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第3章「ゴルゴダの丘」
第65話 敗北
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「見事な戦いぶりでした。さすが旦那様が目をかけている男です。」
魔神アンナ・ラーは威力偵察後、若干、興奮気味にヴァレリオの健闘を讃えた。しかし、ヴァレリオはそれを素直に喜ぶような真似はしなかった。
「いえ、アンナ様。どうも我々も彼らに図られていたように思います。
ハッキリ言って手を抜かれていました。彼らも先の戦いは私達の実力を試していたように感じました。」
「アンナ様が彼らから遠く離れた位置から援護射撃をしてくださったのも、それを察しての事では?」
ヴァレリオの返答はアンナ・ラーの満足のいくようなものだったようで、嬉しそうに何度も首を縦に振って返答する。
「その通りです。
私はあの二柱の神の内、魔神スーリ・スーラ・リーンとは因縁があります。彼も言いましたが、私と彼は7度戦い、私は5度敗れているのです。
彼がどういう神か私はよく知っています。だからこそ彼が何を企んでいるのかわかりました。」
「彼は明らかにこちらの戦力を試していました。あそこで私が姿を現せば本格的な戦闘になっていました。
そうなれば私以外に増援が来ないことを理由に彼らは私達の戦力、仲間にしている神の数を把握してしまうと危惧したのです。」
「だから私はこちらの戦力を読ませないために援護射撃にとどめました。文字通り煙に巻いたのです。」
アンナは自分のあの時の行動の理由をわかりやすく説明した。その話を黙って聞いていたヴァレリオの心境は、穏やかなものではなかった。
「7度戦って5度敗れた・・・。あの魔神の話は本当だったのですね。
我々魔族が古くから信仰していたアンナ様がそこまで一方的に敗れていたことは神話の上でも全く存じ上げないことでした。
あの魔神、それほどの男ですか?」
そう尋ねるヴァレリオの表情は若干引きつっていた。そして、魔神スーリ・スーラ・リーンの詳細を尋ねられたアンナもまた、忌まわしい記憶を語る上で心穏やかではおられず、彼と同じように額に汗した引きつった顔で説明する。
「あの神と私の戦いが表ざたにならないのは当然です。あの男は戦いにしか興味がなく、出世欲もないので信仰を集めることには興味がありません。だから、神話として語り継がれることがない。だから私と彼の戦いは二人だけの物語に終わっていたのです。」
そこからの話は壮絶だった。勝者と敗者の物語だったのだ。
「彼と初めて会ったのは7千年前の事です。初めて会った時はお互い流浪の魔王でしたが、出会ってすぐに彼と私は敵と認識して戦いました。その時は私が勝利し、彼は敗れて遠くに去りました。それが私達の因縁の始まりです。
2度目の対決は痛み分けでした。その時、私達は互いに切磋琢磨するライバルであることを自覚し、お互いを好敵手と呼びあいました。
ただし、それは6度目の戦いまでの話です。5度目の対決までは私たちはそれなりに実力伯仲の戦いの末に私が敗れる展開だったのですが、6度目の対決の時、彼は終始私を圧倒し私は完全に敗北しました。」
「7度目の対決の時などは実力差は明白でした。私は彼の僅かなスキをついて逃げおおせましたが、生き残れたのが不思議なほど完膚なきまで叩きのめされたのです。」
「彼の成長ぶりから私は彼と自分との器の違い、生まれ持った才能の差を思い知らされました。
反対に彼は進歩のない私に呆れて『最早、好敵手にあらず。お前を生かす価値はない』と言って本気で殺しにかかってきたのです。」
そこまで話すと、アンナはしばらくの沈黙の後、涙交じりに自分の心境を告白した。
「彼は戦いの天才です。
正直言いますと私はあの男があなたの前に姿を見せた時、怖かったのです。
彼の前に姿を見せるのを恐れました。」
魔神アンナ・ラーはその本性は闘神である。そのアンナ・ラーによる敵に対して恐怖していたという告白にヴァレリオは目をむいて驚いた。
「怖い? アンナ様が?
あの神はそれほどの存在ですか?」
ヴァレリオは、自分の質問が意味が無い事を知っていたし、アンナの震える肩を見てその答えを理解していたのにオウム返しに質問してしまうのだった。それはヴァレリオの驚きのほどを現していた。
それでもアンナは真摯に答えた。そしてその答えはヴァレリオの心胆を寒かしめる内容だった。
「はい。あの男は疫病と氷を支配する魔神系の闘神です。本来なら私にとっては相性のいい敵のはずなのですが、何しろ肉弾戦がめっぽう強い。最後の戦いから1200年は経ちますが、彼は未だに成長しているのです。
戦いに取りつかれたあの男は5度打ち勝った私よりも新たな敵を欲しているはずです。
ですから、気をつけなさいヴァレリオ。目新しい強敵のあなたこそあの男の標的になるはずです。」
自分たち魔族が何千年も崇めていた魔神アンナ・ラーが実力差を認める相手が自分の事を狙っている。その事を聞いたヴァレリオの気持ちは言葉では表現できない程、恐怖に満ちていたのだった。
だが、しかし。二人の心には一つの支えがあった。それ故にどれほど魔神スーリ・スーラ・リーンが強敵であっても最後の最後の所では立ち向かえる勇気を残すことができていたのだった。
「あの男は確かに強力です。ですが、旦那様の手にかかれば、赤子も同然。いえ、虫けらに等しいでしょう。」
アンナ・ラーはバックにいる自分の男を自慢げに語るのだった。
二人が威力偵察を終え、防衛拠点に戻って来てから7日後の事。軍勢を完全に整えたジェノバ軍は6万を大きく超える軍勢で防衛都市の前に現れた。荒野一面に広がる槍衾を見たヴァレリオの家臣団は恐怖に震えるのだった。
「いよいよジェノバ軍が来ましたね。
あれ以降、向こうの魔神たちが全くこちらを攻撃してこなかったのは、あくまでも人間と魔族の戦いを重要視している証拠でしょう。」
防衛都市の物見台から一面に広がるジェノバ軍を見下ろしていたアンナ・ラーは冷静に敵の狙いを推測した。そしてヴァレリオもそれに同意した。
「仰る通りかと。しかし、彼らの行動は我らも推測済み。
すでに都市に避難していた者達も含めて戦力を持たぬ領民の避難は済んでいます。今頃、王都へたどり着いているはずです。」
アンナ・ラーはヴァレリオの方を見ずに敵に目をくれたまま頷いた。
「はい。では、この後はせいぜい抵抗するそぶりを見せつつ、見事な撤退をして見せることが肝要ですね。」
「しかし、6万の軍勢相手にそううまく逃げ切れることができるのか、そしてあの神々を相手に私達がどこまで戦えるのか・・・。
魔族も私達も生き残れるのか怪しい展開になってきました。」
その声は震えていた。ヴァレリオはアンナのか細い方を抱き寄せると、力強く語り掛けて安心させた。
「ご安心くださりませ。魔神スーリ・スーラ・リーンは私が足止めして見せましょう。
アンナ様は援護射撃をお願いいたします。
そして、機を見て王都へ逃げおおせましょう。」
ヴァレリオの優しさに心打たれたアンナは涙を流して感謝した。
「ごめんなさい。女になってから私の心は闘神のそれからどんどん離れてしまっています。
戦いが恐ろしいのです。きっと恐らく私の神としての属性もこの先、地母神や豊穣神に変わってしまうのでしょう。
あなたの助けには、なれません。」
戦いを恐れるアンナ・ラーをヴァレリオは責めなかった。それどころか一度とはいえ情を交わした女の前で意地を見せられないで何とするという覇気までみなぎっていることに気が付いてもいた。
「なに。私は騎士。女性を守ってこその騎士の栄誉。
私に全てお任せください。」
ヴァレリオはそれだけ告げるとアンナ・ラーに背を向けて出陣の準備を進めるのだった。
鎧を着こみ、武器を手にして騎乗して防衛都市の中央門から全兵士に向けて開戦の音頭を取る。
「総員、聞けっ!! 運命の大一番が来たぞっ!! 壁の外を見るがいい。6万を超える軍勢が我らを取り囲んでいる姿が見えるであろう。
しかし、恐れることはない。我々の仕事は奴らと戦う事ではなく、疲弊させることだ。すなわち敵国にノコノコ現れたアホ共に何も与えないことだ。」
「我々は奴らと戦うふりをして王都へと撤退する。そのとき、奴らには何も与えはしない。
財宝や食料は既に運び出され、井戸水には毒薬が投げ込まれている。奴らには何も与えはしない。
この防衛都市さえもっ!!
各員、指揮官の命令に従って精々戦うフリをしてカレイに逃げ延びよ。
それでも武運拙く死ぬことがあれば・・・ま、運が悪かったなと笑って済ませよ。」
絶体絶命の最中、冗談を交えて部下を鼓舞するヴァレリオの演説に兵士一同から笑い声が生まれる。その笑い声を聞いてヴァレリオはこの作戦が成功することを確信する。
「さあっ!! 者ども仕掛けるぞっ!!!
一世一代の大勝負と心得よっ!! 上手くいけば6万の軍勢にしてやったぞと後世まで語り継ぐことができ、武運拙く死んだときも戦女神の神殿で美女に囲まれて美味い酒が飲めるだけの話だっ!!」
「死を恐れるなっ!! 死神を恐れないものを死神は避ける。
命を捨てて戦い抜けっ!!」
ヴァレリオは演説の最後に手にした槍を天に掲げて「開門っ!!」と叫ぶ。いよいよその時が来たのだと誰もが覚悟を決める瞬間だった。
そしてヴァレリオの号令と共に防衛都市の巨大な門が押し開かれ、先制攻撃の騎馬隊がヴァレリオを先頭に城外に飛び出していく。わずか300騎の騎馬隊が6万の軍勢に向かって飛び出していく様は見るものによっては愚者の行動であったが、圧倒的な数の敵兵に恐れることがない味方の姿は城内の者達の心の支えであり、誇りでもあった。
ヴァレリオ率いる騎馬隊は勇壮に敵兵に向かっていくと矢の届かぬ距離に来て一度立ち止まる。ヴァレリオの手旗で一糸乱れぬ馬捌きで整列して止まる姿に、敵兵かも思わずため息がこぼれた。その感動のため息をつく人数があまりにも多かったので、それは大きなどよめきとなって戦場に響いた。
その驚きと感動は騎兵の誇りとなり、300の兵士たちは兜の下で自慢げに笑う。そんな部下たちの心境を背中で察しながら、ヴァレリオはかねてから指示していた通り、騎馬隊の指揮を親衛隊隊長のジャコモ・ベルナルディに小声で引き継ぐと一騎で前に飛び出て叫んだ。
「やーやー、ジェノバ軍率いる人間の国の兵士共っ!!
遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ、我こそはゴルゴダ公国君主、魔王ヴァレリオ・フォンターナであるっ!!
この戦、血沸き肉躍る物であると諸君らも感じ入っていることと存ずるっ!!
そこで一興である。諸君ら腰抜けどもの中にも我と直接戦わんという勇気のある兵士あらば、命が惜しくが無いもの順に前に出よっ!!」
魔王ヴァレリオ・フォンターナの名乗りは無礼を極め、なおかつ、威厳に満ちていた。
それもそのはず、ヴァレリオは人間たちを畏怖させるために自身の絶大な魔力を隠しもしなかった。そのオドの禍々しさには人間はおろか魔族も震え上がる勢いだった。当然、戦いたいと名乗りを上げるものなど存在しなかった。仲間内で勇壮を語った者。恐怖など知らぬとうそぶいた屈強な男達も神の領域に達しているヴァレリオと戦いたいとは思わなかったのだ。
もちろん既に高みに達しているヴァレリオにとっても敵とはいえ下等な階位の彼らを畏怖させることが目的ではない。彼の目標は別にあったのだ。
「どうしたっ!? 誰もおらぬのかっ!?」
「ああ、そうだっ!? あの卑劣な神共はどうした?
貴様らの心のよりどころ。余を相手に二人で奇襲した腰抜け様たちは姿を見せんのか?」
「臆病の神を何柱率いているのかは知らぬが、そんな腰抜けどもを何匹引き連れてこようが、このヴァレリオ・フォンターナの敵ではないと知り、恐れを抱いた者達から早々に戦場から出て失せよっ!!」
その言葉は兵士たちを恐怖させた。これほどの挑発を受けてすぐに姿を見せない神々に兵士たちが不信感を抱き、同時にヴァレリオに恐怖したのだ。その恐怖は伝播していき、とうとう軍としての体裁さえも崩壊しかけた頃、ようやく3柱の神々が雷鳴をとどろかせて兵士たちの前に姿を見せた。
挑発によっておびき出された神々の顔は、挑発に乗らざるを得なかったことに対する怒りと屈辱に顔を歪めていた。
しかし、ヴァレリオはそんな神々を相手に臆することなく声を上げるのだった。
「随分と遅かったではないかっ、腰抜けども。
さぁ、3匹まとめて余が対峙してくれるから、命が惜しくない者からかかって参れっ!!」
魔神アンナ・ラーは威力偵察後、若干、興奮気味にヴァレリオの健闘を讃えた。しかし、ヴァレリオはそれを素直に喜ぶような真似はしなかった。
「いえ、アンナ様。どうも我々も彼らに図られていたように思います。
ハッキリ言って手を抜かれていました。彼らも先の戦いは私達の実力を試していたように感じました。」
「アンナ様が彼らから遠く離れた位置から援護射撃をしてくださったのも、それを察しての事では?」
ヴァレリオの返答はアンナ・ラーの満足のいくようなものだったようで、嬉しそうに何度も首を縦に振って返答する。
「その通りです。
私はあの二柱の神の内、魔神スーリ・スーラ・リーンとは因縁があります。彼も言いましたが、私と彼は7度戦い、私は5度敗れているのです。
彼がどういう神か私はよく知っています。だからこそ彼が何を企んでいるのかわかりました。」
「彼は明らかにこちらの戦力を試していました。あそこで私が姿を現せば本格的な戦闘になっていました。
そうなれば私以外に増援が来ないことを理由に彼らは私達の戦力、仲間にしている神の数を把握してしまうと危惧したのです。」
「だから私はこちらの戦力を読ませないために援護射撃にとどめました。文字通り煙に巻いたのです。」
アンナは自分のあの時の行動の理由をわかりやすく説明した。その話を黙って聞いていたヴァレリオの心境は、穏やかなものではなかった。
「7度戦って5度敗れた・・・。あの魔神の話は本当だったのですね。
我々魔族が古くから信仰していたアンナ様がそこまで一方的に敗れていたことは神話の上でも全く存じ上げないことでした。
あの魔神、それほどの男ですか?」
そう尋ねるヴァレリオの表情は若干引きつっていた。そして、魔神スーリ・スーラ・リーンの詳細を尋ねられたアンナもまた、忌まわしい記憶を語る上で心穏やかではおられず、彼と同じように額に汗した引きつった顔で説明する。
「あの神と私の戦いが表ざたにならないのは当然です。あの男は戦いにしか興味がなく、出世欲もないので信仰を集めることには興味がありません。だから、神話として語り継がれることがない。だから私と彼の戦いは二人だけの物語に終わっていたのです。」
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「彼と初めて会ったのは7千年前の事です。初めて会った時はお互い流浪の魔王でしたが、出会ってすぐに彼と私は敵と認識して戦いました。その時は私が勝利し、彼は敗れて遠くに去りました。それが私達の因縁の始まりです。
2度目の対決は痛み分けでした。その時、私達は互いに切磋琢磨するライバルであることを自覚し、お互いを好敵手と呼びあいました。
ただし、それは6度目の戦いまでの話です。5度目の対決までは私たちはそれなりに実力伯仲の戦いの末に私が敗れる展開だったのですが、6度目の対決の時、彼は終始私を圧倒し私は完全に敗北しました。」
「7度目の対決の時などは実力差は明白でした。私は彼の僅かなスキをついて逃げおおせましたが、生き残れたのが不思議なほど完膚なきまで叩きのめされたのです。」
「彼の成長ぶりから私は彼と自分との器の違い、生まれ持った才能の差を思い知らされました。
反対に彼は進歩のない私に呆れて『最早、好敵手にあらず。お前を生かす価値はない』と言って本気で殺しにかかってきたのです。」
そこまで話すと、アンナはしばらくの沈黙の後、涙交じりに自分の心境を告白した。
「彼は戦いの天才です。
正直言いますと私はあの男があなたの前に姿を見せた時、怖かったのです。
彼の前に姿を見せるのを恐れました。」
魔神アンナ・ラーはその本性は闘神である。そのアンナ・ラーによる敵に対して恐怖していたという告白にヴァレリオは目をむいて驚いた。
「怖い? アンナ様が?
あの神はそれほどの存在ですか?」
ヴァレリオは、自分の質問が意味が無い事を知っていたし、アンナの震える肩を見てその答えを理解していたのにオウム返しに質問してしまうのだった。それはヴァレリオの驚きのほどを現していた。
それでもアンナは真摯に答えた。そしてその答えはヴァレリオの心胆を寒かしめる内容だった。
「はい。あの男は疫病と氷を支配する魔神系の闘神です。本来なら私にとっては相性のいい敵のはずなのですが、何しろ肉弾戦がめっぽう強い。最後の戦いから1200年は経ちますが、彼は未だに成長しているのです。
戦いに取りつかれたあの男は5度打ち勝った私よりも新たな敵を欲しているはずです。
ですから、気をつけなさいヴァレリオ。目新しい強敵のあなたこそあの男の標的になるはずです。」
自分たち魔族が何千年も崇めていた魔神アンナ・ラーが実力差を認める相手が自分の事を狙っている。その事を聞いたヴァレリオの気持ちは言葉では表現できない程、恐怖に満ちていたのだった。
だが、しかし。二人の心には一つの支えがあった。それ故にどれほど魔神スーリ・スーラ・リーンが強敵であっても最後の最後の所では立ち向かえる勇気を残すことができていたのだった。
「あの男は確かに強力です。ですが、旦那様の手にかかれば、赤子も同然。いえ、虫けらに等しいでしょう。」
アンナ・ラーはバックにいる自分の男を自慢げに語るのだった。
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「いよいよジェノバ軍が来ましたね。
あれ以降、向こうの魔神たちが全くこちらを攻撃してこなかったのは、あくまでも人間と魔族の戦いを重要視している証拠でしょう。」
防衛都市の物見台から一面に広がるジェノバ軍を見下ろしていたアンナ・ラーは冷静に敵の狙いを推測した。そしてヴァレリオもそれに同意した。
「仰る通りかと。しかし、彼らの行動は我らも推測済み。
すでに都市に避難していた者達も含めて戦力を持たぬ領民の避難は済んでいます。今頃、王都へたどり着いているはずです。」
アンナ・ラーはヴァレリオの方を見ずに敵に目をくれたまま頷いた。
「はい。では、この後はせいぜい抵抗するそぶりを見せつつ、見事な撤退をして見せることが肝要ですね。」
「しかし、6万の軍勢相手にそううまく逃げ切れることができるのか、そしてあの神々を相手に私達がどこまで戦えるのか・・・。
魔族も私達も生き残れるのか怪しい展開になってきました。」
その声は震えていた。ヴァレリオはアンナのか細い方を抱き寄せると、力強く語り掛けて安心させた。
「ご安心くださりませ。魔神スーリ・スーラ・リーンは私が足止めして見せましょう。
アンナ様は援護射撃をお願いいたします。
そして、機を見て王都へ逃げおおせましょう。」
ヴァレリオの優しさに心打たれたアンナは涙を流して感謝した。
「ごめんなさい。女になってから私の心は闘神のそれからどんどん離れてしまっています。
戦いが恐ろしいのです。きっと恐らく私の神としての属性もこの先、地母神や豊穣神に変わってしまうのでしょう。
あなたの助けには、なれません。」
戦いを恐れるアンナ・ラーをヴァレリオは責めなかった。それどころか一度とはいえ情を交わした女の前で意地を見せられないで何とするという覇気までみなぎっていることに気が付いてもいた。
「なに。私は騎士。女性を守ってこその騎士の栄誉。
私に全てお任せください。」
ヴァレリオはそれだけ告げるとアンナ・ラーに背を向けて出陣の準備を進めるのだった。
鎧を着こみ、武器を手にして騎乗して防衛都市の中央門から全兵士に向けて開戦の音頭を取る。
「総員、聞けっ!! 運命の大一番が来たぞっ!! 壁の外を見るがいい。6万を超える軍勢が我らを取り囲んでいる姿が見えるであろう。
しかし、恐れることはない。我々の仕事は奴らと戦う事ではなく、疲弊させることだ。すなわち敵国にノコノコ現れたアホ共に何も与えないことだ。」
「我々は奴らと戦うふりをして王都へと撤退する。そのとき、奴らには何も与えはしない。
財宝や食料は既に運び出され、井戸水には毒薬が投げ込まれている。奴らには何も与えはしない。
この防衛都市さえもっ!!
各員、指揮官の命令に従って精々戦うフリをしてカレイに逃げ延びよ。
それでも武運拙く死ぬことがあれば・・・ま、運が悪かったなと笑って済ませよ。」
絶体絶命の最中、冗談を交えて部下を鼓舞するヴァレリオの演説に兵士一同から笑い声が生まれる。その笑い声を聞いてヴァレリオはこの作戦が成功することを確信する。
「さあっ!! 者ども仕掛けるぞっ!!!
一世一代の大勝負と心得よっ!! 上手くいけば6万の軍勢にしてやったぞと後世まで語り継ぐことができ、武運拙く死んだときも戦女神の神殿で美女に囲まれて美味い酒が飲めるだけの話だっ!!」
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命を捨てて戦い抜けっ!!」
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そしてヴァレリオの号令と共に防衛都市の巨大な門が押し開かれ、先制攻撃の騎馬隊がヴァレリオを先頭に城外に飛び出していく。わずか300騎の騎馬隊が6万の軍勢に向かって飛び出していく様は見るものによっては愚者の行動であったが、圧倒的な数の敵兵に恐れることがない味方の姿は城内の者達の心の支えであり、誇りでもあった。
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それもそのはず、ヴァレリオは人間たちを畏怖させるために自身の絶大な魔力を隠しもしなかった。そのオドの禍々しさには人間はおろか魔族も震え上がる勢いだった。当然、戦いたいと名乗りを上げるものなど存在しなかった。仲間内で勇壮を語った者。恐怖など知らぬとうそぶいた屈強な男達も神の領域に達しているヴァレリオと戦いたいとは思わなかったのだ。
もちろん既に高みに達しているヴァレリオにとっても敵とはいえ下等な階位の彼らを畏怖させることが目的ではない。彼の目標は別にあったのだ。
「どうしたっ!? 誰もおらぬのかっ!?」
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その言葉は兵士たちを恐怖させた。これほどの挑発を受けてすぐに姿を見せない神々に兵士たちが不信感を抱き、同時にヴァレリオに恐怖したのだ。その恐怖は伝播していき、とうとう軍としての体裁さえも崩壊しかけた頃、ようやく3柱の神々が雷鳴をとどろかせて兵士たちの前に姿を見せた。
挑発によっておびき出された神々の顔は、挑発に乗らざるを得なかったことに対する怒りと屈辱に顔を歪めていた。
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