魔王〜明けの明星〜

黒神譚

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第3章「ゴルゴダの丘」

第66話 決闘

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「やってくれたなっ!! ・・・・ヴァレリオ・フォンターナっ!!」

 ヴァレリオに不名誉な仇名あだなをつけられた下郎神は、兵士たちを動揺させることで自分たちをまんまと引き出して見せたヴァレリオに対して怒りをあらわに吠えた。
 同時に登場した2柱の神々も同様に険しい表情をしていた。その表情から声を上げないまでも下郎神と同様にまんまと自分を追い込んだヴァレリオに対しての怒りが強いことは明らかだった。
 
 そんな3柱の神に対峙するヴァレリオは、絶体絶命の状況と言って差し支えない。ヴァレリオも既に弱小の神なら問題にもならない境地に達しているとはいえ、さすがに一人で3柱の神と戦うことなどありえないことであった。しかも、威力偵察のために手を抜かれていた前回の対決の時と違い今回の神々は明らかにヴァレリオに対して殺意を向けている。

 だというのにヴァレリオの精神は冷静そのもので向かい合う3柱の神々を冷静に見極めていた。
 ヴァレリオは思う。
 
 (策がはまって新たな神を引きずり出すことに成功したな。
  こいつは龍神ヴォール・ヴォール・・・。水龍の一系統から神に昇華した存在・・・)

 ヴァレリオの前に新たに現れた神は肌の色から髪の色まで何もかもが水色の美青年だった。長い長髪を三つ編みにしてなびかせ、女性物の衣装をまとっている少し線が細い見た目をしていた。
 しかし、体の線の細さは神にとっては強さを測る基準にはならない。彼の体からほとばしる魔力の強さから、かなりの強敵とみていい相手だった。

 (ふうむ。藪をつついて鬼が出るどころか本当にヘビまで出るとは運命とは洒落が利いているな。)

 ヴァレリオは頭の中でそう思いついたとき、自然と笑っていた。その笑みは3柱の神々を動揺させるほど自然な笑みだった。
 
 ヴァレリオの笑顔を不気味に思った龍神ヴォール・ヴォールは、しなやかな指先でヴァレリオを指差して尋ねた。

「ねぇ、君。何が面白いのよ?
 私達3柱を君一人で相手にすることになって気でも触れた?
 それとも頭の中で私達と戦って勝つ妄想でもして良い気分にでもなっちゃったの?」
「ま、どっちにしてもキモい男ね。見た目はカッコいいのにもったいない子ね。」
 
 龍神ヴォール・ヴォールは、明らかな動揺を見せながら、ヴァレリオを侮辱する。その挑発は彼が本当にヴァレリオという男を図ることができない不安感から来るものであった。そして、それを隠すことができない未熟さを露呈する行為でもあった。

 それを見てヴァレリオは思う。

 (標的は決まったな・・・。)

 ヴァレリオは心の中で作戦を決めると敵に悟られぬように自分の右手を自然に背後に回して右手人差し指一本だけ立てるハンドサインで背後に控える魔神アンナ・ラーに合図を送る。それから3柱の神々とジェノバ軍に向けて話す。

「さて、我々高位の者共が此度の下々の戦に参戦せしことそちらは何と思う?
 余は下々の者は下々同士で戦うことが神の理であると心得るが如何に?」

 ヴァレリオがそう声高に叫ぶと、魔神スーリ・スーラ・リーンはヴァレリオの意図を読み取って嬉しそうに笑いながら答えた。

「応っ!! もちろん、それは当方も同じこと。
 我らの決着、人の戦いに関与せぬところで決めるべきであると、かく思う。」

 魔神スーリ・スーラ・リーンとヴァレリオの考えが一致した。勿論、他の2柱の神々も人間の戦いに加わることをあまり心地よいものと思ってはいなかった様子で無言のまま同意を意味する頷きをした。

「では、我らは別の場所で・・・。人々はこの場所で戦うがよいっ!!」

 ヴァレリオはそう言って下馬すると馬の尻を叩く。馬は自分がどうすればいいのかわかっていたかのように防衛都市の方へ走って帰っていく。愛馬のその様子を微笑を浮かべてヴァレリオは見送ると、3柱の髪を目線で誘ってから一瞬でその場から姿を消した。それと同時に3柱の神々も姿を消した。
 それは本当に一瞬の事でその場にいた人達は全員、何が起こったのかわからない程だった。急に姿が消えたのだ。
 だが、実際には人の目には止まらぬ高速移動でその場から消えただけの事。
 彼らが消えてから一拍の間を置いてから、彼らが地面を蹴って走るときに出る爆音がその地に鳴り響き、その時人々はようやく神々が宣言通り、人のいないところでの争いを始めたのだと気が付いたのだった。

「さぁ、ジェノバ軍よっ!!
 我らは我らの戦争を始めよう!! 健闘を祈るっ!!」

 あらかじめヴァレリオから指示を受けていた親衛隊長ジャコモ・ベルナルディは槍を掲げて戦争開始を宣言する。彼の音頭を聞いてジェノバ軍率いる人間の軍隊は我に返ってジャコモに応えるように雄たけびを上げながら、彼らに向かって突撃を始めるのだった。
 6万の軍を前に勇敢に前に出てきた300の兵士はその光景を悠然と眺めていた・・・。


 

 ヴァレリオは神速で走り抜け、戦場から100キロほど離れた地点に3柱の神々を誘い込むと「いさ、戦わんっ!!」と宣言をする。
 しかし、言われた側の神々は、不満そうだった、
 下郎神はヴァレリオの態度に腹を立てて怒鳴った。

「ふざけるな。お前は本気で単身で俺達3柱と戦うつもりか?
 舐めるのもいい加減にしろ。」
「お前が我らと戦うというのなら、誰と戦うのかお前が決めろっ!!
 死に方は選ばせてやるっ!!」

 下郎神の考えに2太柱の神々も同意のようで無言で腕組をした姿でヴァレリオを睨みつけた。彼らにも神としての誇りがある。「3対1などで戦えるかっ!」といったところか。
 ヴァレリオは思う。
 
 (この言葉には偽りがないだろう。そして、彼らが人間の争いに積極的に参加するかもしれないという可能性については危惧する必要はなさそうだ。
  さて・・・では、どうするか・・・)

 ヴァレリオは少し考えたのち、「お前だ。」と下郎神を指差した。
 指名されなかった魔神スーリ・スーラ・リーンは舌打ちし、龍神ヴォール・ヴォールは「ああん。いけずっ」と残念がった。
 反対に指名された下郎神は若干、不機嫌そうであった。舐められていると感じたからだ。

「・・・一つ聞いていいか?
 お前は何故、私を指名した。私なら勝てると思ったのか?」

 ヴァレリオは首を横に振ってから答えた。

「別に誰が相手だろうと同じことだ。
 ただ、お前とは先に因縁ができているからな。順列というものだ。」

 ヴァレリオの言葉は理にかなったものであり、悪意は感じられなかったので下郎神は満足して頷くと、立ち並ぶ他の二柱の列から離れてヴァレリオと向かい合った。

「では、いざ戦わんっ!!」

 下郎神が開戦を宣言するとヴァレリオは「いざあーーーーぁっ!!」と気合の籠った返答を返す。
 そして、その声の響きが終わらないうちに二人は激突した。
 下郎神は音速を超える速度でヴァレリオに突撃すると右拳による突きを放つ。強烈な右ストレートであったが、ヴァレリオは身を沈めて地面を転がってこれを交わす。そして倒れ様に下郎神の右足に己の両足を絡ませたかと思うと力任せにこれを捻り切ろうとする。所謂いわゆるヒールホールドであったが、この危険を素早く察知した下郎神はヴァレリオの捻り技よりも早くに自分の体を回転させて脱出を図る。

「ほうっ・・・。見事な組打ちだ。」

 魔神スーリ・スーラ・リーンはヴァレリオの寝技を見て興味深そうに声を上げた。
 不発に思われたヴァレリオのヒールホールドが下郎神の足に確実にダメージを与えていることを察知していたからだ。下郎神は虚を突かれたとはいえ、あっさりとヒールホールドを食らってしまった為、たとえ回転して逃げおおせたとはいえ、その膝部に傷を負ってしまったのだった。

「しかし、だから何だというのだ。この程度のケガは一瞬で治る。
 我ら神々の闘争がどういうものか、まだ若いお前にはわかっていないようだな。」

 下郎神は立ち上がると言葉通り一瞬で傷を治す。そして、両手で空中に神紋を描くと一瞬のうちに3体の神仙獣を召喚する。

「我と契約せし獣ズー・ロー・ハー、ダン・ハン・サー、キュー・レイよっ!!
 我が呼びかけに応じ次元の壁を開いて参集せよっ!! これは主命であるっ!!」

 下郎神の叫びに応じて3体の神仙獣は、それぞれ次元の壁を切り裂いて異界から姿を現すのであった。
 三面六臂さんめんろっぴの猿の神仙獣ズー・ロー・ハー。上半身は美しい鬼女で下半身は蛇の神仙獣ダン・ハン・サー。美しいエメラルドの瞳を12対も持った巨大な山犬の神仙獣キュー・レイ。
 その3体は、いずれもジェノバに潜伏したラーマたちを狙った時に登場した強烈な神仙獣だった。

「お前の同僚の魔神シェーン・シェーン・クーの時はあいつの異常性に狼狽えてこいつたちだけに襲わせたために逃げられてしまった。
 だが、その過ちは二度と犯さん。」

 下郎神はそう宣言すると、3体の神仙獣と共に突撃を再開する。
 先頭を切るのは山犬の神仙獣キュー・レイ。激しい咆哮と共にファイアブレスを吐いて攻撃を仕掛けてくる。さらにその背後からは鬼女ダン・ハン・サーが毒の霧を吐きかける。
 彼らの背後に控える猿の神仙獣ズー・ロー・ハーは彼らが戦ってくれている間に水魔法で凄まじい圧力で凝縮された水の槍を無数に作り出して射出する、
 神仙獣の攻撃はすさまじいものであった。弱小な神ならば、少々のダメージは受けたかもしれない攻撃だった。
 キュー・レイの炎は地面を溶かすほど高熱で、ダン・ハン・サーの毒の霧は空気すらも腐らせた。そしてズー・ロー・ハーの作り出した水の槍は、これを打ち払うヴァレリオの大剣を一撃で粉砕せしめるほどの威力を見せた。

「おまぬけな武器で神と戦おうなどとっ!! 思いあがるのもいい加減にしろっ!」

 大剣を失い、さらに3体の神仙獣の追撃をステップワークで回避するしかなかったヴァレリオ。その行動を先読みした下郎神の右手が魔力を凝縮した砲弾が怒りの言葉と共に打ち放たれた。その狙いはヴァレリオの行動を正確に予測したものでヴァレリオの腹部を直撃する。

「ハッ!!」

 直撃の瞬間、回避が不可能と確信したヴァレリオは鋭い呼吸と共に腹部に魔力を込めてこれを弾き返す。中国拳法で言うところの発勁はっけいの呼吸法に近い防御法だった。腹部の圧を高めて敵の攻撃を弾き返す。強い胆力と攻撃のタイミングに呼吸を合わせるセンスが必要とされる技術だが、幼いころより戦場いくさばで叩き磨き上げられたヴァレリオの戦闘センスはこれを可能とさせた。

 その技術は魔神スーリ・スーラ・リーンさえ満足させるものであった。

「うむ。ヴァレリオ・フォンターナ。なかなか良いセンスをしているな。
 あの窮地に回避行動ではなく受け止める道を選択し、さらにこれを止めて見せるとは・・・。」
「反対にあいつはダメだな。
 手下に襲わせて自分は距離の離れた場所からの遠隔攻撃。今の戦い方でヴァレリオと肉弾戦で戦うことが不利だと考えていることを認識させてしまった。」

 魔神スーリ・スーラ・リーンの読みは正確だった。一連の行動を見たヴァレリオもそのように分析していたのである。そしてそれは真実であった。
 下郎神は自分の右ストレートパンチをあっさりと見切ってカウンターで足関節技を仕掛けてきたヴァレリオの格闘センスを恐れたのだ。そして、自分の得意技である遠隔攻撃に攻撃方法を絞ったのだった。
 
 しかし、それは愚策であった。距離を取ること。それは敵を自由に動かせてしまうという事であり、同時に視界の集中力の低下を産んでしまうのだ。
 だから、彼は気が付かなかった。受け止められたとはいえ、遠距離攻撃を見事にヒットさせたことでこれに固執するあまり、同じ攻撃を繰り返してしまうのだ。その作戦自体は完全に悪い事ではない。距離を取って自分は安全な場所から敵を削る。常套手段と言える。だが、動きが単調になってしまうのだ。
 その単調な神仙獣との連携攻撃は敵からしても予測がしやすいものとなってしまう。だから自分たちを狙う第三の存在を見落としてしまったのだ・・・。

「きゃああああんっ!!」

 突然、山犬の神仙獣キュー・レイが悲鳴を上げて地面を転がった。甲高い犬の悲鳴に飼い主の視線はキュー・レイに集中した。そのキュー・レイの足には矢が突き刺さっているのが一瞬だけ視認できた。そして一瞬でそれは爆発し、キュー・レイの前足を吹き飛ばした。

「ああっ!?」

 予測しない突然のことに狼狽える下郎神。魔神スーリ・スーラ・リーンは、その異常を見てすぐさまそれが何なのか理解した。そして、続けざまに飛んでくる矢の雨に向かって飛び出すと残った2体の神仙獣を守りながら吠える。

「おのれっ! またもや魔神ギーン・ギーン・ラーの仕業かっ!!
 一対一の決闘に無粋な真似をっ!!」

 スーリ・スーラ・リーンが矢を叩き落とすたびに爆発が起こり周囲には爆炎が広がっていく。
 そうして、周囲が見えなくなったとき「きゃああああああ~~~ぅ!!」という龍神ヴォール・ヴォールの悲鳴が周囲に響き渡る。

「・・・くそっ!! またしてもやられた。
 ヴァレリオは俺達を誤解させた!! 魔神ギーン・ギーン・ラー以外に伏兵がいたのだ。
 ヴォール・ヴォールは攫われてしまったっ!!」

 煙が消えたときにはヴァレリオの姿と龍神ヴォール・ヴォールの姿はなかった。そして、龍神ヴォール・ヴォールが立っていた場所には獣の爪痕が深く残されていたのだった。

「おのれっ・・・。なんと卑怯なっ!! この爪痕は魔神シェーン・シェーン・クーかっ!!」

 下郎神は自分の飼い犬の足を再生させながら血の涙を流して悔しがるのだった。
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