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第3章「ゴルゴダの丘」
第73話 ラーマの奇策
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「聞け、ラーマ・シューよ。
この話合いは、貴様らの命乞いを聞くためのものであり、せめてもの願いがあれば聞き入れておいてやろうという情けだ。
死ぬ前に何か言いたいことはあるか? お前が私の側室になってでも生き残りたいというのなら、配慮もしよう。どうだ?」
ピエトロ・ルーは、私にそう尋ねると、あとは私の返事をじっと待っていました。
この期に及んでまだこのようなことを・・・。これは明らかに私を軽く見ている証拠でした。私は声を大にして、これを拒絶しました。
「私は魔族統一国家エデンの女王。この私を侮辱するという事は、私の臣民を侮辱すると同義。
あなた方に対して私の意思をはっきりさせます。」
「このまま回れ右して国に帰るか、私と私の臣民に詫びを入れて和平交渉に応じるか、ここで全滅するかの3択しかあなた方には許されていないのだと心得なさい。
我が軍は強力で、我が秘策は不敗。戦えばあなた方は一兵たりとも生きて帰れない。」
「それでも戦いたいというのなら、その下品な頭をさっさとかぼちゃとすげ替えなさい。色欲に狂ったあなた方の脳よりもそっちの方がよほど優秀なのです。」
「私の言い分を理解しましたか? 下品なおさるさんたち。」
侮辱に次ぐ侮辱にいささか腹が立っていた私は珍しくきつい言葉で彼らに通告します。流石に過激すぎたのか、人間の国の王の一人ヤコボ・ローが腰に差した剣を抜き取ると切っ先を天に掲げながら私の方へ向かってきました。
「おのれ、黙って聞いておけば小娘が付け上がりおってっ!!
今の発言は我らの情けを足蹴にするような行為。断じて許さぬ、この場で切って捨てるぞっ!!」
ちょっとした挑発に一々反応してしまう浅慮な男です。その上、頭に血が上ったの彼はこちらにも護衛がいることを忘れてしまったのか、あっという間に私に剣が届く間合いまで近づいてしまいました。
彼は気が付いていません。自分が近づきすぎていることと、どうして護衛がいるのにここまで誰にも止められずにここまで近づくことができたのか考えてもいないのでしょう。
そう、剣をもって近づいてくる慮外者を排除しない護衛はいません。
彼は疑問に思うべきでした。どうして護衛が誰一人動かなかったのか・・・。それはそうする必要が無かったからです。私の護衛達は自分たちよりももっと信頼のおける存在が私を護衛していることをよく知っていたから動かなかったのです。
ヤコボ・ローの剣が私の肌に触れる前に私の馬の影から伸びるようにして出てきた剣が彼の右腕を撥ね落とし、彼の剣は私に触れることさえかないませんでした。
「ぎゃあああああっ!!」
ヤコボの悲鳴を聞いていた人間の国王たちは「ああっ!!」と、声を上げてヤコボの腕を切り落とした魔神リーン・リーン・グー様を指差して驚くのでした。
「き、貴様っ!! この話し合いの場に魔神様をご同道するとは、なんたる卑劣なっ!!」
ピエトロ・ルーは血相を変えて私を批判したかと思うと、「精霊騎士様っ!! 契約に応じ、我らを御守り下さいっ!!」と言って、自分たちの隠し札である精霊騎士を召喚するのでした。
そして、彼の要請に応じて7体の精霊騎士が一気に現界し、彼らを護衛するのでした。つまり、彼らも最初から子精霊騎士をこの話し合いの場に連れて来ていたというわけです。これでよく私を卑劣だと罵れましたね。私は呆れながら、彼らを見つめます。
しかし、この対峙は長くはもちません。いくら精霊騎士が7体おられると言っても、こちらは魔神様が一柱。最初から彼らでは太刀打ちできるわけがないことはわかり切っていました。
戦力差を身をもって知る精霊騎士達は、リーン・リーン・グー様との直接戦闘を避けて人間たちの王族を連れて逃げる道を選択しました。
「おのれ、ラーマ・シューっ!!
このようなだまし討ちをして恥を知れっ!!
必ず後で貴様を捕えて恥辱の限りの拷問を与えてやる~~~っ!!」
精霊騎士の能力のおかげで瞬時に自軍の方へ与逃げ延びる彼らが吐いた言葉は時間差をかけて私の耳にも届くのでした。
彼らを少し見送ってから、ジャコモの先導に付き合って私も城内に戻っていきました。
私とジャコモたちが城内に入ると同時に城門は閉じられ、籠城戦の準備を整えるのでした。
やがて王たちの帰還により魔族討伐の命令を受けた人間の国の軍隊が、太鼓の号令に合わせて近づいてきました。
その様子を見てジャコモが私に開戦の宣言のタイミングだと助言してくれました。
「姫様。敵軍、いよいよ攻撃を仕掛けて参ります。
城内の騎士達のためにどうぞ、お声がけをお願いします。」
ジャコモが指さす先には急造した舞台がありました。その壇上の上で演説してくださいという事なのでしょう。
私は望まれるがまま壇上に上がるとゴルゴダの騎士全員に届けるために出来るだけ大きな声で演説を行うのでした。
「さぁ、城門の外ではいよいよ人間の兵が私たちの命を狙って兵士たちが近づいてきています。敵は6万、こちらは2万ほど。普通に考えれば不利です。
しかし、私には秘策があります。それは勝利をもたらし、あなた方をあなた方の家族の元へ返してくれるはずですっ!!
だから、私を信じて命をかけて戦ってくださいっ! 必ず勝利して見せますっ!!」
敵が既に迫ってきているので短めの挨拶となりましたが、それでも城内の騎士に勇気をもたらすことができたようで、城内から歓声が沸き上がるのでした。
「姫様。城内の威勢は絶好調です。敵も城門近くまで来ております。
今こそ第一の秘策をもって敵を後退させましょう。」
ジャコモが攻撃のタイミングを教えてくれたので、私は城壁の上にいる兵士に向かって合図を出します。
「開戦の狼煙を上げなさいっ!
敵を一気に押し戻すのですっ!」
私の合図を聞いた兵士は手はず通りにすぐさま赤い狼煙を起こします。私はその狼煙を指差して告げます。
「騎士諸君。ごらんなさいっ!!
この狼煙は私の最初の秘策。敵を退ける第一の罠ですっ!!」
「あの罠が効果を発揮するまで全員、射撃にて敵を迎え撃ちなさい。
その時になれば、誰もが我が軍の勝利を理解するでしょう!!」
私はそう叫ぶと城壁に上がった兵士達に合図を送ります。それを見た防衛隊長は弓兵に射撃準備の号令を出しました。あとは彼らの仕事です。彼らにどうすべきかは既に命令を伝えています。私は私の役目を果たさねばなりません。
私の役目・・・。それは皆の心の支えとなることです。もと、お飾りの姫の私にはうってつけの役目なのです。
私は弓兵を鼓舞するために階段で城壁に登ると弓兵たちに声をかけて回ります。
「皆っ!! 敵兵の数が多くても恐れることはありません。
今の彼らは数に溺れて勝利を確信しています。いえ、勝利を確信しすぎているのですっ!!
それ故、彼らは油断しています。油断した兵士などいくら束になっても烏合の衆にすぎません。
今こそ、絶好の攻撃のチャンスっ!! 最初の一撃で敵に大打撃を与えて攻める気を失わさせるのですっ!!」
私は迫りくる大軍の足音が近づくにつれ、その足音が地響きのように変わっていくのを感じていました。その足音を聞いて兵士が恐れを抱かぬように女王自らが城壁に上がり、彼らを勇気づけなければいけない。それこそが私が今するべき仕事なのです。
ジャコモは言いました。
「もうすぐ射撃範囲に敵が入ります。姫様のご指示通り、かなりギリギリの距離まで敵をひきつけてあります。
そろそろ弓兵隊長が合図を送る頃でしょう。どうぞ姫様も同じく声を上げてください。
兵士たちのやる気が上がります。」
私は頷くと弓兵隊長に傾注し、彼の合図に合わせて号令を発します。
「弓兵諸君、矢、つがえ~~~っ!!
「弓構えっ!!」
「放てぇ~~~~~っ!!」
その号令に合わせて多くの矢が隙間なく城壁から飛びました。密集陣形で突撃してくる敵兵は弓矢を回避する動きを取ることができません。逃げる隙間が無いからです。
ゆえに弓兵は狙いを定める必要もなく、大量の矢をただ射撃するだけでいいのです。狙わずともその矢は誰かに当たるからです。
そうしてその戦術通り多くの敵兵が弓矢によって倒れていきます。粗末な盾で弓矢を受け止めようとする者もいますが、高い場所から放物線を描いて落下する弓矢は勢いが増していて、とても手盾では防御できるようなものではありません。多くの兵士が矢に打たれ傷つき、時に死んでいきました。そして矢に打たれ地に倒れた彼らの体が後続兵の障害となり、前進する速度を遅くし、それがさらに敵を矢の的にしやすくするのでした。
私が弓兵隊長の号令に合わせて兵士に命令を送りました。だからこれは私の命令です。私が多くの兵士に敵を殺せと命じたのです。
この攻撃で死ぬ敵兵を殺したのは私だと言えます。私が敵兵を殺したのです。
多くの兵士が死んでいく様を私は涙を流して見つめました。
(なんと哀れな・・・。王たちが異界の魔王様に操られ挙兵していることを、ここで死んでいく兵士たちの何名がその事を知っているというのでしょう?)
(何も知らずに突撃してくる兵士。しかし、いくら彼らが哀れでも攻撃しなければ見方が殺されることはわかっています・・・)
私がそう考えていると、敵兵の第一陣が撤退の鏑矢を飛ばして引き下がり始めました。初撃は私たちの大勝利です。
城壁の上の兵士たちはその撤退する様を見て大いに歓声を上げて敵に自分たちの勝利を宣言するのです。
城内は一気に戦勝ムードに盛り上がります。
しかし、ジャコモは城外に倒れている兵士を指差し私に言いました。
「姫様。やはり姫様の読み通り初撃の敵は多くが雑兵でしたな。
装備が甘い。姫様が戦闘準備の際に鏃をつけない矢で十分だと仰ったおかげで鏃に使う鉄を無駄に浪費せずに済みました。先端を重くし、尖らせただけの矢で十分、敵を痛めつけることができましたね。しかし・・・」
私はジャコモが続けて何を言いたいのか察知し、彼の言葉に続いて言いました。
「ええ。今のは明らかに威力偵察。雑兵をもって私たちの反撃の強さを見極めるための攻撃。
ゆえに少々の被害が出ても戦況に影響が出ない雑兵を送り込んできたのでしょう。罪なことをします。」
「ですが・・・。流石、戦上手の誉れ高いピエトロ・ルー。無駄な被害は最小に抑えられるようにしています。敵ながら全く見事な撤退のタイミングです。
これで人間の軍隊はこちらの戦力と強かさを思い知ったはずです。
彼らが威力偵察をすることを私たちが読んでいたことを回収した負傷兵の矢傷から思い知るでしょう。なんといっても鏃が無い弓矢で攻撃されていたのですから。」
私の言葉にジャコモは頷きました。
「はい。粗末な鎧や手盾では上空から降り注ぐ弓矢の攻撃には耐えきれません。
鏃の付いていない矢は攻撃力が落ちるため、必要以上に敵を城壁に近づけましたが、その甲斐ありましたな。
姫様の見事な采配のおかげであります。姫様の戦上手。後世まで語り継がれる事でしょう。」
ジャコモがそう言って私を持ち上げてくれるので、私も少し、いい気分になってしまいました。
しかし、これで人間の国、特にピエトロ・ルーは私たちの戦力をある程度知り、次の攻撃に備えてくるはずです。その時、彼は私たちが鏃をつけない矢を用いたことを考え一切の油断のない作戦を立ててくるでしょう・・・。
それはきっと恐ろしい作戦なのでしょうが・・・。
・・・・・・ですが私はそんな作戦を実行させたりはしないのです。
「おいっ!! なんだか、北の方からおかしな音が聞こえて来たぞっ!!」
「本当だっ!! ・・・これは何の音だ? シャアシャアと、まるで小川のせせらぎのような・・・。」
城壁に登った弓兵たちが最初に異変に気が付きました。そして、彼らが騒ぎ始めてすぐのこと。彼らはその異変の正体に気が付いたのです。
「ああっ!! 見ろっ!! 水だっ!!」
彼らは次々に水の存在に気が付き、地面を流れる水を指差して騒ぎました。
これが私の最初の罠です。
「弓兵諸君っ!! お聞きなさいっ!!
恐れることはありません。これが私の第一の罠。上方に存在するため池を決壊させ、水責めを行うのです。
大地はぬかるみ、敵の進撃を停滞させます。」
私がそう叫ぶと兵士たちはこの水が作戦と知って大いに喜び、私の名を叫ぶのでした。
「ラーマ姫様、万歳っ!!」「ラーマ姫様、万歳っ!!」
兵士全員が勢いづき、最早、敵にとって手が付けられない存在と変わっていったのでした。
この話合いは、貴様らの命乞いを聞くためのものであり、せめてもの願いがあれば聞き入れておいてやろうという情けだ。
死ぬ前に何か言いたいことはあるか? お前が私の側室になってでも生き残りたいというのなら、配慮もしよう。どうだ?」
ピエトロ・ルーは、私にそう尋ねると、あとは私の返事をじっと待っていました。
この期に及んでまだこのようなことを・・・。これは明らかに私を軽く見ている証拠でした。私は声を大にして、これを拒絶しました。
「私は魔族統一国家エデンの女王。この私を侮辱するという事は、私の臣民を侮辱すると同義。
あなた方に対して私の意思をはっきりさせます。」
「このまま回れ右して国に帰るか、私と私の臣民に詫びを入れて和平交渉に応じるか、ここで全滅するかの3択しかあなた方には許されていないのだと心得なさい。
我が軍は強力で、我が秘策は不敗。戦えばあなた方は一兵たりとも生きて帰れない。」
「それでも戦いたいというのなら、その下品な頭をさっさとかぼちゃとすげ替えなさい。色欲に狂ったあなた方の脳よりもそっちの方がよほど優秀なのです。」
「私の言い分を理解しましたか? 下品なおさるさんたち。」
侮辱に次ぐ侮辱にいささか腹が立っていた私は珍しくきつい言葉で彼らに通告します。流石に過激すぎたのか、人間の国の王の一人ヤコボ・ローが腰に差した剣を抜き取ると切っ先を天に掲げながら私の方へ向かってきました。
「おのれ、黙って聞いておけば小娘が付け上がりおってっ!!
今の発言は我らの情けを足蹴にするような行為。断じて許さぬ、この場で切って捨てるぞっ!!」
ちょっとした挑発に一々反応してしまう浅慮な男です。その上、頭に血が上ったの彼はこちらにも護衛がいることを忘れてしまったのか、あっという間に私に剣が届く間合いまで近づいてしまいました。
彼は気が付いていません。自分が近づきすぎていることと、どうして護衛がいるのにここまで誰にも止められずにここまで近づくことができたのか考えてもいないのでしょう。
そう、剣をもって近づいてくる慮外者を排除しない護衛はいません。
彼は疑問に思うべきでした。どうして護衛が誰一人動かなかったのか・・・。それはそうする必要が無かったからです。私の護衛達は自分たちよりももっと信頼のおける存在が私を護衛していることをよく知っていたから動かなかったのです。
ヤコボ・ローの剣が私の肌に触れる前に私の馬の影から伸びるようにして出てきた剣が彼の右腕を撥ね落とし、彼の剣は私に触れることさえかないませんでした。
「ぎゃあああああっ!!」
ヤコボの悲鳴を聞いていた人間の国王たちは「ああっ!!」と、声を上げてヤコボの腕を切り落とした魔神リーン・リーン・グー様を指差して驚くのでした。
「き、貴様っ!! この話し合いの場に魔神様をご同道するとは、なんたる卑劣なっ!!」
ピエトロ・ルーは血相を変えて私を批判したかと思うと、「精霊騎士様っ!! 契約に応じ、我らを御守り下さいっ!!」と言って、自分たちの隠し札である精霊騎士を召喚するのでした。
そして、彼の要請に応じて7体の精霊騎士が一気に現界し、彼らを護衛するのでした。つまり、彼らも最初から子精霊騎士をこの話し合いの場に連れて来ていたというわけです。これでよく私を卑劣だと罵れましたね。私は呆れながら、彼らを見つめます。
しかし、この対峙は長くはもちません。いくら精霊騎士が7体おられると言っても、こちらは魔神様が一柱。最初から彼らでは太刀打ちできるわけがないことはわかり切っていました。
戦力差を身をもって知る精霊騎士達は、リーン・リーン・グー様との直接戦闘を避けて人間たちの王族を連れて逃げる道を選択しました。
「おのれ、ラーマ・シューっ!!
このようなだまし討ちをして恥を知れっ!!
必ず後で貴様を捕えて恥辱の限りの拷問を与えてやる~~~っ!!」
精霊騎士の能力のおかげで瞬時に自軍の方へ与逃げ延びる彼らが吐いた言葉は時間差をかけて私の耳にも届くのでした。
彼らを少し見送ってから、ジャコモの先導に付き合って私も城内に戻っていきました。
私とジャコモたちが城内に入ると同時に城門は閉じられ、籠城戦の準備を整えるのでした。
やがて王たちの帰還により魔族討伐の命令を受けた人間の国の軍隊が、太鼓の号令に合わせて近づいてきました。
その様子を見てジャコモが私に開戦の宣言のタイミングだと助言してくれました。
「姫様。敵軍、いよいよ攻撃を仕掛けて参ります。
城内の騎士達のためにどうぞ、お声がけをお願いします。」
ジャコモが指さす先には急造した舞台がありました。その壇上の上で演説してくださいという事なのでしょう。
私は望まれるがまま壇上に上がるとゴルゴダの騎士全員に届けるために出来るだけ大きな声で演説を行うのでした。
「さぁ、城門の外ではいよいよ人間の兵が私たちの命を狙って兵士たちが近づいてきています。敵は6万、こちらは2万ほど。普通に考えれば不利です。
しかし、私には秘策があります。それは勝利をもたらし、あなた方をあなた方の家族の元へ返してくれるはずですっ!!
だから、私を信じて命をかけて戦ってくださいっ! 必ず勝利して見せますっ!!」
敵が既に迫ってきているので短めの挨拶となりましたが、それでも城内の騎士に勇気をもたらすことができたようで、城内から歓声が沸き上がるのでした。
「姫様。城内の威勢は絶好調です。敵も城門近くまで来ております。
今こそ第一の秘策をもって敵を後退させましょう。」
ジャコモが攻撃のタイミングを教えてくれたので、私は城壁の上にいる兵士に向かって合図を出します。
「開戦の狼煙を上げなさいっ!
敵を一気に押し戻すのですっ!」
私の合図を聞いた兵士は手はず通りにすぐさま赤い狼煙を起こします。私はその狼煙を指差して告げます。
「騎士諸君。ごらんなさいっ!!
この狼煙は私の最初の秘策。敵を退ける第一の罠ですっ!!」
「あの罠が効果を発揮するまで全員、射撃にて敵を迎え撃ちなさい。
その時になれば、誰もが我が軍の勝利を理解するでしょう!!」
私はそう叫ぶと城壁に上がった兵士達に合図を送ります。それを見た防衛隊長は弓兵に射撃準備の号令を出しました。あとは彼らの仕事です。彼らにどうすべきかは既に命令を伝えています。私は私の役目を果たさねばなりません。
私の役目・・・。それは皆の心の支えとなることです。もと、お飾りの姫の私にはうってつけの役目なのです。
私は弓兵を鼓舞するために階段で城壁に登ると弓兵たちに声をかけて回ります。
「皆っ!! 敵兵の数が多くても恐れることはありません。
今の彼らは数に溺れて勝利を確信しています。いえ、勝利を確信しすぎているのですっ!!
それ故、彼らは油断しています。油断した兵士などいくら束になっても烏合の衆にすぎません。
今こそ、絶好の攻撃のチャンスっ!! 最初の一撃で敵に大打撃を与えて攻める気を失わさせるのですっ!!」
私は迫りくる大軍の足音が近づくにつれ、その足音が地響きのように変わっていくのを感じていました。その足音を聞いて兵士が恐れを抱かぬように女王自らが城壁に上がり、彼らを勇気づけなければいけない。それこそが私が今するべき仕事なのです。
ジャコモは言いました。
「もうすぐ射撃範囲に敵が入ります。姫様のご指示通り、かなりギリギリの距離まで敵をひきつけてあります。
そろそろ弓兵隊長が合図を送る頃でしょう。どうぞ姫様も同じく声を上げてください。
兵士たちのやる気が上がります。」
私は頷くと弓兵隊長に傾注し、彼の合図に合わせて号令を発します。
「弓兵諸君、矢、つがえ~~~っ!!
「弓構えっ!!」
「放てぇ~~~~~っ!!」
その号令に合わせて多くの矢が隙間なく城壁から飛びました。密集陣形で突撃してくる敵兵は弓矢を回避する動きを取ることができません。逃げる隙間が無いからです。
ゆえに弓兵は狙いを定める必要もなく、大量の矢をただ射撃するだけでいいのです。狙わずともその矢は誰かに当たるからです。
そうしてその戦術通り多くの敵兵が弓矢によって倒れていきます。粗末な盾で弓矢を受け止めようとする者もいますが、高い場所から放物線を描いて落下する弓矢は勢いが増していて、とても手盾では防御できるようなものではありません。多くの兵士が矢に打たれ傷つき、時に死んでいきました。そして矢に打たれ地に倒れた彼らの体が後続兵の障害となり、前進する速度を遅くし、それがさらに敵を矢の的にしやすくするのでした。
私が弓兵隊長の号令に合わせて兵士に命令を送りました。だからこれは私の命令です。私が多くの兵士に敵を殺せと命じたのです。
この攻撃で死ぬ敵兵を殺したのは私だと言えます。私が敵兵を殺したのです。
多くの兵士が死んでいく様を私は涙を流して見つめました。
(なんと哀れな・・・。王たちが異界の魔王様に操られ挙兵していることを、ここで死んでいく兵士たちの何名がその事を知っているというのでしょう?)
(何も知らずに突撃してくる兵士。しかし、いくら彼らが哀れでも攻撃しなければ見方が殺されることはわかっています・・・)
私がそう考えていると、敵兵の第一陣が撤退の鏑矢を飛ばして引き下がり始めました。初撃は私たちの大勝利です。
城壁の上の兵士たちはその撤退する様を見て大いに歓声を上げて敵に自分たちの勝利を宣言するのです。
城内は一気に戦勝ムードに盛り上がります。
しかし、ジャコモは城外に倒れている兵士を指差し私に言いました。
「姫様。やはり姫様の読み通り初撃の敵は多くが雑兵でしたな。
装備が甘い。姫様が戦闘準備の際に鏃をつけない矢で十分だと仰ったおかげで鏃に使う鉄を無駄に浪費せずに済みました。先端を重くし、尖らせただけの矢で十分、敵を痛めつけることができましたね。しかし・・・」
私はジャコモが続けて何を言いたいのか察知し、彼の言葉に続いて言いました。
「ええ。今のは明らかに威力偵察。雑兵をもって私たちの反撃の強さを見極めるための攻撃。
ゆえに少々の被害が出ても戦況に影響が出ない雑兵を送り込んできたのでしょう。罪なことをします。」
「ですが・・・。流石、戦上手の誉れ高いピエトロ・ルー。無駄な被害は最小に抑えられるようにしています。敵ながら全く見事な撤退のタイミングです。
これで人間の軍隊はこちらの戦力と強かさを思い知ったはずです。
彼らが威力偵察をすることを私たちが読んでいたことを回収した負傷兵の矢傷から思い知るでしょう。なんといっても鏃が無い弓矢で攻撃されていたのですから。」
私の言葉にジャコモは頷きました。
「はい。粗末な鎧や手盾では上空から降り注ぐ弓矢の攻撃には耐えきれません。
鏃の付いていない矢は攻撃力が落ちるため、必要以上に敵を城壁に近づけましたが、その甲斐ありましたな。
姫様の見事な采配のおかげであります。姫様の戦上手。後世まで語り継がれる事でしょう。」
ジャコモがそう言って私を持ち上げてくれるので、私も少し、いい気分になってしまいました。
しかし、これで人間の国、特にピエトロ・ルーは私たちの戦力をある程度知り、次の攻撃に備えてくるはずです。その時、彼は私たちが鏃をつけない矢を用いたことを考え一切の油断のない作戦を立ててくるでしょう・・・。
それはきっと恐ろしい作戦なのでしょうが・・・。
・・・・・・ですが私はそんな作戦を実行させたりはしないのです。
「おいっ!! なんだか、北の方からおかしな音が聞こえて来たぞっ!!」
「本当だっ!! ・・・これは何の音だ? シャアシャアと、まるで小川のせせらぎのような・・・。」
城壁に登った弓兵たちが最初に異変に気が付きました。そして、彼らが騒ぎ始めてすぐのこと。彼らはその異変の正体に気が付いたのです。
「ああっ!! 見ろっ!! 水だっ!!」
彼らは次々に水の存在に気が付き、地面を流れる水を指差して騒ぎました。
これが私の最初の罠です。
「弓兵諸君っ!! お聞きなさいっ!!
恐れることはありません。これが私の第一の罠。上方に存在するため池を決壊させ、水責めを行うのです。
大地はぬかるみ、敵の進撃を停滞させます。」
私がそう叫ぶと兵士たちはこの水が作戦と知って大いに喜び、私の名を叫ぶのでした。
「ラーマ姫様、万歳っ!!」「ラーマ姫様、万歳っ!!」
兵士全員が勢いづき、最早、敵にとって手が付けられない存在と変わっていったのでした。
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