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第3章「ゴルゴダの丘」
第79話 断罪
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私が水路の水を止めたことにジェノバ軍の兵士が気がついたのは、水が止まってから3日後の事でした。
俄かに騒ぎ出した敵軍を見てフェデリコが私に報告に来たのです。
「姫様、敵は水が止まったことに気がついたようです。
軍勢が活気づき準備を始めました。」
フェデリコの報告を聞いて、私は疑問に思ったことをそのまますぐに問い返します。
「・・・活気づく? どういうことですか?
どうして再び戦争を始めるのに彼らは浮き足立つのでしょう?
命が惜しくはないのかしら?」
理解できなかったからです。彼らの心理が。
兵站が破綻し食事もままならず、ここまで疲弊してしまった軍に何ができるというのでしょうか?
今のジェノバ軍に大したことができないことぐらい兵法を学んだことがない一般兵士でもわかりそうなものだというのに・・・。
私には、敵兵の心理がわかりませんでした・・・。
そんな私にフェデリコは丁寧に教えてくれるのです。
「そうではありません。姫様。
長期間の遠征は兵士の精神を害するのです。彼らは今、もうすぐ終われると思って喜んでいるのですよ。
死ぬにしろ生きるにしろ、もうすぐ終われるのだと。
戦場は過酷な環境です。戦闘が行われない時間もただ生きているだけで苦痛に感じるほど悪烈な生活環境です。
時には雨ざらしの中で耐え、時には日光の熱さに晒されながら生きる。
温かいベッドも無ければ、日差しや風から守ってくれる建物もない・・・。
彼ら兵士の環境はあまりにも過酷ですから、終われると思ったら嬉しいんですよ。」
そう答えるフェデリコの顔が少し悲しげに見えるのは、きっと彼が今までに経験した戦争で多くの兵士と共に辛い生活をしたことがあるからでしょう。
フェデリコにとって兵士の苦痛は身近なもので、それ故に彼らの悲哀がわかるのでしょう。
思えばヴァレリオ様やフィリッポと共にフェデリコと戦ったときもフェデリコは自分の家臣に対する思い入れは本物でした。戦場での彼の非情さも狂気も兵士に対する慈悲から来るものなのかも知れません。司令官のミスで多くを死なせてしまうかも知れないからこそ、フェデリコは狂気をまとうのでしょう。
私の脳裏にあの時のフィリッポの無念の言葉が蘇ります。
『できる限り多くを逃がしてやりたかった。
寝返った兵も我々もマヌエルたちも・・・。』
『味方の被害を最小限に抑えるために、仲間の死に背を向けて逃げに逃げた・・・。
その結末が、これか・・・。』
きっとフェデリコもああいう覚悟で戦争を生き抜いてきたのでしょう。一人でも多くの味方を生かすために非常になり切って狂気の作戦を実行する。そんなフェデリコの苦悩に満ちた人生が垣間見える表情です。
私はフェデリコの肩に手を置くと彼を励ますように言いました。
「敵兵ではありますが罪なき哀れな兵士を救ってあげたい。
私には兵士の苦痛がわかるあなたの力が必要です。力を貸してください。」
フェデリコは覚悟を決めたように黙って頷くのでした・・・。
それから15日経ってから、ようやく大地は兵士が踏みしめる固さを取り戻しました。長い長い戦闘に終わりの時が来たとジェノバ軍は喜び勇んで陣を形成して前進してきます。
それに対して私はヴァレリオ様の親衛隊とフェデリコが厳選した精鋭部隊。合わせて800の騎馬部隊を従えてジェノバ軍を迎え撃つかのように進軍します。
迎え撃つかのようにと言うのは、私が交渉の準備があることをジェノバ軍に伝える白旗を掲げていたからです。
「おいっ!! みろっ!!
何だあの美しい姫はっ!?」
「と、とてもこの世の者とは思えぬ。」
「白旗を掲げているぞっ!!! 和平交渉じゃないのかっ!?
俺達、生きて帰れるのか?」
深い事情を知らぬ一般兵士たちは私たちの掲げる白旗を見てにわかに活気づきます。
それは兵士たちから戦争の意思を削ぐには十分すぎるほど効果を発揮したのでした。皆、生きて帰れる。そう思ってしまったのです。そう思った兵士は明日を夢見てしまいます。明日の希望は兵士から戦意を失わせてしまいました。
こうなれば最早、軍としては機能しません。ついには指揮官も収まりがつかず、総大将のお出ましとなるのでした。すなわち人間の国の大国である五つの国の王が私との交渉の場に現れたのでした。もちろん、彼らも白旗を掲げてそれなりの人数の兵士を引き連れていますが、馬も人もやせ細っているのでした。
ピエトロ・ルー。ベニート・ホー・ルー。ヤコボ・ロー。エンツォ・ロー。ダニエラ・ター・ター。
5人とも度重なる敗戦の連続による心労が目に見えてわかりました。とくにダニエラ・ター・ターは女性ゆえにこの遠征の疲れが目に見えてわかるほどやせ細っていて、もともと美しい見た目だった彼女に差す陰が彼女をより怪しく見せていました。
(なんて・・・やつれ果てているのでしょう。
初めて会った時はあんなに覇気に満ちていたというのに・・・)
私の哀れな目線に気が付いたピエトロ・ルーは怒りに任せて言いました。
「なんだ、その眼はっ!!
勝ったつもりか、ラーマ・シューっ!!
我らは未だ数の上ではお前たちに負けてはいない。
全軍が死を賭して立ち向かえば、未だ逆転のチャンスはあるのだぞっ!」
ピエトロ・ルーの威嚇には意味が無い事は味方の王たちも知っていました。彼らこそ勝ち目がもうない事を知っていたからです。
それはうつろな瞳のダニエラ・ター・ターを見ればわかります。
「姫様。交渉は手短にお願いいたします。
戦争を終わらせたいのはこちらとて同じこと。無駄な交渉を長引かせる愚策を犯すくらいなら魔神様のお力をお借りしてこの場の者共を皆殺しにした方が良いのですからな。」
ピエトロ・ルーの虚勢を聞いたフェデリコが相手に聞こえるような声で私に話しかけます。正直、ちょっとうるさいです。
ですがこれもフェデリコの作戦。魔神リーン・リーン・グー様には事前に了承を得たうえで、あえて脅しのためにその御威光におすがりするのでした。
そして、その効果はてきめんでした。フェデリコの言葉を聞いた7人の精霊騎士は危険を察して自ら私たちの前に姿をお見せになられました。
いつ、どこからどのようにして現れたのか、我々には見えませんでした。一瞬のうちに風よりも早く忽然と姿をお見せになられたのです。
ただし、その御姿は以前見たときよりも若干、やつれておられるように見えました。
「神よっ!! 我ら既に敗北した事、疑いなく。もはや命乞いをするしか御座いませぬ。」
精霊騎士達は跪き、首を垂れてそう懇願なさいました。
もちろん、私に願っておられるわけでは御座いません。7人は魔神リーン・リーン・グー様に首を垂れたのでした。
そして、魔神リーン・リーン・グー様も7人に応えるように私の影から姿をお見せになられたのでした。
「命乞いだと?
異界の魔王に操られしお前たちが助かるためにどうすればいいというのだ?」
魔神リーン・リーン・グー様は7人に問いかけました。
その答えは一つしかなく、7人は言葉に詰まってしまわれました。そんな彼らを偲びなく思ったのかピエトロ・ルーが話し出しました。
「神よっ!! 今回の戦争の責任者として懇願いたしますっ!
どうぞ、我らのために負けてください。
この国の騎士、領民悉く死に絶えれば、我らは生き延びることができるのです。
どうか、どうか、お目こぼしくださりませ。」
ピエトロ・ルーの正直すぎる言葉にはさしもの魔神様も呆気に取られてしまわれました。
「この国の騎士、領民を悉く殺すのを見逃せというのか?
それが交渉なのか、お前の・・・。
お前は自分が何を言っているのか、わかっているのか?」
そういうと魔神リーン・リーン・グー様は、魔法で作り出した縄であっさりと精霊騎士達を拘束してしまわれました。
「なんという愚かな、その魔力を失った体で何ができようか。何故、我が前に出てきた。」
魔力を失った体・・・。それが精霊騎士様がやつれて見える理由でした。
しかし、それはなぜ?
「魔神リーン・リーン・グー様。どうして精霊騎士様たちは魔力を失われておられるのですか?」
魔神様は特に表情も変えずのアッサリとお答えになられました。
「おおかた、こ奴らが魔力を使って負傷兵の傷を癒したり、飢えを和らげる魔法を駆使していたのだろう。
それもこれほどの数の人間の傷を癒したり飢えを満たしたりしていれば、すぐに破綻する。
兵士は飢えに苦しみ、負傷兵は増え続ける場から。こいつらはもはや出がらし状態だ。」
魔神リーン・リーン・グー様はそうおっしゃると拘束した精霊騎士様をご自分の影の中に取り込んでしまわれるおでした。
「ご慈悲をっ!! 神よっ!!
この者達は異界の魔王の命令でっ・・・・っ!!」
精霊騎士達は必死で魔神リーン・リーン・グー様にお願いしましたが、このような無茶な願い、聞き届けられるはずもなく、7人は陰に沈んでいきました。
「俺の出番はココまでだ。
あとは人間や魔族で話し合うがいい。俺はラーマに手出ししない限り何もしない。」
魔神リーン・リーン・グー様は言わなくてもいいことまで仰って再び影に戻ってしまわれました。
本当に言わなくてもいいのに。
「そちらの魔神様は失われたも同然っ!!
これから最後の突撃に出るっ!! 何のつもりか知らんが、水を止めたことを後悔させてやるっ!!」
魔神リーン・リーン・グー様が参戦しないことを知ったピエトロ・ルーはにわかに活気づき、戦争続行を宣言するのでした。
ですが、それを私は右手で制止し、「なぜ、私が水を止めたかお分かりにならないのですか?」と、問いました。その問いに応えられる王はその場にはいませんでした。
「奇襲の為だ。」とか、「こちらの戦意が上がったタイミングで再び水を張り、こちらの精神を疲弊させるために」など、心に傷を負った彼らは疑う事しかできませんでした。
だから、私は言いました。ハッキリと「あなた方など我らの敵ではない」と
「お黙りなさい、愚かな人間の王たちよ。
あなた達は私たちよりもはるかに多い軍勢で押し寄せてきて大敗を喫している。
その理由はただ一つ。あなた方が私たちの掌の中の存在だからと言うわけです。」
私はフェデリコを指差して言いました。
「この男はフェデリコ・ダヴィデ。
狂気の戦略をもってあなた方を翻弄した稀代の名将。
この男の頭脳をもってすれば、百戦錬磨のピエトロ・ルーが相手でも百通り以上の方法であなた方を滅ぼすことができましょう。」
「私たちはそれを望みません。どうか、和平交渉に応じてください。」
その言葉にダニエラ・ター・ターが食いつきました。
「和平は構いませんが、私たちには異界の魔王様に殺される恐れがございます。
それを回避する方法を教えてくださるのならば、我らは喜んであなた様に従います。
どうか、どうか救いの道があるのならば、お示し下さいませっ!!」
戦争に疲れ切っていたダニエラ・ター・ターはそう言って懇願するのです。私の事を「あなた様」と呼ぶほど卑屈になって・・・。
その姿は忍びなく、また彼女に同調するように瞳を伏せる王族たちもまた、哀れに見えたのでした。
(これ以上の屈辱は忍びない。今すぐ雌雄を決しましょう・・・)
私はそう決心すると、全員に「下馬しなさい。」と命令を下します。もはやこの期に及んでは気力も戦意も失われてしまった5王は、私の命令に肩を震わせると、恐れるようにして速やかに下馬するのでした。
その姿を見届けた私は天に向かって怒鳴りました。
「見たかっ!!
コソコソと隠れて暗躍する心いやしき異界の魔王っ!!
すでに我々下々の者共の戦いは勝敗が付いたのです。
あなたは我々に負けたのです。
これ以降は我らの主人から隠れていないで自分の戦いをなさい。
あなたの家臣は見事に戦ったというのに、お前は惨めに我らの主人から逃げ隠れるのですかっ!!」
神をも恐れぬ私の挑発に5王は目を見開いて微動だにせず、ただ呆気にとられるばかりでした。
しかし、その次の瞬間でした。雲のない天が避けるような雷光が突如起きたかと思うと、大雷鳴と共に一人の高貴な者が天より降りてきたのでした。
「身の程もわきまえぬ魔族の姫よっ!!
余は貴様に天誅を与えんっ!!」
それが異界を滅ぼした魔王様であることは聞くまでも無い事でした・・・。
俄かに騒ぎ出した敵軍を見てフェデリコが私に報告に来たのです。
「姫様、敵は水が止まったことに気がついたようです。
軍勢が活気づき準備を始めました。」
フェデリコの報告を聞いて、私は疑問に思ったことをそのまますぐに問い返します。
「・・・活気づく? どういうことですか?
どうして再び戦争を始めるのに彼らは浮き足立つのでしょう?
命が惜しくはないのかしら?」
理解できなかったからです。彼らの心理が。
兵站が破綻し食事もままならず、ここまで疲弊してしまった軍に何ができるというのでしょうか?
今のジェノバ軍に大したことができないことぐらい兵法を学んだことがない一般兵士でもわかりそうなものだというのに・・・。
私には、敵兵の心理がわかりませんでした・・・。
そんな私にフェデリコは丁寧に教えてくれるのです。
「そうではありません。姫様。
長期間の遠征は兵士の精神を害するのです。彼らは今、もうすぐ終われると思って喜んでいるのですよ。
死ぬにしろ生きるにしろ、もうすぐ終われるのだと。
戦場は過酷な環境です。戦闘が行われない時間もただ生きているだけで苦痛に感じるほど悪烈な生活環境です。
時には雨ざらしの中で耐え、時には日光の熱さに晒されながら生きる。
温かいベッドも無ければ、日差しや風から守ってくれる建物もない・・・。
彼ら兵士の環境はあまりにも過酷ですから、終われると思ったら嬉しいんですよ。」
そう答えるフェデリコの顔が少し悲しげに見えるのは、きっと彼が今までに経験した戦争で多くの兵士と共に辛い生活をしたことがあるからでしょう。
フェデリコにとって兵士の苦痛は身近なもので、それ故に彼らの悲哀がわかるのでしょう。
思えばヴァレリオ様やフィリッポと共にフェデリコと戦ったときもフェデリコは自分の家臣に対する思い入れは本物でした。戦場での彼の非情さも狂気も兵士に対する慈悲から来るものなのかも知れません。司令官のミスで多くを死なせてしまうかも知れないからこそ、フェデリコは狂気をまとうのでしょう。
私の脳裏にあの時のフィリッポの無念の言葉が蘇ります。
『できる限り多くを逃がしてやりたかった。
寝返った兵も我々もマヌエルたちも・・・。』
『味方の被害を最小限に抑えるために、仲間の死に背を向けて逃げに逃げた・・・。
その結末が、これか・・・。』
きっとフェデリコもああいう覚悟で戦争を生き抜いてきたのでしょう。一人でも多くの味方を生かすために非常になり切って狂気の作戦を実行する。そんなフェデリコの苦悩に満ちた人生が垣間見える表情です。
私はフェデリコの肩に手を置くと彼を励ますように言いました。
「敵兵ではありますが罪なき哀れな兵士を救ってあげたい。
私には兵士の苦痛がわかるあなたの力が必要です。力を貸してください。」
フェデリコは覚悟を決めたように黙って頷くのでした・・・。
それから15日経ってから、ようやく大地は兵士が踏みしめる固さを取り戻しました。長い長い戦闘に終わりの時が来たとジェノバ軍は喜び勇んで陣を形成して前進してきます。
それに対して私はヴァレリオ様の親衛隊とフェデリコが厳選した精鋭部隊。合わせて800の騎馬部隊を従えてジェノバ軍を迎え撃つかのように進軍します。
迎え撃つかのようにと言うのは、私が交渉の準備があることをジェノバ軍に伝える白旗を掲げていたからです。
「おいっ!! みろっ!!
何だあの美しい姫はっ!?」
「と、とてもこの世の者とは思えぬ。」
「白旗を掲げているぞっ!!! 和平交渉じゃないのかっ!?
俺達、生きて帰れるのか?」
深い事情を知らぬ一般兵士たちは私たちの掲げる白旗を見てにわかに活気づきます。
それは兵士たちから戦争の意思を削ぐには十分すぎるほど効果を発揮したのでした。皆、生きて帰れる。そう思ってしまったのです。そう思った兵士は明日を夢見てしまいます。明日の希望は兵士から戦意を失わせてしまいました。
こうなれば最早、軍としては機能しません。ついには指揮官も収まりがつかず、総大将のお出ましとなるのでした。すなわち人間の国の大国である五つの国の王が私との交渉の場に現れたのでした。もちろん、彼らも白旗を掲げてそれなりの人数の兵士を引き連れていますが、馬も人もやせ細っているのでした。
ピエトロ・ルー。ベニート・ホー・ルー。ヤコボ・ロー。エンツォ・ロー。ダニエラ・ター・ター。
5人とも度重なる敗戦の連続による心労が目に見えてわかりました。とくにダニエラ・ター・ターは女性ゆえにこの遠征の疲れが目に見えてわかるほどやせ細っていて、もともと美しい見た目だった彼女に差す陰が彼女をより怪しく見せていました。
(なんて・・・やつれ果てているのでしょう。
初めて会った時はあんなに覇気に満ちていたというのに・・・)
私の哀れな目線に気が付いたピエトロ・ルーは怒りに任せて言いました。
「なんだ、その眼はっ!!
勝ったつもりか、ラーマ・シューっ!!
我らは未だ数の上ではお前たちに負けてはいない。
全軍が死を賭して立ち向かえば、未だ逆転のチャンスはあるのだぞっ!」
ピエトロ・ルーの威嚇には意味が無い事は味方の王たちも知っていました。彼らこそ勝ち目がもうない事を知っていたからです。
それはうつろな瞳のダニエラ・ター・ターを見ればわかります。
「姫様。交渉は手短にお願いいたします。
戦争を終わらせたいのはこちらとて同じこと。無駄な交渉を長引かせる愚策を犯すくらいなら魔神様のお力をお借りしてこの場の者共を皆殺しにした方が良いのですからな。」
ピエトロ・ルーの虚勢を聞いたフェデリコが相手に聞こえるような声で私に話しかけます。正直、ちょっとうるさいです。
ですがこれもフェデリコの作戦。魔神リーン・リーン・グー様には事前に了承を得たうえで、あえて脅しのためにその御威光におすがりするのでした。
そして、その効果はてきめんでした。フェデリコの言葉を聞いた7人の精霊騎士は危険を察して自ら私たちの前に姿をお見せになられました。
いつ、どこからどのようにして現れたのか、我々には見えませんでした。一瞬のうちに風よりも早く忽然と姿をお見せになられたのです。
ただし、その御姿は以前見たときよりも若干、やつれておられるように見えました。
「神よっ!! 我ら既に敗北した事、疑いなく。もはや命乞いをするしか御座いませぬ。」
精霊騎士達は跪き、首を垂れてそう懇願なさいました。
もちろん、私に願っておられるわけでは御座いません。7人は魔神リーン・リーン・グー様に首を垂れたのでした。
そして、魔神リーン・リーン・グー様も7人に応えるように私の影から姿をお見せになられたのでした。
「命乞いだと?
異界の魔王に操られしお前たちが助かるためにどうすればいいというのだ?」
魔神リーン・リーン・グー様は7人に問いかけました。
その答えは一つしかなく、7人は言葉に詰まってしまわれました。そんな彼らを偲びなく思ったのかピエトロ・ルーが話し出しました。
「神よっ!! 今回の戦争の責任者として懇願いたしますっ!
どうぞ、我らのために負けてください。
この国の騎士、領民悉く死に絶えれば、我らは生き延びることができるのです。
どうか、どうか、お目こぼしくださりませ。」
ピエトロ・ルーの正直すぎる言葉にはさしもの魔神様も呆気に取られてしまわれました。
「この国の騎士、領民を悉く殺すのを見逃せというのか?
それが交渉なのか、お前の・・・。
お前は自分が何を言っているのか、わかっているのか?」
そういうと魔神リーン・リーン・グー様は、魔法で作り出した縄であっさりと精霊騎士達を拘束してしまわれました。
「なんという愚かな、その魔力を失った体で何ができようか。何故、我が前に出てきた。」
魔力を失った体・・・。それが精霊騎士様がやつれて見える理由でした。
しかし、それはなぜ?
「魔神リーン・リーン・グー様。どうして精霊騎士様たちは魔力を失われておられるのですか?」
魔神様は特に表情も変えずのアッサリとお答えになられました。
「おおかた、こ奴らが魔力を使って負傷兵の傷を癒したり、飢えを和らげる魔法を駆使していたのだろう。
それもこれほどの数の人間の傷を癒したり飢えを満たしたりしていれば、すぐに破綻する。
兵士は飢えに苦しみ、負傷兵は増え続ける場から。こいつらはもはや出がらし状態だ。」
魔神リーン・リーン・グー様はそうおっしゃると拘束した精霊騎士様をご自分の影の中に取り込んでしまわれるおでした。
「ご慈悲をっ!! 神よっ!!
この者達は異界の魔王の命令でっ・・・・っ!!」
精霊騎士達は必死で魔神リーン・リーン・グー様にお願いしましたが、このような無茶な願い、聞き届けられるはずもなく、7人は陰に沈んでいきました。
「俺の出番はココまでだ。
あとは人間や魔族で話し合うがいい。俺はラーマに手出ししない限り何もしない。」
魔神リーン・リーン・グー様は言わなくてもいいことまで仰って再び影に戻ってしまわれました。
本当に言わなくてもいいのに。
「そちらの魔神様は失われたも同然っ!!
これから最後の突撃に出るっ!! 何のつもりか知らんが、水を止めたことを後悔させてやるっ!!」
魔神リーン・リーン・グー様が参戦しないことを知ったピエトロ・ルーはにわかに活気づき、戦争続行を宣言するのでした。
ですが、それを私は右手で制止し、「なぜ、私が水を止めたかお分かりにならないのですか?」と、問いました。その問いに応えられる王はその場にはいませんでした。
「奇襲の為だ。」とか、「こちらの戦意が上がったタイミングで再び水を張り、こちらの精神を疲弊させるために」など、心に傷を負った彼らは疑う事しかできませんでした。
だから、私は言いました。ハッキリと「あなた方など我らの敵ではない」と
「お黙りなさい、愚かな人間の王たちよ。
あなた達は私たちよりもはるかに多い軍勢で押し寄せてきて大敗を喫している。
その理由はただ一つ。あなた方が私たちの掌の中の存在だからと言うわけです。」
私はフェデリコを指差して言いました。
「この男はフェデリコ・ダヴィデ。
狂気の戦略をもってあなた方を翻弄した稀代の名将。
この男の頭脳をもってすれば、百戦錬磨のピエトロ・ルーが相手でも百通り以上の方法であなた方を滅ぼすことができましょう。」
「私たちはそれを望みません。どうか、和平交渉に応じてください。」
その言葉にダニエラ・ター・ターが食いつきました。
「和平は構いませんが、私たちには異界の魔王様に殺される恐れがございます。
それを回避する方法を教えてくださるのならば、我らは喜んであなた様に従います。
どうか、どうか救いの道があるのならば、お示し下さいませっ!!」
戦争に疲れ切っていたダニエラ・ター・ターはそう言って懇願するのです。私の事を「あなた様」と呼ぶほど卑屈になって・・・。
その姿は忍びなく、また彼女に同調するように瞳を伏せる王族たちもまた、哀れに見えたのでした。
(これ以上の屈辱は忍びない。今すぐ雌雄を決しましょう・・・)
私はそう決心すると、全員に「下馬しなさい。」と命令を下します。もはやこの期に及んでは気力も戦意も失われてしまった5王は、私の命令に肩を震わせると、恐れるようにして速やかに下馬するのでした。
その姿を見届けた私は天に向かって怒鳴りました。
「見たかっ!!
コソコソと隠れて暗躍する心いやしき異界の魔王っ!!
すでに我々下々の者共の戦いは勝敗が付いたのです。
あなたは我々に負けたのです。
これ以降は我らの主人から隠れていないで自分の戦いをなさい。
あなたの家臣は見事に戦ったというのに、お前は惨めに我らの主人から逃げ隠れるのですかっ!!」
神をも恐れぬ私の挑発に5王は目を見開いて微動だにせず、ただ呆気にとられるばかりでした。
しかし、その次の瞬間でした。雲のない天が避けるような雷光が突如起きたかと思うと、大雷鳴と共に一人の高貴な者が天より降りてきたのでした。
「身の程もわきまえぬ魔族の姫よっ!!
余は貴様に天誅を与えんっ!!」
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