクが火照る体の滾りが収まらず眠れぬ夜を過ごした翌朝。パトリシアは2日酔いの頭痛に悩まされていた。
「うう~~~・・・・・あ、頭が割れるように痛いですわ~~~。
い、一体・・・・私、どれくらいお酒を飲んでしまったのでしょうか?」
「き、昨日のこと・・・どのくらい覚えていらっしゃいますか?」
ベッドの中で困惑しながら頭痛に耐えるパトリシアに二日酔いに良く効く薬湯を渡すマリアが尋ねた。
パトリシアは頭痛に耐えながらマリアが出してくれた薬湯をすすりながら「・・・う~ん?」と考え込む。
しかし、彼女は夕食の前後の記憶しか持ち合わせていなかった・・・・。マリアはため息一つついてから事の顛末を説明する。
それを聞かされたパトリシアは顔から火が出るほど思いを味わった。
「なんてことっ!? なんてことですのっ!!
・・・・・やだ・・・。私ったら、なんて破廉恥な真似をっ!!
い、今すぐにドミニクに謝罪に行かなくてはっ!!!」
そう言ってベッドから飛び出そうとするパトリシアをマリアは「そんな身だしなみのままでお兄様の前に立てるのですか?」と言って尋ねた。
言われて我に返ったパトリシアが見つめる鏡にはボサボサ頭に二日酔いで青い顔をした悲しい淑女が写っていた。
「うっ・・・・ううううう~~~っ・・・・」
酔った勢いとはいえ、自分の有り様に気が付いたパトリシアは自分が情けなくなって大粒の涙をこぼして泣き出してしまった。
そんなパトリシアを抱きしめながらマリアは思う。
(私のせいだ・・・・。私がパトリシア様をそそのかしてしまったからこんなことに・・・。
お二人の事を思ってしたことが、こんなにもパトリシア様を傷つけてしまうなんて・・・・)
そう考えただけでマリアは泣き出してしまいたい気持ちになったが、それでもこの責任を取るために自分がしっかりしなくてはと決意する。
「大丈夫です。パトリシア様。
私が10分で必ずいつものお美しい貴方様の姿に戻してごらんに入れます。
そして、私が一緒にお兄様の所に行って謝罪します。元はと言えば全て私のせい。お兄様もきっと許してくださいます。
ですから、どうかお泣きになりませんように。私が必ず・・・・っ!!」
マリアの強い言葉に慰められたパトリシアはグスグス泣きながらもマリアのいう事に従った。
ボサボサの髪にブラシを通し、元のフワフワの金髪に戻す。青くなった肌を化粧で整え、そして唇を魅力的なピンクの口紅で飾り立てる。
そうしてマリアは宣言通り10分でいつもの美しいパトリシアの姿に戻して見せた。
多忙の貴人の要求に応える執事の高い技術をマリアはセバスティアンに叩き込まれて身に着けていたのだ。
ただ、一つだけいつものパトリシアと違う点が。それは落ち込んだ彼女の心が表情に陰りを帯びさせ、より彼女を美しくしてしまっている事だった。
「ステキですわ。お姉様。」
マリアはパトリシアの仕上がりに感動し、思わずそう口にしてしまっていた。その言葉に勇気づけらえて、ようやくパトリシアはドミニクの部屋に向かう事が出来た。
一方、その頃。悶々とした夜を駆け抜け朝を迎えた男も昨晩の事を酷く後悔していた。朝になって冷静さを取り戻したドミニクは、酔っていたパトリシアにつけ込んだ自分が許せなかったのだ。
(ああっ!! ぼ、僕はなんて卑怯な真似をっ!!
パトリシアが幼馴染の僕なんかに振り向いてくれるはずがないじゃないかっ!!
酒に酔った一時的な気の迷いだったのは明らかだ。なのに・・・なのに、僕はっ!)
そうして暫くの間、ドミニクは、翌朝事情を聴いてあきれ返って物も言えなくなってしまったセバスティアンの入れてくれたお目覚の紅茶も飲めずに椅子に腰かけ頭を抱えていた。
と、その時だった。ドミニクの部屋のドアをノックしてマリアが名乗った。
「おはようございます。お兄様。マリアです。
パトリシア様もご一緒です。どうか、昨晩の事の謝罪を御受け取り下さいませ。」
その言葉を聞いたドミニクは血相変えて立ち上がり、ドアまで走って行って二人を出迎えた。
「謝罪だなんて、とんでもないよっ!!
君を愛するがあまり、君が酒に酔っていることをいいことに君を手に入れようなんて真似をしてしまった僕の方こそいけなかったんだ。
謝るべきは僕の方だ。どうか、どうか謝らせてほしい。卑怯な僕を許しておくれ。
すまなかった、パトリシアっ!!」
ドアを開けてパトリシアを見た瞬間、ドミニクはパトリシアがどれほど傷ついているかわかった。一目で彼女の心の傷を見抜き、彼女の言葉を待たずに頭を深々と下げて心から謝罪するのだった。
一方、パトリシアもドミニクが怒っていないことを知って情緒が崩壊する。大粒の涙を大きな緑の瞳から再び溢してしまう。
怖かったのだ。破廉恥な女とドミニクに呆れられ、軽蔑され、嫌われているのではないかと。パトリシアは恐怖しながら自室からドミニクの部屋へと通じる廊下を歩いてきたのだ。
だが、ドミニクが怒っていないことを知って、安心して、感情をコントロールできなくなってしまっていた。
パトリシアはドミニクの両手を取って、自らも謝罪する。
「いいえっ!! いいえっ!! 悪いのは私の方ですっ!!
酔っていたとはいえ、色仕掛けに出てアナタを手に入れようとしたのは私の方です。
いくらアナタを愛するが故の行為とは言え、とても許される真似ではありません。
どうか、私の方こそ謝罪させてください。ドミニク。
だから・・・・だから・・・・私の事を嫌いにならないでぇ~~~~・・・・」
言いながらグスグスを泣き出したパトリシアをドミニクは抱きしめて、
「バカ言うな。僕が君の事を嫌いになるなんて、そんなこと天地がひっくり返ってもあり得ないよっ!!
僕は一生、君の事を愛しているっ!! 君だけが僕の太陽なんだ。
だから、泣かないでっ!! 僕の愛しい君。
パトリシアっ!!」と叫んだ。
こうして、とうとう。二人はお互いがお互いを愛し合っているという事を言葉にして確かめ合った。
その情景を見ながらセバスティアンは親のような気持で涙をこぼしたし、マリアも兄や姉のように慕う二人の恋愛成就の瞬間に両手を握り合わせて感動の涙を流した。
だがっ!! しかしっ!!
この二人がこれで収まるわけがないのだっ!!
この期に至っても二人は愛の告白もそっち抜けで、自分の責を告白しあったのだ。相手を思いやるばかりに相手の言葉をキチンと聞けていない。理解できていないのだ。
「僕がいけないんだ。君の弱みに付け込んで・・・・。君を手に入れようとした僕がいけないんだっ!!」
「いいえっ!! 私です。アナタを手に入れるために色仕掛けをした私がっ!!」
そうして、二人は自分の責を責めに攻めたのち、とんでもない結果に陥る。
「未婚の君に悪いうわさが立たないように自制するといった誓いを守らなかった僕には、より強い誓いが必要だっ!!」
「未婚のアナタに悪いうわさが立たないように自制するといった誓いを守らなかった私には、より強い誓いが必要なのですわっ!!」
二人が同時に発した言葉に、それまで涙をこぼして感動していたセバスティアンとマリアの親子は「・・・・はっ?」と呟き、その目が点になってしまった。
「僕は新たに誓う。大切な君の名誉を傷つけないように、君が本当に愛する人と結ばれるまで自分の気持ちを押し殺すことをっ!!」
「私も新たに誓いますわっ。大切なアナタの名誉を傷つけないように、アナタが本当に愛する人と結ばれるまで自分の気持ちを押し殺すことをっ!!」
こうして二人は再び不可侵条約を結び直し、その条約締結の証として熱く抱きしめあうのだった。
その様子を呆然とした表情で見つめていた二人はしばらくの間は状況を理解できずにいたが、やがて我に返ってとうとう、言葉に出してあきれ返ってしまった。
「「・・・・ばかじゃないの?」」
だが、そんな言葉もお互いを讃え合う二人の耳には届かなかった・・・。
「愛しているよっ! パトリシアっ!!
星よりも宝石よりも美しい僕のお姫様っ!!
そんな大切な君を僕が絶対に守ってあげるっ!!」
「私も愛していますわっ!! ドミニクっ!!
海よりも深く空よりも広くアナタを愛しています私の王子様っ!!
そんな大切なアナタのために私は自分の心を捨てて見せますっ!!」
二人はお互いを思うあまり、お互いの言葉に耳を傾ける余裕を失っていたのだった・・・・・。
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