魔王〜明けの明星〜

黒神譚

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第4章「聖母誕生」

第89話 ぶつかる意思

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 タヴァエルお姉様が天高く飛び去って行かれてから、暫くの間お姉様はわたくしたちの前には姿をお見せにはなられませんでした。
 その間、タヴァエルお姉様は明けの明星様が仰るには、この世界の多くの神々に対して高き館の主様の味方に付くのではなくてこちらの味方に付くように説得なさったり、他の異界の王と作戦会議をしたりと大忙しなのだそうです。

 そうして、そんなタヴァエルお姉様と同様に私たちも大変な忙しさに振り回される日々を過ごしました。
 他国にはエデンに避難してくるように使者として魔神様方を派遣したり、避難してくる国民の受け入れの準備等々、まさに多事多難でした。
 同時に敗戦した人間の国民の救済なども行わなければならず、いくら人員と経費があってもとても対応しきれるものではありません。 
 
 その上に高き館の主様が脅して手にするであろう国々の兵士との戦にも備えなくてはいけません。
 本当に本当に時間が足りないのです。

「しかも、よく考えたら、これって私たちは完全にとばっちりじゃありませんかっ!!」

 私は忙しさのあまりに大声を上げてしまいます。
 そうなのです。要するに明けの明星様の親子と高き館の主様の喧嘩がそもそもの原因で、私たちは関係ないのです。
 だったら、世界の果てで勝手に争っていてください。私たちを巻き込まないでいてもらいたいものです。
 私がついそんな愚痴をこぼしているとアンナお姉様からおしかりを受けました。

「なんという事を言うのです。
 そもそも旦那様がお目ざめになったのは、あなた方魔族の仕業。
 異界を滅ぼした高き館の主様も恐らくは同様に異界の者達がその封禁を解いたのでしょう。
 全ては我々下等な存在の自業自得なのです。
 巻き込まれたというのなら、私たち神々こそ巻き込まれただけなのです。
 文句ばかり言ってないで、きりきり働きなさい。」

 アンナお姉様の言い分は正当で一切の反論の余地がありません。全ては争い、自分たちだけが利益を得ようとした我々の浅はかさが産んだ結果。深く反省せねばなりません。

 それにしても忙しい日々です。
 戦の準備はフェデリコに任せて内政は私が担当しました。流石にこの窮地に至っては家臣、国民一同、皆が身を捧げて頑張ってくれています。
 そのおかげで随分とスムーズに事が進んでいるのですが、それでも仕事の多さは本物で私たちは休む暇も御座いませんでした。

 そうして30日後にはこちらに恭順してくれる国々が続々と我が国への移住しにやってきました。
 それからさらに30日後にはとうとう20の国々が私たちの国を目指してやってくるほどになったのです。その間、ミュー・ニャー・ニャー様の果樹園は絶え間なく果実の恩恵をもたらしてくれました。それでも圧倒的な人数の前では段々と食糧難になっていくのは当たり前の話で、それが理由であちこちでいざこざが起き始めていました。
 そこで魔族と人間とエルフと亜人の種族の長が集まって話し合いをすることになったのでした。

 勢力としては4つですがそもそも種族同士が一つであったわけではなく、もともと魔族も明けの明星様が統一国家を作っただけの話で本来は別々に国家を持っていました。それは別種族も同じことです。
 幸い、魔族は私が長でありますし、先の戦争でゴルゴダが勝利したので人と魔族は私が一まとめにあずかることができます。世界の果てには我々とは違う系統の魔族や人間がいます。平たく言えば勢力争いに負けた部族が迫害を恐れて不毛の大地へと隠れ住んだ人たちのことです。彼らは彼らで私たちとは極力拘わらないようにして小部族たちが極小の領地を持つ国家群を築いていて、彼らはエデンとは違う国家の人たちです。
 そんな経歴がある彼らも今回の話し合いを機会に私たちとの合流を誓ってくれました。

 だから、魔族と人間は石の統一に於いては問題が無かったのですが、他の種族は違いました。エルフも亜人もいくつかの独立国家がそれぞれあるし、先に説明した事と同様の理由で孤立した小部族の極小国家群もあります。
 それぞれがひとまとまりになる前に私たちの地に集結したのですから話をまとめるのも大変です。
 
 会議を始めようとした時にそれぞれの長の数が50を超えようかと言うほどの数になったので私たちは、まず種族同士で話し合って長を決めなくては話にならないことに気が付いたのです。
 それでまずは一つの種族を代表する5名の長を選んでいただくことになったのですが、それはもう利害とプライドと確執が渦巻く言い争いになったのです。まさに喧々諤々けんけんごうごう
 果ては強力な国家が武力や財力をちらつかせて弱小国家を脅すようにさえなっていきました。

 始めのうちはその御様子を黙ってごらんになられていた明けの明星様でしたが、こういうことに我慢ができるお方ではありません。
 やがて会議のテーブルを拳槌で叩き割ると怒鳴り声を上げてお怒りになるのでした。

「やかまっしゃーーーっ!!
 オンドラ、いちびっとたらちょうしにのっていたらちゃああっそっ!! ああっ!?
 ガタガタ抜かしとらんとさっさと決めやっ!!
 己らの意見まとめるのに時間いとったら、いつまでたっても終わらんやろうがっ!
 お前らのチンケなカスの集まりの武力自慢なんか、真の魔王の俺が何時までも聞いとると思うなよっ!!」
「もうええっ!!
 せやったら、俺がお前らの代表を決めたらぁっきめてやる!!」

 明けの明星様の一言は鶴の一声と言うような生易しいものではなく、まさに御雷鳴。誰もがピシャリと動かなくなって明けの明星様のお言葉に従います。
 明けの明星様は、そうしてそれぞれの種族の中で会議中に特別威勢の良かった王は選ばずにそれ以外の者達を出自選ばずに本当にランダムに5名の王をお選びになられました。それがどうしてランダムに選んだことがわかるのかと言えば、明けの明星様ご自身にひそひそ話で伺ったからです。

(明けの明星様・・・。この5名。なにか深いお考えがあってお選びになったのですか?
 差し支えなければお教えくださりませ。)

(ああっ? そんなもん一々、真面目に選んでられるか。
 どうせ、俺の言うこと聞かんかったらぶっ殺す連中や。誰でもええんじゃ。
 俺はそんなことより会議の時間が伸びてアンナを抱く時間が短くなるのが腹立ってしゃーないんじゃっ!! クソボケどもがっ!!)

 ・・・などとお下品で非常に物騒な理由で明けの明星様はそれぞれの種族の代表をお決めになられたのでした。
 それからエルフと亜人、それぞれ5人の王たちが話し合ってから会議に臨むのでした。
 本当に馬鹿馬鹿しいお話ですが、世界が90日で滅ぶという予言の70日目で起きたお話です。我々には明けの明星様と言う傍若無人ぼうじゃくぶじんを絵にかいたような暴君がいてくださったからこの程度のことで事態を収拾できましたが、もし明けの明星様がおられなかったら世界が滅ぶまで私たちは言い争っていたかもしれません。

 全く、本当に情けないお話です。
 私は今日も深いため息をつきながら会議の間に向かうのです。
 会議室にはいつもの通り全裸の明けの明星様が中央に座り、両隣に私とヴァレリオ様が座ります。
 右側にはエルフの5人の長が座り。
 左側には亜人の5人の長が座りました。

「え~。それでは会議を始めたいと思う。私は魔王ヴァレリオ。この会議の司会進行役である。
 私は司会進行役なので自分の意見を言わぬ調停役と思ってもらって良い。
 先の戦で私の武勇をそなたたちも知っておろうから敢えて言う事でもないが、この会議で武力で物を言い通せると思ってもらっては困る。
 明けの明星様ほどではないが私もそれなりに短気な性格である。一同の者、そのことを努々ゆめゆめ忘れず理性をもって会議することを望む。個の権利よりも全体の繁栄を望む意見を出したまえ。」

 ヴァレリオ様は会議を始めるときにいきなり威圧から始められました。
 各種族の王たちの中にも魂を昇華させそれなりの霊位にある者達も混ざっていたのですが、ヴァレリオ様は敢えていきなり威圧したのです。
 中には腕に覚えのある神の領域に片足入れているような王もおられるのでしょうが、数多くの魔神様を打ち倒してこられた魔神スーリ・スーラ・リーン様を手にかけたヴァレリオ様に啖呵を切られたら、完全に気圧されて生唾を飲んでしまうものです。

「こらこら、いきなり何を脅しとんねん。
 暴力はあかんぞだめだよ。ちゃんと理性的に話し合わなな?
 なぁ、おまえら・・・。」

 明けの明星様は笑顔でヴァレリオ様をたしなめられますが、その笑顔が逆に恐ろしすぎて、誰もが黙りこくってしまうのでした。
 そんな様子にいたたまれなくなった私が一番最初に意見申し上げました。

「あのっ・・・。私たちはともに明日を生きていくと誓った身。
 我らは苦楽を共にせねばなりません。今日共に苦しみ、明日ともに笑いあえるように生きましょう。
 この度のいざこざは、食糧難や住む場所、戦闘における配置の問題等々が原因ですが、それぞれの問題を解決するために必要なことはお互いに平等に助け合っていくことだと私は思うのです。
 いかがでしょう?」

 私がそういうとほんの少しですがその場の空気が和らぎ、やがて私の言葉に同調するかのように一人のエルフの少年が手を上げて意見を述べます。

「私もラーマ姫様のご意見に賛同いたします。本当は、皆も同じ意見だと思うのです。
 ですが、その・・・。利権というものはどれだけ綺麗ごとを言っても発生するものと存じます。
 ラーマ姫様はこの問題をどのように解決なされるおつもりですか?」

 ハッキリと意見を言う少年でした。彼の名はジョバンニ・フー。小部族の族長ですがその分、周りへの警戒心が高い。今回の件も自分たちが私たち管理する者の目に見えないところで弱小部族にたいする格差が生じないかそれを危惧しているのでしょう。
 まだお若いように見えますが、中々の人物だと感じました。
 ですが、この期に及んで反対意見が出ます。

「まてまて、種族内のことは種族内で決めるべきだ。
 我々はそのために選ばれた5人。
 今回の会議では全体の取り決めを作り、それを種族別に落とし込んで行動の方向を決めるべきだ。 
 当たり前の話だが、エルフと亜人では社会構造が違う。今、この場の話し合いですべてが解決すると思ってもらっては困るな。」

 鬼族にしては珍しい女族長のソフィア・ダーが反対意見を述べました。彼女は自分の父親が高齢であるがために名代としてこの場に立った経緯があり、勇猛な父上の名に恥じぬ振る舞いをしようと意気込んでいたのです。
 その意気込みはある意味立派ですが、明けの明星様の前で何という事を言うのでしょうか。
 彼女の言葉を聞いてすぐにヴァレリオ様を見つめると、ヴァレリオ様も青ざめた顔で私の方を見ておられました。
 そして、ヴァレリオ様は私と意見があったことを目で確認すると、意見されました。

「あ、あ~~・・・。その、その態度はやめておいた方がいい。
 私たちは明けの明星様の前では等しく平等で、この場で決められたことはそのまま種族ごとに落とし込んでいただく。社会構造を理由に・・・その・・・それぞれが勝手に行動するという事は・・・その・・・危険だ。」

 言葉を選びながら、詰まりながらヴァレリオ様がチラチラと明けの明星様をご覧になるとソフィアも何となく空気を察してシュンと黙ってしまうのでした。


「あ、あ~・・・。明けの明星様、これでよろしいですね?」

 全員の意思をいったん統一出来たところで明けの明星様を振り返ると明けの明星様はご機嫌な笑顔で

「ええよっ!」

 と、一言おっしゃったのです。それが、その笑顔が何故かとても恐ろしく感じられたのは、その場にいた者達でないとわからないことでした。
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