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第3章「ゴルゴダの丘」
第75話 夜襲
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連続して半日以上の特攻を経てようやく撤退したピエトロ・ルーが次に何を企てているのか、私はそれが恐ろしかったのです。
ピエトロ・ルーは、ただで引き下がるような男ではありません。きっと、次の手を用意しているはず。しかし、それが見当もつかないのでした。不安な気持ちになる私ですが、異界の魔王様との決戦に備える明けの明星様とタヴァエル様は既に旅立たれたのか、お姿を何十日も拝見していません。誰かに頼りたくても頼る人がいないのです。
「ああ。こんなときアンナお姉様やヴァレリオ様がそばにいて下さったら・・・。」
魔神リーン・リーン・グー様のお話によれば、ヴァレリオ様たちと魔神スーリ・スーラ・リーン様たちとの決戦はとっくに決着がついているとのこと。ただし、お互いが決闘前に人間と魔族の戦争には不可侵であれという誓いを立てておられるそうで、決着がついたというのに私たちの戦争が終わるまでは帰還できないそうです。
契約違反。高貴な存在ほど契約に反する行為をしたときに受ける罰則は大きいのです。魔神やそれに等しい魔王の皆さんは相当な罰則を受けてしまうのでしょう。
魔神リーン・リーン・グー様はヴァレリオ様たちの決戦の結果は教えては下さりませんでしたが、お三方がお戻りになれない理由をご説明してくださっています。それは結果的にヴァレリオ様たちの勝利を証明するに等しいのです。そこはひとまず安心できることなのですが、それでも全員が無事のお戻りとは限りません、私の心は私たちの戦争とヴァレリオ様たちの安否の両方が気がかりだったのです。
しかし、今は戦時下。家臣団を無事に家族の元へ送り返してあげなくてはいけないという義務が私にはある以上、私情に囚われていてはいけません。なんといっても相手はピエトロ・ルー。一切の油断ができない敵なのです。
それだけに私の心は余計に不安となり、ヴァレリオ様たちを求めてしまうのでした。
そんな私の弱い心が表に出た独り言を聞いたジャコモが私を励ましてくれます。全くできた家臣ですね。
「あのお方たちなら、かならずどこかで姫様を見守っていてくださいますよ。
だから再会されるときに恥ずかしくないようにふるまわなければいけませんよ?」
ジャコモは励ますと言っても私を甘やかすのではなくまるで教育するように発破をかけてくるのです。その発破に刺激されて私は気持ちを入れ替えて頑張るのです。
「ジャコモ。ピエトロ・ルーは何を考えていると思いますか?
30日近くも間を開けてからの狂気じみた連続戦闘・・・。この次に何を企んでいるのでしょう?
あなたがピエトロ・ルーならば、次に何を狙いますか?」
私の質問を受けたジャコモは「夜襲ですね」と、即答しました。
「敵は恐らく夜襲を狙っているでしょう。
にらみ合いが続いて我々は精神的につかれています。さらに本日敵が行った正気を失ったような玉砕覚悟の突撃を打ち破った我が軍は今が一番気が緩みやすいのです。
にらみ合いの緊張から解放されたうえに、肉体的な疲労。そして勝利に浮きだった兵士の心理を考えるならば、今、夜襲を仕掛けない手はございません。私がピエトロ・ルーならそうします。」
ジャコモの予想は非常に明確で理にかなっています。私はジャコモの意見をくみ取って命令を出します。
「日のあるうちから交代で兵士を休憩をさせて夜襲に備える警備は万全にしておきなさい。
兵士たちには決して気を抜かぬように言い含めておきなさい。」
「はっ!」
ジャコモは私の命令を聞くと力強い返事を返して夜襲に備えるように部下たちに伝令するのでした。
戦勝ムードにのぼせ上らぬようにしなくてはいけないのです。そもそも、1回や2回の攻防戦を制したところで6万もの敵兵は揺らがないのです。
私は城の窓から見える敵の槍衾に脅威を感じずにはおられませんでした。
そうして、嫌な予感は的中しました。
その夜、夜襲があったのです。闇夜に紛れて敵が城壁をよじ登り、城下に侵入。そして城壁の門を破壊してしまったのです。
実行犯はたった十数名。決死の行動でした。彼らは我が軍の兵士には目もくれず、城門の前にまで進むと円陣防御を組んで城門の破壊工作をする3名を必死で守り抜き、城門の閂を止める金具を破壊することに成功しました。
彼らはそれで全滅してしまったのですが、彼らは最後の力を振り絞って「ワレ、ハカイセリッ!!」の絶叫を上げて城門の外の敵兵に知らせたのでした。
その知らせはあっという間に敵軍に伝わり、城門から少し離れた場所で闇夜に隠れて息をひそめていた敵兵が一斉に立ち上がり、攻勢を仕掛けてきました。
煌煌と燃え盛る敵の松明は何千という数にもなり、深夜だというのにまるで夕暮れのように一斉に明るくなるのでした。
その松明の数に城壁の兵士たちが血相を変えて叫びました。
「くるぞ~~~っ!!
城門を護れ~~~っ!!」
松明の数にパニックになった兵士たちは一斉に城門に集結してしまいます。
集団心理というものが起きて誰もがその行動を疑いません。
私は慌てて叫びます。
「一か所に固まりすぎてはダメっ!!
皆、自分の持ち場を守ってっ!! 必要な采配は私がしますっ!!」
城の窓から私一人が叫んだところで命令が伝わるはずもなく、ジャコモが慌てて伝令を送り私の指令を伝えて回ります。
ジャコモはさらに半鐘を鳴らし、兵士を城に注目させて叫びます。
「ドアホウっ!!
総員、自分の持ち場を護れっ!! 手薄になったところから狙われるぞっ!!
人員の采配はこちらでするっ!! 各員、持ち場に戻れ~~っ!!
己の持ち場を死守するんだ~~~っ!!」
ジャコモの叫びは数名の兵士に伝わり、やがてそれが多くの兵士に伝わりました。それまでジャコモは半鐘を鳴らし続け、叫び続けました。
おかげで最悪の事態は避けられ、敵兵が城壁に取りつくまでに人員は適正な数が揃う様になりました。
しかし、それでもジャコモは顔をしかめます。
「これは最悪の事態ですな。
敵は恐らく2~2万5千の兵士で構成しています。これは我々の兵士よりも多い。しかも彼らの総勢は6万の兵士。順繰り交代させて昼夜問わずの構成を仕掛けてくるやもしれません。
そうなれば、我らは死傷者の数ではなく疲労で戦えなくなってしまいますな。」
私は頷きながらもすぐに対策は思いつかず、更にそれどころではない状況の対応で手一杯でした。
「ジャコモ。本国のフェデリコはどうしました? もう30日が過ぎているというのに一向に姿を見せないではありませんか・・・。」
「はっ・・・。それが既に2万5千の兵を整えて出国したそうですが・・・
道中でなにかあったのか一向に連絡がつかないとのことです。」
ジャコモも到着の遅いフェデリコに困り果てているようです。
(フェデリコの2万5千の兵が来てくれたら、現状は一気に変わるというのに・・・。)
(道中で2万5千の兵に何かあった?
もしかしてジェノバ軍と契約している精霊騎士の奇襲を受けたのかしら・・・。
いいえ。もし、敵国が精霊騎士を動かしていたというのなら、こちらにも攻撃を仕掛けてくるはずです。
それでは・・・一体何が?・・・)
この場で考えても仕方がないようなことを色々と考えてしまうのは、フェデリコの軍と言う私の切り札の一つを頼る気持ちが大きいからです。
あれやこれやと考えてしまいますが、それでも今勝利するために必要なものは、いつ来るかわからない援軍よりも今、この場で何をするべきかと言う事です。そして私はどうすればいいのかわかっています。正しい指令を兵に送ることです。
「兵士の規律を守らせなさいっ!!
どんなに慌てても経路を保持しなさい。皆が好き勝手に動けば物資の補給、負傷者の救助が滞り、一層、勝利することが困難になると伝えるのですっ!!」
そう伝令をしてから、私も城門の上に向かい兵士達を労います。
「慌てないでっ!! 最初から敵兵の数は把握しています。この程度の攻撃は想定内ですっ!!
各員のやるべきことをすれば、必ず勝てますっ!!
私を信じてっ!!」
私が歩きながら兵士たちに声がけすると、兵士たちは冷静さを取り戻して笑顔を見せてくれました。きっとみんなも誰かに大丈夫だと言って欲しいのでしょう。屈強な兵士たちですらそうなのですから、私などもっとです。ヴァレリオ様や明けの明星様に大丈夫だよと言って欲しいです。
いえ、明けの明星様はダメですね。あのお方が大丈夫とか仰ると大抵、波乱が起きます。
(それにしてもお飾りのお姫様だった私が随分と出世したものだこと)
私は自分の成長を実感しながらも、今の危機的状態がそれにゆっくりと浸る間もないのです。
「狭間を開けなさいっ!!(※狭間とは城壁に開けられた狙撃用の小窓の事)
接近しすぎた敵には落石以外に矢が必要ですっ!
城壁の上の兵士は引き続き遠方の兵士を打ちなさいっ!!
大丈夫ですっ!! 必ず勝てますっ!!」
必ず勝てますっ!! 私は何度そう叫んだでしょうか?
敵が必死の特攻を仕掛けて数時間後、ようやく敵が撤退していきました。
「総員、城壁の下の死体に油を投げつけ、火矢を放てっ!! 死体に隠れて敵が潜んでいるかもしれんぞっ!!
ジャコモの合図に兵士たちは疲労困憊の体で命令を続行します。たちまち城壁の外には火が上がり肢体を焼く嫌なにおいが立ち込めます。
「酷い匂いです・・・。」
私がハンカチで顔を覆いながら呟くとジャコモが申し訳なさそうに言いました。
「今夜の夜襲。敵兵が昼間の戦闘の死体に紛れていたとしか思えぬ手際の良さでした。
今後、こういったことが起きないようにするためにも必要な処置ではありますし、なにより、これから城壁の外の死体が腐ります。
どうぞ、ご勘弁願います。」
そう言って謝るジャコモの肩に私は無言で手を置いて「少し眠ります。あなたも交代で休みなさい。」と告げて寝室へと向かうのでした。
水浴びをして戦闘の疲れをいやすと、何も考えずに眠ります。
今、この時だけは何も考えず。誰の事も思わずに私は眠るのです。そうすることが疲れをいやす唯一の方法だと知っていたからですが、そんな気を回さなくても私はベッドに横たわると失神したかのように速やかに眠りについてしまうのでした。まさに疲労困憊の状態だったのです。
そんな眠りの中でも私は夢を見ました。明けの明星様の夢です。
何もない白い空間の中に私と明けの明星様の只二人きり。
そして明けの明星様は戦闘の激しさに身も心も疲れ切った私の体を抱きしめて慰めてくださるのでした。
「大丈夫か? ラーマ。
慈悲深いお前の事や。殺さなければ殺されるという状況であるとわかっていても、辛かったやろ?」
そういって私の髪を撫でてくださる明けの明星様。いつも私が何かをする時に励まして、慰めてくださる明けの明星様。そのお優しさに心が触れた時、私はもう我慢できなくなって明けの明星様の胸に頭を沈めて泣きじゃくるのです。
「嫌、嫌。嫌、もう嫌なのですっ!!
どうしてみんな殺しあうのですかっ!!
今日、敵も味方も大勢死にました。死んだ兵士には家族がいます。殺した兵士にも家族がっ!!
私は辛いのですっ!! もう、誰も殺したくないし、死んでほしくありませんっ!!
もう、嫌なのですっ!!」
身も心も疲れ果ててしまった私は子供のように泣き叫ぶのでした・・・。
ピエトロ・ルーは、ただで引き下がるような男ではありません。きっと、次の手を用意しているはず。しかし、それが見当もつかないのでした。不安な気持ちになる私ですが、異界の魔王様との決戦に備える明けの明星様とタヴァエル様は既に旅立たれたのか、お姿を何十日も拝見していません。誰かに頼りたくても頼る人がいないのです。
「ああ。こんなときアンナお姉様やヴァレリオ様がそばにいて下さったら・・・。」
魔神リーン・リーン・グー様のお話によれば、ヴァレリオ様たちと魔神スーリ・スーラ・リーン様たちとの決戦はとっくに決着がついているとのこと。ただし、お互いが決闘前に人間と魔族の戦争には不可侵であれという誓いを立てておられるそうで、決着がついたというのに私たちの戦争が終わるまでは帰還できないそうです。
契約違反。高貴な存在ほど契約に反する行為をしたときに受ける罰則は大きいのです。魔神やそれに等しい魔王の皆さんは相当な罰則を受けてしまうのでしょう。
魔神リーン・リーン・グー様はヴァレリオ様たちの決戦の結果は教えては下さりませんでしたが、お三方がお戻りになれない理由をご説明してくださっています。それは結果的にヴァレリオ様たちの勝利を証明するに等しいのです。そこはひとまず安心できることなのですが、それでも全員が無事のお戻りとは限りません、私の心は私たちの戦争とヴァレリオ様たちの安否の両方が気がかりだったのです。
しかし、今は戦時下。家臣団を無事に家族の元へ送り返してあげなくてはいけないという義務が私にはある以上、私情に囚われていてはいけません。なんといっても相手はピエトロ・ルー。一切の油断ができない敵なのです。
それだけに私の心は余計に不安となり、ヴァレリオ様たちを求めてしまうのでした。
そんな私の弱い心が表に出た独り言を聞いたジャコモが私を励ましてくれます。全くできた家臣ですね。
「あのお方たちなら、かならずどこかで姫様を見守っていてくださいますよ。
だから再会されるときに恥ずかしくないようにふるまわなければいけませんよ?」
ジャコモは励ますと言っても私を甘やかすのではなくまるで教育するように発破をかけてくるのです。その発破に刺激されて私は気持ちを入れ替えて頑張るのです。
「ジャコモ。ピエトロ・ルーは何を考えていると思いますか?
30日近くも間を開けてからの狂気じみた連続戦闘・・・。この次に何を企んでいるのでしょう?
あなたがピエトロ・ルーならば、次に何を狙いますか?」
私の質問を受けたジャコモは「夜襲ですね」と、即答しました。
「敵は恐らく夜襲を狙っているでしょう。
にらみ合いが続いて我々は精神的につかれています。さらに本日敵が行った正気を失ったような玉砕覚悟の突撃を打ち破った我が軍は今が一番気が緩みやすいのです。
にらみ合いの緊張から解放されたうえに、肉体的な疲労。そして勝利に浮きだった兵士の心理を考えるならば、今、夜襲を仕掛けない手はございません。私がピエトロ・ルーならそうします。」
ジャコモの予想は非常に明確で理にかなっています。私はジャコモの意見をくみ取って命令を出します。
「日のあるうちから交代で兵士を休憩をさせて夜襲に備える警備は万全にしておきなさい。
兵士たちには決して気を抜かぬように言い含めておきなさい。」
「はっ!」
ジャコモは私の命令を聞くと力強い返事を返して夜襲に備えるように部下たちに伝令するのでした。
戦勝ムードにのぼせ上らぬようにしなくてはいけないのです。そもそも、1回や2回の攻防戦を制したところで6万もの敵兵は揺らがないのです。
私は城の窓から見える敵の槍衾に脅威を感じずにはおられませんでした。
そうして、嫌な予感は的中しました。
その夜、夜襲があったのです。闇夜に紛れて敵が城壁をよじ登り、城下に侵入。そして城壁の門を破壊してしまったのです。
実行犯はたった十数名。決死の行動でした。彼らは我が軍の兵士には目もくれず、城門の前にまで進むと円陣防御を組んで城門の破壊工作をする3名を必死で守り抜き、城門の閂を止める金具を破壊することに成功しました。
彼らはそれで全滅してしまったのですが、彼らは最後の力を振り絞って「ワレ、ハカイセリッ!!」の絶叫を上げて城門の外の敵兵に知らせたのでした。
その知らせはあっという間に敵軍に伝わり、城門から少し離れた場所で闇夜に隠れて息をひそめていた敵兵が一斉に立ち上がり、攻勢を仕掛けてきました。
煌煌と燃え盛る敵の松明は何千という数にもなり、深夜だというのにまるで夕暮れのように一斉に明るくなるのでした。
その松明の数に城壁の兵士たちが血相を変えて叫びました。
「くるぞ~~~っ!!
城門を護れ~~~っ!!」
松明の数にパニックになった兵士たちは一斉に城門に集結してしまいます。
集団心理というものが起きて誰もがその行動を疑いません。
私は慌てて叫びます。
「一か所に固まりすぎてはダメっ!!
皆、自分の持ち場を守ってっ!! 必要な采配は私がしますっ!!」
城の窓から私一人が叫んだところで命令が伝わるはずもなく、ジャコモが慌てて伝令を送り私の指令を伝えて回ります。
ジャコモはさらに半鐘を鳴らし、兵士を城に注目させて叫びます。
「ドアホウっ!!
総員、自分の持ち場を護れっ!! 手薄になったところから狙われるぞっ!!
人員の采配はこちらでするっ!! 各員、持ち場に戻れ~~っ!!
己の持ち場を死守するんだ~~~っ!!」
ジャコモの叫びは数名の兵士に伝わり、やがてそれが多くの兵士に伝わりました。それまでジャコモは半鐘を鳴らし続け、叫び続けました。
おかげで最悪の事態は避けられ、敵兵が城壁に取りつくまでに人員は適正な数が揃う様になりました。
しかし、それでもジャコモは顔をしかめます。
「これは最悪の事態ですな。
敵は恐らく2~2万5千の兵士で構成しています。これは我々の兵士よりも多い。しかも彼らの総勢は6万の兵士。順繰り交代させて昼夜問わずの構成を仕掛けてくるやもしれません。
そうなれば、我らは死傷者の数ではなく疲労で戦えなくなってしまいますな。」
私は頷きながらもすぐに対策は思いつかず、更にそれどころではない状況の対応で手一杯でした。
「ジャコモ。本国のフェデリコはどうしました? もう30日が過ぎているというのに一向に姿を見せないではありませんか・・・。」
「はっ・・・。それが既に2万5千の兵を整えて出国したそうですが・・・
道中でなにかあったのか一向に連絡がつかないとのことです。」
ジャコモも到着の遅いフェデリコに困り果てているようです。
(フェデリコの2万5千の兵が来てくれたら、現状は一気に変わるというのに・・・。)
(道中で2万5千の兵に何かあった?
もしかしてジェノバ軍と契約している精霊騎士の奇襲を受けたのかしら・・・。
いいえ。もし、敵国が精霊騎士を動かしていたというのなら、こちらにも攻撃を仕掛けてくるはずです。
それでは・・・一体何が?・・・)
この場で考えても仕方がないようなことを色々と考えてしまうのは、フェデリコの軍と言う私の切り札の一つを頼る気持ちが大きいからです。
あれやこれやと考えてしまいますが、それでも今勝利するために必要なものは、いつ来るかわからない援軍よりも今、この場で何をするべきかと言う事です。そして私はどうすればいいのかわかっています。正しい指令を兵に送ることです。
「兵士の規律を守らせなさいっ!!
どんなに慌てても経路を保持しなさい。皆が好き勝手に動けば物資の補給、負傷者の救助が滞り、一層、勝利することが困難になると伝えるのですっ!!」
そう伝令をしてから、私も城門の上に向かい兵士達を労います。
「慌てないでっ!! 最初から敵兵の数は把握しています。この程度の攻撃は想定内ですっ!!
各員のやるべきことをすれば、必ず勝てますっ!!
私を信じてっ!!」
私が歩きながら兵士たちに声がけすると、兵士たちは冷静さを取り戻して笑顔を見せてくれました。きっとみんなも誰かに大丈夫だと言って欲しいのでしょう。屈強な兵士たちですらそうなのですから、私などもっとです。ヴァレリオ様や明けの明星様に大丈夫だよと言って欲しいです。
いえ、明けの明星様はダメですね。あのお方が大丈夫とか仰ると大抵、波乱が起きます。
(それにしてもお飾りのお姫様だった私が随分と出世したものだこと)
私は自分の成長を実感しながらも、今の危機的状態がそれにゆっくりと浸る間もないのです。
「狭間を開けなさいっ!!(※狭間とは城壁に開けられた狙撃用の小窓の事)
接近しすぎた敵には落石以外に矢が必要ですっ!
城壁の上の兵士は引き続き遠方の兵士を打ちなさいっ!!
大丈夫ですっ!! 必ず勝てますっ!!」
必ず勝てますっ!! 私は何度そう叫んだでしょうか?
敵が必死の特攻を仕掛けて数時間後、ようやく敵が撤退していきました。
「総員、城壁の下の死体に油を投げつけ、火矢を放てっ!! 死体に隠れて敵が潜んでいるかもしれんぞっ!!
ジャコモの合図に兵士たちは疲労困憊の体で命令を続行します。たちまち城壁の外には火が上がり肢体を焼く嫌なにおいが立ち込めます。
「酷い匂いです・・・。」
私がハンカチで顔を覆いながら呟くとジャコモが申し訳なさそうに言いました。
「今夜の夜襲。敵兵が昼間の戦闘の死体に紛れていたとしか思えぬ手際の良さでした。
今後、こういったことが起きないようにするためにも必要な処置ではありますし、なにより、これから城壁の外の死体が腐ります。
どうぞ、ご勘弁願います。」
そう言って謝るジャコモの肩に私は無言で手を置いて「少し眠ります。あなたも交代で休みなさい。」と告げて寝室へと向かうのでした。
水浴びをして戦闘の疲れをいやすと、何も考えずに眠ります。
今、この時だけは何も考えず。誰の事も思わずに私は眠るのです。そうすることが疲れをいやす唯一の方法だと知っていたからですが、そんな気を回さなくても私はベッドに横たわると失神したかのように速やかに眠りについてしまうのでした。まさに疲労困憊の状態だったのです。
そんな眠りの中でも私は夢を見ました。明けの明星様の夢です。
何もない白い空間の中に私と明けの明星様の只二人きり。
そして明けの明星様は戦闘の激しさに身も心も疲れ切った私の体を抱きしめて慰めてくださるのでした。
「大丈夫か? ラーマ。
慈悲深いお前の事や。殺さなければ殺されるという状況であるとわかっていても、辛かったやろ?」
そういって私の髪を撫でてくださる明けの明星様。いつも私が何かをする時に励まして、慰めてくださる明けの明星様。そのお優しさに心が触れた時、私はもう我慢できなくなって明けの明星様の胸に頭を沈めて泣きじゃくるのです。
「嫌、嫌。嫌、もう嫌なのですっ!!
どうしてみんな殺しあうのですかっ!!
今日、敵も味方も大勢死にました。死んだ兵士には家族がいます。殺した兵士にも家族がっ!!
私は辛いのですっ!! もう、誰も殺したくないし、死んでほしくありませんっ!!
もう、嫌なのですっ!!」
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