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第3章「ゴルゴダの丘」
第64話 下郎神
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魔神アンナ・ラーが先陣切って率いる親衛隊の騎馬部隊は、深夜に突如として奇襲を仕掛けてきたので強行軍の果てに疲労困憊となって眠っていたジェノバ軍を恐怖のどん底に陥れた。
5日の行程を2日で進軍するなど狂気の沙汰であり、陣地を形成したジェノバ軍兵士の多くが、眠るというよりも意識を失う形で寝てしまっていた。
疲労はジェノバ軍の歩哨にも大きな影響を与え、強烈な眠気に抗うことができなかった。
そんな最中である。
深夜に突然、300の騎馬の蹄の音と共に魔神アンナ・ラーが突撃してきたのであった。
本営の少し先で歩哨任務に当たっていたはずの兵士は夢うつつの状態で、魔神アンナ・ラーの接敵をギリギリまで察することができずにいた。そのため警戒の声を上げることもないまま彼は殺されてしまった。
歩哨が役目を果たさなかったためにジェノバ軍は完全に不意打ちを食らった。疲労困憊のジェノバ軍兵は、陣地に火を放たれ、多くの兵士が弓矢や槍の手にかかり命を絶たれるその時まで「敵襲!」と声を上げることすらできなかった。
それは疲れ切ったジェノバ兵士たちにとって現実なのか悪夢なのかわからないような状態で起きたことだったのである。
魔神アンナ・ラーはジェノバ軍の陣営に100メートルほど切り込むと「奇襲成功っ!! 本陣に帰るわよっ!!」と命令を発して騎馬隊をUターンさせて、速やかな撤退を試みる。ほんのわずかな時間の奇襲攻撃であったが、これは見事に成功する。敵兵は反撃の用意すら整え切らないうちの撤退命令であったので、味方の損害はゼロであった。反対にその僅かな時間でジェノバ軍兵士を恐怖させた。
「ああああっ!! なんてことだっ!!
皆、みんな死んでしまったっ!!」
悲鳴を上げるジェノバ軍兵士の悲痛な叫びが深夜に響いた。
しかし、仲間の遺体を見て復讐を心に誓うも、ジェノバ軍兵士は奇襲部隊を追撃することができない程、疲れ果てていたのだ。疲れ切った彼らにできるせめてもの事は、陣地の消火とけが人の手当て。そして悲鳴を上げることだけだったのである。
奇襲は見事に成功した。しかし、この一瞬の奇襲ではジェノバ軍兵士の損害は200に満たない。全軍で6万に達するであろうジェノバ軍にとっては、小さな損害と言えるだろう。
「今回の奇襲は成功したが、焼け石に水かもしれんな。」
ヴァレリオは自分の作戦が正攻法であり、敵兵の戦意を喪失させる有効策と自覚しつつも、今後の地獄を考えれば、そんな愚痴を言わずにはおられなかった。
しかもヴァレリオには気がかりなことがもう一つあった。
奇襲は確かに成功した。それはいい。だが、ジェノバ軍の最大の脅威は兵士ではない。ヴァレリオは敵軍に味方する神の存在が気になって仕方なかった。
(この軍勢の中に、神が紛れ込んでいるはずだ。
何故、未だに姿を見せない?)
(その神は、我々の奇襲を察しているはずなのに、何故だ?
人間同士の小競り合いだと、手を出さないつもりなのだろうか?)
ヴァレリオがそんなことを考えていた時だった。
彼の背後に激しい落雷のような衝撃が起こり、馬が悲鳴を上げて混乱した。
「私に構わず行けっ!! 兵と馬を無駄にするなっ!! 」
ヴァレリオは詳細を説明もせずに隣を並走していた部下に馬の手綱を手渡すと素早く馬から飛び降りた。そして飛び降りながら背後に向かって振り返って抜剣し、落雷のような衝撃と共に登場した神に切りかかるのだった。
その神はあの時、魔神シェーン・シェーン・クーを奇襲した詳細の分からぬ神だった。
「貴様は魔王ヴァレリオ・フォンターナと見たっ!!
敵軍の大将自らお出ましとは気でも触れたかっ、愚か者がっ!!」
ヴァレリオの剣を己が腕を上にあげて、その前腕に着装した手甲でヴァレリオの大剣の一撃を滑り受けながら、詳細不明の神が吠える。
大剣を捌かれたヴァレリオはそんな神の侮辱を気にすることもなく、彼が防御のために腕を上げたせいで生まれた隙を瞬時に見切り、その太い足でガラ空きとなった彼のアバラを激しく蹴り込む。
「ぐっ!!」
脇腹を強かに蹴り飛ばされた見知らぬ神は苦痛の声を上げるように息を短く強く吐くと弾け飛んで地面を転がった。
「おのれっ!! たかが1000かそこらの若造がっ!!」
見知らぬ神は弾け飛ばされた勢いを利用して地面を叩くと、片手で宙を舞って体制を入れ替える。そして彼はただ体制を整える動作だけでは追わなかった。体制を整えながら流れるような動きで水魔法を展開し、無数の水柱を発生させる。その無数の水柱はまるで竜巻のようにヴァレリオめがけて高速移動し、ヴァレリオを挟みんで攻撃しようとするのだった。
しかし、ヴァレリオは彼の魔法攻撃に動じることなく、手にした大剣を彼に向かって投擲すると、それを目くらまし代わりに、その場から素早く飛びのいた。ヴァレリオがその場から離れてしまったことにより攻撃目標を失った無数の水柱は互いにぶつかり合って爆ぜると、その場に大量の雨を降らせるのだった。
「大したものだな。褒めて取らす。
我が名はゴルゴダ公国国王。魔王ヴァレリオ・フォンターナである。
下郎。名乗りの栄誉をお前に与えよう。存分にその惨めな名を名乗るがよい。」
大量な雨が降り注ぐ中で睨み合う二人。ヴァレリオは挑発を交えて見知らぬ神の正体を知ろうと探る。
しかし、敵はそんな安い挑発に乗るような甘い男ではなかった。彼は先ほどヴァレリオが投擲した大剣を右手で見事にキャッチしていた。そして、その手にした大剣を笑顔で捻じ曲げるとせせら笑った。
「お前もシェーン・シェーン・クーと同じだな。そのように安っぽい挑発に俺が乗ると思ったのか。
馬鹿馬鹿しい。」
「お前たちは俺を知らんが俺はお前たちの戦力を知っているぞ。
お前達にはシェーン・シェーン・クー以外にも魔神を揃えているだろう。
あいつだよ。魔神ギーン・ギーン・ラー。」
見知らぬ神は魔神アンナ・ラーの存在を言い当てると勝ち誇ったようにヴァレリオを指差して言葉を続ける。
「お前は知らぬだろうが、ジェノバ軍に見たかをする神は俺だけではない。
早く魔神ギーン・ギーン・ラーを呼ぶがいい。
どこにいるのかは知らんが、こちらは2対1だぞ。」
その言葉にヴァレリオは眉をしかめた。
そして、ヴァレリオが思わず「2対1?」と問い返したその時だった・・・。ヴァレリオの背後に突如、別の神が出現しヴァレリオを背後から剣で刺してきた。
人間は背後からの攻撃に対して通常は側面に逃げようと体をよじってしまうものだ。それは背後の相手を確かめようとする本能的反射によるものと、側面にのがれることで体制を入れ替えて反撃できるメリットに期待する行動でもある。
しかし、実質的にはそれは博打だ。多くの古武術で採用される後ろ取りの攻防は大抵が側面に逃げようとするが、敵が右に向かって刺してくるか、左に向かって刺してくるかなど予測もつかないことであり、自分が逃れようとする方向と刺す方向が合致してしまったら、傷が深くなる一方なのだ。
だから、左右いずれかに逃れる脱出法は基本的には博打の要素が高く、一か八かの賭けとなる。
では、他に手はないかと言えばそうではない。左右以外に逃れる方向が許される場合、古武術はある方向へ逃れる道を選択する。
すなわち絶体絶命のその瞬間。ヴァレリオは素早く前に飛びながら前転して難を逃れたのだ。ヴァレリオのその天才的な機転と己が突き込むよりも先に前方に逃れたヴァレリオに剣をつき込んだ神は「うっ!?」と、驚きの声を上げて戸惑った。
しかもヴァレリオの戦闘センスは二柱の神々の予想をはるかに超える動きを見せた。
それは、彼は背後の神に気を取られることなく前転の勢いそのままに自分と向き合っていた見知らぬ神に飛び掛かり、蹴ると敵に思わせる予備動作を見せてから飛び込みの顔面突きを直撃させる。現代格闘技に於いて「スーパーマンパンチ」などと称されるその飛び込み突きは、パンチの威力だけではなく自分の肉体が突進するエネルギー全てを拳に込められるために絶大な威力を持つのだった。
そして激しい衝撃音がその場に鳴り響くと見知らぬ神は脇腹の蹴りに続いて再びヴァレリオの打撃攻撃によってその体を吹き飛ばされしまうのだった。
一連の攻防の結果として見知らぬ神は地面に倒れ、その場に立っているものは、ヴァレリオとヴァレリオを背後から襲った神の二柱のみだった。
二柱は激しく睨み合いながら対峙した。だが暫く睨み合っていると、背後から襲ってきた神の方が急に「ふふっ」と笑顔を見せて名乗りを上げた。
「良い戦闘センスだ。魔王ヴァレリオ・フォンターナ。
余の名は魔神スーリ・スーラ・リーン。
かつて魔神ギーン・ギーン・ラーと7度戦い、5度奴を倒した神だ。」
衝撃的な自己紹介だった。しかし、神の領域に達しているヴァレリオの脳には彼の情報が調べるまでもなく入力されていた。だから彼の名が魔神スーリ・スーラ・リーンであることをヴァレリオは嘘ではないことを知っていた。。
・・・だが、そんなヴァレリオであっても魔神スーリ・スーラ・リーンがアンナ・ラーを5度倒している話は知らぬ事だった。しかし、それが事実か否かはわからなくても、目の前にいる魔神スーリ・スーラ・リーンの肉体にみなぎる魔力から彼が只者ではないことは十分に察することができた。そして、彼が言うことが真実かもしれないと思ってしまうのだった・
(くそっ! 藪をつついて鬼が出たかっ!
とんでもない神がジェノバに味方しているなっ!!)
魔神スーリ・スーラ・リーンと対峙するヴァレリオは彼の戦闘力の高さを感じ取りながら、身の危険を感じざるを得なかった。
その緊張感を感じ取った魔神スーリ・スーラ・リーンはヴァレリオに忠告する。
「どうした? 早く魔神ギーン・ギーン・ラーに助けを呼べ。
2対1の戦いであるぞ?」
その言葉通り先ほどヴァレリオに顔面を打ち据えられた神がダメージから回復したのか、ゆっくりと立ち上がる。こうしてヴァレリオは左右二方向から挟まれる状況となってしまった。
「よくもこの俺の美しい顔を殴ってくれたな。ただで済むと思うなよ。」
見知らぬ神はそう言って両腕に魔力を込めて戦闘態勢に入る。それに呼吸を合わせるかのように対面にいた魔神スーリ・スーラ・リーンもまた腰に差した剣を抜いて構える。
ヴァレリオ絶体絶命のピンチだった。
だが、ヴァレリオはそんな状況であるにもかかわらず笑顔を見せた。
「ふふっ。美しい顔とは笑わせる。俺はもっと美しい顔の男性を知っている。あのお方に比べたら、お前の顔などたかが知れている。」
「そうだ。いいことを思いついたぞ。見知らぬ神よ。」
「お前に名前を与えよう。今日から自意識過剰の下郎神と名乗るがいい。」
その一言は下郎神の平常心を一撃で打ち砕いた。魔神スーリ・スーラ・リーンと共闘することも忘れて、自分勝手にヴァレリオに「殺すぞ、クソガキっ!!」と叫びながら襲い掛かるのだった。
我を忘れた人間の行動程予見しやすいものはない。ヴァレリオは彼の攻撃を身を沈めて避けると、アッパーカットで反撃をする。その攻撃はギリギリのところで外れるのだが、外れたと同時に彼らがいる場所で激しい爆発が起こった。
「おおっ!? な、なにごとかっ!?」
爆発の煙を下郎神がかき分けて状況を確認した時、すでにヴァレリオの姿は消えていた。
「どこだっ!?」
完全に姿を見失った下郎神を横目に魔神スーリ・スーラ・リーンは説明する。
「してやられたな。
魔神ギーン・ギーン・ラーだ。やつが遠くから俺達を魔法で狙撃したんだ。
その魔法は煙幕のような役目を果たして、奴を逃がしてしまった・・・。」
「これで俺の存在も奴らに知られた。奴らの威力偵察は成功したというわけだ。
2度にわたって逃げられるとは敵ながら天晴れな奴らよ。」
そう説明する魔神スーリ・スーラ・リーンは、どこか楽しげであった。
魔神アンナ・ラーが先陣切って率いる親衛隊の騎馬部隊は、深夜に突如として奇襲を仕掛けてきたので強行軍の果てに疲労困憊となって眠っていたジェノバ軍を恐怖のどん底に陥れた。
5日の行程を2日で進軍するなど狂気の沙汰であり、陣地を形成したジェノバ軍兵士の多くが、眠るというよりも意識を失う形で寝てしまっていた。
疲労はジェノバ軍の歩哨にも大きな影響を与え、強烈な眠気に抗うことができなかった。
そんな最中である。
深夜に突然、300の騎馬の蹄の音と共に魔神アンナ・ラーが突撃してきたのであった。
本営の少し先で歩哨任務に当たっていたはずの兵士は夢うつつの状態で、魔神アンナ・ラーの接敵をギリギリまで察することができずにいた。そのため警戒の声を上げることもないまま彼は殺されてしまった。
歩哨が役目を果たさなかったためにジェノバ軍は完全に不意打ちを食らった。疲労困憊のジェノバ軍兵は、陣地に火を放たれ、多くの兵士が弓矢や槍の手にかかり命を絶たれるその時まで「敵襲!」と声を上げることすらできなかった。
それは疲れ切ったジェノバ兵士たちにとって現実なのか悪夢なのかわからないような状態で起きたことだったのである。
魔神アンナ・ラーはジェノバ軍の陣営に100メートルほど切り込むと「奇襲成功っ!! 本陣に帰るわよっ!!」と命令を発して騎馬隊をUターンさせて、速やかな撤退を試みる。ほんのわずかな時間の奇襲攻撃であったが、これは見事に成功する。敵兵は反撃の用意すら整え切らないうちの撤退命令であったので、味方の損害はゼロであった。反対にその僅かな時間でジェノバ軍兵士を恐怖させた。
「ああああっ!! なんてことだっ!!
皆、みんな死んでしまったっ!!」
悲鳴を上げるジェノバ軍兵士の悲痛な叫びが深夜に響いた。
しかし、仲間の遺体を見て復讐を心に誓うも、ジェノバ軍兵士は奇襲部隊を追撃することができない程、疲れ果てていたのだ。疲れ切った彼らにできるせめてもの事は、陣地の消火とけが人の手当て。そして悲鳴を上げることだけだったのである。
奇襲は見事に成功した。しかし、この一瞬の奇襲ではジェノバ軍兵士の損害は200に満たない。全軍で6万に達するであろうジェノバ軍にとっては、小さな損害と言えるだろう。
「今回の奇襲は成功したが、焼け石に水かもしれんな。」
ヴァレリオは自分の作戦が正攻法であり、敵兵の戦意を喪失させる有効策と自覚しつつも、今後の地獄を考えれば、そんな愚痴を言わずにはおられなかった。
しかもヴァレリオには気がかりなことがもう一つあった。
奇襲は確かに成功した。それはいい。だが、ジェノバ軍の最大の脅威は兵士ではない。ヴァレリオは敵軍に味方する神の存在が気になって仕方なかった。
(この軍勢の中に、神が紛れ込んでいるはずだ。
何故、未だに姿を見せない?)
(その神は、我々の奇襲を察しているはずなのに、何故だ?
人間同士の小競り合いだと、手を出さないつもりなのだろうか?)
ヴァレリオがそんなことを考えていた時だった。
彼の背後に激しい落雷のような衝撃が起こり、馬が悲鳴を上げて混乱した。
「私に構わず行けっ!! 兵と馬を無駄にするなっ!! 」
ヴァレリオは詳細を説明もせずに隣を並走していた部下に馬の手綱を手渡すと素早く馬から飛び降りた。そして飛び降りながら背後に向かって振り返って抜剣し、落雷のような衝撃と共に登場した神に切りかかるのだった。
その神はあの時、魔神シェーン・シェーン・クーを奇襲した詳細の分からぬ神だった。
「貴様は魔王ヴァレリオ・フォンターナと見たっ!!
敵軍の大将自らお出ましとは気でも触れたかっ、愚か者がっ!!」
ヴァレリオの剣を己が腕を上にあげて、その前腕に着装した手甲でヴァレリオの大剣の一撃を滑り受けながら、詳細不明の神が吠える。
大剣を捌かれたヴァレリオはそんな神の侮辱を気にすることもなく、彼が防御のために腕を上げたせいで生まれた隙を瞬時に見切り、その太い足でガラ空きとなった彼のアバラを激しく蹴り込む。
「ぐっ!!」
脇腹を強かに蹴り飛ばされた見知らぬ神は苦痛の声を上げるように息を短く強く吐くと弾け飛んで地面を転がった。
「おのれっ!! たかが1000かそこらの若造がっ!!」
見知らぬ神は弾け飛ばされた勢いを利用して地面を叩くと、片手で宙を舞って体制を入れ替える。そして彼はただ体制を整える動作だけでは追わなかった。体制を整えながら流れるような動きで水魔法を展開し、無数の水柱を発生させる。その無数の水柱はまるで竜巻のようにヴァレリオめがけて高速移動し、ヴァレリオを挟みんで攻撃しようとするのだった。
しかし、ヴァレリオは彼の魔法攻撃に動じることなく、手にした大剣を彼に向かって投擲すると、それを目くらまし代わりに、その場から素早く飛びのいた。ヴァレリオがその場から離れてしまったことにより攻撃目標を失った無数の水柱は互いにぶつかり合って爆ぜると、その場に大量の雨を降らせるのだった。
「大したものだな。褒めて取らす。
我が名はゴルゴダ公国国王。魔王ヴァレリオ・フォンターナである。
下郎。名乗りの栄誉をお前に与えよう。存分にその惨めな名を名乗るがよい。」
大量な雨が降り注ぐ中で睨み合う二人。ヴァレリオは挑発を交えて見知らぬ神の正体を知ろうと探る。
しかし、敵はそんな安い挑発に乗るような甘い男ではなかった。彼は先ほどヴァレリオが投擲した大剣を右手で見事にキャッチしていた。そして、その手にした大剣を笑顔で捻じ曲げるとせせら笑った。
「お前もシェーン・シェーン・クーと同じだな。そのように安っぽい挑発に俺が乗ると思ったのか。
馬鹿馬鹿しい。」
「お前たちは俺を知らんが俺はお前たちの戦力を知っているぞ。
お前達にはシェーン・シェーン・クー以外にも魔神を揃えているだろう。
あいつだよ。魔神ギーン・ギーン・ラー。」
見知らぬ神は魔神アンナ・ラーの存在を言い当てると勝ち誇ったようにヴァレリオを指差して言葉を続ける。
「お前は知らぬだろうが、ジェノバ軍に見たかをする神は俺だけではない。
早く魔神ギーン・ギーン・ラーを呼ぶがいい。
どこにいるのかは知らんが、こちらは2対1だぞ。」
その言葉にヴァレリオは眉をしかめた。
そして、ヴァレリオが思わず「2対1?」と問い返したその時だった・・・。ヴァレリオの背後に突如、別の神が出現しヴァレリオを背後から剣で刺してきた。
人間は背後からの攻撃に対して通常は側面に逃げようと体をよじってしまうものだ。それは背後の相手を確かめようとする本能的反射によるものと、側面にのがれることで体制を入れ替えて反撃できるメリットに期待する行動でもある。
しかし、実質的にはそれは博打だ。多くの古武術で採用される後ろ取りの攻防は大抵が側面に逃げようとするが、敵が右に向かって刺してくるか、左に向かって刺してくるかなど予測もつかないことであり、自分が逃れようとする方向と刺す方向が合致してしまったら、傷が深くなる一方なのだ。
だから、左右いずれかに逃れる脱出法は基本的には博打の要素が高く、一か八かの賭けとなる。
では、他に手はないかと言えばそうではない。左右以外に逃れる方向が許される場合、古武術はある方向へ逃れる道を選択する。
すなわち絶体絶命のその瞬間。ヴァレリオは素早く前に飛びながら前転して難を逃れたのだ。ヴァレリオのその天才的な機転と己が突き込むよりも先に前方に逃れたヴァレリオに剣をつき込んだ神は「うっ!?」と、驚きの声を上げて戸惑った。
しかもヴァレリオの戦闘センスは二柱の神々の予想をはるかに超える動きを見せた。
それは、彼は背後の神に気を取られることなく前転の勢いそのままに自分と向き合っていた見知らぬ神に飛び掛かり、蹴ると敵に思わせる予備動作を見せてから飛び込みの顔面突きを直撃させる。現代格闘技に於いて「スーパーマンパンチ」などと称されるその飛び込み突きは、パンチの威力だけではなく自分の肉体が突進するエネルギー全てを拳に込められるために絶大な威力を持つのだった。
そして激しい衝撃音がその場に鳴り響くと見知らぬ神は脇腹の蹴りに続いて再びヴァレリオの打撃攻撃によってその体を吹き飛ばされしまうのだった。
一連の攻防の結果として見知らぬ神は地面に倒れ、その場に立っているものは、ヴァレリオとヴァレリオを背後から襲った神の二柱のみだった。
二柱は激しく睨み合いながら対峙した。だが暫く睨み合っていると、背後から襲ってきた神の方が急に「ふふっ」と笑顔を見せて名乗りを上げた。
「良い戦闘センスだ。魔王ヴァレリオ・フォンターナ。
余の名は魔神スーリ・スーラ・リーン。
かつて魔神ギーン・ギーン・ラーと7度戦い、5度奴を倒した神だ。」
衝撃的な自己紹介だった。しかし、神の領域に達しているヴァレリオの脳には彼の情報が調べるまでもなく入力されていた。だから彼の名が魔神スーリ・スーラ・リーンであることをヴァレリオは嘘ではないことを知っていた。。
・・・だが、そんなヴァレリオであっても魔神スーリ・スーラ・リーンがアンナ・ラーを5度倒している話は知らぬ事だった。しかし、それが事実か否かはわからなくても、目の前にいる魔神スーリ・スーラ・リーンの肉体にみなぎる魔力から彼が只者ではないことは十分に察することができた。そして、彼が言うことが真実かもしれないと思ってしまうのだった・
(くそっ! 藪をつついて鬼が出たかっ!
とんでもない神がジェノバに味方しているなっ!!)
魔神スーリ・スーラ・リーンと対峙するヴァレリオは彼の戦闘力の高さを感じ取りながら、身の危険を感じざるを得なかった。
その緊張感を感じ取った魔神スーリ・スーラ・リーンはヴァレリオに忠告する。
「どうした? 早く魔神ギーン・ギーン・ラーに助けを呼べ。
2対1の戦いであるぞ?」
その言葉通り先ほどヴァレリオに顔面を打ち据えられた神がダメージから回復したのか、ゆっくりと立ち上がる。こうしてヴァレリオは左右二方向から挟まれる状況となってしまった。
「よくもこの俺の美しい顔を殴ってくれたな。ただで済むと思うなよ。」
見知らぬ神はそう言って両腕に魔力を込めて戦闘態勢に入る。それに呼吸を合わせるかのように対面にいた魔神スーリ・スーラ・リーンもまた腰に差した剣を抜いて構える。
ヴァレリオ絶体絶命のピンチだった。
だが、ヴァレリオはそんな状況であるにもかかわらず笑顔を見せた。
「ふふっ。美しい顔とは笑わせる。俺はもっと美しい顔の男性を知っている。あのお方に比べたら、お前の顔などたかが知れている。」
「そうだ。いいことを思いついたぞ。見知らぬ神よ。」
「お前に名前を与えよう。今日から自意識過剰の下郎神と名乗るがいい。」
その一言は下郎神の平常心を一撃で打ち砕いた。魔神スーリ・スーラ・リーンと共闘することも忘れて、自分勝手にヴァレリオに「殺すぞ、クソガキっ!!」と叫びながら襲い掛かるのだった。
我を忘れた人間の行動程予見しやすいものはない。ヴァレリオは彼の攻撃を身を沈めて避けると、アッパーカットで反撃をする。その攻撃はギリギリのところで外れるのだが、外れたと同時に彼らがいる場所で激しい爆発が起こった。
「おおっ!? な、なにごとかっ!?」
爆発の煙を下郎神がかき分けて状況を確認した時、すでにヴァレリオの姿は消えていた。
「どこだっ!?」
完全に姿を見失った下郎神を横目に魔神スーリ・スーラ・リーンは説明する。
「してやられたな。
魔神ギーン・ギーン・ラーだ。やつが遠くから俺達を魔法で狙撃したんだ。
その魔法は煙幕のような役目を果たして、奴を逃がしてしまった・・・。」
「これで俺の存在も奴らに知られた。奴らの威力偵察は成功したというわけだ。
2度にわたって逃げられるとは敵ながら天晴れな奴らよ。」
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