魔王〜明けの明星〜

黒神譚

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第4章「聖母誕生」

第99話 大天使降臨

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 激昂した高き館の主の力は絶大だった。
 稲妻を自在に操るその能力に明けの明星はなす術もなく攻撃を受けてしまう。稲妻は予備動作なく突然発生するので事前に防御する防壁を張り巡らせていないとどうしようもないのだが、本来の実力の100分の1の魔力しかない明けの明星にはそのようなことは不可能だった。明けの明星の魔力で作り出せる防壁など高き館の主の攻撃の前では、紙切れで出来た盾で聖剣による斬撃を受け止めようとする行為に等しいほど無力だった。

「どうしたっ!? 明けの明星っ!?
 その程度かっ!!」

 それは戦いではなかった。一方的な暴力だった。
 いきり立った高き館の主が叫ぶ度に稲妻が走り明けの明星の体のどこかがはじけ飛ぶ。その度に明けの明星の口から悲鳴にも似た声が上がる。その声が高き館の主を余計に興奮させ、加虐する喜びを与えてしまうのだ。

「はははっ!! いいぞっ!!
 鳴けっ!! お前の悲鳴ほど心地よい物がこの世にあるものかっ!!
 さぁ、もっと俺を楽しませろっ!!
 お前が自分から俺の靴をなめて服従するまで攻め抜いてやるから覚悟しろっ!」
「お前の恐怖と苦痛はお前の本体にも情報として伝えられるだろう?
 ついでに伝えておけ。
 『ルーちゃん、俺をあまり舐めるなよ』となっ!!
「それがお前の犯した罪だっ!!
 たかが分霊の分際で俺の尊厳を奪う蔑称を呼んだ罪を知れ!!」

 怒りが収まらない高き館の主は執拗に明けの明星を痛めつけた。明けの明星にとってケガを癒すことなど何でもないが、その攻撃を受けたときの苦痛だけはどうにもならないようで高き館の主が望むまま哀れな声を上げるのだった。
 周りでそれを見ている異界の王たちも手出しすらできないほど高き館の主は強く誰にも止められなかった。この世界における神々の頂点に位置する異界の王たちは自分を無力だと初めて感じるのだった。

 しかし、その圧倒的な力の差の戦いの中で事態を急変させることが起きた。
 突如、天空から降り注いだ小隕石が高き館の主の頭部に命中したのだ、

「くっ!! 悪あがきをっ!!」

 頭部に隕石を受けた高き館の主は額に血を流しながら明けの明星に更なる攻撃を与えようとしたが、隕石を食らった時に生じたわずかなスキを明けの明星は見逃さなかった。
 主君を守るために次々と小隕石が自ら降り注ぎ、高き館の主を襲ったのだ。高き館の主は防御に専念するよりほかなかった。
 その間に明けの明星は己の体の傷を完全に癒し、そして異空間から巨大な龍を召喚するのだった。

「お前はアホたれやな。
 完全な勝機を一瞬の油断で失うとはな。
 俺は明けの明星。
 天空の星々は全て俺の配下。俺の窮地に奴らが駈けつけぬわけがないやろ。」
「そして同時に全ての龍の王でもある俺に従わぬ龍はおらん。
 お前が雷撃を武器に戦うなら、俺も水属性の龍を召喚して戦うまでや。」

 星々は明けの明星の窮地を知って自らの意思で降り注いできたのだった。これは明けの明星の魔力に依存しない攻撃であり、その威力は絶大だった、先ほど高き館の主に直撃した小隕石ですら地上に当たればクレーターを作るほどの威力がある。決して油断できぬ攻撃だった。
 さらに明けの明星が召喚した巨大な龍。龍は雨風雷雲を呼び出す存在で雷は龍の支配下にあった。
 明けの明星が召喚した龍には高き館の主が駆使する雷撃など通用するはずがなかったのだ。

「・・・やりやがったな・・っ!
 僅かなスキをついてよくもそんな化物を召喚できたものだ・・・。」

 高き館の主は悔しそうにしながらも感心するように呟き、明けの明星が召喚した龍を讃えた。

「レヴィアタン・・・。
 まさか100分の1の分霊の分際でこれほどの神仙獣を召喚できるとは・・・。」

 高き館の主はそう言いながら雷撃を試みるが、その雷撃は全てレヴィアタンの権能によって別の方向へ逸らされていき、明けの明星に当たることは決して無かった。
 レヴィアタン。旧約聖書に記述の残るそれはベヒモスと並んで明けの明星の父が造った傑作であり、最強の龍であった。

 
「すべては俺の偉大なる父上が俺に与えた権能の奇跡。
 そして父上がお造りになられたこの傑作を見るがいい。

 『剣も槍も、矢も投げ槍も、彼を突き刺すことはできない。
  鉄の武器も麦藁となり、青銅も腐った木となる。
  弓を射ても彼を追うことはできず、石投げ紐の石ももみ殻に変わる。
 
  彼はこん棒を藁と見なし、投げ槍のうなりを笑う。』

 お前の手にした武器の全てを否定するレヴィアタンの脅威を目にするがいい。」

 明けの明星の言う事は真実であった。暴風雨の神とあがめられた高き館の主の力をもってしても同属性のレヴィアタンの防御を突破することは困難だった、
 高き館の主のその両手にした棍棒と槍という武器も明けの明星の父がレヴィアタンに付与した魔法属性が邪魔をしてその効果を十分に発揮できなかったのだ。 

 高き館の主は何度か攻撃を試みるが、その攻撃はレヴィアタンによって阻まれ、さらに自動オート的に降り注ぐ隕石が高き館の主の攻撃を弱めるのだった。

「お前の最大のミスは、俺にレヴィアタンを召喚させる隙を作ったことや。
 俺を弄んで悦に浸る暇があったら、俺を殺しておけばよかったんや。
 ほんま、アホウやのう・・・。」
「今の俺は確かにお前に対しては無力や。
 だが、隕石とレヴィアタンがいる限り俺は敗れることがない。
 どないする? このまま無益に延々と俺と戦うか? それとも尻尾をまいて逃げ出すんか?」

 形勢逆転とまではいかないが、どうにか5分の状態に持ち込んだ明けの明星はまるで勝利宣言のような口ぶりで高き館の主を挑発するのだった。
 しかし、その挑発は若干、無謀な試みではあった。
 レヴィアタンは確かに悪魔の一族として見た時、相当高位な魔王として語られるほど驚異的な存在であったが、明けの明星と肩を並べるほどの実力者である高き館の主には一歩及ばないのだ。
 今、明けの明星が対等でいられるのはあくまで一時的なことでしかない。そのことを明けの明星も高き館の主もよくわかっていた。

「・・・ふ~・・・全く、怒りで我を忘れていたな・・・。
 おい、明けの明星よ。お前はレヴィアタンを召喚したことで5分の状態に持って行けたと本気で思っているわけではないだろう?
 俺がそこの蛇に手をこまねいているのは、異界を滅ぼした時に背負ったペナルティのダメージが残っているからだ。
 俺が一旦この場を引いて体を万全の状態になるまで回復させた後で、貴様もろともそこの蛇を殺すことなど造作でもないことだぞ。」

 高き館の主にとって明けの明星が言い放った「逃げる」と言う行為は高き館の主にとっては不名誉なことでも何でもないと言い放った。
 そして・・・

「いいだろう。お前が望むのならいったん引いてやろう。だが、次に現れるときは本当にお前には勝ち目がないと知れ。
 では、また会おう。拷問の続きに怯えながら再び会う日まで惨めに生きろ。」

 と宣言してその場を去ろうとした。手にした槍で空間を着る動作をすれば次元の壁が切り裂かれ、高き館の主は別の異界へと移動してしまうのだった。
 しかし、その去ろうとする背中に明けの明星が嘲笑する声が聞こえてきたのだった。


「おいおい、何やお前、俺に敵わんと見たら逃げるんかい。
 はははは・・・。さすがハエの王やな。ブンブン飛んで逃げ回るのがお似合いや。」

 その一言だけで高き館の主はその場を去ることをやめ、振り返って明けの明星を睨みつけた。

「さすが俺の親友だな。
 どうすれば俺を怒らせることができるのかよくわかっているじゃないか・・・。」

 その時、高き館の主は怒り過ぎて引きつり笑いが起きていた。そうしてその怒りが絶頂に達した時、高き館の主は目の前のおもちゃを破壊する方法を選択するのであった。

「・・・もういい。
 お前のような虚像を相手にしていても仕方がない。
 俺はお前をこの世界ごと滅ぼす。そして、そのあと、あのラーマだかアンナだとかいう女どものいる異界も滅ぼす。
 お前には止める手立ては何もない。お前には何もできない。
 お前が消えてから死んでいくお前の女どもの事を想いながら俺に逆らったことを後悔して死んでいくがいい。」

 高き館の主はそういうと自身の体の中の全魔力を解放していく。世界を破壊する馬鹿馬鹿しいまでの魔力量に異界の王たちは恐れおののいた。だが、明けの明星はその時になっても冷静であった。冷静に高き館の主を嘲笑した。

「おいおい。お前、何処までアホやねん。
 もう一回世界を破壊してペナルティを受けるつもりか? どんだけマゾやねん。
 まぁ、俺の蛇に貫かれてヒィヒィ喜んでた変態のお前にはお似合いかも知らんがな・・・もうちっと考えてから行動したらどないやねんどうなんだ?」

 だが、その挑発は高き館の主には通じなかった。

「アホたれはお前だ。明けの明星。
 この戦争の責は異界の王にある。その責任転換の下準備がこの戦争であったことを忘れたのか?
 その上、お前はこの世界にあってはならない異界の神仙獣レヴィアタンを召喚した。世界の理を破壊する大禁忌だ。
 もはやその様に無法な異界を破壊しても俺に責任は来ない。
 せいぜい、この状況を止めることができなかったあの無能な異界の王。お前のバカ妹であるタヴァエルに全ての責任が行ってあの女天使が死ぬだけ・・・」

 そこまで話してから高き館の主はハッとなった。自分が話した言葉を自覚して我に返ったのだった。

「・・・あの女は何処だ・・・?
 何故、これほどの異界の危機に立ち会っていない・・・。
 いやっ!! それどころかどうして今の今まで俺はあの女の事を忘れていたのだっ!?」

 そう、高き館の主はこの場所にこの世界の統治を任されている天使タヴァエルがいないことを一切、不思議には思っていなかった。いや、それどころかタヴァエルの存在すら忘れていたのだった・・・。
 狼狽える高き館の主に明けの明星は言い放つ。

「くくくく。お前、やっぱり俺の恐ろしさをまだ理解できてなかったらしいな。
 この俺はっ!! あの偉大な全知全能の父上をあざむいてアダムとイヴに知恵の実を食わせた欺く者やぞっ!!
 その俺がどうして貴様如きを欺けないと思ったんやっ!?」

 そう言われて高き館の主は明けの明星がしたことを悟って叫んだ。

「騙す者っ!! まさか、この記憶障害はお前の持つ権能の一つかっ!」
「やりやがったなっ!! 明けの明星っ!!
 それであの女は何処に行ったっ!!」

 明けの明星は天を指差して答えてやるのだった。

「お前、そもそもおかしいとは思わなかったのか? お前を討伐するためにあいつがたかが異界の王に協力を求めて回っていたことを・・・。
 俺の優秀な妹は異界の王に協力を求めに旅立っていったのではない。この通り異界の王は勝手にやって来る。
 では、誰に救いを求めに駆けずり回っていたのか?
 それは異界を滅ぼす禁忌を俺達が犯しまくったおかげで召喚できる存在・・・。」

「俺の最も優秀な弟っ!! 大天使ミカエルだっ!!」

 そう叫ぶと同時に明けの明星たちがいる世界全体が鳴動するほどの衝撃が走った。それは世界を滅ぼすほどの魔力を持った高き館の主のそれをはるかに凌駕する魔力量であった。

「おおおお、おい・・・嘘だろっ!!
 なんでたかが力天使如きが大天使ミカエルを召喚できるんだっっ!!」

 想像もできない事態。高き館の主は世界を覆う魔力に確かにミカエルの存在を認めた。だがそれを召喚するほどの権限がないタヴァエルがミカエルを呼び出せることが納得できずに狼狽えるばかりだった。

 さらに高き館の主にとって無情なことに天空が割れて次元の間が開いた次の瞬間、天空の次元を引き裂いて100万の天の軍勢とタヴァエル・・・そして大天使ガブリエルを率いた大天使ミカエルが降臨するのだった。

「ああああっ!! お、おまえは大天使ガブリエルっ!!
 そんなっっ!! どうしてっ!?
 お前は、あのラーマとかいう女に落ちぶれたはずではっ!?」
 
 狼狽えて正常な判断も出来なくなった高き館の主はガブリエルの存在を理解できなくなっていた。
 
「アホたれ・・・。
 言うたやろ・・・。なんで俺が100分の1の復活しか遂げられへんかったのか、その意味を考えろと。
 ラーマはガブリエルの分霊や。ガブリエルそのものではない。
 あの娘は俺と同じくこの奇跡を生み出すための虚像なんや。まだわからんかったんか・・・ドアホめが。」

 かつての親友の哀れな姿に明けの明星は呆れたように答えたのだった。
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