魔王〜明けの明星〜

黒神譚

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第4章「聖母誕生」

第84話 魔神シェーン・シェーン・クーの戦い

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「な、なんなんですか、そのくだらない戦いは・・・。
 アンナお姉様。」

「いや~~んっ!! そんな目で私を見ないでっ!! ラーマっ!!」

 ラーマからの当然の批判を受けていたアンナお姉様だが、俺の戦いは当然そうではない。聞いた者、誰もが血沸き肉躍る男の戦いをしてきた。
 俺の名は魔神シェーン・シェーン・クー。風と炎の国の王の血を引く生まれついての大魔神。
 そんな俺の相手は水神グース・グー・ハー。高き館の主様の力によって魔神化した元水精霊騎士と旦那様から聞かされていた。さらにその弱点も・・・。

 だから俺は先ず旦那様より聞かされていた奴の弱点から攻めることにした。その弱点とは、奴の記憶にまつわることだった。

「さぁ、水神グース・グー・ハーとやら、今度は俺と貴様の番らしいな。」

 俺がそう言うと敵は一同、「な、何故その名をっ!?」と声を上げながらギョッとした表情で俺を見た。だから俺はこう言ってやったのだ。

「なんだ、お前たちは自分たちがどういう存在なのかこちらに知られていないと思ったのか?
 こちらにお前たちを見破るお方が控えていると夢にも思わなかったのか?」
「俺はお前の知らぬことまで知っている。お前の失った記憶を知っているぞ水神グース・グー・ハー。
 お前は水神になる以前の記憶があいまいなのだろう?
 どこの生まれで誰の血を引き、どうやってその薄汚い魂を水神の領域まで昇華させたのか、お前は知らぬはずだ。
 だが・・・俺は知っている。」

 俺にズバリ素性を言い当てられた水神グース・グー・ハーは「な、何故そんなことをっ!?」と明らかに動揺して声を荒げた。俺が言ったことが図星だったからだ。
 奴は高き館の主様の手によって水神に変えられた存在。その水神になる前の記憶など彼はおぼろげにしか持っておらず、しかもその記憶は矛盾に満ちている。だから彼は自分の記憶が何も正しくないことを知っている。知っているからこそ、俺の言葉に動揺を隠せなかった。
 俺は奴の全てを知っている。旦那様に教えていただいたからだ。
 そんな彼を精神的に追い詰めるのは簡単だった。俺は続けて言った。

「さぁ、己の素性も忘れて魔神に変えられてしまった哀れな精霊騎士よ。
 お前の知らぬお前の事を知りたかったら、俺を恐れずにかかって参れ。
 お前が勝利したのちは、お前に全てを教えてやろう。」

 それを聞いた水神グース・グー・ハーは、覚悟を決めた表情で俺の前に進み出た。

「魔神シェーン・シェーン・クー・・・。風と炎の国の王の血を引くものよ。
 その父の名に賭けて今の言葉に二言はないな?」

 水神グース・グー・ハーはそう言って空中に神文を描くと3体の神仙獣を召喚する。その3体の神仙獣は奴が持つ札の中で最も優秀な物であり、いずれも神の領域まで自分を昇華させつつある強敵であった。
 なれば、俺も我が身一つと言うわけにはいかない。
 
「二言はない。しかし、お前は俺との戦いの最中に真実を知ることになるだろう・・・。」

 俺はそう言うと同じく空中に神文を描き、2人の精霊貴族を召喚する。
 召喚に応じた精霊貴族の内一人は女水精霊貴族スー・スー・シュン。
 もう一人は火精霊貴族カーウ・フー・フォー。以前、俺とラーマたちがジェノバに潜入したときに奇襲を仕掛けてきた精霊騎士ザーン・ザーン・フォーの父親だった。
 カーウ・フー・フォーは復讐心に満ちた目で水神グース・グー・ハーを睨みつけていた。それもそのはずだ。奴の娘は、水神グース・グー・ハーの謀略により俺をおびき出すエサにされその片腕を失う悲劇に見舞われたのだから。

「神よ。感謝いたしますぞ。
 あの外道に復讐を果たす機会を与えてくださったこと。」

 水神グース・グー・ハーを指差しながら挑発まじりの事を言うカーウ・フー・フォー。するとその前に割り込む様にして美しい水精霊貴族スー・スー・シュンが立ちはだかる。

「カーウ・フー・フォー。忘れてはいませんか?
 あの外道は我が一族の恥・・・。倒さねばならぬ理由は私にもあるのです。・・・。」

 その姿を見た水神グース・グー・ハーは明らかに動揺した。

「あ、あなたはっ・・・スー・スー・シュン様っ!?
 ・・・いや、まて・・・。何故神の俺がたかが水精霊貴族に様付けなど・・・?」
「・・・お、おのれ魔神シェーン・シェーン・クーっ!! 
 貴様、何を知っているっ!? 」

 水神グース・グー・ハーはスー・スー・シュンを見て無意識のうちに彼女を様付けをして呼んだ自分に驚いていた。そして、やがて少しづつ、彼の記憶の断片が彼の脳裏を襲う。
 その記憶の断片とは、若い自分がスー・スー・シュンを姉のように慕いつき従っていた時の記憶だった。しかし、実は彼はそれが何かはわかっていない。彼にも何かはわからない記憶が今の自分の記憶を上書きするように蘇ってくることに恐怖と戸惑いを覚え、更には強い頭痛さえ感じているようで彼は自らの頭を押さえて苦しみ悶えながら俺を睨みつけていた。

 
「カーウ・フー・フォー。残念だけど、このように苦しむグース・グー・ハーであっても我々だけの手では遠く及びません。・・・なれば、我らは契約に従い我らの仕事をするまで。
 さすれば魔神シェーン・シェーン・クー様も契約によって我らに復讐の機会を残してくださるはずです。」

 と、俺の方を見るスー・スー・シュン。さすがに精霊貴族。女の身でありながら戦闘中に理性を失わない。
 
「見事だな。自分の立ち位置をよく理解している。
 貴様らにはあの3体の神仙獣の始末を任せる。」

 そう言うと俺は腰に差したミドルソード二本を両手で抜剣して、水精霊貴族スー・スー・シュンを見たショックにより過去の一端を思い出す記憶障害が生じて頭を押さえる水神グース・グー・ハーに対して身構える。

「さぁ、かかって参れ。成り上がりの水神よ。 
 先ほどのような乳繰り合いのような喧嘩ではなく、本物の闘争を始めよう。」

 俺の殺気を全身に浴びた水神グース・グー・ハーは額に嫌な汗をかきながら俺の挑戦を受けた。

「上等だ。やってやるぞ魔神シェーン・シェーン・クー。
 戦うために生まれてきたという貴様のうわさが真実か確かめてやろう。」

 水神グース・グー・ハーはそう言って神槍を構えると俺に鋭い突きを放つ。
 空気を咲く破裂音と共に神槍が俺を襲う。その槍捌きは見事なものだった。数千年戦い続けた中でそれは紛れもなくトップクラスの槍使い。一瞬の身の沈みに乗じて突き込む一撃は対戦者からすると非常に技の起こりが見えにくい動作であり、俺を驚嘆させる。
 
 俺は彼の一撃を我が身の前に突き出した二本のミドルソードを使ってセンサーのように察知し、両剣で押し払う様にしてかわすと同時に横っ飛びに跳ねて水神グース・グー・ハーの槍の間合いから離れた。

「ふー・・・。」

 俺は間合いを外すと一息吐く。それが戦いの間を作る効果があったからだ。
 戦いには流れがあり、その流れの勢いを手にした方が勝つと言っても過言ではない。だが、今。先手の奇襲をもって俺に攻撃を仕掛けた水神グース・グー・ハーは、俺に一息つかせる間を与えてしまった。それがつまり、戦いの勢いを切る行為であったことを水神グース・グー・ハーは後悔することになるだろう。
 彼はその槍捌きのレベルの高さに一瞬の驚きを見せた俺の心の動揺に付け込み、一切の間を置かずに攻めて攻めて攻め抜くべきだったのだ。

 だが、俺がそれをさせなかった。
 彼がそれをできなかったのは俺が見事に剣で奴の槍を捌いたことが原因ではない。俺が見事な横っ飛びで奴の槍の間合いを外したことが原因ではない。
 
 奴が追撃を放てなかった最大の理由は、俺の威圧感によるものだ。奴は俺の殺気から感じ取ってしまったのだ。不用意に追撃すれば自分がただでは済まない事を。しかし、残念ながら俺は特別何かを狙っていたわけではない。ただ、戦いの流れのままに戦うだけだった。その戦いの流れを読もうとする俺の目から、奴は俺を恐れて一歩踏み込めなくなったのだ。

 それが戦いの流れを切る。
 

 俺は更に彼の弱点を突く。横目でチラリと3体の神仙獣相手に善戦する二人の精霊貴族に目をやると「いいぞっ!! その調子でしっかりやれっ!!」と、命令する。
 かつて姉のように慕っていたスー・スー・シュンに命令する俺の姿に、記憶はなくとも嫌悪感を感じる水神グース・グー・ハーは怒りに任せた槍の3連突きを放つ。

「お前がスー・スー・シュン様に命令するなぁああああっ!!」

 その激しい3連突きは、ただ早くて威力があるだけではない。神槍は魔力を帯びて空気を裂き、その身にいくつもの真空刃をまとっていた。
 その刃の切れ味凄まじく、槍を受け止める俺のミドルソードが刃こぼれを起こすほどであった。

「ちっ!!
 欠けた刃も再生する神剣とはいえ、削られるとムカつくぜっ!!」

 俺は悪態をつきながらも、その余裕ぶりとは裏腹に彼の槍を必死で捌く。
 通常、剣と槍の戦いでは槍が3倍有利と言われている。槍は長く、そして剣と違って両端を使って自在に攻撃が出来、また、間合いも自由自在に変えられる。
 クルクルと身をかわしながら、槍の柄を掴む位置を変えながら攻撃間合いを変化させる水神グース・グー・ハーの技前は闘神の域すら越えかけている。剣を得物に戦う俺にとってはあまりにも不利な相手だった。

 両手は剣でふさがり、攻撃方法も防御方法も両剣に限られている。それは長尺の槍に対してはあまりにも不利な距離感を保ち続けなくてはいけないことを意味していた。
 素早く距離を変えながら千変万化の槍捌きを見せて俺を攻撃する水神グース・グー・ハー。端から見れば勝負は既についたと思っただろう・・・。

 しかし、奴はその前に一つミスを犯している。それは戦いの流れを切ってしまったこと。
 そしてその時生まれた間は、俺に剣以外の変化を発想させるのには十分だった。そして、それは何度目かの奴の攻撃が俺の体をかすめて、この身を削いだ時に効果を発現する。

 水神グース・グー・ハーが鋭い突き込みを行った時だった。彼はその足で踏みしめるはずだった大地が消えたような錯覚を覚えたはずだった。
 一撃を追い加えようと前に踏み出した足が、まるでぬかるみに足を入れたように何の抵抗もなくズブリと膝下あたりまで沈んでしまったからだ。

「なっ!!!」

 彼が驚きの声を上げた瞬間、俺は槍を持つ彼の前手。すなわち右手を両剣でもって一刀両断に切り落とす。

「ぎゃああああっ!!」

 悲鳴を上げる彼がどうにかぬかるみから足を引き抜いた時、それは既に勝負がついた時だった。
 片手の槍持ちなど恐るるに足りぬ。何故なら、片手では槍の最大の長所であった長さが逆に扱いづらい短所に変わるからだ。
 よって彼は、その槍を変化させて俺を貫くのにかかる時間が遅れ、逆にその左手から一番遠い右足首まで切断されてしまうのだった。
 武器を持つ者にとって最大の弱点は武器の攻撃範囲から最も遠い部分。片手捌きの槍にとってその足首はあまりにも無防備で俺の攻撃をかわすことなど不可能であった。

「惨い仕打ちになるが、これも勝負の習い。
 悪く思うなよ。」

 俺はそう言うと水神グース・グー・ハーが魔法でその切り落とされた手足を再生できぬように自分の両剣をそれぞれの部位に突き立てて魔力を流し込んで大地に串刺しにする。

「お、おおおおおのれえええええっ!!」

 右手右足を破壊されながらも勝負を諦めない水神グース・グー・ハーの気力は見事であった。彼は最後の最後まで勝負を諦めず、手にした槍で俺を攻撃しようとしたり、口から魔法の力で鋭利な刃物と化すまで圧縮した水流を吐きかけて攻撃するのだったが、それもしょせんは苦し紛れの悪あがき。勝敗は既に決している。
 彼は俺の魔法によって大地に飲み込まれていくのだった。

「おのれ、おのれっ!! 魔神シェーン・シェーン・クー。
 貴様、いつの間にこのような魔法をっ!?」

 水神グース・グー・ハーは、無念の叫びを上げながら俺に問うた。だが、その答えは彼にとってはあまりにも残酷な答えだった。

「足先だよ。
 俺はお前の見事な踏み込みを見て、足先で大地に神蚊を描くことを思いついた。
 お前は何度も俺につき込み、薙ぎ払い、自分のステップワークで俺を誘い込んでいたつもりだろうが、お前は俺の神蚊の中に閉じ込められていたのだ。
 この魔法がお前の足をぬかるみに沈めて戦いを終わらせたのだ・・・。」

 俺の宣言を聞いて水神グース・グー・ハーは、絶望した。

「足先で神文を・・・?
 貴様、俺との戦いの中で足先に魔力を流し込みながら戦う余裕があったのか?
 ・・・なんということだ・・・。なんという・・・。」

 絶対の自信の最中、自分の最大の攻撃を逆手に取られて利用されたことに水神グース・グー・ハーは、絶望した。
 俺は彼が大地に8割以上も封印されたのを確認すると彼の鎗術を讃えるとともに苦言を呈する。

「お前の槍は見事だったよ水神グース・グー・ハー。
 しかし、しょせんは異界の魔王の力によって底上げされたインチキの実力。
 戦いに明け暮れ、その身を削って実力を身につけてきた俺にお前のインチキは通じない。それだけの話だよ。」

 大地の魔法は彼を完全に吸収するとその魔力を吸い取り続け、彼が干物になるまで苛ませる。
 そうして、この先すっからかんになった彼を俺は二人の精霊貴族に引き渡さねばならないという辛い義務があることを思い出し、青い空を見上げてひと息吐くのだった・・・。

 これも人生の間だ。
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